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008.茨野睦花②

 休み時間の睦花は相変わらず読書をしていて、俺の接近に気付くとササッと本を仕舞ってしまう。何を読んでいるのか興味があるが、ああやって隠す以上、他人に教えたいような本ではないんだろうし、俺も敢えて尋ねない。


 読書のことには触れず「おはよう、睦花」と声をかける。


 不意打ちで話しかけたわけでもないのに、睦花は「お、おはようございます」と詰まり気味で返事をする。


「いま大丈夫? 邪魔じゃなかった?」なんて訊いても『邪魔だから帰ってくれ』とは決して言わないだろうけども。


 案の定、「平気ですよ」と返ってくる。「ど、どうかしましたか……?」


「いや、雑談なんだけど……ほら、小二の頃に約束をした誰か……思い出の子の話ししたじゃん? でもけっきょく、全員『違う』みたいな結果になっちゃった。今のところ」


「全員……?」睦花は首を傾げる。「全員に確かめたんですか?」


「そうだよ。転校しちゃった展堂さんは除くけど、小蓋商業に通ってる伊炭さんと今井さんにも確認したし、桃岡高校にいる四人にも訊いた。みんな、思い出の子じゃないっぽい」


「え、坂……絵さんにも、天雨さんにも訊いたんですか?」


「訊いたよ」俺は苦笑が漏れてしまう。「坂絵と天雨は俺のこと覚えてなかった」


「えぇ……」やっぱり睦花は信じられないといった顔をする。どんな脳味噌してるんだよと思っているのかもしれない。


「まあ忘れることだってあるよ。昔の話だし。仕方ない」と俺は同類達をフォローする。俺自身が忘れている以上、あの二人には何の文句も言えない。「風亜里は覚えててくれたよ、俺のこと」


「…………」


「帆崎風亜里。わかるでしょ?」


「あ、はい。もちろんわかります」


「睦花と風亜里だけでも覚えててくれて嬉しいよ」


 俺が喜びの笑みを零すと、睦花もちょっと笑ってくれる。「普通、忘れません……」


「忘れてる奴の方が多いんだけど、それでも忘れてない人の方が普通なのかな……?」俺、天雨、坂絵が忘れていて、睦花と風亜里だけが覚えている。伊炭さんと今井さんはどうだったんだろう? そこまでは聞かなかった。


「風亜里さんは何か言ってましたか?」と睦花が訊いてくる。「その、思い出の子のヒントになりそうなこと……」


「いや、まだ会話自体あんまりしてないしわからないんだけど……俺は天雨とよく遊んでたらしい。それは本当?」


「……嘘ではないです」


「なんか含みがあるな」俺は睦花を凝視する。「その言い回しに何か問題でもあるの?」


 睦花はうつむいて目を逸らせる。「も、問題はありません……」


「ふうん」なんか不審だな。「……ちなみに、俺と一番仲がよかったのって、天雨で合ってる?」


「なんともいえません」睦花はうつむいたまま、チラチラと上目遣いに俺を窺う。「『仲良し』にも、いろんな分野があるでしょう? 湊太さんはみんなとそれぞれ仲がよさそうでしたので、甲乙つけがたいです」


「……俺、そんなにたくさんの女子と仲良くしてたの?」


「…………」睦花は黙って頷く。「わ、私にはそう見えましたけど……」


「…………」俺は頭を抱えるしかない。「睦花とも仲よかった?」


 首を振る睦花。「私なんて、おまけですよ」


「そんなことないよ」俺は驚きながら言う。「小二の俺がどんな態度だったかは知らないけど、睦花はおまけなんかじゃないよ」


「小二の頃の湊太さんも優しかったですよ」と睦花は懐かしげに目を細める。「湊太さんは私のこともきっと女の子として見てくれてましたけど……でも私は、やっぱり私なんてちっぽけだなって思っちゃうんです。おまけだなって」


「ダメだよ、そんなふうに思ったら」


「そうですね……」


「今もそんなふうに思ってるの?」


「思ってませんでした」と睦花ははにかむ。「ですが、湊太さんが近くにいると、また思っちゃうかもしれません」


「えっ」


「……すみません、変なこと言って。こ、困りますよね。すみません」


「えー」なんだろう。どうしたらいいんだ。「俺、遊びに来ない方がいい?ここ」


「…………」睦花ははにかんだまま黙る。


「…………」そういうことじゃないんだろうな。「あの、俺は睦花のこと、何かのおまけだとか思ってないよ。一人の友達として見てるし、ちゃんと女の子だとも思ってるよ。あ、いや、いやらしい意味じゃなくてな?」


 睦花は痙攣したみたいに笑い「湊太さんは気にしなくていいんです」と言う。「これは私自身の問題なので。私、湊太さんのことは信頼してますから」


「……そうなのか」なんか、八年ぶりに再会したばかりのに、信頼度が落ちていなくて俺はびっくりしてしまう。小二の俺はさぞかし睦花によくしていたんだろう。それか、睦花がものすごい勘違いをして俺を不当に高評価しているのか。


「へ、変なことを言ってしまって……思わせぶりなことを言ってしまってすみません。気にしないでください」


「少し気になるけど……」


「湊太さんは思い出の子を頑張って見つけてください」


「でも今のところ、打つ手なしだしなあ。睦花と風亜里が何か教えてくれれば道は開けるんだけど」


「わ、私は何も知りません……」


「…………」睦花はかなり怪しい……というか、何か知っていそうなんだけれど、どうして教えてくれないのか、どういう質問をすれば睦花から情報を引き出せるのか、見当もつかない。あるいは、挙動不審な子だから怪しく見えるだけなのかもしれない。


 ひとつわかったのは、必ずしも天雨が俺の一番の親友ではなかったかもしれないということだ。家が近いから遊ぶ機会は多かったけれど、もっと親しい相手は他にいた……ということなのかもしれない。もしくは、女の子によって遊び方の内容が異なりすぎていて比較がしづらいという話にも取れるが。例えば天雨とは走り回って遊んでいて、坂絵とは家でゲームをして、睦花とは絵を描いたりして、風亜里とはお喋りばかりしていたとか……例えばだけれど。でもたしかに、それぞれの女の子とまったく違う遊び方をしていたら誰が本命なのかは客観的に判断しづらくなる。俺の心の中には、きっとはっきり存在していたんだろうけど。本命。今となっては誰なのか、全然わかったもんじゃない。真相は記憶と時間の向こう側だ。

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