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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編

ホスト王子に婚約破棄された皇女ですが、示談金代わりに王国と後宮をいただきます

作者: れとると

 国家が乱立するその大陸では、長く国同士の小競り合いが絶えなかった。


 大陸中央に位置するセント王国が仲立ちし、仮初の平和が築かれ……数十年。


 少しの火種が灯り、その中心人物が南方・フォーリーフ帝国を訪れていた。



※ざまぁ百合? これまでの短編をこねこねしつつの習作です。


 10000字弱になります。


 休日のお暇つぶしにどうぞ。


「……このようなことになってすまない、アイリス」



 応接に招いた彼・ラル王子はそう切り出しました。



 ……相変わらず、嫌みなくらい美しい男。


 細身ながら引き締まった体、整った顔、甘い口元。


 切れ長の青い瞳は憂いを帯び、直視すれば思わずため息が漏れるでしょう。



 私も帝国一の美姫とは言われますが、この男の美貌には敵いません。



 しかし、今はその容姿にも陰りが出ていました。


 華美で整った格好をし、誤魔化してはいるようですが。


 その明るい茶髪、綺麗な瞳、顔や肌にも疲れの色が伺えます。



 ……正直なところ。


 謝られる覚えも、呼び捨てにされる覚えもないのですが。


 まぁいい。先に話を聞くとしましょうか。



「騒ぎは聞き及んでおりますが。ご説明いただければ」


「聖女を正妃に迎えることになった。君との婚約は、破棄させてほしい」



 彼の説明は簡潔でした。


 私は……瞠目し、そっと口元を手で覆いました。



「本当にすまない。側妃を迎える予定もない」



 彼が勝手に説明を続けます。


 思わず、少し肩が震える。


 ……せめて、声が漏れないようにしなくては。



「後宮は解体し、女はすべて故郷に帰す予定だ」


「女好きといわれるあなたが、よくご決断なさいましたね」



 そこまでされるとは思わなかったので、つい口を挟んでしまいました。



「別に女好きなどではない。必要だからやっていただけだ」



 少しむっとして言い返されました。


 もちろん、正しい揶揄の仕方は知っていますとも。


 「男娼(ホスト)王子」。ラルはそう呼ばれているのです。



 この美貌と詐術のような会話で、女たちを次々自陣に引き込んだ。


 そうして作った後宮を使い、各国に疑心暗鬼を振りまき。


 意のままに、操っていたのです。



 疑心自体は先々代から撒かれていたものでは、ありますが。


 ラルはさらに徹底的に、諸国の分断を推し進めました。


 ……女たちの身と心を、犠牲にしながら。



「あら。では私の再三にわたる成婚願いを袖にしていたのも、必要だからですか?」



 そう。私は婚約されながら、20年放置されました。


 言うなれば。私はこの男の、最初の犠牲者でしょう。


 手籠めにはされていませんが、20年は長すぎる……時間を奪われたも同然です。



「……そうだ。帝国以外の国との調整が必要だった」



 知っていますとも。


 あなたのセント王国は、そうして面従腹背しながら生き延びてきたのですから。



 けれど、幼き日。初めて会ったその日に私に求婚し。


 すぐに正式に婚約した……あなたの熱量。


 私はそれを、信じて、いたのに。



 その上。



「その気はないのならと、幾度も婚約解消をお願いしましたが。それも、と」


「……言葉もない」



 成人した時点で、この方との婚姻に見込みがないのは薄々わかっていました。


 ゆえ、結婚の催促は途中から破談の打診に変わり。


 しかしそれものらりくらりとやり過ごされ……私はもう30近い。



 我が国もまた、王国及び、その背後の結びつきを恐れ、及び腰でした。


 言外に、彼との関係継続を望まれていました。


 ゆえに私も、強硬に破談とすることができなかった。



 私は婚約者として……時に彼を招き、時に王国に行きました。


 行く先々でこの男が、女を侍らせる様を見せつけられながら。


 成人してから10年以上もの間を、そうして過ごさせられたのです。



 ……屈辱に耐え忍ぶ、日々でした。



「私の時間を、返していただきたく思います」



 とうに……飲み下していたと思っていた怒りが、静かに湧いてきます。


 悟らぬように奥歯を噛みしめ、手を握り締めて……耐える。


 まだこの感情を見せるには、早い。



「……こちらから破談としたのは、せめてもの誠意だ」



 その言葉に、一瞬目を見張り。


 私は再びまぶたを伏せ、口元を隠しました。


 また、肩が震えてきます。



 誠意。誠意、ね。


 示談金でも弾むつもりでしょうか。


 ……笑わせてくれます。



 少しの沈黙があり。



「……他のお三方は、どうされるのです?」



 落ち着いてきたので、私から切り出しました。


 彼にはあと三人、婚約者がいる。



「ファリア王女には、殴られたよ」



 私と同じように婚約破棄したのは伝わったが、その答えでいいのかラル。



 ……なるほど、頬に少し残っている痕は彼女がつけたのですか。


 ファリアは北の山岳軍事国家・パーソナの第一王女。


 女だてらに将軍まで上り詰めた、女傑です。



 輝く銀糸のような髪が美しく、ご趣味が可愛らしい素敵な女性。


 あれで夢見る乙女なところがあるのですよね。


 その落差がたまりません。



 ……しかし。よく一発ぶん殴られただけで済みましたね。



「だが、パーソナには食糧支援を約束し、おさめてもらった」



 それで許してもらえたと思っている、と。そういうことですか。



 厳しい自然に囲まれた国だけあって、かの国は貧しい。


 鉱山資源は出るのですが、交易がしづらい土地でもあるのでうまくいっていません。


 直接土地を接するセント王国とは商取引をしていますが……王国は足元を見て、食料供給を絞っていたはずです。



 それが支援、と。


 思い切ったことを言いますが、さてはて。



「王子にはその権限がおありで?」


「取り付けるさ。問題ない」



 「どこに」とは言わないのですね。



 もちろんこれ、王国が出すという話ではありません。


 あそこにそんな余裕はない。


 よその国に食料を出させ、それをそのままパーソナに流すだけです。



 ……ひどい話。どの口で誠意などと言うのか。



 気を取り直して、次の子のことを聞きましょうか。



「ではセリーヌ様はどうされたのです?」


「……肩の関節を外された」



 答えになってないのだが、大丈夫かこの王子。



 しかし……そう。それで左腕の動きがおかしいのですね。


 セリーヌは砂漠と荒野の西国・コンドリアの第15王女。


 末に近い方ですが、武と商いに聡く、国内で確かな地位を築いておられます。



 商売においては計算高く、必要であれば魂だって売る人ですが。


 とても……情熱的な方なのです。


 あの赤の瞳が麗しい。



 ……それにしても。彼女に関節をとられて腕が繋がったままとは。運が良かったですね王子。



「あの国は食料では頷かないでしょうに」



 西は砂漠なので食糧生産は絶望的ですが、コンドリアは広く交易して十分な入手をされています。


 パーソナと同じ手は通用しませんが。さて。



「ああ。だから暑さに強い動物を、騎乗用に提供することになった」



 「なった」ね。


 その時点では空約束をして……次でなんとかした、というところかしら。


 それで許しを得たつもり、と。



「王国はそのような動物は、飼育されていなかったと思いますが」


「そんなこともないさ」



 見え透いた嘘を吐く。


 「ラクダ」あたりでしょうが、なるほど。


 右から左へということですか。



 反吐が出る。



「あとはまぁ、サリス嬢に」


「彼女に?」



 何か言い淀んだので、促しました。


 王子の顔色が……少し青くなっています。



「……いやなに。ちょっと蹴られただけだ」



 これはだいぶ追い回されて、蹴り転がされましたね。歩き方がおかしかったわけです。


 ……先ほどから微妙に答えがおかしいのは、ひょっとして脳も激しく揺らされたのか?



 サリスは東方草原部族・サライアの長の一人娘。


 種々の動物を育てながら広い草原を駆け回るかの部族は、強大な国家といっていい力を誇ります。


 先の「ラクダ」はこちらで育てられている動物の一種ですね。



 サリス本人は弓、武術、乗馬に加え、各国文化にも詳しい。そんな教養溢れる女性です。


 早駈けし、狩りをする様も素晴らしいのですが。


 ゆっくりと書を読むときの、緩んだ口元が……ため息がでるほど、良いのです。



 しかし蹴り、ですか。彼女が本気なら、矢が刺さっていたでしょうね。



「だが鉄鋼加工品の提供で、穏便におさめてくれたよ」



 確かに、草原の民が求めるものには違いない。


 誇りを大事にするサリスや彼らが、それで飲み込むとは思えませんが。



 鉄は北のパーソナに出させ、加工はいくつかの小国経由でしょうかね。


 王国は技術も資源も持っていません。ただの仲介です。


 ……長く、周辺の国々はそれを見抜けていませんでした。



 さて、この男は。


 何をもって、私に許しを得ようとするつもりなのか。


 少々、その愚かさを見てみたくなってきました。



「では、当国には何をお約束いただけるので?」


「その前に、関税の再交渉の場を開いていただけないだろか」



 ……食料関税を引き下げたいと。なるほど。


 つまり貴様はこう言っているのだな?


 「帝国を、アイリスを舐めている」と。



 少し視線が鋭くなってしまいましたが……自分を抑えます。


 まだ。まだ、辛抱せねば。



「私の一存で通る話ではありませんが」


「税務財務に君が強い影響力を持っていることは、承知している。これまで何度も助けられた」



 助けたのではない、私が間抜けにも騙されたの間違いだ。



 もちろん、途中からそうだとはわかっていましたが。


 帝国は王国を手助けする指針を変えず。


 私はそのために、苦心奔走する羽目になりました。



「だがこれっきりだ。頼まれてくれないだろうか」



 王子が安い頭を下げました。


 ……この姿を見るのも、慣れたものです。



 ですがラルの……頭。普段目にしない、頭頂を見て。


 そこに時の流れを垣間見て。


 私の20年が、脳裏を駆け巡りました。



 恋焦がれたこともあった。一日千秋の思いで待ち続けたこともありました。


 東奔西走し、彼のためにと力になったことも、一度や二度ではありません。


 しかし「これっきり」ですか。そう、ですか。



 やっと。私の20年が、終わるのですね。


 そう、いたしましょう。


 ――――茶番は、もう終わりです。



「お断りいたします」


「なぁ!?」



 断られるとは、夢にも思わなかったようです。


 顔を上げた彼は、大層驚いたご様子。


 綺麗な顔のいたるところに、年齢を思わせるしわが寄っています。



 ……ふふ。少し溜飲が下がりますね。



「『これっきり』ですから。今後お付き合いがないなら、お約束の必要はありませんもの」


「……君と僕はそうだろう。だが帝国と王国はこれからも隣国であり続ける」


「そう仰るなら、『これっきり』でない担当者を寄越してくださいませ。


 お話になりませんわ」



 「お前と話すことはない」という言葉が。


 ようやく彼の脳にも届いたようで。


 頬が、静かに紅潮していきます。



 ふふ。感情が出ると、その顔。


 あなたの本性のように、醜く歪みますね。



「……後悔するぞ」


「ずいぶんと強気なご発言ですね?」


「王国には友好国が多いからな」



 自分と自分の国でどうこうするとは、言わないのですよね。


 本当に、ひどい連中です。



 まぁ? 言いたくなるお気持ちは分かります。



 帝国が食料を安く提供しなければ、北のパーソナとの約束が果たせない。


 パーソナの鉄鋼が手に入らなければ、東のサライア族に加工品が提供できない。


 サライア族の機嫌を損ねれば、ラクダが西のコンドリアに送れない。



 完全な詰み、ですものね。


 彼の顔が赤いのは、怒りではない。


 追い詰められた、証拠です。



 そろそろ、止めと行きましょうか。



「帝国には友好国が少ないとでも?」


「ハッ、小国ばかり従えている侵略国家が何を言う!」



 お言葉ですが、うちは立ち行かゆかなくなった小国を吸収して肥大化しただけです。


 軍事力は北西東の彼らにまったく及びません。


 侵略国家呼ばわりは、全帝国民を敵に回しますよ?



 もちろん、私の怒りにも火がつきましたが。



「そう。では――――私の築いた友情を、見せて差し上げましょう」



 応接テーブルに置いておいた鈴を手に取り、鳴らしました。


 部屋の扉が勢いよく開き、まず彼の座っているあたりに矢が刺さりました。



「はへぇ!?」



 ラルの、実に間抜けな悲鳴が響き渡りました。


 さらに飛び込んできた二つの人影が、王子を組み伏せます。



「ぁ――――がぁ! サリス! ファリア!? セリーヌまで!! なぜここに」



 王子がなんとか顔を上げ、彼女たちを見て言いました。


 我を忘れた、滑稽な顔をしています。


 ……面白い。



「大人しくしろ、下郎め」


「黙ってください」


「……アイリス、無事ですか?」



 口々に言う彼女たちを見ながら。


 私も立って回り込み、王子から見えるところに立ちました。



「私は大丈夫。そも、遅れをとったりはしませんよ」


「アイリス! これはどういうことだ! こんなことをして……」


「私は振られて傷心の友達を、お茶に呼んだだけです」



 まぁ傷心という形相ではないですがね?


 三人とも、かなり生き生きとしてらっしゃる。


 ……ここに来るまではやりすぎるなと、お願いして抑えてもらいましたからね。



「友達だと!? そんな馬鹿な話が」


「我らの友情に水を差すな、下種が」


「ぐっ」



 ファリアに腕を捻りあげられ、王子が黙りました。



 友人関係にあることを疑うのは、理解いたしますよ?


 ラルは女同士に疑念をいだかせ、ある種の監視をし合わせていたようですから。


 苦労しましたとも。様々な嘘を吹き込まれていたこの子たちと、打ち解けるのは。



 しかしだからこそ、我らの絆は強くなりました。


 時間をかけて、少しずつ信頼関係を育んだのです。


 口先だけのこの男とは、交わした情の重みが違います。



 元凶たる貴様の前で、我らの結束が緩むと思うなよ。



「ファリア、落ち着いてくれ。君だって納得して……」


「するわけがないだろう。山の民をこけにした貴様を、許せるものか」


「ひっ」



 ファリアが凄むと、王子が怯えたような声を上げました。


 理性で感情をねじ伏せる、鍛え上げられた軍人の彼女が怒り露わなんですが。なにしたのこの人。



「セリーヌ! 君は僕の言うことに頷いてくれたじゃないか!」


「頷いただけ、何のサインもしませんでした。あなたは銅貨ほどの価値も生みません。取引するに値しない」


「そん、な」



 ……商取引のためなら信念も曲げるセリーヌが、ここまで言うとは。正直興味が湧くのですが。



「さ、サリス……」


「死ね」



 ……教養豊かな淑女が語彙力捨てたのですが。あなたよく生きてここまで辿り着きましたね。


 おっと、サリスの矢を押さえる手が緩みかけている。本気ですね。


 申し訳ないのですが、ここまでにしていただきましょう。



 ()()()()()()()



「みなさま、そこまでに」



 私が目配せすると、セリーヌとファリアが王子の拘束を解き、離れました。


 サリスも弓を下げてくれました。


 皆、私のそばに集まります。



 王子が顔をしかめながら、立ち上がりました。



「こんなことをして、タダで済むと思うなアイリス!」



 そして私のことを睨んできました。


 まだ強気が崩れませんか。


 大した自信ですね。



「強国四つを敵に回して、あなたこそタダで済むとでも?」


「済むとも! なぜならわが国には! 聖女がいる!!」



 ……女神の祝福を受けた、伝説の聖女。


 異界より来たりて、その力を平和のために振るう超人。


 確かに彼女の力が王国のものならば、その意見は正しいですね。



「もう他の女など不要なのだ! あいつさえいれば! 俺は安泰だ!」



 ……嫌な言い方をします。


 この男は、ずっとそう。


 女を自分の「物」としか、見ていない。



「あくまで女性を道具とみなすと。そういうご意見なのですね」


「当たり前だ! 貴様らは男の! 俺のためにある! 使ってやってるだけ有難く思え。


 まぁ、もう不要だから捨ててやるんだがな!


 聴こえているんだろう! 来てくれ、イツカ!!」



 王子が一口に言うと。


 扉の反対、バルコニーに出る窓のそばに……黒く渦巻くような空間が現れ。


 その向こうから、一人の少女が出てきました。



 黒髪、黒目。小柄ながらも、活力と生命力にあふれる印象の女性。


 彼女は王子のそばに真っ直ぐ駆け寄り、私たちと彼の間に割り込みます。



「イツカ……よく来てくれたね」


「いえ、王子。ご無事で」


「ああ。男の僕が情けない限りだが……守っておくれ、イツカ」



 少女は……私に一度、目を合わせて。



「はい。一つ質問があるのですが、王子」


「なんだいイツカ。できればここは早く逃げたいんだが」


「何、簡単なことですよ」



 彼女は後ろを振り返り、少し下から王子を見上げて尋ねました。



「右と左、どちらがいい」


「はぇ?」



 間抜けな返事をしたラル王子に。



「そうか、両方だな!!」



 まず少女の左アッパーカットが、炸裂しました。


 あごに見事に突き刺さっています。



「ふぐぅ!?」



 宙に浮きかけた体がすとんと降りて、彼の腰が落ちたところに。


 身を捻りあげた彼女の、右フックが。



「ほげぇ!?」



 こめかみに抉り込まれ、振り抜かれました。


 ラルはその場で、コマのように回りました。


 猛回転した後、つまづいて倒れます。



 ……なんでしょうこの冗談のような動き。吹きそうなのですが。



「こ、れは。どう、いう」



 私は、フラフラと身を起こそうとする王子に向かって。



「そもそも。聖女を召喚して王国に送り込んだのは、私です」



 トドメの一言を、贈りました。



「…………は?」



 ちょっとその顔でそんな声上げるの、おやめいただいたいのですが。


 口の端から血をたらし、青あざを作った間抜けな顔。


 笑ってしまいそうです。



 王子から視線を外してイツカを見ると、彼女がにこりと笑みを浮かべました。



「私はね。20年もアイリスを縛り付けるあんたを殴り飛ばすために、この世界に来たの」


「聖女の力を見れば、あなたは即決してイツカを取り込もうとする。


 他の女を捨ててでも。


 イツカにそう、提案いただきましてね」


「な、な……」



 ふふ。気に入っていただけたようです。


 ラルは言葉もなく、ガタガタと震えています。



 彼にはいちいち説明しませんが……どういうことかと言いますとね。


 皇室には、聖女召喚にまつわる様々な秘法が伝わっていまして。


 なかに、あちらの「SNS」と交信できるものがあるのです。すごいでしょう。



 この秘法についてだけはラルにも漏らさなかった私、「ぐっじょぶ」です。



 まぁ私はそれを使ってつながったイツカに、一人酒しながら愚痴をこぼしていただけなのですが。


 いろいろ話した結果、同情した彼女がこの世界に乗り込んできて、今回の計画が実行されました。



 そしてこの秘法と聖女を経由して、遠隔地でもファリア、セリーヌ、サリスとお話できたのですよね。


 おかげで非常に簡単にことが運びましたよ。



 話してみれば。


 王国が吹聴していたものは、ほとんどが嘘だとすぐわかり。


 各国のいだいていた疑心は、無事に氷解いたしました。



 ――――さぁ。これで最後です。私の20年の雌伏を、終わらせましょう。



「私は耐えて来ました。そしてあなたに報復するために、今回の計画を実行したのです」


「ま、まて。許してくれアイリス! 話し合おう!」



 歩み寄ろうとする私の足が、止まりました。


 彼は好機と見たのか、畳みかけるように続けます。


 言ってはならぬ……禁句を。



「僕は君を愛している!!」



 この期に及んでっ。


 よりにもよって、貴様がッ!


 女を、私を弄び続けて来たお前がッ!!



「無責任なクズが!! 愛を語るなッ!!」



 私は床を強く踏み鳴らしました。



「ヒィ!」



 こんな、奴に!


 一人では、怯えることしかできない小物に、私は……!



 息を吐き、体の芯から、耐えてため込んできた怒りを練り上げる。



 こいつも!


 王国も終わらせて!


 私は帝国から、自由になる!



「貴様の大事な()()()()に」



 私は、右の拳を握り締めました。


 積年の、想いを込める。



 ……こいつがいるから、私は自由になれなかった。


 自由に! 想うままに! 人を愛することができなかった!


 この魅力的な子たちと! もっとずっと早く仲良くなりたかったのに!!



 私は王子に近づき、襟を持って立たせ。


 歪んだその顔を一睨みし。



「帰るがいいッ!!」



 正面から殴り飛ばし。



「あばらぁ!?」



 イツカが通ってきた黒い空間に、叩きこみました。



「あああああぁぁぁぁぁ――――――――…………………………」



 王子の奇妙な悲鳴が遠くなり、黒いもやは……消えてなくなりました。



 ……20年分にしては、少し弱かったですかね。


 まぁその分は友達がだいぶやってくれたようですし、良しとしましょう。


 一息つき、皆の方を向き直ります。



 四人とも何か……少しほっとした顔をしている。


 ふふ。気を遣わせてしまったかしら。


 ありがとう。私の大事な人たち。



「イツカ、あちらの状況は?」



 ファリアが切り出しました。


 彼女の発言を皮切りに、四人が話し合いを始めます。



「はい、ファリアさん。国王は降伏。無血開城され、占領も順調だそうです」


「それはよかったですね。市中の混乱は?」


「セリーヌさんが届けてくれた物資をばらまきました! 印象はとても良いようです」


「横やりとかはなかった?」


「ええ、サリスさん。サライア族の人たちが手伝ってくれましたから!」



 イツカが元気に答え回っています。大丈夫そうですね。


 彼女たち同士も相変わらず仲睦まじい様子で、少し心が暖かくなります。


 いい。実にいい。女の子同士が仲いいの、たまりません。



 おっといけない、よだれが垂れそうです。



 そうだ、状況といえば。


 もう一つ大事なお話を、聞いておかなくては。


 まったく事前情報にはなかった。確認をせねばなりません。



「イツカ。後宮については、何か聞いていますか?」


「何かって。何かあったの? アイリス」



 この子が気安く接してくれるのたまらないんですよね!


 ……ではなく。



「王子が、解体に着手とか言ってました」


「まだじゃない? たぶんそれ、口約束だよ」



 私は心の中で「ガッツポーズ」というのをしていました。


 すばらしい。では早く乗り込まねば。


 占領後の王国は協議の結果、総督府を置いて管理することが決まっているのです。



 そのトップは、この私。んふふふふ。



 いい。実にいい。100人は下らない乙女たちがいると言う話です。


 そも私はあそこの長になる。法律にだって口を出せる。


 同性婚……だけではなく、重婚。ふふふ。夢がとっても膨らみます。



「……どうしたのよアイリス。顔、変なんだけど」


「気のせいでしょう。それより、後宮がまだそのままなら、早く彼女たちを保護しなくては」



 私がついそう口走った瞬間。


 何かこう……背筋がぞくり、としました。



 顔を上げると……あら?


 四人の目が今一瞬、ぎらりと光ったような??



「私が一番でいいですよね?」



 イツカが何か、三人に聞いている。いちばん?一番とは??



「君が最大の功労者だ。ぜひそうしてくれ」


「ちゃんと回してくださいよ?」


「敵国を沈めたのは、まさにあなただ。遠慮しないでほしい」


「はい!」



 何この……なに? 不穏を感じる和やかな空気は?



「じゃあアイリス。婚約破棄できたら、何でもお願い聞いてくれるって言ったよね?」



 おお? そんなこと私……言った、かもしれないですね。


 ですがこう、素直に頷くとまずいような気がします。



「ぇ。おさけぇ……の勢いで、いったかも?」


「こっち来てからちゃんと一筆書いてもらったよ。今も写し持ってるし」



 ……ぐ。記憶にございません。


 ですが彼女が取り出して見せた紙には、ばっちり私のサインが。


 イツカに初めて会えて浮かれて酒盛りした、あの時でしょうか?



「ぁぁー……えっと、できればお手柔らかに?」



 私の返答に。


 イツカは。私の聖女は。


 幸福の花が開くような、明るく美しい笑顔を見せました。



「無理! 私、あなたがほしいのよ!」



 ……なんと?



 つまり、今の、流れは。一番、とは。


 ファリア、セリーヌ、サリスを順に見ると。


 彼女たちは、頷きました。



 ――――ああ。



 女の子っていいなと思ってはや10年。


 矢のような婚約解消の催促が受け付けられず、絶望していましたが!


 私を押さえつける帝国と、口先ばかりの王子と王国ぶっ潰してやろうと思い続けてきましたが!



 まさかその先に、こんな幸せな結末が待っているなんて!!



「わかりました。このアイリス!」



 堂々と胸を張って立ちます。



「イツカも、皆も、後宮の子たちも! 等しく愛してみせましょう!!」



 びしっと決めた、はずなのですが。



 ……また。背筋に何か冷たいものが。


 これは嫌な予感、というやつでしょうか?



 いえ、大丈夫。私はこの日のために鍛え上げてきたのです!


 あんな男とは違います!


 女の子はすべて愛でますとも!



 我が愛する人たちに、幸いあれ!

 将軍、武人、騎馬民族に、超人聖女。


 おまけに三桁からなる、熟練の後宮女性たち。


 皇女様は、体力クソ強彼女たちに三日ほどでわからせられたそうな。



 ※調子に乗った皇女アイリスが元後宮を自分の仕事場にした、「ざまぁして後宮手に入れた皇女ですが毎日舐め尽くされています」は始まりません。


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[気になる点] 王子以上の基地外 百合セがしたいだけのクズ
[一言] 「男娼 英語」検索 →male prostitute ふ・・・ふろすとちーち?(英) ぷらすとちゅーと???(米) ホストクラブの「ホスト」は「主人」が語源だそうです。いち従業員の場合でも…
2023/12/24 16:22 ※売春≠クラブ店員
[一言] ホストというかジゴロが近いと思います (読了後こういうのなんというんだっけとひっかかって数日ようやくでてきた顔)
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