第153話 史上最強のドラゴン
僕たちは木陰に隠れてやり過ごした。
ティアの圧倒的な力を前に、成す術がなかった。
このまましばらく隠れて、次の作戦を考えなくてはならない。
さて、どうしたものか。
「いつまで隠れてるつもり?」
ティアが向きを変えた。
彼女は今、僕に背を向けている。
僕は木から飛び出して攻撃しようとした。
「そこだね!」
ところが、ティアは僕が隠れている木を火球で攻撃した。
すぐに避けたため攻撃を喰らわずに済んだが、木は燃え尽きてしまった。
しかし、なぜ僕の居場所が正確にわかった?
「今度はボクから行くよ。少しだけ本気を出すからね!」
ティアはそう言って右手を頭上にあげた。
頭上には、火炎爆弾や氷の槍、そして竜巻といった上級魔法が複数発現した。
今度は魔法を中心に攻撃するようだ。
「やはり、強力な魔法を複数展開できるのか!」
「当然でしょ? だってボクは史上最強のドラゴンだからね! さて、キミたちにはこの攻撃が避けられるかな?」
ティアが手を振り下ろすと、上級魔法たちがこちらへ向かって一斉に飛んで来た。
僕も火炎爆弾を何発か撃って、ティアの魔法を相殺する。
周囲では大爆発が起きた。
「へぇ、キミもそんな風に魔法を使えるんだね。でも、ボクの魔法はまだまだ終わりじゃないよ!」
前方からは氷の槍と竜巻が同時に飛んできた。
「いでよ、水の精霊ウンディーネよ……アイス・ウォール!」
ルナが水の精霊を呼び出した。
僕たちの前方には、巨大な氷の壁が築き上げられた。
何とか防御できたが、氷の壁は破壊された。
その後はティアと魔法の撃ち合いになった。
僕とルナは魔法を撃ち、ティアの魔法を相殺する。
しかし、このままではこちらの魔力が持たない。
ジリ貧になるのは確実だ。
一方、ティアは最強の竜族。どれだけ魔法を撃っても、魔力切れになる気配を感じない。
「あははははっ! キミたち想像以上にやるね! でも、ボクが手加減してるって事、忘れていない?」
ティアは口からドラゴンブレスを吐いた。
僕は結界を展開する。
何とか防御することができたが、非常に強い力を感じた。
人の姿をしているとはいえ、ティアはドラゴン。
当然、ブレスで攻撃することも可能であろう。
ティアの圧倒的な火力により、周囲の木々はすでに破壊されている。
「あれ? ファイン君がいない」
僕は隠密でこっそり近づき、ティアの背後から聖剣で攻撃した。
ところが、ティアは突然身体を一歩右へとずらした。
そのため、僕の攻撃は当たらなかった。
「なるほど、隠密か」
「!!」
ティアは後ろを振り返り、火球を放った。
僕はすんでのところで回避する。
見えないはずの僕の攻撃を正確に躱し、なおかつ魔法まで放ってきたのだ。
「まさか、魔素の流れで僕の位置がわかったのか?」
「当ったり~! 例え姿が見えなくても、魔素の流れで居場所なんかすぐ分かるんだよね! なんたって、ボクは史上最強のドラゴンだからね!」
やはり、ティアは魔素の流れを感知していたのか。
僕が最初に、彼女を鑑定したことがバレた理由もこれか。
ティアに対して、隠密は通用しないようだ。
ルナが光輝の剣を構えて突撃する。
ところが、ティアは光の刃を手で易々と受け止めた。
「受け止められた!?」
「そんな単調な攻撃、ボクには通じないよ!」
ルナはティアに蹴りを入れられてしまった。
「キミたち二人がかりでボクに挑みなよ」
ティアは手招きしながら、僕たちを挑発する。
「こうなったら、コンビネーションで行くわよ、ファイン!」
「わかった!」
僕とルナは、二人がかりでティアに挑む。
二人で絶え間なく斬撃を加える。
しかし、僕たち二人の攻撃は、全てティアに見切られている。
しかも、ティアの動きには一切無駄がない。
このままでは、こちらが消耗するだけだ。
僕たちは、もう一度タイミングを合わせて同時攻撃を行う。
しかし、攻撃は容易く受け止められてしまった。
2対1でも圧倒的な力量差により苦戦を強いられる。
「へぇ、キミたち想像以上に楽しませてくれるね。ここまで善戦したのは、キミたちが初めてだよ。でも、まだまだボクには遠く及ばないけどね!」
僕たちの攻撃は弾かれた。
「今度はボクの番だよ! キミたちに、ボクからとっておきのサプライズを見せてあげるよ!」
ティアはそう言うと、突然分身した。
ざっと見ただけでも十体はいる。
「なにィ!?」
「うそ!? 分身もできるの!?」
「あははははっ! 驚いた? 当然でしょ? だってボクは史上最強のドラゴンなんだから!」
僕はティアの一体に向けて風斬刃を放つ。
しかし、手応えが薄い。
ティアの一体はすぐに消滅した。
つまり、今のは分身である。
「残念! 今キミが斬ったのは、ボクの分身だよ!」
やはり分身だった。
すると今度はルナが、喋っていたティアに向けて風斬刃を放つ。
しかし、これも分身だった。
「うそ!? 本物じゃないの!?」
「甘い甘い! 喋っているからって本物とは限らないよ。安易に考えないことだね! それじゃあ、そろそろ行くよ~!」
そう言って、ティアは一斉に攻撃してきた。
分身によって直接攻撃と、離れた位置からの魔法攻撃を上手く使い分けている。
まるで隙が無い。
僕は防御するのでやっとである。
そんな中、ルナは近づいて来た一体に攻撃を試みる。
しかし、ティア達はここぞとばかりに、後方から一斉に火球を放ってきた。
「しまった! きゃああああっ!!」
「ルナ!!」
ルナがかわしきれずに被弾してしまう。
ここまで頑張って戦って来たルナがついに脱落してしまった。
「残りはファイン君、キミ一人だけだね! ちなみに言っておくけど、分身中のボクは“影”の数に応じて弱体化するよ。もっとも、ボクは最強のドラゴンだから、それでも人間よりは遥かに強いけどね!」
このままでは、こちらが不利である。
僕は探知を使い、ティア本体を探すことにする。
しかし、本物がどれかわからない。
ティアはお構いなしに、僕を攻撃する。
こうなったら、これしかない。
僕は天の精霊シルフを呼び、トルネードストームを放つ。
すると、ティアの分身は全て消え、残るは本体のみとなった。
「まさか、そんな方法でボクの分身を消すとはね。驚いたよ」
ティアはまだまだ余裕そうだが、正直こちらの魔力はもう残り少ない。
一か八か、今度の攻撃で決めるしかない。
「さあ、ここからはボクとキミの正々堂々の一騎討ちだよ! 果たしてボクに勝てるかな?」
先に動き出したのはティアだ。
ティアは空中を飛びながら、物凄いスピードで僕に迫って来た。
接近戦を挑むつもりか。
僕は火球で迎撃する。
ティアは躱したうえで僕に肉薄し、そのまま拳による打撃を与えてくる。
聖剣越しに竜族の圧倒的パワーを感じる。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。
僕はティアの頭上から、稲妻矢を放つ。
お互いに回避し、距離を取る。
ティアは木を蹴り、再び僕に向かって来た。
僕は頭上から稲妻撃を降らせて攻撃する。
無数の稲妻がティアを襲う。
しかし、竜族たる彼女はジグザグに動いて難なくかわした。
そして、ティアは勢いに任せて拳で攻撃してくる。
僕は間一髪で回避した。
その後、僕は魔法で攻撃しつつ隙を窺う。
しかし、劣性を覆すことは難しい。
さすがは史上最強の竜族である。
ティアは今まで戦ってきたどんな相手よりも手強い。
「へぇ、想像以上に楽しませてくれるね。ここまで善戦したのは、キミが初めてだよ。もっとも、ボクが優勢である事実に変わりはないけどね!」
ティアはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。
僕はティアに接近し、聖剣で斬撃する。
ところが、ティアは猛スピードで回避し、そのまま僕の背後に回り込んだ。
「なにッ!?」
「勝負あったね、ファイン君!」
ティアは強烈な左キックをお見舞いしてきた。
僕は咄嗟に聖剣でガードするが、衝撃で勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「ぐわああああああああああああッ!!!」
僕は背後の木に激突してしまう。
これまでで一番の大ダメージを受けてしまった。
しかし、ティアの蹴りを直接喰らった場合、この程度のダメージでは済まなかっただろう。
痛みはあるが、まだ意識はある。
そのため、僕は戦いに敗れたわけではない。
「まだ意識があるとはね。でも残念だけど、キミたちの負けだよ。殺しはしないけど、気絶してもらうよ!」
ティアは左手から火炎爆弾を出した。
……今だ!
チャンスは一度きりしかない。
僕はこの一瞬に全てを賭けた。
「な、何!?」
ティアの足元から突然蔦が伸び、素早く彼女を拘束した。
僕はティアが火炎爆弾を出すと同時に、生命創成を発動した。
彼女は魔素の流れを感知できるため、普通にやると回避されて終わりだろう。
しかし、上級魔法は生命創成よりも強い魔力が発生する。
そのため、同時に発動すればカモフラージュが可能だ。
「これは、生命創成!? こんな蔦でボクを拘束できると本気で思っているの?」
「まだ終わりじゃないぞ」
僕はすぐさま蔦により強力な魔力を流す。
蔦は太い木に成長し、ティアの全身を拘束した。
ユリウスの魔力を得た今、蔦を木に成長させる事など容易だ。
いくら竜族とは言えども、そう簡単には抜け出せまい。
ただ、長く足止めは出来ないだろう。
ティアの怪力なら、数秒経てば抜け出してしまうだろう。
だが、三秒でも足止めできれば、それでいい。
そして、僕の予想通りティアは三秒で樹木を破った。
「ちょっと驚いたけれど、こんな樹木でボクを拘束したつもり? ……って、あれ? ファイン君がいない……?」
僕はティアの背後へ回り込み、首元で聖剣を寸止めした。
「なるほど、瞬間移動か……」
「そうだ」
奥の手は最後まで隠しておくものだ。
「ボクの負け、だね」
「……随分あっさりと負けを認めてくれるんだな」
「だってここまでボクを追い詰めたのは、キミが初めてだから」
ティアは自分の負けを認める。
しかし、この戦いは彼女が手加減していたから何とか勝てたものである。
もし、ティアが本気を出していれば、僕は間違いなく負けていたであろう。
正直、体力も魔力も限界に近い。
とは言え、勝ちは勝ちだ。
「さあ、約束だ。僕たちに紅蓮の宝玉について教えてくれ」
「オッケー。約束通り、キミたちに紅蓮の宝玉について教えてあげるね。紅蓮の宝玉は【竜の里】にあるよ。今からボクが案内してあげるね!」
ティアは僕たちを竜の里に案内してくれるという。
紅蓮の宝玉はそこにあるという。
「それにしても、まさかキミだったとはね。そうでしょ? 【大賢者ユリウス】」
ティアは僕のことを大賢者ユリウスと呼ぶ。
そう、三百年前にユリウス時代の僕はティアと出会っていた。
「やはり、気づいていたのか」
「ううん。ただ気配は似てたけど、確信がなかったんだ。でも、ファイン君の魔法や戦い方を見て確信したの。この人が大賢者ユリウスなんだって」
「ああ、確かに僕はユリウスの生まれ変わりだ。でも、このことは仲間たちにはまだ話さないでくれ」
「それはいいけど、どうして?」
「今はまだその時ではない」
「ふーん。よくわかんないけど、わかった。まあそれはそうと、ファイン君の仲間たちを回復してあげるね。特級治癒!」
ティアが回復魔法を発動すると、広範囲に魔法が展開された。
すると、無残にも破壊された木々が、嘘のように元通りになった。
そして、僕たちの傷も回復し、仲間たちも起き上がった。
「うっ……」
「こ、ここは……? オレは一体……」
「確か、私たちは竜族の女の子と戦っていて……。そうだファイン、勝負の行方は!?」
「ファイン君はボクに勝ったよ。ということで、キミたちを竜の里に案内してあげるよ。ボクについて来て!」
僕たちはティアに付いて行くことにした。
相変わらず、周囲は木々に覆われた深い森である。
出発してから五分もしないうちに、ティアが両手で下腹部を押さえてそわそわとしだした。
「はあ……」
「どうしたの?」
僕が質問すると、ティアは困った感じの笑みを浮かべながらこんなことを言った。
「ボク、おしっこしたい」
「……は?」
ティアは突然、衝撃的なことを言い出した。
「ちょっとその辺の木陰でしてくるから、そこで待っててね!!」
「あ、ちょっと……!」
ティアはそう言うと、猛ダッシュでどこかへ行ってしまった。
それから、待つこと5分。ティアが戻って来た。
「お待たせ~。ふう、スッキリしたぁ。4時間ぶりのおしっこだったから、結構いっぱい出ちゃった!」
ティアは満面の笑みでそう言う。
……何と言うか、デリカシーに欠けている子だな。
まあ、500歳とは言え、竜族としては子供だから仕方がないか。
「そういう事、堂々と言わない方がいいわよ」
「ゴメン、ゴメン!」
「それにしても、竜族でもおしっこするのね?」
「当たり前でしょ? 竜族だって生きているんだから、おしっこやうんちだってするだよ。キミたち人間とボクたち竜族は、根本は同じ【生き物】なんだからね!」
確かに、人間と竜族の外見はほとんど同じだし、ましてや骨格や内臓の構造もほとんど同じはずだ。
「さ、行こうか。竜の里には後1時間くらいかかるからね!」
ティアは深い森を突き進んでいく。
僕たちは彼女の後を付いて行くことにした。