第63話 王女の決意
「……そうか。大臣は死の間際、そのようなことを……」
「はい。魔王アガレスは今、世界のどこかで力を蓄えていると思います。来たるべき時に備えて、より一層国々の団結力を強めるべきかと」
「そうだな。皆の者、ご苦労だった。フォースターを守ってくれたこと、国を代表して感謝する」
蛇大臣を倒した事と、魔王アガレスの封印が解けたことを国王に報告する。
だが、国王ヘイズルは複雑な心境と言った表情をしていた。
無理もないだろう。今まで信頼してきた大臣が裏切り、王家を滅ぼそうとしたのだから。
大臣の陰謀は、僕たちの手によって辛くも阻止することができた。
それと同時に、国王は大臣と言う重要な人物を失うことになった。
その衝撃は決して小さいものではない。
「すまない、セレーネティア。私が浅はかなばかりに、このような事態になってしまった。どうか愚かな父を許しておくれ……」
「セレーネティア、僕もお前のことを見直したよ。今までお前のことを蔑ろにしてすまなかった!」
「良いのです、父上、兄上。二人が悪い訳ではありません」
国王ヘイズルとヘンリー王子は、セレーネに対して謝罪する。
ヘンリー王子は深々と頭を下げた。
セレーネもそれを快く受け入れた。
これによって、長年嫌悪感を抱いてきた兄妹がようやく和解することができたようだ。
よかったよかった。
「そうか、ありがとう。ところでローランド王国と同盟を結ぶことについてだが、先日、臣下たちと話し合った結果、正式に同盟を結ぶことに決めた」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ああ。ついでに、魔王復活に備えてローランド王国やカグラ公国にも警鐘を鳴らそうと思う。その時になってからでは遅いからな」
「そうですね。陛下、急で申し訳ないのですが、僕たちはこれからジャズナ王国に赴いて、帝国の事と魔王の事について警鐘を鳴らしたいと思います」
「砂漠の国か。わかった。ローランド王国へは我が国から使者を派遣するとしよう。国を救ってくれた礼だ。この程度は安いものよ」
「ありがとうございます」
ヘイズル陛下は、フォースターとローランドで正式に同盟を組み、協力して帝国に立ち向かうことを決めたようだ。
こうして、また僕たちに味方が増えた。ありがたい限りだ。
ここでセレーネが口を開いた。
「父上、私もファイン様と共に、帝国の脅威から世界を救う旅をしようと思います。セレーネティア・フォースターとしてではなく、【セレーネ・ホープ】として」
「本当に行くのか?」
「はい。もう決めたことですので」
「そうか。強くなったな、セレーネティア。くれぐれも気を付けるのだぞ!」
「はい」
セレーネは王女としてではなく、一人の人として僕と共に旅を続けると言う。
僕としてはありがたい限りだ。
後衛のセレーネがいるだけで、僕たちの負担は随分と減少するからだ。
何より、仲間が多い方が旅は楽しくなりそうだ。
親子二人の会話が終わると、騎士エリーゼがセレーネに話しかける。
「セレーネティア殿下、是非私もご一緒に……!」
「なりません。あなたは騎士として、国民を守ることに務めなさい」
「しかし……!」
「私も守られてばかりでいるほど、弱くはありません。それよりも、あなたは民の安全を最優先に行動してください」
「承知いたしました。殿下、どうかお気を付けて」
騎士エリーゼは、セレーネの旅に同行することを懇願する。
しかし、セレーネは首を横に振った。
自分よりも弱い立場にいる民を守って欲しいというのだ。
「ファイン殿、セレーネティア殿下はあなたにお守りしていただきたい」
「安心してください。セレーネは僕たちが守ります」
「頼んだぞ!」
「ところでお前たち。風の神殿に行き、天の精霊【シルフ】と契約するが良い。あ奴は風と雷を操る強力な精霊だぞ」
「わかりました」
僕たちは国王の勧めで風の神殿に行ってみることにした。
そして、城から歩くこと15分。
街外れの森の中に神殿があった。
神殿の中には、神官がいた。
「こんにちは。冒険者方、何かご用ですか?」
「はい。天の精霊の力を借りたいのですが……」
「天の精霊【シルフ】様のお力をお望みですね。こちらにお越しください」
僕たちは神官に案内されて、神殿の中央へ足を運んだ。
そして、神官が精霊の名前を呼んだ。
すると、ドレスを着た小柄な金髪碧眼の少女が姿を現した。
それが、天の精霊【シルフ】であった。
シルフは主に、風と雷に関する力を操ることができる。
「あたしに何か用かな?」
「天の精霊シルフ……力をお借りしたい」
シルフは無邪気な感じの声色で話しかけて来た。
「おい、ファイン。そこに精霊がいるのか? オレには何も見えないぞ」
ヒューイにはシルフの姿が見えないと言う。
そうだ、ヒューイは獣人族ゆえに魔力が少ないのだった。
そのため、精霊を目視することができないのだ。
僕はヒューイの肩に触れ、魔力を流し込んだ。
「おおっ、すげー! オレにも精霊が見えたぜ!」
「いいよ~。キミたちからは不思議な力を感じるからね。あたしの力を与えてあげるよ」
シルフは、空中を泳ぐようにグルリと舞うと、姿を消した。
これで、3体目の精霊の力を得ることが出来た。
風と雷という二つの魔法を操ることが出来るので、攻撃面では重宝しそうだ。
その後、僕たちは一旦城に戻って出発の為の準備をすることにした。
次なる旅の目的地は、砂漠の王国【ジャズナ】である。
旅の先で、どんな運命が僕たちを待ち受けているのやら。
僕は期待と不安を感じるのであった。
■■■■■
とある城の玉座の間にて。
漆黒のフード付きローブを全身に纏い、王冠を被った人物がいた。
顔は髑髏で、目の部分が赤く光っていた。
その名を【アガレス・ディオス】という。
そう、かつての人魔大戦にて人智を超えた圧倒的な力で、人類に暴虐の限りを尽くした魔王だ。
ここは【魔大陸】。魔族の本拠地である。
魔族の弱点となる日光を避けるために、空は常に暗雲に覆われているので暗い。
大陸のほぼ中央に位置する、山の麓にある【魔王城】。
そこに、封印から解けた魔王アガレスはいた。
魔王は合成したかのような声で、とある人物に問いかけた。
「それで、かの人魔大戦からどれ程の年月が経過したのだ? カミラ」
「はい。あれから300年程が経過いたしました。魔王様」
カミラと呼ばれた銀髪で赤い瞳の少女は、魔王の問いに答えた。
どうやら、彼女は魔王の側近か何かのようだ。
しかし、人の子がなぜ魔王の近くにいるのかは不明である。
魔王は玉座に腰を下ろした。
「そうか、随分と長い年月が経ったようだな。300年……実に長かったぞ。我は大賢者ユリウスの手によってあの“無の世界”に閉じ込められ、どれ程虚しく、どれ程苦しかったことか……」
「心中、お察し致します」
魔王に対し、カミラは恭しく頭を下げた。
彼女の言動からして、魔王アガレスには厚い忠誠を誓っているようだ。
そんなカミラに対し、魔王はさらに質問を続ける。
「ところで、今の人間共はどうなっている?」
「一時期大きな戦争があったようですが、あれから人類は概ね平和に暮らしているようです」
「そうか」
魔王は短く返事をした。
魔族は人魔大戦で人類に敗れたが、今でも反撃の機会を窺っている。
しかし、魔族は元の個体数の少なさに加え、戦争で多くの魔族たちが戦死した。
そのため、今は人類への反撃もままならない状況なのである。
だが、魔王が復活したことによって、事態は急激に動こうとしていた。
「我は復活直後ゆえ、まだ力を完全に取り戻してはおらぬ。まだ人間共と一戦交えるには力不足なのだ。だが、今度こそ必ずや我が世界を支配してやろう!」
魔王アガレスは玉座から立ち、右手を握りしめた。
フォースター王国編は、これにて終了となります。
ありがとうございました。