第143話 要求
タキアを出発してから約一週間が経ち、ようやく帝都バリアスに到着した。
聖都マルスを出てから、ここまでに約一ヶ月もかかった。
まずは城へ行き、皇帝に会うことにする。
皇帝の名は、ロバート・フォン・ガルシアという。
黒髪に武将髭で、目付きは鋭い。
僕たちは皇帝の前にひざまづいた。
「貴公か。わしに会いたいと申す者は」
「お初にお目にかかります、ロバート皇帝陛下。私の名はファイン・セヴェンス。エノウ大陸のローランド王国から来た冒険者パーティー【星の英雄たち】のリーダーです」
「なるほど、貴公らが噂の……。よく来たな、面を上げよ。まずはどのような用件か聞こう」
「はい。今日は私からガルシア帝国と聖ルナティア王国で同盟を結んでいただきたく、こちらへ参りました」
「ほう、長年戦争状態にある二国に同盟を結んで欲しいというのか。それも、他大陸の者が」
「これがイザベラ女王陛下から賜った信書です」
「……なるほど、つまり我々ガルシア帝国と聖ルナティア王国が手を組み、協力して魔王軍に立ち向かうべきだと」
「はい」
それから、皇帝はしばらく考える。
長年、敵対している国の王たちを説得するのは容易ではない。
だが、それでもやらなければいけないのだ。
魔族という強大な敵を前にして、人類同士で争っている場合ではない。
しばらく考えてから、皇帝ロバートは答えを出した。
「……うむ、よかろう。確かに魔族は我々にとっても脅威になるであろう。今は人類同士で争っている場合ではない。ルナティア王国の女王には、わし自ら信書を書いておこう。一時間後、またこの城に来るがよい」
「ありがとうございます」
皇帝ロバートは聖王国との戦争をやめて、協力して魔族に立ち向かうという。
賢明な判断である。
もし、このまま両国間で戦争を続けようものなら、それこそ魔王の思う壺だ。
かつての、グランヴァル帝国の皇帝ゴスバールのように。
その後、とりあえず今夜泊まる宿を取った。
ここは帝都で一番の宿だと言う。
それゆえか、ロビーは豪華でかなり広い。
僕たちは受付でチェックインを済ませた。
「アーネストとエヴァは適当に休憩していてくれ。長旅で疲れただろう」
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
アーネストとエヴァは一足早く自分たちの部屋へと向かった。
「星の英雄たちのみんなは、この後私服に着替えてからこの近くにあるカフェ店へ行こう。そこで休憩も兼ねて今後の作戦会議を行う」
「わかったわ」
僕たちは私服に着替えてから、街のカフェ店に行くことにした。
店に着くと、オープンテラスの席に座った。
僕はとりあえず、コーラを注文した。
仲間たちも、それぞれドリンクを頼んだ。
そして、僕はおもむろに地図を開いた。
「僕の勘だが、魔王軍は次にガルシア帝国に攻めてくるだろう。そして、魔王軍は大勢で来る上に、魔族は一体一体の質が高い。そこで、まずは聖女の【神聖結界】を使って魔族が帝都に侵入できなくする」
神聖結界は聖女の魔法のひとつで、都市をまるごと覆うことができる強力な防御魔法だ。
その防御力は、通常の攻撃はもちろん、強大な魔法をも防ぎきることが可能だ。
そして、魔族などの邪なる者を寄せ付けず、もし触れた場合にはダメージを与える。
「神聖結界は私の魔法ですね」
「そうだ。はじめに、それを使ってこの帝都バリアス全体を覆う。そうすれば、無関係な民たちが被害に遭うことはない。そのため、セレーネには帝都に残ってもらう」
「わかりました」
「そして、ここからが重要だ。魔族を一網打尽にするための罠を張り、そこへ敵を誘導する」
「その罠って?」
僕は帝都バリアスの北を指差した。
「帝都の北へ約十キロメートル離れた場所に渓谷がある。結論から言うと、そこに敵を誘き寄せて一網打尽にする。魔王軍は飛空挺を使い、ガルシア帝国の西から侵攻してくるはずだ。僕とヒューイが馬に乗って敵を誘導し、崖っぷちに追い詰められたフリをする」
「おう」
「崖っぷちまで敵を誘導したら、僕が結界で退路を塞ぐ。その後、ルナは光の精霊ウィル・オ・ウィスプを召喚し、聖なる光の魔法で一網打尽にするんだ」
「オッケー。私は近くの森に隠れて待っておけばいいのね?」
「そうだ。すべての敵を倒すのは難しいだろうが、これで半分以上の敵を排除できるはずだ」
魔王軍を一網打尽にするための作戦がまとまった。
そして、皇帝との謁見から一時間が経過した。
僕は再び城へ行き、皇帝ロバートから信書を受け取った。
そのあと宿に戻り、アーネストとエヴァの部屋に行った。
「今、いいかな?」
「どうぞ」
扉をノックすると、部屋からアーネストが出てきた。
「何?」
「これを女王陛下にお渡ししてくれ」
「ファイン達はどうするの?」
「僕たちは、ここで魔王軍を迎え撃つ」
「ここまで来たんだから、私たちも戦うわ」
「そうだよ、ファイン君! 一緒に戦おうよ!」
「いや、これは君たちにしか任せられない仕事だ。何より、敵は強大だ。おそらく、今度の帝都バリアスへの侵攻には、あの【破滅のグロウ】が来るはずだ」
「グロウって、ルナティアを襲ったアイツ?」
「そうだ、ヤツは強敵だ。現状、グロウは君たちの手に負える敵ではない」
「わかったわ。私の杖は箒にもなるから、一週間で辿り着けると思うわ」
「遠くに行くときは、いつも二人で乗ってるんだよ」
「そうか。それじゃあ、頼んだよ」
「ええ」
僕は皇帝の信書を、アーネストに託した。
■■■■■
その日の夜。
みんなで夕食を食べることにする。
この宿は帝都で一番豪華ということで、食事もちゃんと付いているという。
「とても豪華なお宿ね。さすがは帝都一の宿だわ」
「そうね」
「オレ、ウマい飯が食えるなら、何でもいいぜ!」
「ヒューイは相変わらず食いしん坊だな」
みんなで談笑しながら、食事が来るのを待っていた。
そんな矢先……。
「はっ!?」
「!!」
突然、強力な魔力を感じた。
まるで、背筋が凍るような、とても邪悪な感覚だ。
ルナも驚いて声を上げる。彼女は両手を口に当てていた。
「なに……? この背筋が凍るような感覚は……!?」
「どうしたんだ、二人とも?」
強い魔力を前に、ルナは怯えている。
「この感覚は……まさか! ア、アイツは!」
窓の外を見ると、そこには魔王がいた。
一瞬だけ目が合った。
僕はすぐに席を立ち、魔王を追いかける。
「お、おいファイン!?」
「ファイン君、どこへ行くの!?」
外は人混みであった。
確か、こっちの方から魔王の気配がしたはずだ。
いた!
僕は人混みの中に魔王を見つけ、ヤツを追いかける。
すると、魔王は振り返り、不敵な笑みを浮かべて逃げた。
そして、人目につかない狭い路地へ魔王は逃げ込んだ。
「待てッ!!」
「てめぇは……!!」
「「魔王アガレス!」」
「久しぶりだな、勇者ファイン。そして、星の英雄たち諸君」
「こいつが、魔王アガレス……!?」
ついに、僕たちは魔王アガレスに相対する。
とりあえず、魔王を鑑定して能力を把握する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
・アガレス・ディオス LV:?
種族:???(男) ?歳
加護属性:?
クラス:???
HP:???/???
MP:???/???
力:???
魔力:???
器用さ:???
素早さ:???
防御:???
耐魔:???
魔法:???
スキル:???
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
なんだこれは……?
魔王のパラメーターは『?』マークで覆われており、能力が何一つ分からない。
どうやら、魔王は隠蔽スキルを持っているようだ。
「貴様、私を鑑定したな?」
「なに?」
そう言って、魔王は僕を指差す。
魔王は僕が鑑定したことをお見通しだった。
「この魔王アガレスに、鑑定したことがバレないとでも思ったか? もっとも、鑑定したところで、私の能力はわかるまい」
ルナは光輝の剣を出す。
「そう構えるな。今日の私は戦いに来た訳ではない。それよりも、貴様たちに頼みがある」
「藪から棒だな」
「ドラグーン大陸のどこかにある【紅蓮の宝玉】を見つけて私のもとへ持って来い」
「断る。なぜ僕たちが、貴様の頼みを聞かなければならない?」
魔王は唐突に懐から何かを取り出した。
それは、緑色に輝く手のひら大の玉であった。
「それは何だ?」
「これは【新緑の宝玉】という秘宝だ。貴様たちは知っているか? ドラグーン、サガ、そしてエノウの残り三大陸には、これと同じような秘宝があることを。その一つが【紅蓮の宝玉】だ。そして、この秘宝たちには強力な魔力が秘められている。人類滅亡のため、私はそれを求めているのだ。星の英雄たちよ、改めて言う。ドラグーン大陸へ行き、紅蓮の宝玉を探してこい」
「そんな物、貴様自身で探せばいいだろう!」
「こう見えても、私は忙しいのでな。期限は三ヶ月以内だ。それまでに探し出して来い」
「断る! 僕たちは、貴様の人類滅亡計画には加担しない!!」
「断るというのか? ならばローランド王国の……王都エストの人間どもが大勢死ぬことになるぞ。それでもいいのか?」
「それは脅しか?」
「アガレス、てめぇ卑怯だぞ!! 黙って聞いてりゃあ、一方的に条件を出しやがって!!」
魔王は露骨に脅しをかけてくる。
ハッタリのつもりか?
ヒューイも、魔王のやり方には激怒しており、右手の拳を握る。
彼にしては珍しく、怒りで表情を強張らせている。
そして、その声にはいつにもなく怒気がこもっていた。
「ほう? 私と一戦交えようというのか? 面白い、かかってくるがよい」
魔王はそう言って、ヒューイを挑発する。
だが、ヒューイは動こうとしなかった。
「どうした? 来ないのか?」
「……」
「クックックッ、攻撃することはできまい。何故だかわかるか? それは、お前が私に対する『恐怖』を覚えているからだ。ゆえに、私に歯向かうことはできまい」
「オレが恐怖しているだと? バカな!? あり得ねぇ!! オレは星の英雄たち最強の戦士なんだぞ!!」
「よせ、ヒューイ」
ヒューイは魔王に立ち向かおうしたため、僕は手で彼を制止する。
そんな事よりも、今はローランド王国の安全が最優先だ。
魔王アガレスなら、本当に王都エストを攻撃しかねない。
そうなった場合、人々への被害は計り知れない。
魔王自身が何らかの大魔法を使うのか?
それとも、部下に命じて王都エストを直接襲撃させるかのか?
どちらにせよ、人々の安全は守らなければならない。
そのため、僕は仕方なく魔王の要求をのんだ。
「いいだろう。ただし、僕たちがその紅蓮の宝玉を見つけた場合、王都エストの人々は殺さないと約束してくれ」
「いいだろう、約束しよう。集合場所は、ドラグーン大陸の【ギグマン帝国】の帝都外れだ。紅蓮の宝玉を手に入れたら、そこへ来い。待っているぞ」
魔王はそう言うと、転移でどこかへ消えていった。
それと同時に、魔王の気配も消えた。
「どうするの? ファイン。このままじゃ、魔王の思う壺よ?」
アーネストがそのように話す。
「こうなってしまった以上、仕方がない。だが、まずは目の前の現状を何とかするしかない」
「と言うと?」
「まずは、これからガルシア帝国に攻めてくるであろう魔族の討伐。そして、聖ルナティア王国とガルシア帝国の同盟を結びつける。その二点だ。幸いにも、魔王との約束の期限は三ヶ月。それまでに紅蓮の宝玉を見つけ出せばいい」
まずは破滅のグロウを倒さなければいけない。
紅蓮の宝玉を探すのはその後だ。
とは言え、あまり悠長にしてはいられないのもまた事実。
グロウを倒したら、大急ぎでドラグーン大陸へと渡るしかない。