000.思い出の子
誰だ?と問われると誰だかわからないんだけど、幼い頃、地元を離れるときに誰かと何かを約束したような記憶がある。
俺は小二の夏に父親の転勤で最乃宮の方へ引っ越したのだが、高一になってようやく、およそ八年ぶりに地元の宇羽県へ戻ってくることができた。
引っ越しに際する荷物の整理をしていて、俺はその誰かとの約束のしるしを持ち物の中に見つけ、そういえばそんなこともあったよなと記憶を甦らせたのだった。
割り箸の片割れだった。それが約束のしるしで、俺とその誰かは割り箸にラクガキをし、それを二つに割って互いに持ち帰ったのだ。今にして思うとメチャクチャ安上がりだし雑な『しるし』なんだけど、当時小二だった俺達にはそれが精一杯だったに違いない。なんだかんだで捨てられていないところを見ると、俺はきちんと大事に保管していたみたいだった。
が、誰と、何を約束したのかを思い出せない。かなりあやふやな年齢だったし、そこから相当な時間も経過してしまっているので致し方ないといえば致し方ないのだが、そこまで思い出してしまうと気になってしまってどうしようもない。
それに、かすかに覚えているのだ。最乃宮に転校して、新しい環境に慣れるために四苦八苦していた時期、俺はその誰かとの思い出を、その誰かからの言葉を、ずっと励みにして頑張っていたのだ。転勤したてで両親が忙しくて全然構ってもらえず寂しかったときも、都会の奴らと馬が合わなくて挫けそうだったときも、なんか授業のレベルが田舎よりも高い気がして投げ出しそうだったときも、俺はその誰かのことを思いながら必死に踏ん張って乗り越えたのだ。実際、ちゃんと乗り越えることができたのだ。最乃宮での生活に慣れてしまってからは、恩知らずにもすっかり忘却して調子よく過ごしてしまっていたんだけれど……今になって思う。もしもできるなら、ありがとうと言いたい。もう一度その誰かと顔を合わせて、感謝をしたい。そして、ついでで構わないので、反古にされたって別に構わないので、何を約束していたのかも尋ねてみたい。
今なら、やろうと思えばできるのだ。俺は祖父母が今現在も暮らしているもともとの実家に戻ってきている。つまり、小二まで生活していた栂下町でこれからまた生きていくことができるのだ。小学校時代の同級生は相変わらず同じ町にいるはずだし、クソ田舎の村なのだ……規模は狭いし同級生の人数も知れている。見つけ出すことは難しくない。
女の子だった。それは覚えている。間違えるはずがない。俺とその誰かは両思いだったんだから。
また宇羽県のド田舎の環境に順応しなおさなければならないし、すぐさま高校生活も始まるのだが、それと平行して、俺は思い出の子のことも調べていきたい。