第122話 それぞれの思惑
帝国城にて。
玉座の間で一人の兵士が、皇帝ゴスバールのもとに報告へ来ていた。
「報告いたします。王都エストへ侵攻した我が軍の軍勢が、ローランド王国軍に敗退しました。尚、この戦いでは約70万もの兵力を損失しました。陛下のご期待に応えられず、誠に申し訳ございませんでした」
「そうか、下がれ」
「はっ」
ゴスバールの命令により、兵士は玉座の間を後にした。
そして、玉座の間は皇帝ゴスバール一人になった。
「星の英雄たち……ファイン・セヴェンスか。思った以上に侮れん存在のようだな。だが、ヤツらが足掻いたところで何一つ変わらん。次の戦いでは、ワシ自らヤツらの相手をしてやろう。ヤツらは必ず帝都に乗り込んでくるだろう。ワシの力をヤツらに知らしめてやるのだ!」
皇帝ゴスバールは自軍が不利になったというのに、余裕の表情を崩さなかった。
ゴスバールは左手に嵌めた指輪を眺めながら、幼少期からこれまでのことを振り返っていた。
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ゴスバールの父親は、グランヴァル帝国の先代皇帝ガデス・フォン・グランヴァルである。
ガデスは武術に長けており、軍を動かす指揮能力にも優れていた。
第一次王帝戦争では、その指揮能力と帝国の強大な軍事力を以て、他国を圧倒した。
そんな先代皇帝の父・ガデスから、ゴスバールは厳しく育てられた。
いつか、自身の後継者に相応しい武人となるようにと。
「ゴスバールよ、いつかお前はワシの後継者として皇帝になる身だ。次代皇帝に相応しい男になれるように、ワシがお前を立派な人間に育ててやろう」
「はい、父上」
ガデスはゴスバールに英才教育を施した。
まずは、軍を動かす為の知識として歴史を教えた。
実戦で役に立つように、人魔大戦から戦術を得ることにしたのだ。
次に、皇族として恥じない為の礼儀作法を身に付けさせた。
もちろん、武人として相応しい強さを身に付けさせる為に、剣や槍など武術の稽古も施した。
だが、ゴスバールは能力、素質ともに平凡なものであった。
ガデスは稽古が上手く行かないと、ゴスバールを鞭で叩いた。
「何度言えばわかるのだ、ゴスバール!!」
「すみません、父上!」
「お前はワシの後継者になるのだから、生半可なことでは困る! これからワシとお前で、世界の覇権を手中に納めるのだぞ!!」
『お前はワシの後継者になる』……それが、ガデスの口癖であった。
その後も、ガデスはゴスバールの英才教育を進めた。
だが、ゴスバールは平凡な男で、文武ともに飛び抜けた才能はなかった。
それでも、ゴスバールが努力を怠ることはなかった。
いつか、父に認めてもらうため。
次代皇帝に相応しい男になるために。
しかし、道は険しいものであった。
「お前はこんな事も出来ぬのかッ、ゴスバール!! 罰としてお前には、夕食まで謹慎を命じる! いいなッ!!」
そう言って父・ガデスは、ゴスバールを城の地下室に閉じ込めた。
それは、罰としてはあまりにも厳しすぎた。
「私は父上の期待に応えようと、ずっと努力してきたのに……! それを父上は知らないくせに! いつか父上を見返してやる!!」
ゴスバールは父の期待に応えようという気持ちから、父を見返してやろうという考えに変わっていった。
そして、ゴスバールはさらに努力を続けた。
その後、ガデスは帝国軍を指揮し、エノウ大陸各国に戦いを挑んだ。
ゴスバールもその補佐として手腕を振るった。
フォースターやジャズナ、そしてカグラやアンシャントと言った周辺諸国の占領に成功した。
しかし、あと一歩というところでローランドの占領に失敗した。
剣士ランスロットと大魔道士ユグドラによって、帝国の軍勢はことごとく撃退されてしまったのだ。
そして、状況は一気にローランドに傾いた。
ローランド王国から和平交渉を持ちかけられ、帝国はそれを呑むしかなかった。
第一次王帝戦争後に行われた和平交渉の後、ガデスはすぐに亡くなった。
「ゴスバールよ……帝国の未来を頼んだぞ……。ワシに代わって、世界の覇権はお前が握るのだぞ……」
「はい、父上……」
ガデスは、表向きは病死ということになっている。
しかし、真相は違った。
実はゴスバールが病死と見せかけて、父・ガデスを毒殺している。
毎日食事に少しずつ毒を盛ることによって、人から怪しまれないようにした。
自身が帝位を継ぐこと。
そして、今まで厳しくしてきた復讐も兼ねて……。
このことは、もちろんゴスバールしか知らない。
それから、ゴスバールは現皇帝として即位した。
帝位を継承したゴスバールは、いつの日か再び他国へ侵攻するため、軍に命令して戦力の増強を行わせている。
しかし、第一次王帝戦争では有力な将軍や兵士たちが数多く戦死した。
その穴埋めとして、高ランクの冒険者などを正規兵としてスカウトし、軍の一部隊を指揮する将軍に任命している。
「ワシが父上に代わり、世界を支配してやる。父上は王帝戦争で敗れ、世界の支配者にはなれなかった。父上はその器ではなかったのだ。だが、ワシは父上を超えて見せる!!」
ゴスバールは亡き父に代わって、自分が世界を支配することを誓う。
しかし、軍備を多少増強したところで、周辺諸国の完全掌握が困難なことはゴスバールもわかっていた。
どうにかして、エノウ大陸を掌中に収める方法はないのか、ゴスバールは考えた。
そんな時、3年前に皇帝ゴスバールのもとにはあの男が現れた。
だが、ゴスバールが動じることはなかった。
「何者だ?」
「お初にお目にかかります、ゴスバール皇帝陛下。私はあなたの世界を支配したいと言う野望をお手伝いしたいのです。ああ、私のことは【協力者】とでもお呼びください」
その男は、皇帝に協力すると申し出た。
そして、協力者は皇帝に指輪を渡した。
「手土産として、あなたにこれを差し上げます。つまらない物ではありますが、これはちょっとした【魔導具】でございます」
それは、紫色の宝石が装飾された金色の指輪だった。
皇帝ゴスバールは早速その指輪を嵌めた。
「グフフフフ……この指輪からは力を感じるぞ。この“力”さえあれば、ワシは世界を支配することができよう!」
その指輪から力を感じると言う。
そして、皇帝ゴスバールは各国に対して再び戦争を仕掛けた。
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【ディーン視点】
1ヶ月前。
俺は皇女ローラに呼び出され、皇女の部屋に来ていた。
入室する前に、きちんと扉をノックした。
「どうぞ」
部屋から皇女ローラの声が聞こえたので、俺は中に入った。
「失礼します」
「そこに座ってください。今お茶を用意しますね」
皇女ローラは、俺に椅子へ座るように促す。
俺が椅子に座ると、皇女ローラは温かい紅茶を出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「今日はあなたにお話ししたいことがあります。ディーン・ストリバー……いいえ、ディオーラン・ブラスター」
皇女ローラは、突然ディオーラン・ブラスターの名を出した。
そのことに俺は少し驚いた。
「やはり、知っていたのですね」
「ええ。ジャズナ王国から帰還した兵士からの報告で聞いた事なのですが、ファイン・セヴェンスからあなたが【ディオーラン】と呼ばれていたと。皇族の伝手を使い、あなたの事を調べました。そこで、あなたがローランド王国出身の平民ということが判明しました。あなたは3年前、ローランド王国をモンスター群が襲ったあの日……アッカス・ヴァカダノーという貴族から攻撃を受け、瀕死の重傷を負いました。そこを偶々通りかかったレオナルド将軍に救助され、一命を取り留めました。その後は帝国軍の騎士となり、今では六大帝将の一人【地のディーン】となりました」
なるほど、この皇女には全てお見通しという訳か。
まあ、何となく予想は付いていたが。
「そこまで調べ上げていたとは……身分を偽っていた俺を処罰しますか?」
「そんなことは致しません。ですが、あなたにお願いがあります。私は今後、兄を裏切るつもりです。兄のやり方は悪逆非道です。妹として、これ以上兄を見過ごすことは出来ません。ですが、私一人では兄に対抗することは出来ません。少しでも多くの帝国騎士たちの協力が必要なのです。その為にはディオーラン、あなたにも是非私に付いてきて欲しいのです」
皇女ローラは兄を裏切るという、大胆不敵な計画を立てていた。
そのことに、俺にも協力して欲しいという皇女。
確かに、皇帝ゴスバールのやり方は悪逆非道だ。
他国に対する侵略は、帝国軍内部でも批判的な考えを持つ者は多い。
そのことで皇女ローラは、実の兄である皇帝を裏切るつもりのようだ。
大方、ローランドにでも助けを求めるつもりだろう。
だが、皇女が皇帝を裏切ることを誰かに喋ったら、皇女は一体どうなるのやら。
とは言え、これはこれで俺の“計画”に利用することが出来そうだ。
その為、敢えて皇女を泳がせることにした。
「それは出来ません」
「なぜですか?」
「俺は独自に皇帝を打ち倒すつもりです」
「だったら、尚更……!」
「いいえ。俺は、俺を苦しめてきたローランドの貴族と王族に復讐するつもりです」
「!」
「そして、ファイン・セヴェンスとの決着をつけます。その後で皇帝を倒し、俺は世界の王になります。残念ながら、あなたと俺の思想は異なるため、協力することは出来ません」
「ディオーラン!」
「では、俺は次の“予定”があるので、これにて失礼します」
「待って! ディオーラン……!」
さようなら、ローラ皇女……。
俺は皇女の部屋を、静かに立ち去った。
俺は自身の計画のために、準備を進めることにした。
国王ゼフィールを倒すため、皇帝ゴスバールを倒すため。
そして、ファインとの決着を付ける為に。