第139話 ノトリア大陸の旅路
アーネストとエヴァという二人組のA級冒険者を仲間に加え、これから僕たちは旅を再開しようと思う。
このままガルシア帝国へ向けて出発したいところだが、まずは移動手段を確保しておきたい。
本当は転移門でローランド王国から馬を取り寄せたいところだが、アーネスト達に僕が規格外だと思われたくないので別の方法を考える。
という訳で、今回は馬車で移動しようと思う。
「アーネスト、ガルシア帝国への馬車は出ているかい?」
「今は戦争中でそっちの方へは出ていないわ。反対方向へなら出ているけど……」
「なら、自分たちで手に入れるしかないか」
「馬車はすごく高いのよ?」
「構わない」
「なら、私について来て。こっちにいい店があるわ」
僕たちはアーネストに付いて行くことにした。
連れて来られた場所は、王都東にある大きな商会だった。
「この店に馬車があるのか?」
「ええ。と言うより、馬車以外にもさまざまな物を取り扱っているわ。例えば、シャンプーやブラシなど日用品とかね」
今回の旅は六人なので、六人乗りの馬車を探すことにする。
しかし、商会に並んでいる多くの馬車は四人乗りである。
しかも、一部は貴族など身分の高い者向けなのか、派手な装飾で価格は最低でも300万を超えている。
「どれも高いな。何より四人乗り定員では人数が足りない」
「当然よ。馬車は貴族や王族が乗ることが多いんだから」
そんな中、一台だけ六人乗りの馬車が余っているようだ。
価格は150万ゴールドだが、手が出せない価格でもない。
僕はこの六人乗りの馬車を購入した。
馬車を手に入れたことで、僕たちはようやく旅を再開することが出来る。
僕たちは聖王都を後にした。
■■■■■
僕は聖都で買った地図を頼りに、ガルシア帝国に向けて北東へと進んでいく。
ちなみに、御者は雇っていないので、僕自身が務めている。
馬力はなかなかにあるようで、馬はそれなりのスピードで進んでいく。
馬車の中からは、女子たちの話声が聞こえる。
「ねぇねぇ、ルナ。あなた達も冒険者なんでしょ?」
「そうよ」
「じゃあさ、今までの冒険の話とか聞かせてよ」
この声はエヴァのものだ。
エヴァはすでにルナやセレーネとも仲良くなっているようだ。
「いいよ」
ルナは今まで星の英雄たちが体験してきた出来事を話した。
「……という事があったの」
「へぇ、そうなんだ!」
「オレたちに立ちはだかるヤツらは、みんなぶっ飛ばしてやったぜ!!」
「すごいね!」
みんなは楽しそうに会話していた。
僕たちは森林地帯を進んでいる。
道中、モンスターに出くわした。
ジャイアントマンティスという昆虫型の魔物である。
主に森林地帯を生息地としており、体長は1メートルにもなる大型のカマキリだ。
数は三匹いる。
色は基本的に緑色だが、環境に応じて茶色になったりもする。
人を襲う魔物ではあるが、討伐ランクはCなので問題ない。
ジャイアントマンティスは鎌を上げ、戦闘態勢に入る。
「ここは私たちに任せて。大気に漂う水よ、魔素の力によって氷となり、突き刺さる刃となれ……氷の槍!」
アーネストは詠唱しつつ、氷の槍を放った。
ジャイアントマンティス一匹は氷漬けになった。
今度はエヴァが接近しつつ、斧でジャイアントマンティス一匹を斬った。
僕は魔物の頭上より、稲妻刃を降らせた。
これで全てのジャイアントマンティスは倒れた。
「ファイン、今無詠唱で魔法を放ったよね?」
「そうだが……」
「やっぱり見間違いじゃなかった!」
アーネストは、僕が無詠唱で魔法を放ったことに驚く。
「どういう事だ?」
「無詠唱は高度な技術なのよ。あなたはさっきの戦いでも、それをさも当たり前のごとくやってのけたわ」
この反応、以前にも見たことがあるな。
第二次人魔大戦が終わってからというもの、本当に人々の魔法技術は退化してしまったようだ。
それはエノウ大陸だけではなく、ノトリア大陸でも例外ではないようだ。
「そんな事はないよ。無詠唱は理屈さえ分かれば、簡単にできるものだよ」
「なら、私に無詠唱を教えて。さっきも言った通り、私はもっと強くなりたい」
「僕で良ければ」
「本当に!? ありがとう!」
僕はアーネストに無詠唱を教えることになった。
「まず初めに、魔法の術式は覚えている?」
「もちろん」
「それなら、比較的早くに習得できるはずだ。無詠唱というのは、頭に術式を浮かべながら行うものだからな。という訳で、次の戦闘からは魔法の術式を頭に思い浮かべながらやってみよう」
「うん、わかったわ」
それからしばらく進むと、クモの巣を発見した。
ただ、その大きさはかなりのもので、直径は約四メートルはある。
これは【ビッグスパイダー】と呼ばれる、大型の魔物の巣だ。
このように巣を作り、獲物がかかるのをじっと待つ。
時に、人を襲うこともある。
しかも、この巣は視認しづらい為、気を付けなければならない。
そして、巣の上を見上げると、ビッグスパイダーがそこにいた。
身体は人の頭ほどの大きさがあり、口には大きくて鋭い牙を備えている。
八本ある脚は非常に長く、体長は約1メートルにも及ぶ。
「丁度いい。アイツで無詠唱の練習をしてみよう」
「わかったわ」
「頑張って、アーネスト!」
エヴァも応援している。
僕はビッグスパイダーに対し、こっそり睡眠をかけた。
アーネストは杖を構え、無言で目を閉じる。
それから、しばらくしてアーネストは氷の槍を放った。
「氷の槍!」
氷の槍がビッグスパイダーを貫通した。
「やった……。私、ついに無詠唱を覚えたわ!」
「おめでとう、アーネスト!」
エヴァがそう言って、アーネストを祝う。
「ありがとう、ファイン。あなたのお陰よ」
「気にしないで」
それから更に森を進むと、再びジャイアントマンティスに遭遇した。
今回は四匹いる。
「空気刃!」
アーネストは風魔法を放ち、マンティス1匹の首を切断した。
A級冒険者……いや、魔女なだけあって覚えが早い。
すでに無詠唱をモノにしていた。
今度はルナが前進する。
マンティスは鎌でルナを迎撃する。
ルナは躱しつつ、鎌ごとマンティスを切り刻んだ。
しかし、もう一匹がルナの背後に迫った。
「後ろだ、ルナ」
ルナは振り向くと同時に、左足でハイキックを放った。
強烈な蹴りにより、マンティスの首は吹っ飛んだ。
「気づいているから大丈夫よ」
ヒューイが最後の一匹と応戦している。
マンティスはヒューイに対して鎌を振り下ろす。
しかし、ヒューイは盾で防御しつつ、斧を振り下ろしてマンティスを粉砕した。
■■■■■
聖都マルスを出発してから数日が経過した。
今は平原を進んでいる。
日は傾いており、もうすぐ夕方。
そのため、どこかで休みを取ろうと思う。
「ファイン、この近くに村があるわ。今夜はそこに泊めてもらいましょう」
「わかった」
アーネストの案内で、村に向かうことにした。
それから、進むこと約三十分が経過した。
僕たちは小さな村に到着した。
「ここは私たちの生まれ故郷よ」
「しばらく聖都周辺で冒険者活動してたから、帰ってくるのは数ヶ月ぶりかな?」
この村は、アーネストとエヴァの故郷だという。
小さな村だが、僕の故郷であるイナ村よりは大きい。
武器屋や道具屋、それに宿屋もあるようだ。
まずは、宿屋を取ることにした。
それなり宿泊客はいるようだが、なんとか二人部屋を二つ確保することができた。
チェックイン後、アーネストに呼ばれた。
「ねえ、ファイン。今から私たちの家に来てくれない?」
「わかった。ただし、行くのは僕だけでいいか? 大勢で行くと迷惑になりそうだから」
「いいわ」
「私も一緒に行ってもいい?」
「もちろんよ」
僕とルナは、アーネストの家に案内された。
アーネストの家は一階建てで、レンガ造りの家である。
決して大きくはないが、しっかりとした作りの家だ。
「ただいま」
「あら、アーネストじゃない。おかえり! エヴァちゃんも一緒なのね?」
「おばさん、こんにちは!」
家ではアーネストの母親らしき女性が出迎えてくれた。
アーネストとは同じ村出身なだけあってか、エヴァとも仲がいいようだ。
「それで、そちらはお客さん?」
「ええ、そうよ」
「はじめまして。僕はファイン・セヴェンスと申します」
「あら、はじめまして。アーネストの母のアネットと申します。よろしくね!」
アネットさんは母親なだけあって容姿は似ていて、アーネストと同じ青髪青目だ。
「アーネスト、冒険者活動の方はどう?」
「順調よ。それよりお母さん、アリアの調子はどう?」
「お部屋で寝ているわ。会いに行ってあげて」
「うん、わかった」
僕たちはアーネストにとある部屋に案内された。
そこには、一人の少女がいた。
少女はパジャマ姿で、ベッドに横たわっていた。
この少女も青髪青目のロングヘアーで、顔がアーネストと似ている。
アーネストの妹と思われる。
推定年齢は、12~15歳くらいである。
「あっ、お姉ちゃん。おかえり」
「ただいま。アリア、調子はどう?」
「大丈夫だよ。ところで、その人たちは?」
「最近知り合った冒険者仲間よ」
「はじめまして、僕はファイン・セヴェンスです」
「そうなんだ! お姉ちゃんにもついに冒険者仲間が……ごほっ、ごほっ」
アーネストの妹……アリアはベッドから起き上がろうとして咳き込む。
「無理をしちゃダメよ。ちゃんと寝てなきゃ」
「ごめんなさい」
様子を見るからに、妹は何かの病気のようだ。
「妹さん、病気か何か?」
「ええ。アリアは生まれつき喘息なの。私が冒険者になったのも、半ばアリアの薬代を稼ぐためなの。父は軍人で魔法使いだったのだけれど、戦争で亡くなってしまったわ」
「そうだったのか……」
「それ以来、私が妹の薬代を稼いでいるのだけれど、アリアの病状はあまり良くならなくて……」
話を聞いた僕は、妹・アリアのもとへ行った。
いよいよ、アレの出番のようだ。
そして、おもむろに右手をかざした。
「至高治癒」
僕は妹に治療魔法をかける。
右手からは、強烈な緑の光が発生する。
「な、何!?」
この魔法は、前にも述べた通り単純な怪我だけでなく、病気をも治すことも可能だ。
ただ、持病というのは、本来魔法で治療できるものではない。
なぜなら、その本人の体が生まれつき弱いため、いくら回復魔法をかけても無意味だからである。
しかし、この至高治癒は身体の細胞を活性化させることによって、病気を治すことも可能だ。
「えっ、身体が楽になってる!? お兄さん、何をしたの?」
「君にはとある治療魔法をかけさせてもらった。もう大丈夫なはずだ」
「ありがとう!」
「私からもお礼を言わせて。妹を治してくれてありがとう」
「どういたしまして」
僕はノート姉妹に感謝された。
「それで、何かお礼をしたいんだけど……」
「気にしないでくれ。こんなの大したことはない」
「そんなことはないわ。どんな薬でも、アリアの喘息を治すことはできなかった。それをあなたは、ほんの一瞬で治してしまったわ。だから、今度お礼をさせて欲しい」
「お礼なんて、本当に気にしなくていいから」
「そうは行かないわ。ねえ、お願い」
アーネストはなかなか退かない。
大人しそうな見た目をして、意外と頑固な一面もあるようだ。
「じゃあ、今度奢ってよ」
「お安い御用よ」
アーネストには、今度奢ってもらう約束をした。
その後、僕たちは宿に戻って休んだ。