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001.際田天雨

 誰と仲がよかったのかも記憶にないんだけど、たぶん思い出の子とばかりいっしょにいたんだと思う。同性の友達と遊んだ覚えがないし、顔も名前も浮かんでこない。かといって、別に異性の同級生の顔や名前も同様に浮かんでこないので、ただ単純に記憶力が悪いだけなのかもしれない。……いや、おぼつかない年齢だったからなのだと思いたい。そんなんじゃ、バカみたいではないか。


 ともあれ、せっかく生まれ育った町に戻ってこられたので、ちょっと小学校時代の同級生とコンタクトを取り、いろいろ確認しておきたい。父親の転勤はさすがにもうなさそうだし、俺はまた長い時間を栂下(つがした)町で過ごすことになるのだ。だったら地元の同級生ともまた長い付き合いになるはずだし、できるなら仲良くしたい。挨拶がてら、帰ってきたことを報告したい。


 俺はゴールデンウィーク明けから桃岡(ももおか)高校へ転入する手筈になっているが、この連休は暇なのだ。日常生活や学校に関連する準備は済ませてしまっているので、時間が有り余っている。


 誰でもいいから適当に、同級生の家を訪ねよう……と俺は思う。以前の俺だったらそんなことは思いもしなかったんじゃないかと思うけれど、都会での生活のおかげなのかなんなのか、俺はわりと積極的だった。


 母親に訊いてみる。「ねえ、俺の小学校時代の同級生で、ウチから一番近いのって誰?」


際田(きわだ)さんでしょ」と母親はすぐに答える。「覚えてないの?」


「覚えてないよ。ちっちゃい頃だもん」と俺は返す。「その、際田さんって、男子? 女子? 俺と仲良かった?」


「え……際田さんちは、男の子じゃなかったっけ? たしか男の子よ。髪、短かったし。あんたとよく遊んでたじゃない」


「そこは曖昧なんだな……」


「お母さんは、際田さんとこのお母さんと仲良くしてただけだから。ママ友ってやつよ」


「ああ……だから覚えてるんだ?」


「そういうこと。挨拶しに行くつもりなの? 偉いわね。そしたら際田さんちの場所教えてあげるから、際田さんのお母さんにもよろしく言っておいてくれる? お母さんも落ち着いたら挨拶させてもらいに行くけどね」


「わかったよ」


 俺は母親から際田家の位置を教えてもらい、出掛ける。しかし、母親に昔の話をしてもらっても、なんにも思い出せない。際田さんちの男の子と俺が仲良くしていて、よく遊んだって? まったく覚えていない。


 町の景色にはなんとなく見覚えがあるんだけど、田んぼがあった場所に家が建っていたり、道が出来ていたり、栂下町も開発が進んでいるようだった。いや、でも栂下小学校は子供不足で廃校になってしまっているというんだから、なんだかよくわからない。栄えているのか廃れているのか、どっちなんだ。ちなみに、栂下町の小学生は今、婿鵜(むこう)小学校へバス通学しているそうだ。時代を感じる。


 数分歩くと、すぐに際田家に到着する。俺んちの通りから大通りに出て、次の通りに入って少し歩けば、そこはもう際田家だった。たしかに近い。これだけ近ければ、よく遊んだとしても無理はない。近いんだもん。


『際田』と書かれている表札の家のチャイムを鳴らす。少し緊張。ただ、際田さんちの子は男子らしいのでそこまで身構えることもあるまい。同性と遊んだ記憶はないが、この歳になると、やはり異性より同性の方が気を遣わなくて済んで楽だ。


 際田家のお母さんらしき人……つまり俺の母親のママ友が玄関の戸を開ける。「はい?」


「あ、こんにちは」俺は頭を下げる。「中道と申します。小学校二年生まで、際田さんにもお世話になっていたと思うんですが……あの、父親の転勤でまた地元に帰ってきたので、ご挨拶に伺いました」


「ああ!」と際田お母さんは声を上げる。「中道さんちの!? ちょっと待っててね。ウチの子を呼んでくるわね」


「あ、あの」際田お母さんが引っ込んでしまう前に、俺は母親からの御使いを果たす。「ウチの母親も、またよろしくお願いしますと言っていました」


「丁寧にありがとう」と際田お母さんは頭を下げ、それから中へ入っていく。「天雨(あめ)、お友達がいらしてるわよー!」


「はーい?」際田お母さんとは別の声が中から聞こえ、ペタペタと足音が近づいてくる。


「…………」俺は改めて気合いを入れる。


「はい?」際田お母さんと入れ替わりで顔を覗かせたのは、どう見ても男の子じゃない、女の子だった。俺を見とめ「え、誰?」とすぐに怪訝そうにする。


 女の子だなんて聞いてないんだけど。なんでウチの母親は男の子だって言ったんだ? 俺は不意を討たれてテンパり、ちょっと挙動不審になってしまう。「あ、あの、中道湊太(なかみちそうた)っていって……小二の頃まで栂下町にいたんだけど」


 女の子は俺をじっと見て、「あー……なんかいたかも!」と言う。超テキトーそうだった。


 やはり俺のことなんて覚えてないよな、と落ち込むが、俺だって何も覚えていないんだから、おあいこなのだった。


「父親が宇羽県の会社の方に戻れることになって、それでまた地元に帰ってきました」俺は当初の目的を完遂するべく頑張る。「また仲良くしてほしいです」


「うん……」と女の子は歯切れが悪い。


 だけど、そりゃそうだ。なんか、昔は親しかったみたいなノリで『また仲良くしてほしい』なんて言っているけど、向こうは俺なんて覚えていないのだ。俺も覚えてないけど! ましてや、際田さんちの女の子はメチャクチャ可愛くて、なんで男の子と間違えた!?とまた母親を責めたくなるくらい女の子らしくて、彼氏とかもいそうだし、俺はあんまり馴れ馴れしくしない方がよさそうなのだ。


 少し色が抜けたようなセミロングで、目元もぱっちり、唇ぷっくりで、最乃宮にだってなかなかいなさそうな美人だ。向かい合っている自分が恥ずかしくなる。


「…………」挨拶したし帰ろう。俺は踵を返し「じゃあ」と立ち去ろうとする。


「あ、ごめん。ちょっと」と女の子が呼び止めてくる。「びっくりしてぼーっとしちゃった。ごめん。名前、なんて言ったっけ?」


「……中道湊太です」


「中道湊太くん……」女の子は反芻するようにしてから「際田天雨です」と名乗る。「よろしくね」


「あ……よろしく」俺はぺこりと頭を下げる。「あの、俺のことって記憶にない?」


「うーん……」と際田さんは目を細める。「悪いけど、あんまり。小二まで栂下小学校にいたんだっけ?」


「うん」


「そうなんだ……」


「よくいっしょに遊んだらしい」


「ホントに?」と際田さんは苦笑する。「全然覚えてない」


「俺も覚えてないんだけど……家は近いし、まあ遊んでても不思議じゃないかなって感じ」


「あ、家近いんだ?」


「うん。俺んちはそっちの通りにある」


「あー……なんか遊んだかも。遊んでないかも」


「あやふや……」


「あはは。ごめん」と笑って両手を合わせる際田さん。「でも、幼馴染みだって言われると、納得かも。初対面なのに、あんまり嫌な感じしないし」


「初対面じゃないからな」


「や、記憶上は初対面みたいなもんでしょ?」


「まあ」覚えていないからね。「……でも、際田さんと話してみて、なんとなくわかったよ。俺のこと覚えてる同級生、たぶんあんまりいないだろ」


「うーん」とまた際田さんは唸る。「湊太くんの話題になったことって、少なくとも私が覚えてる限りだとないから、そうかもね。昔すぎて、たぶんみんな忘れてると思う」


「な」俺はがっくりする。


「今からまた仲良くなればいいんじゃない?」


「うん。数少ない幼馴染み達だしな。仲良くしたい」


「うんうん」


「まあ際田さんにはあんまり迷惑かけないようにするよ」


「迷惑? なんで?」


「いや、彼氏とかいるんじゃないの? 小二の頃はよく遊んだかもしれないけど、高校生にもなったら、な? 異性同士で仲良くしてるわけにもいかないだろ」


「彼氏なんていないし」と苦笑される。「なんで彼氏いると思ったの?」


「いや……」可愛いから、とは言えないだろう。「なんとなく」


「ふうん」『可愛いから』と言わなかったのに、際田さんは少し赤くなる。「彼氏いないから、別に仲良くしてくれてもいいよ。久々の地元で心細いんでしょ?」


「まあ」上手くやっていけるか、たしかに不安だ。「ありがとう」


「あと、天雨って呼べばいいよ」と際田さん。「私の名前。私も湊太くんって呼ぶから。栂下小学校の幼馴染みは名前で呼び合うのがしきたりでしょ?」


「そうなんだっけ?」


「そうだよ。名字にさん付けは気持ち悪い」


「わかった」俺は頷く。「天雨」


「はい」と返事して際田さんもとい天雨は笑う。


 天雨……天雨か。実際に口にしてみると、たしかに昔、そんな名前を呼んだ記憶が……いや、やっぱりなかなか甦ってこない。くそ。もどかしい。


 それに、そういえば、天雨が思い出の子の可能性だってあるのだ。家が近くてよく遊んだのなら、むしろ可能性というか、この子が思い出の子なんじゃないのか?


 一応確認してみる。「天雨って昔、誰かと何か約束して、約束のしるしみたいなものを分け合った覚えとかある?」


「あはは」と笑われる。「湊太くんと?」


「ぐ」まあこの文脈だったら誰でも予測できるよな。「や、真面目な話……俺にはその記憶だけぼんやりとあるんだよ。ここを離れるとき、大切な誰かと何かを約束したんだ」


「ロマンチック」


「マジで」


「私じゃないよ……と言いたいけど、私も忘れてるっぽいからなあ」天雨は自分の毛先を指でクルクルする。「約束のしるしなんてあるの? それはどんなものなのか、訊いてもいい?」


「割り箸なんだけど」俺は少し恥じらいつつ明かす。「割り箸にラクガキをして、それを割ってお互いが持てるようにしたんだ」


 笑われるかと思ったが、天雨は「へえ」と口をすぼめる。「私んちにはないな。捨ててたらごめん」


「はは。いいよ」昔の話なのだ。いちいち覚えていて執着している方がおかしい。俺もただなんとなく思い出の子に会って、お礼を言いたいだけなのだ。


「湊太くんはその約束をした女の子を探してるんだ?」


「探してる!ってほど気張ってもないけど、まあ、再会できたらいいなとは思ってるよ」


 すぐに「探すの手伝ってあげようか?」と天雨が申し出てくれる。


「いいの?」


「いいよ。そういう面白そうなの、私好きだから」


「手伝ってくれると助かるな」


「私、同級生全員の連絡先知ってるから、確認してあげるよ」


「それだと一瞬で見つかりそうだな」と俺は笑ってしまう。

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