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006.仲良くできる?

 桃岡高校にいる三人の幼馴染みとも話したのに、けっきょく誰が思い出の子か判明しなかった。天雨が確認してくれたところによると、伊炭佳代と今井舞夢もやっぱり違うようなので、だとしたら転校してしまった展堂癒智子(てんどうゆちこ)こそがそうなのか? だが別の可能性もある。際田天雨、湖波坂絵、茨野睦花、帆崎風亜里の四人の内の誰かが俺と同様に約束を忘れてしまっているケースもありえる。天雨と坂絵は俺を完全に忘却しているようだから極めて怪しいし、睦花や風亜里にしたって、その約束だけが記憶から抜け落ちてしまっている線は否定しきれない。さらに言うと、俺はむしろこちらを訝しんでいるのだが、思い出の子が意図的に情報を隠していることだってなくはない。つまり、知っていてとぼけているのだ。なんでそんなことをするのかはわからない。今更そんな昔の話を持ち出されても恥ずかしいし、もう俺のことなんて別に好きでもないし蒸し返したくない……そういう気持ちがもしかしたらあるのかもしれない。まあそれならそれでいい。何がなんでも見つけ出したい!とかではないし、もしも覚えているならばお礼を言わせてもらいたいだけだし、何を約束してたんだっけ?と思い出話に花を咲かせたりしたいだけなのだ。でも……少し、少しだけ残念だな、とも思う。思い出の子は近くにいるはずなのに、断定はできなくて、少し寂しいとは思う。忘れているならいい。でも、覚えているのに黙っているんだとしたら、少し、ほんの少しだけ、悲しいかもしれない。


 ウチの母親に訊いてみると、坂絵や睦花のことは知っているようだった。正確には湖波や茨野の名字に聞き覚えがあるだけで、俺と坂絵や睦花がどんな関係だったかまでは把握していなかった。家族ぐるみで出掛けたこともある、と言っていた。風亜里のこと……帆崎家のことは記憶にないようだった。やはり遊ぶ頻度は少なかったのかもしれない。


 天雨と坂絵は俺を覚えていない。睦花と風亜里は俺を覚えている。約束のしるし……割り箸に関しては、天雨は持っていないと言い、他の三人には尋ねてすらいない。俺のことを覚えている睦花や風亜里なら、仮に割り箸を分け合ったなら当然それも覚えているだろうし、だったら約束自体のことも覚えていて然るべきだ。坂絵はそもそもすべて忘れているから、天雨同様、あまり何も期待できない。ただ、いろんなパターンがありそうであらゆる事柄について断言ができない。約束を約束とは認識せずに結んでいるかもしれないし、割り箸はなくしたっきり忘れてしまっているかもしれないし、やっぱり何はともあれ、何かを意識的に隠蔽されるとお手上げなのだった。


 朝、天雨と並んで自転車を漕ぎながら、思い出の子の話をしている。天雨は「全員に確認したけど、けっきょくわかんなかったね」と苦笑する。


「やっぱり転校していった展堂癒智子さんなのかな」と俺は言ってみる。


「どうかな。あの子はそういう感じじゃないと思うんだけどな」天雨は思い返すように、ちょっと空を眺める。「連絡先がわかれば確認できるんだけどね。あの頃はまだスマホも持たせてもらえてなかったし、癒智子の行方ももう掴めないし……」


「……まあまだ、四人の内の誰かが忘れてたり素知らぬ顔してる可能性もあるから」


「…………」


「よかったな、天雨。もうしばらくは思い出の子を探すの、楽しめそうだぞ。」


「って私も素知らぬ顔してる奴の候補に入ってんの!?」


「そりゃ候補からは外せないだろ」


「ひっどー。こんなに協力してるのに」


「油断は禁物だ」


「……まあ睦花と風亜里は怪しいんじゃない? 昔のこと覚えてるんだから、何かしら知ってるでしょ」


「それを言うなら、天雨と坂絵も忘れたフリしてるだけかもしれないだろ」


「疑心暗鬼すぎじゃない?」と天雨はいっそ笑う。「えー、そんなふうに私のこと見てるんだ? ちょっとショックかも」


「や、そんなんじゃないよ」たぶん。「でも、睦花や風亜里にしたって、隠したいことがあるんだったらそもそも俺のことを覚えてるなんて明かす必要なくない? 忘れたフリしてた方が楽だろ」


「嘘が下手なのかも」と天雨は言う。「ボロが出そうだから、約束に関連することだけ知らんぷりすることに決めたのかもよ?」


「うーん……」


「ボロが出るっていう話だと、私や坂絵だってそうだよ。忘れたフリなんてなかなかできないよ? よほどじゃないと、そんなの絶対バレる」


「まあなあ」


「忘れたフリする意味もわからないし」


「今更になって約束の話なんてしたくないのかもしれない。黒歴史に認定されてるのかもしれないし」


「あるかなー。なくはないか」考えるようにする天雨。「そんなの、懐かしいね!で済ませばよくない?」


「そう思うけど」そうなのだ。「じゃあ天雨、さっさと白状しろ。見苦しいぞ」


「だから私じゃないってー」


「……風亜里が、俺と天雨は仲良かったって言ってたぞ」


「ウチの親も言ってた」天雨は嘆息する。「……嬉しい?」


「……そんなの、今が仲良しかどうかだろ。昔の良好な関係を誇ってもどうしようもない」


「そりゃそうだ。いいこと言う」


 ペダルをクルクル回しながら天雨と笑い合っていると、俺達の脇を自転車が一台、走り抜けていく。追い抜かされた。誰かと見遣ると、あの小さい体にショートボブは……坂絵か。見向きもせずに先へ行きやがった。


「坂絵だ」と天雨は気まずそうにしている。「同じ町だし、会いたくなくても会っちゃうことってあるよね」


「お前らさ、仲良くしないの?」


「今更できないでしょ」と天雨は消極的だ。「中学校時代にもろくに喋ってないんだし」


「同じ町の、同じ小学校出身の、数少ない仲間なのに」と俺はあきれてしまう。息を吸い「坂絵ー!」と呼ぶ。「いっしょに登校しようぜー!」


 無視される。


「ほら、無視された」と天雨はなぜか楽しそうにする。「やっぱりあのときはたまたま機嫌がよかったんだろうね」


「いや、今日は天雨がいたから嫌だったんじゃないの?」


「もおー……」


「仲良くしてくれたら俺は嬉しいんだけど」

 だって、俺の友達は今のところ四人で、でも彼女達はそれぞれが別々に行動していて、お互いちっとも交流しないのだ。やりづらい。


「そんな、湊太の都合よくはいかないよ」天雨はいつの間にか俺を呼び捨てにしていて、それは少なからず俺に気を許してくれたんだろうし喜ばしいことなんだが、天雨にはもともとの幼馴染み達とも昔のように打ち解けなおしてもらいたいところだ。「風亜里とならまた仲良くできるかもしれないけど、坂絵と睦花は難しいかもな。私、好かれてないだろうし」


「天雨はホントに嫌われ者だな」


「友達いっぱいいるもん」


「風亜里にしても……」

 天雨に嫉妬をしているみたいな言い方をしていたけれど、あれは昔の話だから大丈夫なんだろうか? だけど、高校生になってもまた俺と天雨が仲良くしていたら、あんまり面白がらないかもしれない。なんか、いろいろと複雑そうだな。小さな田舎の、極少数の幼馴染みなのに。

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