第61話 犯人の正体
セレーネが暗殺者たちに狙われる数時間前。
とある屋敷で、大臣と数名の男女が集まっていた。
男女集団はフードを被っており、如何にも怪しい風貌をしていた。
大臣たちは、何やら怪しげな会話をしていた。
「何としても王女を暗殺するのだ! 平民との間に生まれた小娘に王位継承権が渡ってしまったら、王家の名誉に関わる!」
大臣は一人の女に前払いで報酬を渡した。
そう、セレーネ暗殺を企てた犯人は、大臣である。
つまり、大臣の周りにいる男女はみな暗殺者たちであるのだ。
「まさか、大臣様が王女様の暗殺を依頼するとはね。もし王様にバレでもしたら、重罪だねぇ?」
「セレーネティアの暗殺が上手く行った暁には、追加の報酬も与えよう。……良いか、この件については、くれぐれも他言無用だぞ。良いな?」
「わかっているよ。……お前たち、行くよ!」
暗殺者のリーダーであるシーマは、部下を率いて出発していった。
残った大臣は、一人呟いた。
「ぐぬぬ……、忌まわしきセレーネティアめ、今日こそ死んでもらわねば困る!」
「……果たして、そう上手く行くかな?」
「誰だッ!?」
突然男の声が聴こえた。
大臣が振り返ると、窓の前にはいつの間にか怪しい人物が立っていた。
その人物はフードを深く被っており、夜の闇で顔が見えない。
突然の侵入者に、大臣の顔は緊張でこわばる。
「貴様、何者だ!? どうやってこの屋敷に入った!?」
「安心なされよ、私は貴方の【協力者】だ」
「協力者……だと?」
戸惑う大臣に、協力者と名乗る男は続ける。
「たった今貴方が送った暗殺者たちだが、きっと敗れるであろう」
「バカな!? 何を戯れ言を! そんな話が信じられるかッ! あ奴らは、プロの暗殺者だぞ!」
「……王女には、強力な【勇者】が付いているのだ。暗殺者たちは、その勇者にことごとく敗れ去るであろう」
「な、なんだと!? ならばどうすれば良いのだ?」
「慌てるなかれ、私は協力者と言ったはずだ。……これをやろう」
そう言うと、協力者は懐から“ある物”を取り出し、大臣に渡した。
「指輪……?」
「そう。しかし、これはただの指輪ではない。強力な【魔導具】だ。もし貴方の『計画』が上手く行かず、絶望を感じた時はその指輪に祈るがいい。きっと、貴方の力になるであろう。おっと、その指輪はちゃんと指に嵌めておくことだ。でないと、効果を発揮しないからな」
大臣は指輪を凝視した。
赤色の宝石が装飾されているが、ごく普通の金色の指輪だった。
大臣は大事なことを思い出したので、協力者に質問した。
「そう言えば、お前の名は?」
しかし、協力者と名乗る男は既にいなかった。
音もなく忽然と姿を消したのである。
「何が力になる、だ。どうせ気休め程度にしかならんだろう」
そう言いつつ、大臣は協力者からもらった指輪をはめるのであった。
しかし、嵌めたところで何か起きるわけでもなかった。
魔導具とは到底思えない、何の変哲もない指輪であった。
■■■■■
翌朝。
僕たちは朝食後、玉座の間へと向かった。
無論、大臣がセレーネ暗殺を企てたという事を、ヘイズル陛下に報告しに行くためだ。
「失礼いたします」
「おお! セレーネティア、皆の者、一体どうした?」
「陛下、セレーネティア殿下が昨晩、暗殺者に狙われました」
「なんだと!?」
「ですが、ご安心ください。暗殺者は既に捕らえております。……連れて来い!」
騎士エリーゼの合図で、女暗殺者たちが騎士に連れてこられた。
その際、大臣の顔色が変わるのを僕は見逃さなかった。
間違いなく大臣と暗殺者は何かしらの関係がある。
「この者たちがその暗殺者たちです。そして、暗殺者を雇った犯人も既に判明しています」
「な、なんだと!? 一体誰なのだ、その不届き者は!?」
大臣は、あたかも自分が犯人でないかのように、白々しくとぼける。
そんな大臣に僕は言い放つ。
「それはあなたが一番良くご存知なのでは? 大臣、あなたですよ。暗殺者を雇った【犯人】は!」
「な、なにぃ!?」
「そ、それは本当なのか!? 本当に大臣が娘を暗殺しようとしていたのか!?」
「はい。セレーネ……いや、セレーネティア殿下は平民との間に生まれた子でしたね。そして大臣は一昨日、僕にこう言いました。『平民の犯罪は許せない。罪を犯す平民を厳しく処罰している』と。これは大臣が平民を嫌っていることを示唆する発言です。そして、これはセレーネティア殿下本人から聞いた話なのですが、子供の頃に大臣から意地悪をされていたと。つまり、大臣が王女暗殺を企てた犯人という訳です」
「そんな戯れ言が信じられるかっ!! それに、わしがその暗殺者どもを雇った証拠でもあるのか!?」
「証拠ならありますよ。昨晩、この暗殺者から【契約書】を預かりました。そこにはしっかりと大臣のサインが入っております。『セレーネティアの暗殺が成功すれば、多額の報酬を支払うことを約束する』とね」
「バ、バカな!? そ、そんなのはでっち上げだ!! 陛下、こやつらは私を嵌めようとしているのです!!」
大臣はこの期に及んで猛反論する。
もはや、言い逃れなどできぬというのに。
すると、暗殺者のリーダーが口を開いた。
「大臣は、平民との子である王女様に王位継承権が渡り、王家の名誉が傷つくのが困ると言っていたよ」
「き、貴様……!!」
「兵たちよ、直ちに大臣を国家反逆罪で逮捕せよ! 捕らえてその場で即刻、処刑せよ!!」
ヘイズル陛下は、大臣の処刑を命ずる。
平民との間に生まれた子とは言え、自分の子供の命が狙われたとなれば、国王陛下も黙ってはいない。
「見損なったぞ、大臣。今日まで頼りになる存在だと思っていたのに、誠に残念だよ」
「そんな……! いやだ、こんなところでわしは死にたくない……。お願いだ、どうか助けてくれ!」
大臣はヘイズル陛下の命令で兵士に捕らえられた。
この期に及んで情けなく命乞いをする大臣。
しかし、次の瞬間に大臣の指輪が赤く輝きだした。
「な、なんだこの光は!?」
「こ、これは……? クックッ、そうか、そういうことか! 力を感じるぞ!」
光はやがて、玉座の間を覆った。眩しくて何も見えない程に。
その直後、巨大なヘビが姿を現した。
いや、正確には大臣が蛇になったと言うべきか。
「な、なんだ、こいつは!?」
蛇大臣からは、禍々しい魔力が感じられる。
きっと並みのボスモンスターよりも手強いであろう。
蛇大臣は、化け物の声で話し出した。
「愚か者どもめ、冥土の土産に教えてやろう。そうだ、ワシだ。セレーネティアの暗殺を企てたのは。小僧、確かに貴様の言う通り、ワシは平民が嫌いだ。だから平民の犯罪者は厳しく処罰するし、平民との子供であるセレーネティアの命を狙ったという訳だ。だか小僧、惜しいな。貴様の推理は不完全だぞ」
「なに……!?」
「ワシの真の目的は、フォースター王国を滅ぼすことだ! そして、新たな王国を築き上げることだ。そう、『悪の王国』をな!」
「そんな事、させるものか!!」
「いいや、誰もワシには勝てんよ。人智を超えた無敵のワシにはな!」
僕が剣を抜くと、仲間たちも武器を構える。
突然、戦う力を持たなかったただの人間が、魔物になったことで現場に緊迫感が漂う。
「まずは手始めだ」
「危ないっ!!」
蛇大臣が動き出した。
僕はヘイズル陛下を瞬間移動で引き寄せた。
「役立たずの暗殺者どもめ。依頼を失敗した罰だ。まずはキサマらを処刑してやろう!」
「「ぎゃああああっ!!」」
蛇大臣は蔦を全身に巻かれ、動けなくなっていた女暗殺者たちをあっという間に飲み込んでしまった。
皮肉にも、こんな形で『処刑』されることになるとは思ってもみなかった。
「助かったぞ、ファイン殿」
「陛下や兵士の皆さんは、直ちに安全な所へ!」
「うむ、わかった!」
僕が避難勧告を出すと、ヘイズル陛下は兵士と共に安全な場所へと避難した。
3人の仲間と、エリーゼさんは玉座の間に残っていた。
「セレーネも早く逃げるんだ!」
「いいえ、ファイン様。私も戦います。私もただ守られているばかりではありません」
セレーネは、僕たちと共に戦うことを決意する。
見かけによらず、肝の据わった子だ。
今度は、騎士エリーゼが口を開いた。
「セレーネティア殿下、私も共に戦います!」
「いいえ。エリーゼ、あなたは父上をお守りください」
「申し訳ありませんが、そのご命令は受け入れられません。私は陛下の前に、セレーネティア殿下に忠誠を誓った身です。それに、目の前の脅威を排除してこそ、王家の安全を守れるというものです」
「わかりました。ならあなたも共に戦ってください」
「はっ!」
こうして、蛇大臣との戦いが始まるのであった。