第156話 不忠者
エルトリア王国の平原でニーナ王女と出会い、アリシアさんらフォースター王国の人たちとも再会した。
彼女らはゼオン帝国へ行き、魔王討伐のための同盟を組むと言う。
ニーナ王女の要望で、僕たちもその旅に同行することとなった。
「もうすぐ夕方です。今夜はこの辺りで夜営しましょう」
軍師ゲブの提案で、今日はここで夜営することになった。
その夜、僕たちはニーナ王女と会話する。
ルナは王女とすぐに打ち解け合う。
「ルナさん、エノウ大陸でのあなた方の英雄譚を聞かせてくださいな」
「いいですよ。数か月前に王帝戦争がありまして、グランヴァル帝国の皇帝ゴスバールが戦争を仕掛けて来たんです。そこで私たちは、エノウ大陸の各国を旅し、アリシアさんやエリーゼさんのような仲間を集め、王国同盟軍を結成しました。そして、みんなで協力してグランヴァルに立ち向かいました。私たちが帝国に攻め来むと、皇帝は伝説の魔物アシュラに変身しました」
「まあ、大変……!」
「アシュラに変身した皇帝はとても強かったですが、ファインたち仲間と協力して何とかアシュラを倒すことができました」
「それはすごいですね!」
「ええ。ですが喜んだのも束の間……その直後に魔王が復活し、人類に宣戦布告してきました。今私たちは魔王を倒すために、こうして旅をしているんです」
「素晴らしい。あなた方は世界平和のために、こうして戦い続けているのですね。 感動しました!」
「ところで、ニーナ様にはお友達はいらっしゃるのですか?」
ルナがそう質問すると、ニーナ王女は突然表情を曇らせた。
「いないことはないですわ。けど……」
「けど?」
「エルトリア王国軍には、軍師のゲブがいらっしゃるでしょう? 私には彼が怖いのです」
「怖いと言いますと?」
「ゲブは私を見ると露骨に冷たい表情を取るのです。正確に言うと、怒りや憎しみすらも感じ取れる表情でした。私は、そんなゲブが怖いのです」
ゲブはニーナ王女を見ると、露骨に睨んでくるという。
なるほど、そういう事か。
その後、僕はエリーゼさんやアリシアさん達を呼んで話をした。
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それから、数日後。
僕たちは、ゼオン帝国との国境付近にある砦に到着した。
ここは戦時中、エルトリア王国軍の前線基地として使われていたという。
そのためか、砦はかなり大きな建物となっている。
生憎、今日はどんよりとした曇り空である。
「こちらでございます」
軍師ゲブの案内で、僕たちは会議室まで連れて来られた。
中は奥行きがあり、テーブルと椅子がずらりと並んでいる。
そして、部屋の一番奥にある椅子には、おそらく軍の司令官が座るのだろう。
今回、エルトリア王国軍はゼオン帝国軍と協力して魔王軍との戦いに挑む。
そのための会議を、この砦にて行うのだ。
しかし、両軍はかつて敵対していたため、会議は難航するであろう。
ところで、僕たちが会議室に入った頃には、すでに数人の兵士たちが待機していた。
しかし、鎧にある紋章をよく見ると、全て同じものである。
すなわち、エルトリア王国軍のものである。
ということは、ゼオン帝国軍はまだ来ていないのか。
「ニーナ王女、こちらへ」
「はい」
軍師ゲブは、ニーナ王女を呼んだ。
王女は一人で前へ行く。
すると、ゲブは突然ニーナ王女を捕らえた。
そして、懐から短剣を取り出し、王女の首元に突きつけた。
「きゃっ!」
「ニーナ王女!!」
「動かないでいただきたい」
ゲブの命令で、周囲のエルトリア兵たちも槍をこちらに向ける。
なるほど。ヴァイスを含め、この場にいる全てのエルトリア兵がゲブとグルか。
「やはり、本性を現したか」
「ほう? 勇者様、気づかれていたのですか? だが、私がニーナ王女を手に入れた時点でもう遅いのですよ」
「ゲ、ゲブ! あなた、この私に何てことを……!!」
「目的は何だ?」
「先の戦争で私たちの活躍を無下にした王家を打倒し、革命を起こす! まずはニーナ王女からです!! その後は勇者たちよ、あなた方にも引導を渡してさしあげましょう!」
ゲブはそういうと、ニーナ王女に短剣を振り下ろした。
ところが、王女はひらりと身をかわし、ゲブの拘束から逃れた。
そして、懐から光輝の剣を取り出し、ゲブに向けた。
「なにっ!? バカな、ニーナにはこんな力はないはずだ!」
「ふっふっふっふっ……」
ニーナ王女は突然笑いだし、突如自らの髪を取り外した。
「残念でした。私はニーナ様ではありません」
そこに現れたのは、なんとルナであった。
そう、実はルナがニーナ王女に化けていたのだ。
僕が事前に賢者の力を使い、錬金でニーナ王女そっくりのカツラとマスクを作った。
そして、それをルナに被せ、さらにドレスを着せてニーナ王女のフリをしていたという訳だ。
「なんだと!? で、では、本物のニーナは……」
「ここにはいない」
「なにぃ!?」
……というのは嘘で、実はニーナ王女には隠密をかけて敵には見えないようにしている。
もっとも、敵にそんなことを親切に教えてやる義理はない。
「こんなことを企んでいるだろうとは思っていたよ、軍師ゲブ。先日のオークたちとの戦いで、ヴァイスや他のエルトリア軍の騎士たちの動きが妙に緩慢だと感じた。おそらく、ニーナ王女の馬車を襲うように誘導していたんだろう。しかし、僕たちが来てオークたちを殲滅したことで、あなたの目論みは一旦消えた。だが、あなたが自分の馬車に戻ろうとした時に一瞬見せた不気味な笑み……それに、あなたがニーナ王女を睨んでくると聞いて確信したんだ。あなたは何か良からぬことを企んでいると。そして、それは見事的中したよ」
ゲブの狙いに気づいた僕は、先日の夜にみんなを集めてこの件について話した。
そのため、ゲブの罠はすでに無意味となっている。
「くっ、こうなったら……! 兵たちよ、この者たちを殺せ! 生かしては帰すな!!」
「無駄だ。あなたの計画はすでに無意味なものとなった」
「な、なにぃ!?」
ゲブが声を荒げて命令するが、兵士たちは寝ていた。
すでに僕が【天の精霊シルフ】を呼び、敵を眠らせる魔法を使ったのだ。
一応、精霊魔法は対象を絞ることができる。
自分たちの力を見せるという意味で、敢えてゲブだけは対象外にしておいた。
「では、さらばだ」
最後にゲブも眠らせ、僕たちは転移門で砦の外に脱出した。
そして、馬で南の方角へ逃げることにした。
ゲブたちが起きて行動を起こす前に、できる限り砦から離れなくてはならない。
「しかし、まさかゲブが本当に謀反を企てていたとは……」
「王女様を裏切るなんて、ホント最低! 許せないわ!」
エリーゼさんやエリシアさんたちは、ゲブを非難する。
ニーナ王女を含めた全員が無事脱出に成功する。
しかし、本当に難しくなるのはこれからだろう。
王家を裏切ったゲブたちをこのまま野放しにすることはできない。
ゲブ率いる反乱勢力は、今後王家に対して必ず攻勢をかけてくるはずだ。
その前にエルトリア王都の城に行き、ゲブの謀反を国王に話すべきだろう。