007.仲良くできる?②
桃岡高校に着いて自転車を停め、三組に荷物を置いた俺はすぐさま六組……坂絵のところへ行く。坂絵は運動神経がいいのかなんなのか、俺達をぐんぐんと突き放し、もうとっくに着席している。
俺は坂絵の席の前で屈み「おはよ」と声をかける。
坂絵は無視せず、渋々な感じで「おはよ」と返す。
「いっしょに登校したかったんだけど」
「…………」
「おーいって呼んだんだけど、聞こえなかった?」
「漕ぐのに一生懸命で聞こえなかった」と坂絵は言う。「天雨がいるんだからあたしなんていらないじゃん。二人で登校してれば?」
拗ねてる? 「坂絵もいっしょがいい」
「三人で並んで走ると危ないし」
「…………」まあそれはそうだ。
「天雨と仲いいんだ?」
「こっちに戻ってきたとき、挨拶しに行ったんだよ」と俺は説明する。「天雨を選んで訪ねたわけじゃないぞ? ウチから一番近い同級生んちへとりあえず行ってみたんだ」
「ふうん」
「で、そのときから思い出の子を探すのを手伝ってもらってて……それでいっしょにいることが多いだけだよ。仲良くはしてもらえてると思うけどな」
「……思い出の子?」坂絵は早くも天雨のことなどそっちのけで、別のキーワードに反応する。「なに?それ。誰?」
そういえば坂絵には思い出の子や約束の話はしなかったんだっけ? そうだ。何も覚えていないと言ったから、敢えて話さなかったんだ。だって、小二の頃の記憶がないなら何を訊いたって意味がないんだから。
遅ればせながらに俺は言う。「栂下町を離れる前、仲良くしてた子と何か約束をしたんだよ。それだけは記憶にあるんだけど、誰と何を約束したのか覚えてなくてな。それを探ってるんだよ」
「なんで?」
「なんで?って、何が?」
「なんで探ってんの?って訊いてんの」
「なんでと言われると困るんだけど、仲良くしてた子だし、会いたいだろ? 約束の内容についても確認したいし。……あ、いや、そんな重い感じじゃないぞ? ぼんやりとした記憶だから、はっきりさせときたいじゃん? 深い意味はないよ」
「……なんにも覚えてないのに、それだけ覚えてるんだ?」
「まあな。約束のしるしのおかげだよ」俺は人差し指と中指を立てる。「割り箸なんだけど……引っ越しの荷物整理をしてたら出てきてさ、それで思い出したんだ」
「割り箸……」
「ラクガキをした割り箸を、俺とその子で分け合ってるんだ。坂絵んちに片割れがあったりしない?」
「片方だけの、一本だけの割り箸なんでしょ? あったとしても絶対捨ててるって」
「捨ててるよな……」
「や、その思い出の子はちゃんと大事に保管してるかもしれないけどさ?」
「だったら嬉しいんだけど」しかし、俺もどこかわけのわからない場所に仕舞ってあって捨てる寸前だったからあまり偉そうなことは言えないのだった。
ともあれ、坂絵も割り箸は持っていないか。天雨も持っていないし坂絵も持っていない。俺のことを覚えてくれていた二人はそもそも約束などしていないと言うし……詰んだ。八方塞がりだ。四人の話を全面的に信じるなら、だけれど。
坂絵が訊いてくる。「約束って、どんな約束? また会えたら遊ぼうとか、そんな感じ?」
「いや、見当もつかない」少しも記憶にない。「そんな感じかもしれないし、違うかもしれない」
「小二の約束なんだから、たいした約束じゃないでしょ」
「たぶんな」
「埋蔵金のありかを知ってるからいっしょに掘り起こそう!とかだったら絶対に思い出の子、探し出した方がいいと思うけど、そんなわけないし、どうでもいいんじゃん?」
「はは。たしかにそんな現金な感じじゃないな」
「あんたが一方的に約束して、約束した気になってるだけかもしれないしさ」
「そ、それもありえるな……」だから誰も約束を覚えていないのか? なくはないかも。約束と割り箸が別々だとしたら、約束の方は俺の妄想の可能性もある。割り箸は間違いなく存在するし、二人で割って分けた記憶もなんとなくある。だが約束は……マジでか? 「いや、でもたしかに俺とその子で何かを言い合ったんだよ。約束……したはずなんだよ」
「いずれ思い出すんじゃない?」と坂絵は適当だ。「栂下町で暮らしてたらいずれ記憶が甦るかもよ?」
「うーん……」あと一歩……とは言えないものの、それでも思い出の子にはかなり接近しているはずなのに。歯痒い。悔しい。
「そうやって真剣に探そうとしてくれてる湊太の気持ちだけで、思い出の子は報われてると思うよ」
「……なんか優しいな」
「や、だんだん辛気臭くなってきたから、ウザいなと思って。早めに切り上げてほしい」
「お前が訊いてきたんだろ!」
「そんな意味ありげに『思い出の子』とか言われたら気になるじゃん」
「まあな!」それはそうか。「じゃあ話を戻すか。何の話をしてたんだっけ?」
「…………」
「あー……俺と天雨と坂絵の三人で登校したいって言ってたんだ」
「どっちにしろウザい話だった……」坂絵は耳をポリポリと掻く。「あたしはいいから、天雨と二人で登校しな。拗ねてるみたいな言い方になってごめん。あたしは一人でいいから」
「一人でいいとか言うなよ」俺は尋ねてみる。「なあ、坂絵は天雨と仲悪いの?」
「んー? 悪い」
やっぱり悪いのか……。「ケンカしたことある?」と俺は続けて、天雨にした質問を坂絵にもぶつけてみる。
「ケンカはないけど」
「天雨のこと無視したりしたのか?」
坂絵は唐突にも体を震わせ、俺を睨む。「無視なんてしてない……!」
「…………」天雨は無視されたりしたと言っていたが……坂絵の今のリアクションはいかにも不服そうだった。「坂絵は天雨のこと嫌いなの?」
「別に嫌いじゃない」と答えながらも、坂絵は机の上でセルフ腕枕を作り脱力する。「……あたしそういう話ししたくない。あたし人見知りだし、友達いらないし。一人でいい」
「人見知りって、天雨は幼馴染みじゃん……」バリバリ面識ある相手だ。まあでも、一度疎遠になった幼馴染みの方が他人よりも遥かにやりづらいってのはなんとなく想像ができる。「あと、『一人でいい』っつって、じゃあ俺は? 俺は坂絵と友達になったつもりでいるんだけど?」
「あんたは、いて」と言われる。
「なんだよそれ」と俺は笑う。「俺はいいの?」
「あんたは……どっかの都会から来たよく知らない人だから、逆に居心地がいいの」
「ふうん」俺も一応幼馴染みなんだが……まあいいや。「わかったよ。無理強いはしない。天雨と仲良くしてとか、そういうのは二度と言わない。ごめんな」
「ううん……」
「ただ、俺は栂下町の数少ない同級生達とは仲良くしてたいから、するぞ? それはいい?」
「どうぞ」
「ありがとう」俺は坂絵を見て、なんとなく笑う。
「なに」
「いや、なんか懐かしい気持ちになった」
「……なんか思い出した?」
「何も。気持ちだけ、懐かしくなった」
「そんな気がするだけじゃん、それ」
「かもな」
「妄想」
「それを言われたら返す言葉もない」
自分の記憶力が信じられないから、自身から湧く懐かしさも信じきれないよな……。
「ふ」と坂絵が少し笑う。
坂絵に倣って、俺も「なに?」と言う。
「ううん」と坂絵。「あんたが引っ越す前も、こんなふうに喋ってたと思う?あたし達」
「もっと拙い会話だったとは思うけど、喋ってたんじゃない?」
「そっか」
「きっとな」あの頃に思いを馳せても、なんにもビジョンが浮かんでこないけれど、俺はきっと坂絵とも仲がよかったんじゃないだろうか。そんな感覚がある。