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010.お喋り好き

「ねえ、最乃宮にいたとき、誰かと付き合ったりしてたん?」と坂絵が訊いてくる。


 俺は坂絵の正面に屈み、坂絵の机に腕を乗せ、そこにさらに自分の顎を乗っけている。「付き合ってないよ」


「好きな人はいた?」


「好きな人も別にいなかったな……」


「キモ。それはそれでキモ」


「うるさいな……。最乃宮では男子とばっかりつるんでて、それが楽しくて、女子のことはあんまり眼中になかったんだよ」


「ふうん。で、こっちに戻ってきたら抑圧されてた欲望が爆発したんだ?」


「抑えてたわけじゃないし……」だけどたしかに、栂下町に帰ってきてからは逆に女子としか仲良くしていない。転校初日に誰も話しかけてくれなくて、それを不憫に思ったらしい天雨がずっといっしょにいてくれたのもあって、それはそれでありがたい話だったんだが、そういう要因もあって俺は友達を作り損ねてしまったみたいだった。とはいえ、栂下小学校の幼馴染みとは再コンタクトを取れて仲良くさせてもらえているので、別にそこまで寂しくもない。


 坂絵は好奇心旺盛だ。「最乃宮の女子の方が可愛いんでしょ?」


「そんなこともないよ」と俺は返す。「こっちの女子も普通に可愛いと思う」


「まあ、天雨とかはメチャクチャ美人だしなあ」


「…………」


「ね?」


「……坂絵も可愛いよ」すぐに机の下から足先が飛んできて俺の脛に刺さる。「いってえ! 蹴るな」


「心にもないこと言うからじゃん?」


「いや、思ってるから……」からかうつもりで言ったけど、本心であることは間違いない。天雨や風亜里は顔立ちが整っていて純粋に美人って感じがするけど、坂絵だって可愛らしいし、睦花も同様だ。端整であればいいというものではないと俺は思う。「……なあ、脛、超痛いんだけど。絶対青あざになりそう……」


「ごめーん」


「手加減しろよな」


「手加減はしたけど、使ったのは足だし」


「ち」


「ごめんて」坂絵は足先で俺の脛を撫でてくれる。「なでなで」


「いや、いてえし。蹴られたばっかでジンジン痛いの。傷口に塩を塗るなよ」


「まあよかったじゃん」と坂絵は話を戻す。「最乃宮に恋人がいなかったんだったら、悲しい別れをしなくて済んだんじゃん?」


 そこまで話を戻すのか。「まあ結果的にはそうだよな。たしかに最乃宮で誰かと付き合ってたら悲しい目に遭ってたな」離れ離れになってしまうし、さよならをしなくちゃいけなかった。「……もう、そういうのは勘弁だな」


「……思い出の子の話ししてる?」


「あ、うん」覚えていないはずなのに、悲しい気持ちが残っている。いや、これは残っているんじゃなくて、たぶん今、そういう想像をして悲しくなっているだけだ。顔も名前も、約束をした情景も思い出せないクセに、悲しいも何もないだろう。


「忘れてても、どうせ近くにいるんじゃん?」


「…………」


「栂下小学校の同級生の誰かなんでしょ? だったらまた同じ町で暮らせてるってことじゃん。ならそれでいいんじゃない?」


「ポジティブに考えるなら、そうだ」


「ネガティブに考えるなら?」


「……思い出の子が誰かわからなくてむなしい。名乗り出てくれないのも寂しい」


「その本人にしたって、自分が思い出の子だって忘れてるだけでしょ」


「いや、覚えてて知らん顔してる可能性もある」


「……だったら事情があるんでしょ。あんた自身が忘れてるんだから、あんまり責められないよね?」


「それはマジでそう」不甲斐なくなる。「俺が覚えてれば一瞬で解決した話だしな」


「あはは。自分がややこしくしてるんじゃん」


「ホントだよな」俺は坂絵を眺めつつ、全然違うことを考えている。こいつ、お喋り大好きなんだよな。人見知りするし友達もいらないなどと言うわりには、楽しそうに話をするのだ。話している俺の顔をじーっと見て聞いているし、自分が話すときも大きな声でしっかりと喋るし、他人が嫌いなようにはまったく見えない。睦花の場合は口調も自信なさげだし、おどおどしているし、明らかに話すのが苦手なんだなとわかるけど、坂絵はそうじゃない。なんで友達を作ろうとしないんだろう? もう六月で、俺は約一ヶ月間坂絵を見ているけれど、この子が他人と話しているのを見かけたことがない。俺が遠方からやって来た転校生で、なんとなく特殊な立ち位置だから話しやすいってのは理屈としてわからなくもないが、別に坂絵のような明るい性格だったら多くの人から受け入れてもらえるだろうに。なぜ自分からアプローチしていかない? もったいない。


 じっと眺めていると、「なに?」と睨まれる。


「いや」あまり口うるさく言うとまた嫌がられるから言わない。「可愛いから見惚れてた」


 また足先が机の下から出てくるので、予期して掴んで止める。「じょっ、女子の足を掴むな」


「お前、本気で蹴るんだもん」


「お金取るよ」


「いくら」


「三千円」


「リアルな額を言うな」生々しい。「キスはいくら?」


「足の裏に?」


「そんな下僕みたいなキスはしないよ。普通のキスだよ」


「最乃宮育ちのシティボーイはマジ汚いよね。お金で女子の唇を買うなよ」


「急に辛辣だな……。最乃宮育ちでもシティボーイでもないよ」三つ子の魂が百までなら、俺の魂も宇羽県の栂下産だ。


「あたしの唇は愛でしか買えないの」


「安いもんだ」


「その台詞使い方違うから」


「まあ実際、ぶっちゃけ、坂絵から愛されるのって簡単じゃなさそうだよな」


「はあ? なんで?」


「や、他人に心許さなさそうじゃん?」


「そういう認識? あたしのこと」


「違う?」


「違うっていうか……まあどうでもいい。どんな認識でもいい」


「俺にはちょっと心許してくれてそうだけど」


「……調子乗んなよ」


「すまん、調子に乗った。許してるわけないよな」


「…………」坂絵はうつむいて、うつむきすぎて、こちらにつむじを見せてくる。「……許してるよ」


 まあ、話しかけてきて構わないと俺にだけ言ってくれている以上、坂絵がある程度心を許してくれているのは明白なんだけど、改めて公認してもらえると嬉しくなる。


 俺は「可愛い奴じゃ」と言いながら坂絵の頭をくしゃくしゃと撫でる。ふわっとしているが、髪の毛一本一本は意外と太くてしっかりしている。


「痛っ」と言われる。


 あ、無造作に撫でている最中、俺の指先が坂絵の耳に引っ掛かったかも……と思い、「ごめん」と謝る。「大丈夫か? 痛かった?」


「いや、痛くなかった」と笑われる。


 なんだよ。「びっくりしただろ」


「あはは。ごめん」


「怪我してないよな?」髪の毛の間から覗いている坂絵の両耳を、俺はまじまじと確認する。特に出血があったり傷ついたりはしていない。


 真っ赤になった坂絵に押し返される。「平気だから。じろじろ見んな」


「わかったよ。俺の耳も見ていいから」


「ぷふ……別に全然見たくないから。見てどうすんだよ」


「耳って見られると恥ずかしくない?」


「知らないけど……とにかくあたしの頭触るの禁止ね?」


「頭撫でちゃダメってこと?」


「女子の頭を撫でようとするのがまずキモいから。わかった?」


「わかった。仲良くなってきたと思って調子こいた。すまん」


「それはいいんだけど、頭には触んないで」


「……頭に何かあんの?」


「いや、髪がぺしゃってなるでしょ。せっかく膨らませてるのに」


「そんだけかよ……」


「大事なことでしょ」と坂絵は微笑む。俺はそれを眺めて、他の生徒とも話せばいいのに……とまた思う。

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