第12話 化け物
僕とルナはダンジョンの中層部を抜け、階段を下っているところだ。
ここからはいよいよ下層部に入る。
上層部から中層部までは石造りの通路で、壁に松明がかけられていた。しかし、下層部は岩石が剝き出しでより洞窟然としていた。おまけに松明もなく、真っ暗である。
とは言え、モンスターたちは容赦なく襲ってくる。
「真っ暗よ。怖いわ」
「大丈夫、【灯火】」
僕の頭上に火の玉が浮かび上がった。
【灯火】とは、火魔法の一種で、自分たちの周囲を明るく照らすことができる魔法だ。
したがって、暗闇の洞窟や夜道では必要不可欠である。
「わあ、明るい」
「灯火くらいは使える人も多いと思うが……」
「そうね。でも、私は剣士だから、魔法は不得意だけど……」
「それよりも気をつけろ。下層部には【血に飢えた狼】がいる。奴らは動きが素早いうえに、群れで行動する」
「真っ暗なうえに、敵も強くなるなんて……。訓練ダンジョンとはいえ、下層部は初心者お断りってわけね。ファイン君がいなかったら、攻略できなかったかも!」
僕は灯火と同時に探知を使った。
2種類の魔法を同時に使用するには、適切な魔力コントロールが必須である。
また、消費精神力も当然多くなるので、残りには注意が必要だ。
しばらく進むと、敵を見つけた。
「いたぞ。前方にブラッディウルフが3体」
「わかったわ」
ルナが臨戦態勢に入る。
ブラッディウルフが先に仕掛けてきた。
しかし、ルナは華麗な動きで攻撃をかわすと、カウンターでブラッディウルフ2体の首を刎ねた。
残りの1体が僕に飛びついてきた。しかし、僕に到達する前にブラッディウルフへ蔦を絡めてやった。
「残念だったな、【生命創成】だ」
僕はそのまま、ブラッディウルフを焼き殺した。
「そんな魔法まで使えるの!? 初めて見たわ! 【無詠唱】といい【隠密】といい、ファイン君って、飛んだ化け物よね!」
「どの口が言えたことか」
「えへへ」
僕とルナはさらに奥へと進んだ。
今度は5体のブラッディウルフに遭遇した。
ルナが先制攻撃を仕掛けた。
「氷結剣!」
この攻撃で、まず3体のブラッディウルフをやっつけた。
残りの2体がルナに向かって走り出した。
「風斬刃!」
見えない風の刃が、ブラッディウルフたちを真っ二つにした。
「くっ、もう魔力が……!」
敵の数が多かったため、ルナは剣技を多用していた。
そのため、ルナは精神力が少なくなったようで、少々苦しそうである。
ちなみに、場合によっては精神力のことを【魔力】や【魔力量】ということもある。
ややこしいが、『魔力が少ない』とか『魔力が切れた』と言ったら、それは精神力を現していることが多い。
僕はルナに魔力を分け与えることにした。
「精神力供給」
「えっ!? 私の魔力が……!? 魔力を分け与えてくれているのね。ありがとう」
ルナの苦しそうだった表情が和らいだ。
ルナは僕にこんなことを訊いてきた。
「ファイン君の魔力は大丈夫なの?」
「問題ない。僕の魔力量は多いからな」
「さすが魔法使いね!」
僕とルナはさらに奥へと進んだ。
■■■■■
僕たちはついに最下層に着いた。
そこには大きな扉があった。つまり、ボス部屋への扉である。
この中にはボスの【魔導人形】がいる。
扉に近づくと、自動的に開扉した。そして、ボス部屋に入ると、扉が勝手に閉じた。
したがって、魔導人形を倒すか、もしくは倒されるまで外に出られないのだ。
部屋に入った直後、壁の松明たちに火が灯った。
広々とした部屋の中心には【魔導人形】が佇んでいた。
魔導人形は巨体で体長は3メートル。そしてボディは分厚い岩石である。
こいつは学園の教師が魔法で制作した人形で、防御力が強化されている。また、一部を除く属性魔法にも耐性が施されている。
したがって、生半可な攻撃では傷一つ付けることができない。
魔導人形はゆっくりと歩き出した。
「いよいよボス戦だな」
「ええ、私がいつも通り前で戦うわ。ファイン君は援護をお願いね!」
「えっ? ちょ、待っ……!」
ルナは僕の話を最後まで聞かずに、魔導人形に立ち向かった。
そして、氷結剣で攻撃した。しかし……。
「効かない!? なら!」
ルナは魔導人形に近づいた。
「赤熱剣!」
ルナは真っ赤に染まった剣で魔導人形に斬撃した。
しかし、魔導人形に右腕でガードされ、ダメージはほとんど入っていない。
魔導人形は左腕を大きく上げてパンチしてきた。
ルナはその攻撃を回避し、無傷だった。
ルナはすぐに体勢を立て直し、魔導人形に対し再度攻撃した。
だが、ルナの攻撃は決定打にはならなかった。
「離れろルナ、火球!」
僕は隙を見て、ルナを援護した。
火球は魔導人形に命中した。しかし、姿勢を少し崩しただけで、大したダメージにはなっていない。
それもそのはず。魔導人形の堅いボディは、火も氷も耐性があって効きにくい。
魔導人形の弱点は【雷魔法】である。
ルナは隙を突いて魔導人形に再度攻撃を仕掛けた。
しかし、ルナから攻撃を受ける直前に魔導人形は体勢を立て直し、ルナの攻撃をガードした。そして、魔導人形はすぐさまルナに反撃した。
「しまった!」
ルナは咄嗟に剣でガードするも、魔導人形のパンチで吹き飛ばされてしまった。
ちなみに、魔導人形の動き自体は遅いものの、反応は早い。
加えて、背後からの攻撃にも対応できる。
「きゃああああっ!!」
ルナは遠くで倒れた。その衝撃によるダメージで、立てずにいる模様。
魔導人形は倒れたルナにゆっくりと近づいて行く。
僕は右手で剣を抜き、そのまま【強化魔法】を施した。
魔導人形はルナに近づいた。そして右腕を大きく上げ、そのまま振り下ろした。
僕は魔導人形の前に立ちはだかり、剣で魔導人形の右腕を切断した。その際、比較的脆い関節部を狙って斬撃した。
そして、ルナを連れて魔導人形から離れ、【治癒】でルナを回復した。
「痛みが消えていく……ありがとう」
ルナを回復させた後、僕は魔導人形の方を向いて右手を上にかざした。
すると、黄色の魔法陣が発現した。
ゴロゴロゴロゴロ……。
部屋には、天井を覆う雷雲が発生した。
それを見て、ルナは驚愕していた。
「その魔法は……ま、まさか!?」
そう、これは古の英雄が対魔族用に開発したと伝えられる必殺魔法……。
僕は魔導人形に狙いを定め、手を振り下ろした。
【稲妻斬撃】!
雲の外側から中心にかけて、稲妻が収束し始めた。
バチンバチンバチン! ズドーン!!
凄まじい黄金の稲妻が、魔導人形に何度も直撃した。
そして、最後に一瞬だけ剣の形をした稲妻が、魔導人形を貫いた。
これこそ、この魔法が【稲妻斬撃】と呼ばれたる所以である。
魔導人形はバラバラになった。
魔導人形を倒したことで、僕とルナは地上に帰還した。
帰還するや否や、ルナは怪訝そうな表情で僕に問いかけてきた。
「ファイン君が今さっき使った魔法……、あれは【稲妻斬撃】ね。ファイン君のことだから、使えても何らおかしくはないと思うわ。でも問題なのは、本来この魔法は屋外かつ剣装備時限定発動ということ。にもかかわらず、あなたは地下のダンジョンで、しかも剣を持たずに【稲妻斬撃】を放ったわ。つまりね、あなたは条件を無視して稲妻斬撃を発動できたってことよ」
なんだそれは……。
屋外限定? 剣がないと発動できない?
そんな事実は初耳だぞ。
ルナはさらに続けた。
「そして、魔導人形の腕を切断したファイン君の剣戟、それに入学試験で試験官に勝った時の戦い方……。あなたは魔法使いでありながら、剣術も常人以上に優れていると見たわ。そこで私、ルナ・セラフィーは、ファイン・セヴェンス君……あなたに対して【剣術】での決闘を申し込みます!」
「エエッ!?」
僕はルナに決闘を申し込まれてしまった。あまりに唐突だったので、僕は思わず声が出てしまった。