第89話 雪女
四階へ上がって来てすぐのところに、大きな扉があった。
僕たちは、その扉を開けて先へと進んだ。
そこには、大きな部屋があった。
そして、部屋の中には誰もいなかった。
しかし、僕たちが入室から程なくして頃だった。
『クックックックッ……』
どこからともなく、女性の笑い声が聞こえて来た。
「な、何……!?」
その直後、扉がバタンと閉まった。
『許さない……アンシャントの民たちは何人足りとも許さない』
その声の主は徐々に姿を現した。
それは巨大な【雪女】だった。
「あなたがアンシャントの人々を苦しめている元凶ね!」
『如何にも。私は魔王様より力を賜りました。何人足りとも恐れるに足りません。これから、アンシャントは我が冷気によって、永遠に吹雪と極寒に閉ざし、人々を未来永劫凍り付かせて差し上げましょう。ですがその前に、まずはあなたたちから始末しないといけないようですね』
雪女は冷たく、そして怨念のこもった声で話した。
「そんなことはさせない! 私たちがあなたを成敗するわ!」
そう言って、ルナは剣を抜いて雪女に立ち向かた。
「はああああああっ!!」
しかし、ルナの剣戟はすり抜けてしまい、雪女には効かなかった。
なぜなら、雪女は実体化してはおらず、霧状の幽体のような存在だったからだ。
「そんな!? 私の攻撃が効かないなんて!」
『クックックックッ、愚かですね。そんな攻撃など、私には通用しません』
「こいつは実体化していないから、物理攻撃は効かないようだ」
「クソッ、じゃあどうすりゃいいんだよ!? それじゃあ、オレの自慢の斧も効かねえじゃねえかよ!!」
「なら、これはどうだ!?」
そう言って、僕は風斬刃を放った。
しかし、雪女は目の前から消えた。
『無駄です。そんな浅知恵が私に通用するとでも思っていたのですか?』
後ろを振り向くと、雪女はいつの間にか背後に回り込んでいた。
なるほど、幽体だからそんなこともできる訳か。
『今度はこちらの番です』
雪女はそう言うと、息を大きく吸い込んだ。
そして、アイスブレスを放ってきた。
セレーネが結界を張って防御するが、周囲は凍てつくような寒さに覆われた。
『ほう、思ったよりもやるようですね。なら、これはどうでしょう?』
雪女は再び前方へ瞬間移動して来た。
そして、ゴーストやフローズンスライムといった、下級モンスターを複数召喚してきた。
「ちょっ、モンスターまで召喚できるの!?」
「まずいことに、囲まれてしまっています」
「ヘッ! ようやくオレ様の出番か! ザコがいくら来ようとも、オレ様の敵じゃないことを教えてやるぜ!!」
前衛のルナとヒューイは、フローズンスライムを蹴散らす。
数こそ多いが、一体一体の強さはそこまでではない。
ルナは持ち前の素早さを活かして、高速でスライムに肉薄して行く。
彼女の素早さに、スライム達は成す術もなく切り刻まれて行く。
ヒューイも圧倒的なパワーで、敵を薙ぎ倒していった。
一方、僕は稲妻矢でゴーストたちを撃ち抜いた。
ゴーストたちは一瞬で消滅した。
『くっ、思ったよりもやりますね。これはさすがに想定外でした』
雪女からは、少し焦りの表情が見え隠れしていた。
『ですが、あなたが方が勝つ見込みなどはありません』
雪女はそう言うと、氷の槍を創り出した。
ただ、氷の槍の数は7~8発と多い。
僕は火属性魔法の火炎弾で対抗した。
氷の槍は溶けていった。
『まさか、私の魔法を相殺してしまうとは.……あなた方は一体何者ですか?』
「驚くのはまだ早いぞ」
僕は必殺魔法、稲妻斬撃を放つことにした。
雪女の頭上に雷雲が現れた。
『何ですか、これは? なるほど、雷魔法ですか。ですが、雷が放たれた瞬間に、私は回避するとしましょうか』
雪女はそう言った。
やがて、雲は大きく発達して行くと、稲妻斬撃が雪女めがけて放たれた。
雪女は、宣言どおり瞬間移動して回避すると、また僕たちの背後に回ってきた。
しかし、その直後のことだった。
回避したはずの稲妻斬撃が、雪女を直撃した。
『ぐはっ!? な、なぜ攻撃が当たったのですか……』
実は稲妻斬撃を放った瞬間、雪女の足元に転移門を開いたのだ。
そして、雪女が背後に回り込むことを予測して、僕たちの背後に魔法が転送されるようにしておいた。
人間だろうが、魔法だろうが通ったものは転送される。
それが、【転移門】だ。
「今だッ、ルナ、セレーネ! 雪女に光魔法【神聖】を!!」
「ええ!」「はい!」
僕は二人に雪女を攻撃するよう指示を出した。
神聖は浄化作用があり、アンデッドや魔族などに対して非常に有効だ。
『そんな魔法で、私を倒せると思っているのですか? もう一度瞬間移動で逃げるとしましょう。……なっ!? 体が……動かない……!?』
「言い忘れていたが、稲妻斬撃には【麻痺】の追加効果があるんだ。どうやら、お前には通用するようで良かった」
稲妻斬撃には、実は追加効果の麻痺がある。
一撃で倒せなくても、電撃で敵を動けなくするのだ。
しかし、あまりに強力過ぎて、ほとんどの敵は一撃で倒してきた。
そのため、この効果は今まで見る機会がなかった。
「「神聖!!」」
ルナとセレーネが、力を合わせて光魔法を放った。
天からのまばゆい光が、雪女を包んだ。
『ギャアアアアアアア!!』
雪女はホーリーによって浄化された。
その直後、そこに現れたのは幽霊の美少女だった。
容姿は水色髪のロングに、青色の瞳である。年齢は十代半ばくらい。
「あなたは?」
『はじめまして。私の名前はシャーロット。雪女だった者です。あなた方のお陰で、私の怨念が浄化されました。ありがとうございます』
「そうでしたか」
『成仏する前に、私の話を聞いていただけませんか』
「わかりました」
元雪女こと、シャーロットは自分の過去の話を始めた。
『私は貧乏な家系に生まれました。しかし、私には特殊な“力”がありました。それは冷気を発生させる力でした。ですが、私はその力を上手くコントロールすることができず、時にその力が暴走することがありました。この力が原因で、私は周りの子供たちからもいじめられていました』
「なんてひどい……」
ルナはシャーロットに同情の念をかける。
『ですが、たった一人だけ私に優しくしてくれた人がいました。それが、シルヴィア・フォン・ローゼンでした。彼女は私の力のことを気にせず、普通の友達として接してくれました』
なるほど。シルヴィア嬢の言っていた『友達』と言うのは、シャーロットの事だったのか。
『シルヴィアは、私の両親が他界した時も慰めてくれました。しかし、私のことを快く思わない人物がいました。それが、シルヴィアの母親であるアンジェラでした。アンジェラは、例の力によってシルヴィアを傷つけるのではないかと恐れていました。母親としては当然でしょう。そしてある日、アンジェラは私に言いました。死んだ両親に魔法でもう一度合わせてやるので付いて来い、と。私は彼女の言葉を信じて付いて行きました。そして、連れて来られたのが、この屋敷だったという訳です。アンジェラは、私を屋敷に入れると、明日になったら両親に合わせてやると言って屋敷の扉を閉めました。今思うと、この時点で怪しかったです。しかし、アンジェラは翌日どころか、その次の日になっても屋敷に戻ってくることはありませんでした。そう、彼女は私を騙していたのです』
「なんですって……?」
何と、昨日は僕たちに親切に振る舞っていたローゼン伯爵夫人が、シャーロットを閉じ込めた犯人だったとは。
そして、伯爵夫人がある意味で、今回の事態を招いた人物と言えよう。
『私は寒さと飢えにより、命を落としてしまいました。その後、私は地縛霊となってこの屋敷にずっといました。そんな時、とある人物が現れました。その人物こそが、【魔王アガレス】だったのです。魔王は、力を与えてやるので好きに使えと。力を与えられた私は、アンシャントを吹雪と極寒に閉ざすことにしたのです。恨みに任せて、アンシャントの民たちを凍り付かせようと企んだのです。ですが、今はもはや世への恨みはありません。アンシャントの人々に悪いことをしたと思います。それから、シルヴィアには私と友達になってくれたことを感謝している、と伝えていただけますか』
「わかりました。コルディアに戻ったら、伝えておきましょう」
『ありがとうございます。では皆さん、さようなら』
シャーロットは謝罪すると、ついに成仏して行った。
窓から外を覗くと、吹雪はすっかり止んでいた。
そして、雲のすき間からはうっすらと日差しが覗いていた。
「それにしても、魔王アガレスは人の憎悪すら利用するのか」
僕たちは屋敷を後にし、コルディアに戻ることにした。