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波打ち際のトレース  作者: 林檎飴
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♪Ⅰ 甘怠いサイダーの舌

 僕がまだ小学校に入学して間もない頃のことだ。当時の僕は家の近場にある海へ遊びに行くのが好きで、学校終わりに友達と遊ぶ事も無く、一人で海岸に足を運んでは砂遊びに夢中になっていた。砂をいじる場所に定位置というのは決めていなかったけれど、波の押し寄せるギリギリの所というある程度のラインは敷いてあった。

 そんなギリギリの所で、山を作り、トンネルを作り、それ以外、怪獣か何かよく分からない化け物を作るなどしていた。あるいはその辺りに落ちてある枝で絵を描いていた。そして、これらの創造物は決まって作りかけの途中で波に押しつぶされて台無しにされていた。今にしてみれば賽の河原のような光景と思えるが、当時の僕はそれを苦行と感じる事なく、使命として義務のようにこなしていた訳でもなく、むしろ自分の作っていた物が波に潰される度に安堵を覚えていた筈だ。

 まだ日の登っている夏場。波打ち際の辺りで一人遊ぶヘンな子供、それがガキの頃の僕だった。今じゃ考えられない阿保らしい趣味。


 それでも彼の延長線上に今の僕は立っていて、そしてあの田舎から離れて今では都会に身を置いていた。流行が混沌と飽和し、そして渦巻く土地で、僕は大学生という身分で暮らしている。人通りは多く、街並みも騒がしく、うるさい世界。どこを歩いても実家と比べれば情報に満ち溢れており、耳を塞いでも忙しなく人々の声は入ってくる。香ばしい、恥ずかしさを覚えるくらい明るい会話。くだらない、言葉の群れが。

 ただここで明言しておくけれど、僕は郷愁を覚えていない。都会が嫌になったからといって田舎に身を置きたいとは思わない。「〇〇が嫌だから××の方が良い!」なんて短絡的な思考は高校時代に卒業したし、冷静に考えてみても都会の暮らしの方が利便性が高い。新刊の販売時期であったり、電車の本数の違いであったり。

 それに今となっては海で砂遊びをしたいなんて思わない。だから僕は今の暮らしに妥協している。


 だというのに、時々こうして昔の記憶を思い出すのは何故か。あの頃、そんなにいい思い出は無かったというのに。


***


 というような事を考えていた日々であったが、夏休みが近づき、実家に帰省する事となった。大学一年生としてそれなりの成績を修め、特別両親と合わせる事に罪悪感がないため、親の提案に断る理由はなかった。

 

「そんな訳で帰ってきた訳だけれど」


一年で街並みが特に変化している訳でもなく、特別、心は動かなかった。県庁所在地という事もあってまあまあな発展はあるけれど、それでも僕の通っている大学のとこ程ではない。誰かの小説にもあったが、こういうのはキザというのだろう。

 僕の実家はここからバスで二十分程度の所にある。家の近くに公園があるのだけれど、その一部に海岸があるのだ。久しぶりという事もあり、実家に荷物を置いて両親とある程度の会話を済ませると、僕はその公園まで足を運ばせた。


 小さい頃はそう気にならなかったけれど、砂浜には色々なゴミが落ちている。その大半はペットボトルのようなプラスチックごみである。SDGsを掲げていながら、まだまだ課題だなと感じた。小さなプラゴミも落ちていた。


 公園にあった自販機からサイダーを購入した僕は、そのまま海を眺めるばかりだ。真昼間という事もあり陽射しが煌めいて、ああ、小さい頃はこの景色を綺麗だと思う事は無かったんだと感じた。目の前の砂浜で遊ぶ事に必死で、大海にまで目を向けられなかったのである。暑さで狂ったのか、飴を舐めまわすようにペットボトルの口を舌でいじくり、ちょろちょろと舌を出し入れしながらサイダーをグビっと飲む。

 

「てかサイダー甘すぎる」


 ラベルを確認すると420mlとある。サイダーって一口目が美味しいけれど、その後が辛い。昔の記憶を手繰り寄せるため、少しでも昔嗜んでいた飲み物を口にしてみた訳だがあまり意味が無かったようだ。むしろ今と昔のギャップを舌に覚えさせただけであった。というか、小さい頃は小遣いも少なかった訳だから、一人で遊ぶにしても今みたいにサイダーを購入したりしなかった。どうせなら麦茶にした方が正解だった。結局この場に立っているのは、子供のフリもろくに出来ない、モラトリアム人間なのだ。

 サイダーの甘みに痺れる夏、それでも子供みたく砂浜に仰向けになって寝そべってみる。あの頃に戻りたいなんて、これっぽっちも思わないけれど、それでも子供ぶってみる。


と、そんな事をし始めた頃。僕の頭上から声がした。


「どうされました?顔色悪そうですが」


───顔からバケツ一杯の冷水をかけられた気分だった。


なんというか、心地いいとかそんな騒ぎではない。青ざめたというかゾッとしたというか。だって、太陽の光を遮るように僕の眼前に現れたのは、小さい頃に出会ったあの人に、よく似た顔だったのだから。

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