第36話 不届き者
昼寝していたルナが目を覚まし、その場で伸びをした。
「んん~……! トイレ……」
ルナはトイレに行きたくなったので、席を立った。
弾丸列車には、水洗式の洋式トイレが設けられている。
そのため、トイレは清潔で快適に利用することができる。
王都エストでは、セラフィー公爵家など貴族の屋敷においても水洗式のトイレが設置されている。
しかし、インフラ整備が進んでおらず、街では未だに汲み取り式の公衆トイレが多く残っているのが現状である。
「ふう、スッキリした~」
ルナは部屋に戻ろうとして、間違えて来た方向とは反対に進んでしまった。
そして、隣の客室のドアを開けた時に違和感を覚えた。
「あれ?」
客室内がやけに静かなのである。
不思議に思ったルナは、客室の様子を見てみることにした。
すると、なぜか客が全員眠っていたのである。
何人か眠っている程度なら分かるが、全員が寝ているのはあまりにも不自然過ぎる。
そう思ったルナは、自分の部屋に戻ってファインとセレーネを起こそうとした。
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「ファイン君、起きて!」
ルナが寝ている僕を揺さぶって起こした。
「うーん、何だい? 気持ちよく寝ていたのに……」
「それどころじゃないわ。車内の全員が寝ているのよ。あまりにも不自然だわ」
「はあ?」
「とにかく、セレーネも起こさないと……。あ、あれ? 起きないわ」
ルナはセレーネを揺さぶるが、全く起きる気配がしなかった。
「セレーネ! 起きて! 起きて!」
「きっと、“何者か”に魔法で眠らされているに違いない。……【解消】」
僕が魔法をかけると、セレーネは目を覚ました。
「う~ん……、どうしたのです?」
「列車内の乗客が全員寝ているのよ。でも、全員寝ているなんて不自然だと思わない?」
「どうやら、車内に『不届き者』がいるらしい。今から僕たちでそれを探しに行く」
「でも、探すと言っても、どうやって?」
「忘れたのか? 【探知】を使うんだ。そして、その中から魔力反応の高い人物を探し出す。それが乗客を眠らせた犯人……おそらく『帝国軍の工作兵』ってとこだろうな」
「なるほど。でもどうして魔力反応の高さで犯人がわかるの?」
「列車規模で人を眠らせることは、相当高ランクの魔法使いでなければ出来ない。つまり、犯人は必然的に魔力反応の高い者になるという訳だ」
「そういうことね。理解したわ」
「さすがファイン様です」
「では、行くぞ。【探知】」
僕たちは、【犯人】を探しに行くことにした。
まずは隣の8号車。魔力反応の高い者はいない。
続いて7号車。ここにも魔力反応の高い人いない。
しかし、その先の6号車にて。
魔力反応の高い人物を一人発見した。
恐らくは魔法使いだろう。
「いたぞ。中央の左側の座席だ」
「ファイン様、私は結界魔法で乗客の皆様の安全を確保いたします」
「ありがとう、セレーネ」
僕が指示を出さなくとも、セレーネは自ら率先して乗客を守ってくれるという。
殊勝な心掛けだ。
僕たちは、魔力反応の高い人物に近づいた。
その人物は男で、座席で眠っていた。
僕は男を起こし、話かけた。
「あなたが列車の乗客を眠らせた人ですね?」
「なんのことでしょうか? 私はただ、急に眠くなったので寝ていただけですよ。それなのに、いきなり犯人扱いだなんて、酷すぎる!」
男は他の乗客同様、眠らされたと言う。
だが、男の目には動揺の色があった。
「……とぼけるなよ。魔力反応が強すぎて丸わかりだぞ。」
「ふっ、バレてしまっては仕方がないな。そうだ、私が乗客を眠らせた犯人だ」
男は自分が犯人だとあっさりと認めてしまった。
そして、続けざまに質問してきた。
「ところで、貴様たちは何者だ? 何故私の睡眠魔法が効いていない? 私の正体を見破るとは、只者ではないな?」
「そうやって時間稼ぎしようとしても、無駄だぞ。もう一人、仲間がいるな?」
「「えっ!?」」
「!!」
ルナとセレーネが驚く。
一方、男も目を丸くしていた。
その直後、突如後ろから気配を感じた。
僕は振り返り、結界を張った。
すると、もう一人の刺客が短剣で攻撃してきた。
しかし、結界を張っているので、当然僕に攻撃は届かない。
刺客は暗殺者風な格好をした男で、両手にナイフを持っていた。
「ぬうッ!? これは、結界かッ!」
刺客は、攻撃が防がれたことに驚く。
こいつは、直前まで気配を感じなかった。
どうやら【隠密】を使っていたようだ。
「背後から奇襲したというのに、俺の気配に勘づいて、しかも防御までするとは……! 貴様、只者ではないな!」
「言っておくが、奇襲をするなら殺気を出しすぎないことだな」
ルナとセレーネが気を取られていると、座席の男が短剣を持ってルナに襲いかかった。
しかし、ルナは素早く剣を構えて防御した。
工作兵との戦闘が始まる。