第157話 謀反の裏で……
ニーナたちに逃げられたゲブは、自分の住む館へと戻った。
その応接室にて。
ゲブと、その配下のヴァイスが会話をしていた。
なお、館の周囲は配下の兵を置いている。
そのため、部外者の侵入を許すことはない。
そして、応接室には他の兵士の立ち入りを禁止している。
「まったく、何と言うザマだ!! おい、ヴァイス。お前がしっかりしていれば、勇者どもに逃げられずに済んだのだぞ!」
「し、しかし、ゲブ様。勇者が予想以上の実力を持っていたため、抑えるのは不可能でした」
「言い訳するな! 逃げられた事実に変わりはないだろう!!」
「はっ、申し訳ありません。ゲブ様」
ゲブは拳で机を叩き、ファイン達を逃がしたヴァイスをひどく叱責する。
ヴァイス・シュトロームはゲブの腹心の部下で、ゲブに対して絶対的な忠誠心を持っている。
その理由は、かつて孤児だった自分を拾って育ててくれたからだ。
そのため、ヴァイスはゲブに対して頭が上がらない。
長身かつ筋肉質な身体に、大剣と盾を駆使して戦う壁役である。
ゼオン帝国との戦いでヴァイスは前線で活躍し、何者の攻撃も通さない鉄壁の守備力を誇っていた。
ヴァイスの守備力があったからこそ、ゲブは戦に勝利することが出来たと言っても過言ではない。
「失態の責任は貴方にあるのではないか? ゲブ殿」
ゲブとヴァイスのもとには、突然フードを被った謎の男が現れた。
「何者だ、貴様は!?」
突然現れた男に、ヴァイスは警戒心を露にし、背中の大剣に手をかけた。
ゲブは落ち着いた様子で、ヴァイスを手で制止する。
「まあ待て、ヴァイス。誰かと思えば、【アレン】殿か」
フードの男はアレンと呼ばれた。
そう、魔王アガレスである。
魔王は軍師アレンとして、ゲブとの接触を図っていた。
しかし、宣戦布告の際に魔王は髑髏の仮面を着けていた。
そのため、ゲブは目の前の男が、魔王アガレスとは知らない。
ゲブは平民の出身で、数年前の戦争で軍師を務め、たった少数でゼオン帝国の大部隊を追い返した。
しかし、ゲブは活躍したにもかかわらず、平民というだけで特別な褒賞を与えられなかった。
その事で、ゲブは王家に不満を募らせていた。
そのため、戦後ゲブは反乱を企てた。
また、ゲブはヘイル率いる盗賊団を雇い、裏で貴族に対する略奪を命じた。
魔王はそこに付け込んでゲブを唆し、裏で操ろうとしていた。
ゲブと魔王は会話する。
「入るのなら、ノックくらいはして欲しいものだな」
「これは失礼、今のは些か不躾だったな。しかし、せっかく勇者たちを取り囲んだというのに、逃げられたそうではないか?」
「フン、あの小僧が予想外の力を持っていただけのことだ」
「ファイン・セヴェンスには用心しろと、あれほど忠告したはずだぞ」
「まあよい。予定通り、王家とはこれより全面戦争を行う」
「よろしいのか? もはや後戻りはできぬぞ?」
「承知の上だ。降伏すれば、どのみち死刑は確定だ。この身に変えても、エルトリア王家だけは必ず滅ぼす! だが、貴公が持ち出した話でもある。当然、貴公にも協力してもらうぞ」
「安心なされよ、約束は守る。このアレン、最後まで貴方に協力するつもりだ。必ず勝利へと導いてやろう」
「頼もしい。では今後とも頼むぞ」
魔王はフードの奥で、静かに笑みを浮かべる。
だが、その笑みに隠された本当の意図を、ゲブが知る由もなかった。
「そうそう、あなた方にはこれを渡しておこう」
アガレスはそう言うと、二人に小瓶を渡した。
中には、血のような真っ赤な液体が入っている。
ゲブはそれを見て訝しむ。
「これは?」
「それは私が開発した秘薬だ。もし勇者たちに追い詰められたら、それを飲むがよい。勇者たちを圧倒できる力を手に入れられるぞ」
「フン、気味の悪い物だな。まあよい、受け取っておくぞ」
ゲブとヴァイスは、とりあえず魔王の秘薬を受けとる。
そして、懐の中にしまった。
「では、健闘を祈る」
魔王はそう言うと、転移で忽然と姿を消した。
「フン、相変わらず気味の悪いヤツめ」
「ゲブ様、いつからあのような輩と?」
ヴァイスは訝しみ、ゲブに質問する。
「少し前にな。戦が終わって、しばらく時が経ってあやつの方からわしに接触してきたよ。丁度わしが王家に対する不満を募らせている時だった。『王家に対する反乱を手伝ってやる』とな。確かに、わしも最初はあやつを少し訝しんだ。だが、反乱を手伝ってくれるというのなら、これほど心強い味方はいないと思ったのだ」
ヴァイスの質問に対して、ゲブはそのように話す。
「だが、どんな手を使おうとも、この『革命』……何としてでも成功させてやる! わしらの想いを無下にした国王に、裁きの鉄槌を下してやる!」
ゲブはそう言って、拳を強く握り締めた。
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ゲブたちとの会話を終え、アガレスは魔王城へ帰還した。
「フン、私の甘言にこうもあっさり乗るとは。利用されているとも知らずに、単純な奴め。やはり人間はいつの時代も愚かなものだな。もっとも、だからこそ利用のし甲斐があるのだがな」
魔王は魔力制御室に来た。
中央にある台の右には、すでに竜の里から奪った【紅蓮の宝玉】が嵌められていた。
「ようやく二つか。だが、この程度ではまだまだ足りぬ。世界を滅ぼすには、残り二つの宝玉を見つけねばならぬ」
魔王が一人で喋っていると、魔力制御室にカミラがやって来た。
「魔王様」
「カミラか。何用か?」
「絶望のディアブロから連絡がありました。これから軍勢を率いて、【ルドラ王国】に侵攻するそうです」
「ルドラ王国と言うと、ドラグーン大陸の北東にある国家だな?」
「はい。準備ができ次第、攻め込むとのことです」
「そうか。今、勇者たちは丁度ドラグーン大陸のエルトリア王国にいる。クックックッ、ヤツらの驚く顔が目に浮かぶ。ところで、ジャークの様子はどうだ?」
「依然として暴れております。ゆえに今は拘束魔法を施してあります」
「そうか。ジャークは一度ああなると手がつけられん。しばらくは拘束しておけ」
「畏まりました」
魔王は再び宝玉が乗っている台の方を向いた。
「宝玉はまだ二つしか集まっておらん。だが、近いうちに残りの宝玉も必ず集める。全ては、忌まわしい人間どもを滅ぼすために……」
魔王がそう言うと、カミラは突然魔王の背中にピタリとくっついた。
そんなカミラに対し、魔王は全く動じなかった。
そして、前を向いたまま振り向こうとはしなかった。
「魔王様は本当に人類を滅ぼすおつもりなのですね」
「そうだ。このアガレス・ディオス、一度決めたことは最後まで曲げないつもりだ」
「アガレス様、カミラは最後までアガレス様にお供いたします。だから、いつまでもずっとお側にいさせてください」
「わかった。好きにするがよい」
「ありがとうございます」
カミラは恍惚とした表情で、頬を赤らめた。
一方、拘束室では激怒のジャークが光の鎖で拘束されていた。
その両腕はまだ完治してはいない。
「クソーッ!! クソーッ!! 離せゴラァ!! オレを誰だと思っていやがる!! オレは魔王四天王の一人、激怒のジャーク様だぞ!!」
ジャークは拘束されながらも、暴れていた。
だが、四肢を縛られたジャークはまともに身動きが取れずにいた。
常人はもちろん、圧倒的な力を持つ四天王ですら脱出することは不可能である。
「フフフッ、暴れちゃダメよ♥️ ジャーク、アンタはケガしてるんだから」
目の前にいたのは、四天王の一人である【妖艶のフウン】であった。
ジャークに拘束魔法を施した張本人である。
「それじゃあね、ジャーク。アタイはこれで失礼するわよ♥️ 少しは頭を冷やしなよ」
フウンはそう言うと、拘束室を後にした。
「ファイン・セヴェンス……今度会ったら、ヤツだけは必ず殺す!!」
激怒のジャークは血眼になり、ファインへの憎悪を募らせていた。