第52話 力量の差
木々が生い茂る森の中。
崖の上で、緑色の上着を着用しフードを被ったエリシアは、地面に伏せてファインを待ち構えていた。
今回の勝負でエリシアは、『急所に一撃でも当てた方の勝ち』というルールにしている。
戦闘スタイルに関しては、自分の得意な方法で攻めてよいという。
剣で戦ってよし、魔法で戦ってよし。
そのため、エリシアは自身が得意とする武器【魔導弓】を使う。
(アイツに絶対勝ってやるんだから!)
エリシアは百発百中の腕を持つ、フォースター最強の狙撃手である。
エリシアが最も得意とする戦法は、『待ち伏せ』である。
狙撃手の彼女は遠距離で無類の強さを誇るが、接近戦を不得手とする。
それ故に懐に潜り込まれると、接近戦での弱点を露呈することになる。
しばらく待っていると、ファインが姿を現した。
(来た! アイツを追い返して、お姉ちゃんを安心させるんだから!)
エリシアは左目で照準器を覗きつつ、左手の人差し指を引き金にかけた。
姉のアリシアと同様に、エリシアも左利きである。
狙うはファインの眉間。
エリシアは、ファインの移動先に照準を合わせた。
そして、エリシアは引き金を引いて弾を撃った。
この一発で勝負はつく。
エリシアはそう思っていた。
しかし、ファインには弾丸が当たらなかった。
正確に言うと、ファインが頭を反らして弾丸を避けたのだ。
(避けられた!? 百発百中の腕を持つ、私の攻撃が!?)
エリシアはファインに再度照準を合わせ、すぐさま次の攻撃を行った。
しかし、ファインにはまたしても避けられた。
ちなみに、魔導弓は発砲時の音を消すことが出来る。
そのため、敵に自分の居場所を悟られることはないはずである。
(また避けられた!? 私の攻撃を二発も……!)
さすがのエリシアも、内心かなり動揺していた。
そして、三度目の正直と言わんばかりに、エリシアは照準器を覗いた。
(み、見られた……!?)
突然ファインはエリシアの方を向き、照準器越しに目が合った。
そして、ファインはニヤリと笑った。
そのことで、エリシアはゾッとする。
(まさか、バレた……!? いや、バレるはずがないわ!)
エリシアは弾丸を発射しようと、引き金に指をかけた。
遡ること数十分前……。
■■■■■
僕はアリシア・エルフィードの、双子の妹であるエリシア・エルフィードに勝負を挑まれた。
エリシアさんが勝った場合は、二度とアリシアさんに近づかないことを条件づけられた。
今回の勝負をするに当たって、オーバーテイル北部の森林地帯に移動した。
「勝負はこの広い森の中で行うことにするわ。まず最初はそれぞれ離れたところからスタートしましょう。5分後に勝負を開始するわ。でも、私の方が離れたところからスタートするから、アンタはここからスタートしていいわよ。私って、なんて優しいのでしょう!」
エリシアさんは挑発的な発言をするが、僕はなんとも思っていない。
そして、エリシアさんはルール説明を始めた。
「勝負のルールは『相手の急所に一撃でも当てた方の勝ち』。戦い方は任せるわ。武器で戦ってもいいし、魔法を使ってもいいわ。ちなみ、私の武器【魔導弓】だけど、使用者が込める魔力によって威力が変動するわ。気絶はしてもらうけど、私は優しいから死なないように手加減しておいてあげるわ。それじゃあ、今から5分後に勝負開始よ!」
そう言うと、エリシアさんは移動した。
アリシアさんは頭を抱えた。
「ファインさん、ごめんなさい。エリシアは、本当は私想いの優しい子なんです。でも、私がよく冒険者に狙われるから、男の人が嫌いなんです」
「いいんです。アリシアさんは悪くはありません。それに、僕も負ける気はありません」
「気をつけてください。エリシアは百発百中の腕を持つ狙撃手です。加えて、あの子が使う魔導弓は発砲時に音が出ません。でも、ファインさんならエリシアに勝つと信じています。ファインさんの力を、エリシアにわからせてやってください」
「ありがとう、アリシアさん」
「頑張ってね、ファイン君。あなたなら絶対勝てるわ!」
「ああ、ありがとう!」
エリシアさんが移動してから5分が経ち、いよいよ僕も出発する。
僕はエリシアさんを探して、森の中を歩く。
何とかして剣戟か、最悪魔法の間合いに持ち込まなければいけない。
でないと、あの【魔導弓】で一方的に攻撃されるハメになるだろう。
遠距離での戦闘は、こちらが圧倒的に不利だ。
しかし、こうも木々が生い茂っていては、相手を見つけづらいな。
だがそれは、エリシアさんから見ても同じことだろう。
僕は探知しつつ、森の中を進む。
まだ、近くに反応はない。
そう思った、その矢先のことだった。
「!!」
何か非常に小さな物が、僕の顔めがけて超高速で飛んできた。
僕は頭を反らすが、右頬へ僅かに掠って少し出血した。
今のは間違いなくエリシアさんの攻撃だった。
しかし、危ないところだった。
探知していたのでギリギリ反応できたが、それでも完全に躱せなかった。
その直後、再び弾丸が飛んできた。
僕はそれを最低限の動きで躱す。
僕は探知を続けるが、周囲に反応はない。
ならば、もっと探知できる範囲を拡大する。
すると、1時の方向およそ300m先の崖上に反応あり。
なるほど、あそこか。
葉っぱの隙間からエリシアさんを見つけ、僕はニヤリと笑う。
そして、3発目の弾丸が発射された直後、僕は転移した。
「なっ!? 消えた!?」
転移先はもちろん、エリシアさんの背後だ。
「アイツ、どこ? どこへ消えたの!?」
エリシアさんは僕が突然消えたことに驚きを隠せなかった。
僕は剣を抜き、エリシアさんに向けた。
剣を抜いた時の金属音で気づいたのか、エリシアさんも後ろを振り返った。
「ひっ!?」
エリシアさんは驚きのあまりに、腰を抜かしていた。
「アンタ、いつの間に……!?」
「この間合いなら、確実に剣戟を当てられる。あなたの負けだ」
僕はふと視線を下に向けた。
「ん? あっ……」
エリシアさんは脚を大きく開けていたので、『縞模様』が露わになっていた。
それに気付いたエリシアさんは、顔を真っ赤に染め上げた。
「み、見るなああああーーーっ!!」
パンッ!!
僕はエリシアさんからビンタを受けてしまった。
■■■■■
「おう、ファイン。お疲れさん」
戦闘終了後、僕はみんなのもとに戻った。
ルナは僕の右頬を見て、不思議そうに質問してきた。
「その顔、どうしたの?」
「な、何でもないよ!」
「?」
一方、エリシアさんは僕に負けたことで膨れていた。
「その様子だと、ファインさんに負けたようね」
「認めないんだから……」
「認めなさい、エリシア。あなたの負けよ」
「こんなヤツに私が負けたなんて、認めないんだからね!」
「いいかげんにしなさい!」
そう言ってアリシアさんは、エリシアさんの頬を叩いた。
「お姉ちゃん、何で……?」
「あなたが私のことを想ってくれていることは、とても嬉しいわ。でもエリシア、ファインさんは悪い人ではないわ。ちゃんとファインさんに謝りなさい」
アリシアさんに諭され、エリシアさんは僕の方を向いた。
「……ごめんなさい」
エリシアさんは僕に向かって謝罪した。
僕は小さく頷いた。
「今回は負けを認めてあげるわ。べ、別にアンタの為じゃないんだからね! あくまでもお姉ちゃんの為なんだからね! 勘違いしないでよね!」
「えっ?」
何というツンデレっぷりだ。謝ったと思ったらこれだ。
アリシアさんもため息をついていた。
そして、エリシアさんは笑顔で僕を指さして言う。
「今度勝負するときはもっと強くなって、絶対にアンタに勝つんだからね! 精々、覚悟しておきなさいよね!」
「ごめんなさい、ファインさん。この子は素直じゃないだけで、本当はいい子なんです……」
「あはは……」
こうして、一応僕はエリシアさんと和解することが出来た。
その後、オーバーテイルに戻ることにした。
そう言えば、エリシアさんは僕が勝ったら、何でも言うことを聞いてくれると言っていたような……。
まあいいか。どうせ特に興味がなかったし。