サクラサク
恋するオンナの子のお話です。
「あたし、決めた」
大きな木の下で、セーラー服姿のまま膝小僧をかかえてしゃがみこんでいたあたしは、お空を見上げて、目と鼻の先にあるちっちゃな小枝を、まっすぐに指さした。
「いきなり、どうしたの?」
隣にいたあづみちゃんは、白くて細い首をかしげる。
「あの、まんまるいつぼみが咲いたら告白するんだ」
「なにそれ、願かけ?」
「そう、願かけ」
あたしは頷いた。入学したての高校で有名なサクラ並木。校門前はいま、春満開だ。
ふうんと、あづみちゃんは言った。
「で、いつ咲くわけ?」
「わかんない」
でもあきらめない。
「サクラに願かけなんて、あまり聞かないけど?」
「だって、サクラってすぐに散ってしまうじゃん」
「だから?」
「だから、流れ星みたいじゃん」
あづみちゃんは、また、ふうんと言った。
「おもしろいこと考える子ね」
「そうかなあ」
ずっとあのつぼみを眺めてて、ふっと思っただけなんだけど。
「流れ星ってさ、あっというまに消えてなくなっちゃうじゃん。次にいつ流れるかわからないけれど、サクラは春がきたらまた咲いてくれるでしょう? だから、おもいきって念じてみようと思ったんだ」
「ロマンチックねえ」
あづみちゃんが腕時計を見て、立ちあがった。
「そろそろ来るよ」
あたしも立ちあがって、サクラをうろうろと眺めて楽しむ女子生徒になった。入学式から二週間目、お昼休みの日課になったサクラ並木のお散歩。でもお目当てはそれじゃない。
校門に向かって、走ってくる足音がする。
センパイだ。
陸上部に所属しているセンパイは、休み時間になると、校舎を出て体力づくりに励んでいる。あたしはちらちらと気づかれないように視線をおくりながら、さっきのあのつぼみにお願いをした。
センパイに告白したいんです。
どうか綺麗に咲いてください。
そうしたら、ふわっと風が吹いた。
サクラがいっせいにざわめいて、そのつぼみはくるくるとまわって、あたしの足下に落ちた。
センパイのうしろ姿が校門を通りぬけてゆく。
「ちょ、ちょっと、泣いちゃだめ」
あづみちゃんがあたしの足下と、ぽろぽろと流れる涙を見比べながら言った。
「エミはさっき、流れ星みたいって言ったじゃない。ちゃんと願かけしたんでしょう? だったら泣いちゃだめよ」
「……で、でも」
サクラからはなれたら、つぼみは咲けない。
つぼみが咲けなかったら、あたしは告白できない。
「どうしよう……あづみちゃん」
「もう一度、願ってみなさいよ。そのつぼみに」
あづみちゃんは、あたしの頭を撫でながら、きっぱりと言った。
「そのつぼみが落ちたからって、エミの想いまで一緒に落ちることないんだからね」
そうかなあ……
でも、あづみちゃんの言うとおり、もう一度足下に転がっているつぼみにお願いした。
センパイに告白したいんです。
どうかどうかお願いします。
そうしたら、また風がふわっと吹いた。
足下のつぼみがその風に拾われて、ふわふわ、ふわふわと泳いでゆく。
あたしは慌てて後を追った。
つぼみは危なっかしく風に流されてゆく。どんどん、どんどん、飛んでいって、サクラ並木の間に、ぽとんと落ちた。
あたしはそのつぼみを拾う。
また、サクラがいっせいにざわめいた。今度のはちょっと大きい感じ。
目をあげたら、走っていったはずのセンパイの背中が見えた。足をとめて、周りのサクラを見上げている。
その顔が、ゆっくりとあたしの方を振り返った。
センパイと目があった。
遠いけど、どうしてかわかる。不思議そうにあたしを見ている。
手のひらにあるつぼみが、くるりと転がった。
センパイも前を向いて、また走りはじめる。
あたしも走った。自分でもわかんないけど。
走って、走って、センパイを追いかけた。
つぼみを握りしめて。
あとで、あづみちゃんが言ってくれた。
「そのつぼみはきっと、エミのために地面に落ちてくれたの。自分は咲かない代わりに、エミの想いを咲かせるためにね」
つぼみはお守りとして、カバンに入れてある。
今日も部活を終わってから、センパイと一緒に帰った。