異世界には美少女どころか空気すらなかった
気が付くと光に包まれたような何もない空間に居た。神的な存在が説明してくれているが、高次元すぎて半分も理解できない。どうやら俺は死んでしまったようだった。あまりパッとしない人生だったとはいえ、悔いがないとは言えない。しかし、話を聞くうちに悔いよりも期待の方が高まった。異世界転生することになったのだ。いや、生前の肉体のままだから転移だろうか。しかも、チートスキルやチートアイテムが貰えるのだ!それも1つや2つではなく多数貰えるのだから、期待が高まるというものだ。
スキルやアイテムはポイント制の様で、強力な能力ほど高くなっている。高いといっても比較的にだ。1つあれば主役を張れるものがいくつも買えてしまう。なぜこんなに貰えるのだろうか?生前の行いが良かったのか?死因に神的な存在の過失でもあったのだろうか?その理由を聞いても理解できないだろうし気にしても仕方ない。それより今はスキル・アイテム選びだ。選択肢は無数にあり悩んでしまうが、ここは時空を超越した場所だ。時間はいくらでもある。よく考えて決めよう。
どれほど時間が経っただろうか。吟味に吟味を重ね、あらゆる状況に対応できる構築ができた。これだけあれば美少女ハーレムを築くのもあっという間だろう。もしこれが小説だったら何の山場もなく駄作もいいところだ。
さて、次はいよいよ転移だ。そういえば、スキルやアイテムのほかに、転移先の選択にもポイントが使えるとも言っていた。しかし、準備は万全だ。どんな世界だろうとやっていける。転移先にポイントを割り振る必要などないだろう。神的な存在に別れを告げて転移した。
見渡す限りの星空が広がっていた。「夜か?」そう声を漏らしたが、その音は聞こえない。状況を確認しようと、あたりを見渡しても星空しかなかった。地面すらないのだ。そこでやっと自分が宇宙空間に居るのだと理解した。肉体保護スキルで辛うじて意識を保てているが、大気すらない状況では長くは持ちそうにない。万全を期したつもりだったが、宇宙は想定外だ。
異世界転移するはずが、こんな何もない空間に飛ばされるとは思ってもみなかった。神的な存在が間違えたのだろうか。何故こんなところに居るのかを考えていても仕方ない、今考えることはどうすればいいのかだ。
空間飛翔スキルで移動できるが、時速数百キロは宇宙では遅すぎた。これでは近くの小惑星に近づくのがやっとだ。それでも、悪あがきと分かっていても希望を捨てられず小惑星に向かって飛んでいた。すると小惑星の軌道が変わり、こちらに向かってきた。もしや宇宙船か?それなら助かるかもしれない。肉体保護スキルもギリギリ持ちそうだ。助かった。そう思ったのも束の間、希望は絶望に変わった。あれは小惑星でも宇宙船でもない。宇宙生物だ。小惑星規模の巨大生物の捕食に耐えられるはずもなく、二度目の人生は終わりを迎えた。
気が付くと光に包まれたような何もない空間に居た。前回と違うのは神的な存在の説明がもう終わっていることだ。死亡時に致命的な選択をする直前まで戻るスキルが働いたようだ。スキルやアイテムの選択時に戻っていた。かなり高かったが、取っておいて助かった。これがなければせっかくのチートも無駄になるところだった。
まずは神的な存在に転移先について聞かなければならない。宇宙空間に飛ばすとはどういうことなのか、どうなっているのかと。
「そういうことか」神的な存在に聞いてみて分かったことだが、あれも宇宙生物の住む”異世界”なのだという。たしかに生物が存在したが、あまりにも世界が違いすぎる。あんなところではどんなチートがあっても暮らしていけそうにない。転移先の選択とはこの為にあったのだ。
転移先に惑星を選択する事にした。これが結構高く、いくつかのアイテムが買えなくなってしまった。それでも十分チートといえる。今度こそ美少女ハーレムを築いてみせる。
考えが甘かった。転移先に惑星を選択したところで、そこが人の住める星になるとは限らない。次の異世界はガス惑星だった。その次は灼熱、その次は極寒。いわゆるハビタブルゾーンの地球型惑星に限定するには更にポイントが必要になった。今度の異世界は地面も大気もある。重力や酸素濃度も地球に近い。
しかし、それでもなお肉体保護スキルが発動している。なぜだ?地球のそれとは異なるものの、むしろ異世界らしい植物の葉は風に揺れている。他に動くものはなく攻撃は受けている様子はない。
スキルの発動場所を調べてみると体内だった。どうやら微生物だかウイルスだかに攻撃されているようだ。地球人の体にそんな免疫はないのでスキルがなければ耐えられないだろう。まあ、この程度であれば常時発動していても問題はない。転移先を限定するよりは安いものだ。
転移先の選択にかなりのポイントを使ってしまったため、チートスキルやアイテムは少なくなったが、それでも十分だ。空間飛翔スキルで周囲を散策してみよう。美少女が族に襲われているところを助けてフラグを立てるとしよう。
この惑星を一周したが美少女どころか人類の痕跡一つ見つからなかった。生物感知スキルを最大出力で発動しても、見つかったのは植物のほかは微生物や虫だけだ。さすがに人間を創り出すスキルは持っていない。生前は人付き合いが良い方ではなかったが、それでも唯一人の孤独には耐えられない。強敵と戦うために用意したスキルを使い、自らの命を絶った。
転移先を知的生物が存在する異世界にした。人間に限定しなかったのはエルフや獣人に会いたかったのもあるが、転移先を限定すればするほどポイント消費が高くなるからだ。戦闘スキルくらいないと自分の身も守れない。
今度の異世界ではすぐに人工物を見つけることができた。川で魚を捕る罠のようだ。近くに集落があるに違いない。生物感知スキルはもう使えないので、足跡をたどる。ようやく人に会える。ワクワクしながら歩いていき、集落で出会ったのは見たことも無い異形の怪物だった。逃げ惑うもの、何かを叫ぶもの、襲いかかってくるもの、様々だ。戦闘スキルはまだ取ってあるため苦戦することはなかった。人類より先に怪物に遭遇するとは運がない。不運を呪いながら、襲い来る怪物を殲滅した。誰も観てないところで活躍しても仕方ない。こういうのは王様やギルドに依頼されてからやらなくては。
しかし、これほどの怪物の集落がここにあるとなると、人類は近くにはいないだろう。人を求めて旅に出ることにした。空間飛翔スキルはもう使えないので歩きだ。旅に役立つスキルやアイテムも無いので、この集落で使えるものは頂くことにする。幸いにも食べられそうな野菜や魚、卵が見つかった。何とかなりそうだ。
人を求めての旅が始まった。何度もあの怪物に遭遇した。逃げる者は追わず、襲いかかるものは撃退した。食料が不足したら、奴らの集落から調達した。この辺りは奴らの集落が多く、食うに困らなかった。
しばらく旅を続けると、高い壁と塔のある、城塞都市を見つけた。あれはあの怪物共と戦う人類の前線基地なのだろう。期待を高めながら都市に向かって歩き続けた。
都市の入り口に着くと、石弾が飛んできた。警告もなく攻撃してくるとは、防護スキルが無かったら死んでいたところだ。敵ではないと説明せねば。
「敵意は無い。どうか話を聞いてくれ」日本語が通じないことくらい想定して意思疎通スキルを取ってあるので、伝わるはずだ。
「敵意は無い?我らの集落を襲っておいて何を言う」「怪物の言葉など聞くな!」「町に入れるな、全力で死守せよ!」
ああ、ここも怪物の棲み処だったか。仕方がない、力尽くで話を聞いて貰うとしよう。攻撃が止むまで奴らを倒し、生き残りを尋問した。
「本当に敵意は無いんだ、襲ってこなければ命は取らない。話を聞いてくれ」
「襲ってこなければだと?お前が我らの卵を食べたことは分かっているんだ!」
「食料を拝借したことは謝る。腹が減っていたんだ済まない」
「人食いの怪物め!」
「お前たちを殺したことはあっても、食べたりしてない」
「食べ跡を見つけた」
「それは俺じゃないよ」
意思疎通スキルが機能していないのか?どうにも話がかみ合わない。怪物に怪物と呼ばれるのは辛いものがあるが、これだけ姿形が違うのだから仕方のないことだ。しかし人食いというのはどういうことだ。もっと詳しく話を聞くことにした。
しばらく話してやっと分かった。「我らの卵」というのは「怪物が所有する卵」という意味ではなく「怪物が産んだ卵」という意味だったのだ。
おぞましいことをしてしまった、異形の怪物とはいえ言葉を解する生物を食べてしまったのだ。ん?言葉を解する生物?もしや……。
「俺のような姿のものを他に見たことはあるか?」
「無い。お前のような怪物はほかに見たことも聞いたこともない」
「お前たちのように言葉を話す種族は他に居るか?」
「居ない」
「ほかの土地にも居ないのか?」
「居ない。この大陸も、海の向こうの大陸にも我らだけだ」
人を求めて知的生物が存在する異世界に来たのに、その知的生物を殺し、食べてしまっていたのだ。
転移先の選択が高額だったため、時を戻すスキルは購入できていない。取り返しはつかない。もう終わりだ。