第87話 雪国の令嬢
ジャズナ王国から、ホウオウに乗って雪国アンシャントに着いた。
それから、ホウオウを降りて徒歩で移動している。
森の中に切り開かれたであろう、道を進む。
ホウオウを降りてから十数分が経過した。
すると、森を抜けた先に城壁が見えてきた。
「見て、壁があるわ。ここが首都コルディアじゃない?」
どうやら、無事に首都コルディアにたどり着いたようだ。
マシャクを出発してから、たったの3時間程で到着した。
今までの旅では徒歩で何日もかかっていたので、これは異例の早さだ。
僕たちは、衛兵に冒険者カードを見せて、街に通してもらうことにする。
「“星の英雄たち”……冒険者パーティーか。よし、通っていいぞ。しかし、こんな極寒の地に今時冒険者なんて、珍しいな。5年くらい前から旅人なんて滅多に来なくなったぜ」
衛兵はそのように話す。こんなに寒いのでは、誰もアンシャントに訪れたくはないのだろう。
街に入ると、コルディアは首都らしく住宅がズラリと立ち並んでいる。
しかし、首都と呼ぶには些か寂しい雰囲気だった。
その理由は、外出している人がほとんどいないからだろう。
この大雪のせいで、皆外出したくないのだろう。
街を歩いていると、十字架を掲げた教会を発見した。
「教会よ。立ち寄ってみましょう」
教会か。僕は故郷イナ村の神父のことを思いだした。
とりあえず、教会に入ることにした。
教会の中には、数人のシスター達がいた。
「こんにちは。旅の方々ですか? このような極寒の地に訪れるとは、珍しいですね」
「どうしたんですか?」
「今ではアンシャント聖教国に訪れる旅人はめっきりと減ってしまいました。昔はこの地にやってくる観光客や冒険者はそれなりに多くいました。ところが、5年前を境にアンシャントは吹雪の日が多くなりました。それまでは、晴れる日もあったのですが、今では日差しのある日なんて滅多にありません。それ以来、アンシャントに訪れる人々なんてほとんどいません。人魔大戦以前のアンシャント聖教国は緑豊かな地だったと聞きます。私たちは一日でも早く吹雪が収まるよう、神に祈るしかできません」
シスターの一人がそのように話す。
アンシャントの民……特に、シスター等の聖職者は敬虔な人が多い。
すると、ルナが教壇の前で跪き、おもむろにお祈りした。
そして、ルナはすぐに立ち上がった。
「どうしたんだ?」
「アンシャントの人々が、少しでも早く救われますようにってお祈りしただけよ」
「そうか」
「ありがとうございます。その気持ちだけでも嬉しく思います」
神が本当にいるのかどうかは分からないが、少なくとも僕は神の存在を信じてはいない。
アンシャントの人々には悪いが、神に祈っても無駄なことだと思う。
5年前から急に吹雪が多くなったと言うことは、何か原因があるはずだ。
それを突き止めなければならない。
僕たちは、教会を出ることにした。
外に出るとすっかり吹雪に覆われ、視界が悪くなった。
それにもうすぐ夕方なので、今夜泊まる宿を探すことにする。
「あっ、こんにちは!」
歩いていると、大きな屋敷から一人の少女が出てきて、声をかけられた。
少女は白銀の髪を腰まで伸ばしており、瞳の色は暗い青である。
上品な身なりをしているため、貴族のお嬢様のようだ。
「こんにちは」
「もしかして、旅人の方々ですか? あっ、私は名前はシルヴィア・フォン・ローゼン。ローゼン伯爵家の娘です。気軽にシルヴィアとお呼びくださいね」
シルヴィア嬢が自己紹介をしていると、屋敷からは壮年の男性が出て来た。
男性はシルヴィア嬢と同じく白銀の髪で、身なりの整った恰好をしていた。
「シルヴィア、そんなところで何している?」
「あら、お父様」
「今夜も吹雪くだろうから、早く家へ入りなさい。……おや、あなた方は旅の方々ですかな?」
「はい。僕たちは、冒険者パーティーの【星の英雄たち】です。僕はリーダーのファイン・セヴェンスと申します」
「ルナ・セラフィーです」
「セレーネ・ホープと申します」
「ヒューイ・サウスリーだぜ」
僕に続いて、仲間たちも自己紹介する。
もはや何度も見た光景である。
「おっと、自己紹介が遅れましたな。私はダミアン・フォン・ローゼンと申します。ローゼン伯爵家の当主にして、シルヴィアの父です。こんな天気ですし、せっかくだからうちに上がって行ってください」
「そんな、悪いですよ」
「いいんです。最近はよそから人が来ることなんて、滅多にありませんから。さ、どうぞご遠慮なくお入りください」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
僕たちは、ローゼン伯爵家にお邪魔することにした。
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ローゼン伯爵家の屋敷の中は広々としており、吹雪が入ってこないため温かく感じた。
「こんにちは。私はシルヴィアの母、アンジェラと申します。皆さん、今日はゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
屋敷に入ると、伯爵夫人が出迎えてくれた。
「皆さん、こちらです」
ローゼン伯爵は、僕たちを広間へと案内した。
広間にはテーブルと椅子がずらりと並べられていた。
「もうじき夕食ができますので、お掛けになってお待ちください」
ローゼン伯爵はそう言うと、部屋を出て行った。
僕たちは椅子に座って待つことにした。
「夕食まではまだ時間があります。それまで私と一緒にお話しましょう。あなた方は、どちらからいらっしゃったのですか?」
シルヴィア嬢が質問すると、ルナがそれに答える。
「私たちはローランド王国から来たのよ。それで、ここまでにいろんな国を旅して来たわ」
「そんな遠くから来たのですか? すごいですね! もっと詳しく聞かせていただけますか?」
「いいわよ。まずはローランド王国から弾丸列車に乗って……」
ルナの話に、シルヴィア嬢は目を輝かせていた。
「……それから、私たちはジャズナ王国へ行ったのだけど、そこではヴィオラって言うジャズナ王国の王女様とも友達になれたのよ」
「王女様ともお友達になられたのですか!? それはすごいですね! そうそう、お友達と言えば、私にも親しい方がいらっしゃいました。その方は、私にとってのお姉様みたいな存在でした。ですが、5年前を境に全く会えなくなってしまいましたの。あの方は今ごろ、どうなさっているのでしょうか」
シルヴィア嬢は5年前に別れたという、友人のことを案じた。
5年前と言えば、アンシャントが吹雪に覆われたという年と重なっている。
会話しているうちに、あっという間に1時間が過ぎた。
「皆さん、食事の用意が出来ましたので、食堂に来てください」
ローゼン伯爵に呼ばれたので、僕たちは食堂に移動することにした。
今夜の夕食は、ハンバーグセットだった。
最近は砂漠を旅していた為、質素な食事ばかりだった。
そのため、久々のハンバーグは何だか懐かしく感じた。
「皆さん、今夜も猛吹雪ですので、是非とも泊まっていってください」
「そんな、悪いですよ。ご飯までいただいた上に、泊めていただくなんて。大人しく宿を探します」
「そうおっしゃらずに、せめて今夜だけでも泊まっていってください」
「私からもお願いします! 最近、寝るのが怖くて……」
「?」
シルヴィア嬢は、俯きながらそのようなことを言う。
「実は5年前から、しばしば“怪奇現象”に見舞われるのです」
「その怪奇現象とは?」
「照明が勝手に消えたり、家の物が無くなったり、笑い声が聞こえたりすることです」
「なるほど、それはあまりにも不自然ですね。今夜泊めていただくお礼と言っては何ですが、明日僕たちが調査してみようかと思います」
「ありがとうございます! 各国の危機を救ったと言う星の英雄たちの皆さんなら、必ず何とかしていただけると思います!」
シルヴィア嬢は、突如として5年前から怪奇現象に見舞われる日が多くなったと言う。
それは、教会でシスター達が言っていた、吹雪の日が多くなったと言う時期と重なる。
吹雪とその怪奇現象は、何らかの関連性があると見た方がいいだろう。