第140話 亡霊の騎士
魔王様の活躍回。
破滅のグロウは魔王城へと帰還した。
グロウはファインに敗れた事を魔王に報告しようとしていた。
向かった先は、玉座の間である。
しかし、そこにいたのはカミラだけで、肝心の魔王はいなかった。
魔王はすでに、ノトリア大陸へと向かっていた。
グロウはカミラに魔王の居場所を問う。
「カミラ殿、魔王様は何処に?」
「魔王様は、ノトリア大陸に行かれました」
魔王がいないと知るや否や、グロウは魔王城の通信室に向かった。
そこでグロウは通信用の水晶を使い、魔王を呼んだ。
『グロウか。何用か?』
「魔王様、申し訳ございません。星の英雄たちに敗れました」
『その様子だと、そうらしいな。で、報告はそれだけか?』
「はい?」
『何度も言わせるな。報告はそれだけかと聞いているのだ』
魔王の問いに、グロウは冷や汗をかく。
「はっ。報告は以上となります」
『この程度のことで私を呼ぶな。貴様のせいで、私の貴重な時間が失われている事が分からぬのか?』
「も、申し訳ございません」
魔王は露骨に機嫌を悪くする。
あまりの威圧感により、グロウはたじろぐ。
『私は今忙しいのだ。貴様如きに構っている暇などない。わかるか、グロウよ?』
「はっ」
『先の戦い……一部始終を見させてもらったぞ。何だ、あの様は? 四天王ともあろうものが、無様な戦いをしおって。しかも、我が軍の貴重な兵が三割も失われてしまった。この落とし前、どうつけてくれると言うのだ? 貴様が見下していた、クロノスの方が余程優秀かもしれんな?』
「なっ!?」
グロウは自分の戦いを魔王に見られているとは露知らず、動揺を隠せなかった。
そして、クロノスの名が出たことで、グロウはさらに追い討ちをかけられる。
『私がその事を知らぬとでも思っていたのか? その傷が癒えたら、今度こそ星の英雄たちを討ち取るのだ! この私の為にな』
「はっ!」
『二度とこの私を失望させるな。次はないぞ』
魔王は一方的に通信魔法を切った。
「星の英雄たちめ、この俺に恥をかかせおって。次こそは必ず……!!」
グロウは残った左手を強く握った。
■■■■■
星の英雄たちがノトリア大陸を旅しているその頃……。
魔王アガレスもまた、ノトリア大陸に来ていた。
大陸北部にあるガルシア帝国周辺で、魔王は“ある物”を探していた。
それは【新緑の宝玉】という秘宝で、人類滅亡には欠かせないものだという。
魔王はガルシア帝国内で心当たりのある遺跡をくまなく探し回っていた。
「ここにもないか」
しかし、新緑の宝玉はどの遺跡にもなかった。
「となると、やはり帝都か?」
魔王は一周回って、帝都を探し出すことにした。
向かう場所は城である。
実は、魔王は城周辺をすでに探していた。
しかし、見落としている場所があるかもしれないと思った魔王は、再び城を探すことにした。
そして、城の裏の壁に不自然なモノを見つけた。
「これはこれは……」
魔王なその不自然な箇所に手をかけた。
すると、城の壁が開いた。
どうやら、そこは城の地下へと通じているようだ。
「やはりアレはここに隠されているようだな。探しておいて正解だったな」
魔王は何の躊躇いもなく、地下への階段を下っていた。
地下室は広く作られており、壁には篝火がかけられている。
奥には、大きな両開きの扉が設置されている。
そして、その扉の前には甲冑騎士が一人いた。
背中に剣を背負っており、左腕には盾を装備していた。
どうやら、その騎士は門番のようだ。
「どうやら、ここで間違いないようだな」
「ここを見つけるとはな。だがここから先へは一歩も通さん!」
「妙な気配の奴だな。だが、この魔力の波動……貴様、人間ではないな?」
「左様、私はとうの昔に死んでおる。いわば、私は【亡霊】ということになるな。私は肉体を持たぬ魂だけの存在。しかし、私はこの甲冑を器としており、ここの門番を務めている」
「なるほど。ならば、この魔王アガレスが引導を渡してやろう!」
魔王は魔剣レーヴァティンを召喚した。
「私の名はクリストファー。かつて、古の勇者を指導したこともある。剣の腕では誰にも負けぬ」
「大層な自信だな。この魔王アガレスに勝てるとでも思っているのか?」
クリストファーと名乗る門番は、背中から剣を抜いた。
「行くぞ、魔王アガレス!」
そう言って、先に仕掛けたのはクリストファーだった。
向かって来るクリストファーに対し、魔王は悠然と迎え撃とうとする。
そして、クリストファーは剣を振り下ろす。
当然、魔王はその剣戟を受け止める。
「なるほど、なかなかの太刀筋だな。さすがは勇者を育てただけのことはある」
「驚くのはまだ早いぞ、魔王!」
クリストファーはそう言うと、素早く魔王の背後へと回り込んだ。
まるで甲冑など装備していないかのような、非常に俊敏な動きである。
そして、剣で魔王を斬ろうとした。
しかし、クリストファーの剣戟は空中で何かに受け止められた。
「ぬう!? これは、結界か!」
魔王は振り返ると同時に、魔剣で横斬りを放った。
クリストファーはジャンプで避け、魔王から距離を取った。
そして、クリストファーは再び魔王に向かって突き進む。
その動きは、走るというよりは、飛んでいるといった方がよい動きである。
クリストファーは亡霊ゆえに、そのような動きも可能なのだ。
「暗黒刃」
魔王は、その場で魔剣を横に薙ぐ。
漆黒の刃が、クリストファーに向かって飛んで行った。
しかし、クリストファーは高く跳んで躱す。
そして、着地と同時に剣を振り下ろそうとした。
クリストファーが着地すると、足元に仕掛けられていた魔法陣が発動した。
魔王がいつの間にか仕掛けていた、麻痺罠である。
ところが、亡霊のクリストファーには効かなかった。
クリストファーは構わず、魔王に対して剣を振り下ろした。
しかし、魔王はすんでのところでクリストファーの剣戟を躱した。
(フン、やはり効かぬのか)
魔王はすぐさま、魔剣で反撃を行う。
対するクリストファーも、盾で防御する。
そして、クリストファーはもう一度剣で攻撃する。
その攻撃を、魔王は魔剣で防御する。
魔王とクリストファーは、互いに攻防を繰り広げる。
魔王はクリストファーに対して、魔剣を振った。
クリストファーはかわすと、一旦魔王から距離を取った。
距離を取った上で、クリストファーは剣を縦に振った。
「氷結剣!」
巨大な氷の刃が、魔王めがけて襲う。
魔王はその場から動かず、悠然と立っている。
そして、魔王は氷の刃によって凍結された。
その隙にクリストファーは突撃し、氷ごと魔王を斬撃した。
「む?」
しかし、クリストファーは手応えを感じなかった。
すると、魔王はいつの間にかクリストファーの背後に回り込んでいた。
魔王は魔剣による横斬りを放つ。
クリストファーはすぐに振り返ると、盾で魔剣を防御した。
今、魔王の左側はがら空きである。
その隙を突き、クリストファーは魔王に剣を振る。
しかし、魔王もただ黙ってやられるはずもなく、ジャンプで後ろにかわした。
「このままでは埒が明かぬな。本気を出させてもらうぞ!」
クリストファーはそう言うと、盾を投げ捨てた。
そして、背中から左手で剣を抜いた。
クリストファーは二刀流で魔王に挑む。
「さあ行くぞ、魔王アガレス! 我が剣の錆としてくれよう!!」
そう言って、クリストファーは魔王に突撃した。
クリストファーは左右の剣を巧みに使い、絶え間ない攻撃を繰り広げる。
次第に、魔王は防戦一方になっていった。
「フハハハハ!! どうした? 魔王の力はその程度か!!」
クリストファーは魔王に対して、二刀流による刺突ラッシュを放つ。
この攻撃により、魔王は顔に傷を負う。
「ほう、このアガレスの顔に傷をつけるとはな。認めよう、貴様の剣技を」
しかし、魔族の再生能力により、魔王の傷はすぐに治った。
「だがッ! その程度の攻撃で、この魔王アガレスを倒せると思い上がってもらっては困る!!」
魔王は突然、物凄いスピードで動き出した。
「なにッ!?」
「今までのはウォーミングアップという名のお遊びに過ぎん。だが、それももう終わりだ」
魔王の圧倒的なパワーとスピードを前に、クリストファーは翻弄される。
これが、魔王の本気である。
亡霊とはいえ、常人が魔王に敵うことはないのだ。
「支配者の空間!」
魔王は魔剣を床に突き刺した。
灰色の空間が球状に、そして急速に広がって行った。
「ぬうううっ!? これは!?」
「冥途の土産に教えてやろう。支配者の空間に包まれたこの世のあらゆる生物や物体は、時間の流れというものが止まる。よって、甲冑を媒体とする貴様はもう動けん!」
魔王は魔剣を頭上にかざした。
すると、天井付近に暗雲が発生する。
「バカな!? 貴様、なぜここでそれが使える!?」
クリストファーは驚愕する。
そんなクリストファーに構わず、アガレスは魔法の準備を進める。
やがて、雷雲は天井全体を覆った。
「稲妻斬撃!」
魔王アガレスは魔剣を振り下ろし、必殺技を放った。
稲妻の剣がクリストファーを斬った。
「グオオオオオオオオオオオオ!!!!」
甲冑はバラバラに砕け散り、中からクリストファーの魂が出てきた。
「この感覚、この太刀筋……まさか……まさか、お前は……!?」
クリストファーは消滅し、残ったのはバラバラになった甲冑だけだった。
そして、甲冑の残骸からは鍵が出てきた。
魔王はその鍵を手に入れ、扉を開けた。
扉の中には祭壇があり、その上には緑色の手のひら大の玉があった。
「クックックッ、ついに見つけたぞ。【新緑の宝玉】を!」
魔王は新緑の宝玉を手に取る。
地下でありながらも、新緑の宝玉は自ら輝きを放っている。
この宝玉は、自ら独特な魔力を帯びているのだ。
その秘められた魔力こそが、魔王の求めているものなのだ。
「なんとも美しい輝きだ」
魔王は恍惚とした表情で、宝玉を見つめる。
それからしばらくして、魔王は新緑の宝玉を懐にしまった。
「ファイン・セヴェンス……それにルナ・セラフィー。奴らこの魔王アガレスの気配を感じ取って、ここまで来たか。奴らが俺の存在をわかるように、俺にも奴らの存在が分かる。魔王城に帰るのはまた後だ」
新緑の宝玉を手に入れた魔王は、すぐに地上へと戻って行った。