第86話 空の旅~雪国へ
ジャズナ王国を、帝国の手から取り返した翌日。
昼過ぎ、僕たちはいよいよアンシャント聖教国に向けて出発する。
昨日、メアリー陛下からもらったホウオウに乗り、空からアンシャントを目指す。
「ではメアリー陛下、一日でも早く王国が復興することを願います」
「ありがとうございます。皆さんも、どうかお気をつけて」
「はい」
「余計なお世話かもしれませんが、別大陸にはエノウ大陸を凌ぐ強さを誇る魔物が棲息すると聞いています。空を飛べるからと言って、無闇にエノウ大陸の外には行かないよう方がいいでしょう」
「わかりました。ご忠告、感謝いたします」
ちなみに、エノウ大陸の周辺には、4つの大陸が存在する。
その四大陸の中で、エノウ大陸は南西に位置する。
エノウ大陸の東には、ノトリア大陸がある。
また、エノウ大陸の北にはドラグーン大陸があり、竜族が生息しているそうだ。
北東の海にはサガ大陸があり、エノウ大陸にはない異文化があるらしい。
そして、この四大陸の中央には魔族が暮らす【魔大陸】がある。
魔大陸は四六時中暗雲に覆われており、人が容易に立ち入ることはできない。
会話の後、遺跡の天井が開けられた。
僕たちは、ジャズナ親子や王国騎士団、それに砂漠のサソリに見送られながら旅立つ。
「じゃあね、みんな! また会おうね!」
「またね、ヴィオラ!」
ヴィオラ様が手を振ると、ルナも手を振って返す。
僕は一礼すると、プラスチック製のカバーを閉じてホウオウを起動した。
すると、何やら中央にあるレバーを引けという案内が出た。
案内に従ってレバーを引くと、ホウオウはゆっくりと上昇し始めた。
操作方法がよく分かっていないので、初心者に優しくて助かる。
「見て見て。私たち、浮いているわ!」
「本当だ! すごいぜ!」
「これから、いよいよ空を飛ぶのですね。楽しみですね!」
仲間たちも大興奮の様子だった。
そして、空まで上がったところで、また案内が出た。
今度はまた別のレバーを引けとのこと。
そのレバーを引くと、折り畳まれていた翼が開放された。
「あっ、見て。ジャズナ王国の人たちも私を見送ってくれているわ」
下を見ると、大勢のジャズナ市民たちが手を振っていた。
それを見てルナは手を振り替えした。
案内がまた出て、今度は前方の操縦悍を引いて発進せよとのこと。
僕はホウオウを北の方角に向け、アンシャントへと飛び立った。
「わあ、すごい! 私達、空を飛んでいるわ!」
「おお、スゲー! 本当に空を飛んでいるぜ!」
「空を飛ぶなんて、まるで夢を見ているみたいです!」
仲間たちは、相変わらず大興奮だった。
出発すると、ホウオウはぐんぐん速度を上げていく。
下を見ると、辺り一面が広大な砂漠である。
この光景を見て、海岸から王都マシャクまで徒歩だったことを考えると、改めて凄いと思った。
ジャズナ王国からアンシャント聖教国までは徒歩だと約3週間かかるそうだが、ホウオウだとたったの3時間で到着するそうだ。
しかし、このスピードなら納得がいく。
また、ホウオウの中は涼しい風が吹いているため快適だ。
どうやら、気温を調整する魔導具が装備されているようだ。
これから向かうアンシャント聖教国は、かつて緑豊かで温暖な地だったそうだ。
ところが、第二次人魔大戦ではユリウスと魔王アガレスの強大な魔力がぶつかった影響で、アンシャント周辺に浮遊大陸が落下した。
その天変地異の影響で、アンシャントは吹雪と極寒に閉ざされた地と化してしまった。
また、アンシャント聖教国は名前の通り、宗教国である。
そのため、神がいると信じられており、敬虔な人々が多い。
人々は一日でも早く吹雪が収まるよう、今日も神に祈りを捧げているという。
出発から1時間以上が経過すると、遠くに山が見えて来た。
あの山の向こうが、雪国アンシャントだ。
そして、山の上空を通過する。
ジャズナ王国とアンシャント聖教国の国境付近は、いくつもの山が連なる山脈地帯だ。
やがて、少しずつ緑が増えてきた。
そうかと思えば、徐々に雪景色になって行った。
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アンシャント聖教国の上空は厚い雲に覆われていた。
視界が悪い上に、雲の中は風が強い。
僕は、ナビゲーションを頼りにホウオウを進める。
雲の中に突っ込んでから、約30分が経過した。
首都コルディアに近づいてきた為、ホウオウを降下させる。
出発から約3時間でアンシャントに着いた。
ホウオウを降りると、辺り一面が雪景色に覆われていた。
豪雪も降っており、非常に寒い。
砂漠の暑さに慣れたせいか、この寒さはより一層応える。
「寒っ!」
「みんな、防寒コートを着るんだ」
僕は魔法鞄から、全員分の防寒コートを出した。
着陸したところは平地だが、周囲に森が見える。
首都コルディアからはやや離れた位置に着いたらしい。座標のズレでもあったのか?
とは言え、目的地まではそこまで遠くないはず。
僕たちは、このまま徒歩でコルディアを目指すことにした。
幸いと言うべきか、ホウオウにはどれだけ離れても現在位置がわかる魔導具が搭載されているようだ。
後ろを振り返ると、ルナが俯きながら両手で下腹部を押さえていた。
そして、顔を赤らめていた。
「ルナ……?」
ルナは、セレーネにひそひそと耳打ちした。
「ちょっとお花摘みに行ってくるわね」
「あ、ああ」
ルナは顔を赤らめながら、セレーネと共に森の中へと消えて行った。
「こんなクソ寒いところに、花なんて咲いてるのか?」
「女性の嗜みだよ。僕たちは、しばらくここで待っていよう」
「お、おう……」
それから5分以上が経った頃、ルナとセレーネが戻って来た。
「おまたせ」
「花は見つかったか?」
「ううん、咲いていなかったわよ」
「だろうな」
ヒューイが素朴な疑問をぶつけると、ルナは首を横に振った。
こいつが馬鹿で助かったと言うべきか……。
ちなみに、ルナたちが何をしたのかは察してあげたい。
ルナたちが戻ってきた後、コルディアに向けて森の道を進むことにした。