表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜ノ晩二見ル夢  作者: 蒼月さわ
8/8

サクラサク

恋するオンナの子のお話です。

「あたし、決めた」


 大きな木の下で、セーラー服姿のまま膝小僧をかかえてしゃがみこんでいたあたしは、お空を見上げて、目と鼻の先にあるちっちゃな小枝を、まっすぐに指さした。


「いきなり、どうしたの?」


 隣にいたあづみちゃんは、白くて細い首をかしげる。


「あの、まんまるいつぼみが咲いたら告白するんだ」

「なにそれ、願かけ?」

「そう、願かけ」


 あたしは頷いた。入学したての高校で有名なサクラ並木。校門前はいま、春満開だ。


 ふうんと、あづみちゃんは言った。


「で、いつ咲くわけ?」

「わかんない」


 でもあきらめない。


「サクラに願かけなんて、あまり聞かないけど?」

「だって、サクラってすぐに散ってしまうじゃん」

「だから?」

「だから、流れ星みたいじゃん」


 あづみちゃんは、また、ふうんと言った。


「おもしろいこと考える子ね」

「そうかなあ」


 ずっとあのつぼみを眺めてて、ふっと思っただけなんだけど。


「流れ星ってさ、あっというまに消えてなくなっちゃうじゃん。次にいつ流れるかわからないけれど、サクラは春がきたらまた咲いてくれるでしょう? だから、おもいきって念じてみようと思ったんだ」

「ロマンチックねえ」


 あづみちゃんが腕時計を見て、立ちあがった。


「そろそろ来るよ」


 あたしも立ちあがって、サクラをうろうろと眺めて楽しむ女子生徒になった。入学式から二週間目、お昼休みの日課になったサクラ並木のお散歩。でもお目当てはそれじゃない。


 校門に向かって、走ってくる足音がする。


 センパイだ。


 陸上部に所属しているセンパイは、休み時間になると、校舎を出て体力づくりに励んでいる。あたしはちらちらと気づかれないように視線をおくりながら、さっきのあのつぼみにお願いをした。


 センパイに告白したいんです。


 どうか綺麗に咲いてください。


 そうしたら、ふわっと風が吹いた。


 サクラがいっせいにざわめいて、そのつぼみはくるくるとまわって、あたしの足下に落ちた。


 センパイのうしろ姿が校門を通りぬけてゆく。


「ちょ、ちょっと、泣いちゃだめ」


 あづみちゃんがあたしの足下と、ぽろぽろと流れる涙を見比べながら言った。


「エミはさっき、流れ星みたいって言ったじゃない。ちゃんと願かけしたんでしょう? だったら泣いちゃだめよ」

「……で、でも」


 サクラからはなれたら、つぼみは咲けない。


 つぼみが咲けなかったら、あたしは告白できない。


「どうしよう……あづみちゃん」

「もう一度、願ってみなさいよ。そのつぼみに」


 あづみちゃんは、あたしの頭を撫でながら、きっぱりと言った。


「そのつぼみが落ちたからって、エミの想いまで一緒に落ちることないんだからね」


 そうかなあ……


 でも、あづみちゃんの言うとおり、もう一度足下に転がっているつぼみにお願いした。


 センパイに告白したいんです。


 どうかどうかお願いします。


 そうしたら、また風がふわっと吹いた。


 足下のつぼみがその風に拾われて、ふわふわ、ふわふわと泳いでゆく。


 あたしは慌てて後を追った。


 つぼみは危なっかしく風に流されてゆく。どんどん、どんどん、飛んでいって、サクラ並木の間に、ぽとんと落ちた。


 あたしはそのつぼみを拾う。


 また、サクラがいっせいにざわめいた。今度のはちょっと大きい感じ。


 目をあげたら、走っていったはずのセンパイの背中が見えた。足をとめて、周りのサクラを見上げている。


 その顔が、ゆっくりとあたしの方を振り返った。


 センパイと目があった。


 遠いけど、どうしてかわかる。不思議そうにあたしを見ている。


 手のひらにあるつぼみが、くるりと転がった。


 センパイも前を向いて、また走りはじめる。


 あたしも走った。自分でもわかんないけど。


 走って、走って、センパイを追いかけた。


 つぼみを握りしめて。




 あとで、あづみちゃんが言ってくれた。 


「そのつぼみはきっと、エミのために地面に落ちてくれたの。自分は咲かない代わりに、エミの想いを咲かせるためにね」


 つぼみはお守りとして、カバンに入れてある。


 今日も部活を終わってから、センパイと一緒に帰った。                           

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ