第93話 小さな侵入者
皇帝の命により、とある人物がローランド王国の王都エストに侵入しようとしていた。
その名は、ノゾミ・ノワールである。
ノゾミは、帝国軍の特務部隊コウガ所属の忍者である。
ノゾミの容姿は、色白の肌に赤い瞳である。
黒色の髪を、シュシュでポニーテールに結っており、任務の時に邪魔にならないようにしている。
身長は150cmで、年齢は14歳である。
小柄な体躯を活かした素早い行動が得意である。
【コウガ】には、敵地への潜入偵察を行うチームと、要人暗殺などを行うチームに分かれている。
ノゾミは前者に属しており、モンスターを除いて殺しの経験は皆無である。
ちなみに、組織でのコードネームは【夜桜】である。
ノゾミは、実の両親がわからない孤児であった。
10年前に帝国軍特務部隊【コウガ】の団長であるエリックが引き取り、ノゾミと名付けた。
それからエリックは、ノゾミに忍者としての英才教育を施した。
そして現在、ノゾミは組織内でも1、2を争う程の実力者となった。
エリックは現在32歳で、自身もかつて孤児であった。
彼を引き取ったのは、亡き前団長であった。
その後、エリックは前団長の意志を継ぎ、現在の団長となった。
ノゾミは偵察のため、義父のエリックや組織の仲間たちと共にローランド王国に来ていた。
ノゾミとエリックは、旅人に扮して王都エストに侵入していた。
コウガの他のメンバーは、ローランド各地に散らばって偵察をし、地形を把握しようとしている。
すべては、帝国軍本隊がローランド侵攻を有利に進めるために。
ただ、今回の目的は戦闘ではなく、あくまでも偵察が任務だ。
そのため、戦闘は避けて極力危険は冒さないように行動する。
王都エストにある、とある宿屋でエリックとノゾミは話し合っていた。
「今回の任務は、ローランド王国王都エストの偵察、及び王城内部だ。難しい任務だが、お前にならできるだろう」
「うん、わかった」
「それから、もう一つお前にやってもらいたいことがある」
「なに?」
「それは【星の英雄たち】と接触を図ることだ」
「星の英雄たちとの接触……」
「お前も一度は聞いたことがあるだろう。地のディーン将軍が占領したジャズナ王国を、たった一夜にして奪還した強者たちの話を。特に、リーダーであるファイン・セヴェンスは相当な切れ者だ。彼の存在は、我が軍にとっても厄介な存在だ」
エリックは、ファインの似顔絵をノゾミに見せた。
すると、ノゾミは二つ返事で了解した。
「わかった、頑張る」
「もし成功した暁には、飴玉をやろう」
「えへへ、楽しみ!」
エリックがノゾミの頭を撫でると、無邪気な笑顔を見せる。
ちなみに、ノゾミの性格は人懐っこく甘えん坊である。
そのため、休日は近所の友達と遊んで過ごすことが多い。
彼女も特務部隊である以前に、まだ年頃の女の子なのだ。
その日の夜。
ノゾミは城の内部を偵察するため、泊まっている宿を出ようとしていた。
偵察任務へ行くに当たって、事前に動きやすいミニ丈の忍者装束に着替えていた。
任務の時はいつも着ている服だ。
加えて、護身用に二本のクナイと手裏剣を携帯した。
「じゃあお義父さん、行ってくるね」
「ああ、気を付けてな」
ノゾミは義父・エリックに一言挨拶すると、出発して行った。
ノゾミは城壁の外へ着くと、辺りを見回した。
周囲に人がいないことを確認すると、壁をよじ登って中に侵入した。
夜だけあって人出は少なく、城の敷地内にはあっさり入れた。
そしてノゾミは窓の近くに行くと、魔法を唱えた。
「解錠」
すると、鍵が開いたので、ノゾミは窓を開けて城内に侵入した。
夜だけあって、城内は暗くてよく見えない。
しかし、ノゾミは暗闇でも見えるように訓練を受けている。
ノゾミはとりあえず、廊下を進むことにした。
王都エストの城だけのことはあり、城内はかなり大きい。
ノゾミは身軽で素早いため、万が一見つかっても走って逃げるだけだ。
(あっ、人の気配)
ノゾミは前方から人の気配を感じた。
隠れる場所がないため、隠密を使った。
ノゾミは密偵であるため、当然この魔法が使える。
そして隠密を使うと、壁に寄って立ち止まった。
やって来たのは、一人の兵士だった。
どうやら、夜の巡回の兵士のようだ。
内心ドキドキするノゾミ。
しかし、兵士はノゾミの存在に気づくことなく、そのまま過ぎ去っていった。
そのことに、ノゾミはホッと胸を撫で下ろした。
その後も、無駄に広い城内を歩くノゾミ。
そして、ノゾミは一際大きな扉の前に辿り着く。
改めて周囲を見回すノゾミ。
誰もいないことを確認すると、ノゾミは恐る恐るその扉に手をかけた。
大きな扉は、華奢なノゾミにとっては重く感じた。
その部屋は非常に広く、奥に玉座があった。
そう、ノゾミが辿り着いたのは、玉座の間である。
「すごく大きい。帝国のお城の玉座の間にちょっとだけ行ったことがあるけど、それと比べるとなんだかおしゃれな感じ」
今は玉座の間には誰もいない。
ちなみに、国王ゼフィールは王室で寝ている。
暗殺するなら今のうちと言いたいところだが、今回はあくまでも偵察に来ているに過ぎない。
そのため、城内の構造を把握したノゾミは、見つかる前に速やかに撤退した。