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9.ヴェルシュ包囲戦

「スリフト、キユリ。次の行き先が決まった。ヴェルシュだ」

「また厳しいところへ送り込まれるな。サンダーソン様、アスターが王子だって忘れてないか?」


 翌日、アスターから告げられた次の戦場。


「ヴェルシュって?」

「北東にある国境線近くの都市だよ。四方八方からイグランに攻められて陥落寸前なんだけど、なんとか籠城してる状態なんだ」

「包囲されてるってこと?」

「そうだ。あんな危ないところにアスターを送り込むなんて……」


 護衛のスリフトからすると、国の王子をそんな危ないところへ送り込むなんてと言ったところなのだろう。


「セトの件がなければ先にキユリをそちらへ送るつもりだったらしい。あそこはルドベキアがいるからなんとか持ってるようなもので、イグラン軍の包囲によって十分な補給も送れていない。このままではルドベキアもヴェルシュも奪われてベトワールの首都にイグラン軍が流れ込むのが目に見える」

「あっちもこっちもピンチ過ぎない?」

「それを言うな。ベトワールは守りこそ強いが、攻めはあまり得意ではない。それが結局のところ、この七年間の戦線膠着に繋がっている。だが、そろそろこちらもイグランを取りに行く。私とお前たちはそのための駒だ。しっかり働け」


 元々戦争なんて考えていなくて、国内の治安維持、海賊や盗賊相手の攻防、そして、諸外国からの時折差し向けられるちょっかいに対する国防のために働いていたベトワール軍が、自ら攻めることに弱いのはなんとなく納得できる。

 それでも、軍備にしっかりと費用を割いているベトワールの兵は、その他のイグラン周辺諸国と比べても強い方だと思うが……。

 

「でもさ、ルドベキアってベトワール軍の軍団長だよね? どれくらい籠城してるの?」

「半年だ」

「半年!? そりゃ半年もトップ不在なら、他の戦線の兵士の士気も下がるわけだ……」

「それはそうだが、実際にはルドベキアがなんとか持ち堪えているから他の兵も頑張れている部分もある。彼は前軍団長のツヅミが抜けてから兵の精神的な支えになっているからな」

「ふぅーん」

「とは言え、そこはサンダーソンもしっかり考え、ちゃんと攻勢に出る準備を進めていた。増援部隊の編制や物資の調達に時間がかかったが、我々増援隊がついたら攻勢へ打って出る」


 こりゃ思っている以上に馬車馬のように働くことになりそうだ。


「それと、サンダーソンがユウガオを城に置いて行けと。万が一、何かあった時の予備戦力にしたいと」

「わかった」


 元々ユウガオは国王とアイリス王子を守ってもらうため、城に残すつもりでいた。異論はない。


「ユウガオ」

「なんだ」

「わっ! どっから出てきた!?」


 私が窓の外にいるであろうユウガオを呼ぶと、瞬時にユウガオが顔を出した。

 まさかそんなところにいると思わなかったのか、スリフトが声を上げて驚いた。


「先ほどの君と言い、彼と言い、王城の警備を見直すどころか兵の増員なども考えるようにサンダーソンに進言しておかなければならないな……」

「私は別としても、ユウガオがいれば隠密なんて無理だから大丈夫だよ。もちろん真正面からなんてもっと無理。ユウガオ、ここに残って国王様とアイリス王子を守って」

「わかった。次はいつ帰ってくる?」

「どうかな、ちょっと長引くかも」

「そうか……」

「ねぇ、ユウガオ、アイリス王子に山の話をしてあげて。きっと喜ぶ。で、ユウガオはこの国のことをアイリス王子に教えてもらう。帰ってきたら、どんな話をしたか聞くからね。宿題」

「わかった」

「頼りにしてるよ、ユウガオ」


 ずっと一人ぼっちだったユウガオは、人付き合いは苦手だけど、一人になることを嫌う。

 外の話を聞きたいアイリス王子と、いろんな人と接する必要があるユウガオならちょうど良いだろう。


「最優秀取って来いと言った昨日の話はどうした?」

「あれは、私の弟に会うための条件でしょ。ユウガオは別よ。それに、双方にとってきっと良い刺激になる」

「全く……」


 コンコン……。


 その時、部屋のドアをノックする音が聞こえ、城の従者が顔を出した。


「サンダーソン様が、武器の件でキユリ様をお呼びです」

「おぉ! 大事な物を忘れるところだった」

「武器?」

「私の自前の武器。セトに行ってる間、鍛冶屋で手入れを頼んでもらうのに、全部預かってもらってたんだよ」


 色んな戦場を共にした武器も、ベトワールでの本格的な参戦の前にちゃんと鍛冶屋で手入れが必要だと思い、サンダーソンに頼んで王族御用達の鍛冶屋に預けてもらっていた。

 私は意気揚々と部屋を出てサンダーソンの元へと向かった。


「サンダーソン、頼んでいたもの取りに来た」

「あぁ、キユリ。今全て届いたところですよ」

「ありがとう。あぁ、これこれ! さずが王室御用達、ピカピカ!」


 長年の愛刀である、短刀二本を持つと、やはり半分に折れた木剣など比べ物にならないほどしっくりくる。


「本当に短剣が愛剣なのだな」

「王子、訓練場で私と半分に折れた木剣で戦ったのもう忘れちゃった? それにこれは剣じゃなくて刀」

「刀?」

「そう。大陸の東の果てにある国で作られている武器なの。強度も高いし、切れ味も抜群」


 そう言って、私は鞘から抜いた愛刀をアスターとスリフトに見せる。


「確かに、剣とは形が違うな」

「そうでしょ。それに、こっちはもっと見慣れないと思うよ」


 そう言って、私は短刀を腰に差し、一緒に納品された弓を持ち上げた。


「長弓……? にしては、随分大きいな」

「そりゃそうよ。これは二メートル以上ある大弓だからね。長弓の使い手だって扱いには練習が必要になる代物よ」

「君の身長よりずっと大きなそれを扱えるのか?」

「もちろん。ヴェルシュへの道すがらこいつの実力を見せてあげる。サンダーソン、ありがとうね」

「例には及びませんよ。戦場での活躍を期待しています」

「うん」

「キユリ、こっちにも荷物あるみたいだけど?」

「あぁ、それも持っていくやつなの。スリフト、補給の荷物に一緒に乗せるの手伝って」

「あいよー」


 そんなこんながありながら、私たちは増援隊を引き連れ、ヴェルシュへと旅立った。


 ***


「ヴェルシュ到着まで二日かかる。二日後の夜、ヴェルシュの北東にある、まだイグランの包囲が届いていない抜け道から、補給部隊と共に、我々を含む一部部隊がヴェルシュに入り中のルドベキアと合流して、今後の作戦を立てる。攻勢に打って出るのは増援部隊の第二陣が着いてからだ」

「行くのに二日もかかるのかー。暇だなぁ」

「少しは緊張感を持ったらどうだ?」

「行き帰りまで緊張してたら身が持たないでしょ」


 馬上で肩をすくめると、アスターは大きなため息をついた。


「いつどこに伏兵がいるかわからないのだぞ」

「大丈夫よ。その時はその時」

「今回の帰りは眠くなっても誰も助けてやらんからな」

「えー。その時は王子が乗っけてよ。王子でしょ」

「どんな理屈だ」

「ケチんぼ」

「その時は俺が乗っけてやるよ」

「わぉ、さすがスリフト! 頼りになるぅ~」

「護衛が手を塞いでどうする……」

「そん時は、キユリを放り出す!」

「え、ちょ! 酷くない!?」


 道すがらなんとも気の抜けた会話をしながらも、私は食べられる雑草を見つけては収穫し、ウサギや鳥を見つけては狩り用の小弓を射り食料を確保した。アスターには野生児と苦い顔をされたけれど、大きな鹿を狩って以降は、荷馬車を一つあてがわれ何も言われなくなった。

 初日の道中では大弓の出番はなく、二日目の昼の休憩時にやっとそれの出番が現れた。

 歩兵の休憩を兼ね、一度馬を止めて休息をとる。皆がくつろいだその時、どこからともなく視線を感じた。


「……王子、いるよ」

「何がだ?」

「何か、だよ。敵の偵察か、盗賊か……」

「どっちだ?」

「二時方向。やっと大弓の出番が来た」


 私は、静かに、と人差し指を口の前で立て、隊全体に合図を送る。


「誰だか知らないけど、お尻が四つにならない様に気を付けてね」

「なんだそれは」

「ふふっ。ご覧あれ!」


 やっと出番が来た長弓を最大まで引くと、矢は「シュッ……!」と風を切り空高く飛んで行った。


「すごいな……」

「長弓より百メートル以上長く飛ばせるからね。慣れれば距離も威力も自由自在」


 数秒後に、遠くで誰かが小さく悲鳴を上げる声がした。


「かかった」


 私はすぐにアスターを連れて木々の中へ馬を走らせた。

 すると、矢が落ちたあたりで血痕を見つけた。


「こっち」


 私は一度馬から降りて、素早く獲物を探す。

 すると――。


「みーっけ」


 そこには、お尻に矢が刺さって動けなくなっていたイグラン軍の若い兵士がいた。

 華奢で私と同じくらいの体躯しかない彼は、中身はどんくさそうだけど完全に諜報活動向きの見た目をしていた。


「た、助けて……!」

「致命傷にならないところ狙ってあげたでしょ」

「また随分若いな……新兵か?」

「こ、殺されるっ!」

「だから、殺さないってば」

「か、神様ー!」

「もう! 話を聞けっ!」


 ゴンっ……!


「落ち着かないなら、息の根止めるよ!」

「は、はい……」


 あまりにも話を聞かずパニックになっている目の前の青年にイラっとしてつい手が出てしまった。


「君はずいぶん気が短いな」

「私を怒らせるこいつが悪い」


 セトでハギが言っていたように、大規模な徴兵で駆り出された訓練真っただ中の若い兵なのだろう。

 これだから、人海戦術で押し通そうとするイグランは嫌いなんだ。

 あの国は命を粗末にし過ぎている。


「あんたイグランの偵察隊の一人?」

「は、はい……あ、いえ、違います! 僕は散歩中のイグラン兵です」

「へぇ、敵の領地で堂々お散歩? ベトワールも舐められたもんねぇ。次嘘ついたらこの矢であんたの尻えぐるから」

「あぁっ……!」


 あまりに下手な嘘を、堂々とつく青年にこれでもかと笑顔を向け、尻に刺さってる矢を軽く指で弾く。


「その辺にしておけ。彼がいるということは、他の偵察隊が本陣へと報告に戻っている。早く戻って兵を進めるぞ」

「あぁ、それなら大丈夫よ。多分彼は先輩兵たちからちょっと見て来いって言われて、一人しかたなく来ていただけで、まだ仲間に連絡は取れていない。だから、私たちは見つかってない。そうねー、彼の帰りを待っている先輩偵察隊数人がいるのはあっちね」

「な、なんでそれを……!」


 地形や状況から判断して適当に指をさすと、青年は青ざめた。


「ほらね」

「イグランも苦労するな……」


 本陣からある程度の範囲を偵察するとしても、そこから先は戻るにも大変なので、隊の若い兵にちょっと見て来いなんてことは少なくない。

 彼はどう見ても下っ端の使いっ走りだろう。


「ねぇ、捕虜として助けてあげるから、部隊の居場所吐いてくれない?」

「だ、誰がそんなこと……! 僕だって誇り高きイグランの……あぁっ!」

「痛い? 痛いよね? 捕虜になればちゃんと治療してあげるよ?」

「そんな嘘誰が信じるものか!」

「でもさ、このままこの矢を深く深ーく突き刺したら、君の身体の中の大事な血管に刺さって、それを一気に抜いたら……」

「ひぃぃっ! わかった! わかった言うから! 命だけは……!」

「君は悪魔か……」


 私のやり方にちょっと引いたような様子を見せるアスターに私はウインクで答える。

 しっかりと偵察隊の人数とあらかたの砦の人数などを聞き出すと、ちゃんと止血をしてヴェルシュ行きの荷物の中に青年を放り投げた。

和弓は最大で2メートルほどあり、その最大射程距離は400メートルにもなります。

実際の歴史では、銃の登場で戦場から姿を消すことになる弓ですが、戦場で400メートル先から飛んで来るかもと考えると十分恐ろしいですね……!

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