第76話 偵察
女王陛下を救出する日の朝。
僕は帝国軍の戦力を調べるために、王都へ偵察に出ようと思う。
そのため、朝食後に僕は支度をしていた。
今回も敵に見つからないよう、隠密を使うつもりだ。
そのため、魔力を回復するためのエーテルは特に多めに持っていく。
それから、怪我をすることはないと思うが、念の為にポーションもある程度は用意することにした。
また、戦闘に行くわけではないので、剣は他のアイテムと同様に魔法鞄に入れておく。
胡坐をかきながら準備を進めていると、後ろに誰かやって来た。
「ねえファイン、何しているの?」
振り返ると、ルナが覗き込むように屈んでいた。
「夜まで時間があるし、明るいうちに偵察しに行こうと思って準備を進めているんだ」
「だったら、私も連れて行って! ファイン一人じゃ危険でしょ?」
ルナは、僕に同行することを願う。
しかし、今回も周囲は敵だらけの場所へと赴く。
そんな場所にルナを連れて行くことなどできない。
そのため、今回も断って一人で行こうかと思った。
その瞬間、ルナはこんなことを言い出した。
「ねえ、お願い。私は、あなたの剣となり盾となる事を誓った騎士よ」
ルナはそのように話す。
あれって遊びではなく、本気だったのか。
とは言え、ルナの言葉を聞いた僕は気が変わった。
「ありがとう。一緒に来てくれ」
「うん、わかったわ!」
僕はルナを連れて偵察に向かうことにした。
「じゃあ行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
「これが王都の地図だ」
「ありがとう、ガレット」
僕とルナは、みんなに見送られながら出発した。
ヴィオラ様のことなら、みんなが守ってくれるから大丈夫だろう。
ハウスを出る前に、僕とルナに隠密をかけた。
「今、僕とルナに隠密をかけた。敵に見つかることはないだろうが、油断しないように。会話は控えめに」
「わかったわ」
「向かう場所は南西の拠点と、南東の拠点だ。ガレットの話ではこの2ヶ所に多くの帝国兵がいるらしい。とりあえず、この2つの兵力は確認しなければならない」
「そうね、行きましょう」
街ではそれなりに出歩いている人がいる。
しかし、帝国の支配下の為か、人々は俯いており活気がない。
当然、王都では帝国の兵士たちもちらほら見受けられる。
この様子を見る限り、外出禁止令は出されていないらしい。
今日の天気は曇りである。まるで、人々の気持ちを表しているかのようだった。
「必ず救ってやるさ……」
「そうね、頑張ろう」
僕が小声で呟くと、ルナも答えてくれた。
■■■■■
ガレットの渡した地図を頼りに、砂漠のサソリのハウスから北西に向かうことにする。
ルナが話しかけて来た。
「こうして二人で出かけるのも久しぶりね」
「遊びに行くわけじゃない。気を引き締めるんだ」
「そうだったわね。ごめんなさい」
出発してから約20分が経過した。
僕たちは街中で一際大きな建物の前に着いた。
「あれが【南西の拠点】か」
「大きいわね。帝国の兵士たちがいっぱいいるわ」
「もう少し近づいてみるか。探知で内部の敵の数を調べてみる」
僕は拠点に近づき、探知を使った。
すると、内部から敵の気配を感じ取ることが出来た。
「建物内の敵は10人くらい。外の敵と合わせると30人くらいかな」
「意外とそこまでの数じゃないわね。帝国軍も人手不足なのかしら?」
「そうではないのかもしれない。今は日中だから、大半は街に出ているみたいだ。後は地下からも微かに人の気配を感じる」
「もしかしたら、捕まってるジャズナの騎士たちじゃないかしら?」
「かもしれない。それに、東側の拠点や城にも帝国兵はいるはずだ。そちらも偵察しておこう」
「ええ」
僕たちはここから北東にある城へ移動することにした。
地図上では、城は王都の中心にあり、南西の拠点からでも見える大きい。
そして、城周辺にはやはり帝国兵が多い。
入り口付近だけでも、10人以上はいるか?
「大きなお城ね。帝国の兵士たちもそこまでいないみたい」
「ああ。だがこれで、転移を使ってここまで来れるようになった」
「なるほど。そこまで計算していたということね」
「そういうこと」
僕たちは城を後にし、東側の拠点を目指した。
道中、数人の帝国兵とすれ違った。
厳密に言うと、隠密をかけていたため、すれ違っただけで何も起きなかった。
やはり、昼間は多くの帝国兵が外に出回っている。
一方、夜は帝国兵の多くは拠点で休んでいると思われる。
逆に言うと、夜に帝国兵を一網打尽にできるチャンスであることが窺える。
そして、城から歩くこと約5分で南東の拠点に着いた。
南東の拠点でも、帝国兵の数はまばらだった。
僕たちは、仲間たちのもとへ一旦帰ることにした。
帰り道、工場らしき場所を通りかかった。
そこでは、帝国兵の命令でジャズナの市民たちが魔導人形らしき物を組み立てていた。
まさか、あれは帝国軍の新兵器か?
あの魔導人形を使って、他国を侵略するつもりか。
市民たちは奴隷のように、強制労働をさせられているようだった。
「おい、貴様! 何を休んでいる!? さっさと働け!!」
「酷い! 早く助けないと……!!」
ルナが飛び出そうとしたので、僕は彼女の肩を掴んで止めた。
「待て、ルナ!」
「何で止めるのよ!?」
「今動けば、帝国兵に見つかる」
「わかっているわ。でも、あの人を早く助けないと……!」
「気持ちはわかる。でも、今はグッと堪えるんだ。今見つかったら、女王救出どころではなくなる」
「くっ……わかったわ」
ルナは悔しそうに唇を噛み締める。
しかし、このまま黙って見過ごすわけにもいかない。
僕は傷付いた市民の前に、ポーションを落とした。
市民はポーションを見ると、不思議そうに辺りを見渡した後、ポーションを飲んだ。
すると、市民の傷はたちまち回復していった。
待っていろよ、ディオーラン。人々を苦しめている君は、必ず成敗してやる。
■■■■■
20分後、僕とルナは砂漠のサソリの拠点に戻ってきた。
「おかえり」
「ただいま戻りました」
最初に迎えてくれたのはギース氏だった。
「どうだった?」
「敵の戦力がある程度わかりました。まず、南西と南東の拠点でそれぞれ20~30人ずついます。日中は街にパトロールに行っている帝国兵が多い印象です。夜は拠点で休んでいる兵士が多くなると思いますが、逆に一網打尽にできるチャンスです。そこで女王陛下救出後、予定通り、僕の“合図”と同時に、ルナには単騎で南西の拠点を強襲してもらおうと思います。できるか? ルナ」
「任せて!」
僕の言葉に、ルナは強く頷いた。
「本当にルナ一人で大丈夫?」
「大丈夫。こう見えて結構強いんだから!」
ヴィオラ様は心配しているが、ルナは笑顔でガッツポーズして見せる。
ルナは常人離れした強さを誇っている。
彼女なら、単騎で多数の帝国兵を相手にしても大丈夫だろう。
「南西の拠点を攻撃すれば、状況は動くはずです。皆さん、頑張りましょう」
僕の言葉に、みんなは頷いた。
「では、報告は以上です。予定通り、今夜作戦を決行しますので、各自準備を進めてください」
報告を終えると、その場は解散となった。
今夜は僕の動きが肝心となる。
何としてでも女王様は救出しなければならない。