第60話 守りたいもの
城の中に、何者かが雇った暗殺者たちが侵入してきた。
その大半は、既に僕が倒した。
残りはルナと戦っている一人と、僕の目の前にいる女暗殺者だけだ。
僕は距離を取りつつ、氷の刃を放った。
しかし、敵に避けられ間合いに入られてしまう。
僕は敵の剣戟を受け止める。
「無詠唱で魔法を使えるとは、大したものだねぇ。でもその程度じゃあアタシは倒せないよ!」
「それはどうかな?」
女は不敵な笑みを浮かべている。
僕は剣を両手に構え、女を弾き返した。
「お前に聞きたいことがある」
「聞きたいことがあるなら、アタシに勝ってからにしな!」
そう言って、女暗殺者は再び僕に立ち向かって来た。
女は左右の双剣を交互に振りながら攻撃してくる。
それを僕は剣で防御したり、最低限の動きだけで躱す。
「どうした? その程度の動きではアタシは倒せないよ!」
女は挑発してきた。
だが、先程からこいつを観察してわかったことがある。
それはこの女暗殺者が、僕の首や心臓といった急所を狙って攻撃してくることだ。
さすがは暗殺者といったところだ。
だが、それが逆に攻撃パターンを読みやすくした要因とも言えよう。
相手は体力を消耗してきたようなので、そろそろ反撃に移るとしよう。
女は再び僕に接近し、両手の剣を振り下ろした。
僕は剣で防御し、身体強化した。
僕は戦う。守りたいものの為に!
「な、なんだ、このパワーは!?」
僕は目にも止まらぬ速さで女暗殺者を攻撃する。
女は僕の攻撃を受け止めるのでやっとだ。
「なんなんだ、この“速さ”は!? なぜアタシの速さに追従できる!?」
「確かに、お前は速い。だが、貴様はルナに比べると……遅い!」
「お前は、一体何者なんだ!?」
「知りたいか? 僕はただの『人間』だ」
「絶対ウソだ!」
僕は身体強化による圧倒的パワーで、女暗殺者を蹴飛ばした。
「グハッ……!!」
女は血を吐きながら、窓の外に吹っ飛んだ。
しかし、女は体勢を立て直し、何とか地面に着地した。
外にはルナと、もう一人の暗殺者が戦っていた。
「シーマの姉御!?」
「ドミニク! くっ……! よくもやってくれたな。……ハッ!? ヤツがいない!?」
女暗殺者は窓の方を向いた。
しかし、そこに僕はいなかった。
それもそのはず。
「どこを見ている?」
女は後ろを振り返った。
そう、僕はすでに女の背後へ瞬間移動していたのだ。
「いつの間に……! なっ!? 体が動かない……!?」
「下をよく見ろ」
僕は【生命創成】の蔦を、女暗殺者に巻き付けた。
やはり敵を拘束するなら、この手に限る。
ついでに、ルナと戦っていたもう一人の暗殺者も拘束しておいた。
ちなみに、もう一人は犬耳の獣人族の女だった。
「エリーゼさん、城に侵入した暗殺者たちを拘束しました」
『そうか! でかしたぞ!』
僕は念話で仲間に報告した。
そして、女暗殺者に剣を向けた。
「さて、お前に質問したいことがある。もし素直に答えてくれれば……、命だけは助けてやる。だが、もし嘘を付けば……容赦なくこの場で首を斬る。いいな?」
女暗殺者は固唾を呑む。僕は構わず質問を始める。
「お前らを雇った者の正体……それは【大臣】だな?」
「何ですって!?」
『な、なんだと!?』
仲間たちは驚愕するが、女暗殺者たちも目を丸くしていた。
どうやら、図星の様だ。
僕は自分が推理したことを話し始めた。
「昨日大臣は言っていた。罪を犯す平民への処罰を厳しくしていると。この発言は、大臣が平民を嫌っていることを示唆する。そして、セレーネは平民との間に生まれた子である。僕は昨日のことを思い出した。セレーネは大臣の前で、僕の後ろへ隠れていた。これはセレーネが大臣を恐れているという証拠だ。何より、セレーネ本人の口からは大臣に意地悪をされていたと聞いた。つまり、お前たちを雇ったのは【大臣】であると推測できる。問題はなぜ、セレーネの命を狙うかだ。平民が嫌いだから? 気に入らないから? それもあるだろうが、一番の問題は平民との子であるセレーネに王位継承権を渡したくないからだろう。もし平民との子が女王になったと知られれば、王家の名誉に傷がつくと考えたのだろう。そのため、大臣は国王の正妻の子である王子に王位継承権を渡したいのだ。しかし、確実にそうなる為にはセレーネの暗殺しかない。大臣の考えたシナリオは、大方そんなところだろう」
『そんな……! そんなことって……!』
これには、セレーネもショックを隠し切れない様子だ。
そして、女暗殺者はこう言った。
「確かに、もっともらしい推理だな。だが、違う! アタシ達を雇ったのは大臣ではない!」
それが、女暗殺者の回答だった。
「ふん……そうかいッ!!」
僕は女暗殺者の首めがけて、思いっきり剣を振り下ろした。
「ま、待てっ!!」
僕は剣を止めた。既に女の首の直前にまで剣は到達していた。
「確かに、アンタの言う通りだ! アンタの言う通り、アタシ達は大臣に雇われた。王女を殺してこいと言われた。後は、だいたいアンタの推理通りだ」
女はようやく白状した。
「なあ、素直に白状したんだ。アタシ達の命は助けてくれるんだろ?」
「ああ。約束通り、僕は君たちを殺さないであげよう」
「は?」
「王女の命を狙うことは重罪だからな。僕が手をかけなくても、君たちはどの道『死刑』になるだろう」
命乞いをする暗殺者たちに対し、僕は非情な現実を告げる。
「そ、そんな! 約束が違うじゃないか!」
「別に僕は約束を破った覚えはないぞ。命を助けると言うのは、あくまでも僕が手をかけないと言うだけであって、王国軍がお前たちを処刑するのとは話が別だ」
「なんて酷い男だ。この悪魔め!」
女暗殺者たちは僕に対して猛抗議する。
「自分たちの立場を知れ。貴様たちにそんな旨い話があると思うか? この人殺しどもめ」
「ヒッ……!」
僕が圧をかけると、女たちはようやく大人しくなった。
『まさか、大臣がセレーネティア殿下の命を狙った犯人だったとは……』
「ええ、僕も正直驚きました」
『うむ。翌日、大臣を国家反逆罪で逮捕せねばならん』
騎士エリーゼはそう言った。
しかし、今は夜も遅い。
とりあえず、拘束した暗殺者たちには睡眠をかけておくことにした。
そして、逃げられないように別室に閉じ込めておくのが適切だろう。
大臣を捕らえに行くのは翌朝だ。