第121話 運命のいたずら
【ディーン視点】
俺は今、帝国の城のとある一室にいた。
そこには協力者もいた。
今日は帝国軍100万の軍勢による、王都エストの侵攻作戦の日だ。
「ディーン将軍、出撃しなくて良かったのですか? あなたは軍の一個大隊を任されていたはず。しかも王国軍の兵士の格好までして……」
「構わん、俺は俺の目的のために動く。その為には、手段を選ばない」
「あとで、皇帝陛下に怒られても知りませんよ?」
今王都エスト付近で戦っている帝国軍は、陽動……即ち囮である。
俺はこの陽動を利用して、王都エストの内部に侵入するつもりだ。
「協力者よ、俺を転移門で王都エストの城付近へ送れ」
「おや、どうするおつもりですか?」
「……国王を暗殺する。そうすれば、この戦いは事実上帝国の勝ちだ」
「ふむ、なるほど。その為の格好ですか。いいでしょう」
協力者はそう言うと転移門を開き、城門前へ繋げた。
俺は、俺を不幸にしたローランド王国を、国王ゼフィールを許さない。
そのために、俺は国王ゼフィールを殺す。
「感謝するぞ、協力者」
「ディーン将軍、健闘を祈りますよ」
「ああ、行ってくる」
俺は転移門をくぐり、王都エストに侵入した。
城門前には二人の王国兵がいた。
「国王陛下に報告がある。通してくれ」
二人の兵士は、王国兵に扮した俺をあっさり通してくれた。
警備が甘いな。
王都北部では、帝国軍が攻めて来ているというのに。
俺はそのまま城の内部に侵入し、玉座の間へと入った。
玉座の間には国王ゼフィール、そして皇女ローラがいた。
噂では、皇女ローラは死んだと言われていた。
だが、この場に彼女がいると言うことは、王国に保護されたか。
あるいは、帝国を裏切って王国に就いたか。
まあ、俺には関係のない事だ。
あくまで俺の狙いは、国王ゼフィールである。
俺は国王ゼフィールの前で跪いた。
本当はこの男に頭を下げるなど、反吐が出るくらい嫌なのだが、とりあえず直前までは怪しまれないようにしなければならない。
「報告いたします。何者かが城に侵入しました」
「なに!? それは真か!?」
「はい。狙いは国王陛下、おそらくあなたの命です」
「それで、わしの命を狙うのは、一体誰なのだ?」
国王の質問対しに、俺は兜を取って素顔を見せた。
「それは……私の事です!!」
玉座の間にいた衛兵たちが、剣を抜いて一斉に斬りかかって来た。
しかし、俺は剣を抜いて衛兵たちを瞬時に斬り捨てた。
「な、なにぃ!?」
「その程度の腕で、俺を倒せると思っていたのか?」
「お主、何者じゃ!?」
俺は国王ゼフィールのほうを向いた。
「実際に会うのは初めてだったな。はじめまして、と言うべきかな? 俺は帝国軍六大帝将の一人【地のディーン】。かつての名は、ディオーラン・ブラスター。ローランド王国出身の元平民だ」
「お主が……ディオーランだと!?」
「平民出身の俺、そして両親はかつて、王国の貴族によって苦しめられた。だが、貴様たち王族は何の対策もせず、平民と貴族の貧富の差を埋めようとしなかった。したがって、貴様たち王族にもその責任の一端がある。国王ゼフィール、死んでもらう。死をもって償うことが、貴様にとっての贖罪だ。そして、俺は貴様を殺すことで、新たな人生の第一歩を踏むことが出来る。覚悟してもらおう」
俺は国王ゼフィールに斬りかかった。
■■■■■
援軍が来たことにより、王国軍は優勢となりつつあった。
一方で、敵もさらに援軍を送ってきている。
一体、帝国はどれだけの兵力を保有しているのか。
しかし、戦っていて先程から少し違和感を感じる。
どうして、敵は積極的に攻めて来なくなったのか。
こちらの戦力が増えたからと言えばそれまでだが、敵の方がまだ数は多い。
すると、東へ援護に向かっていたルナが戻って来た。
そして、セラフィー公爵の部隊も共にやって来た。
「ルナ、セラフィー公爵! 東の敵は?」
「撤退したわ」
「ルナが水のエキドナを倒したんだ」
撤退?
あの帝国がそう簡単に退くのか。
帝国軍の東部侵攻部隊もかなりの兵力を整えていたはずだ。
本気で王都を落とすつもりなら、戦いを続けるはずだ。
だとすれば、敵の狙いは別にあるはずだ。
「セラフィー公爵、この敵部隊は“陽動”です」
「なに? どういうことだ?」
「おそらく、敵の狙いは『国王陛下の暗殺』です」
「なんだと!?」
「国王陛下がやられれば、王国軍は負けたも同然です。すでに暗殺部隊が王都に侵入している可能性が高いです。僕は一足先に王城へ戻ります」
「ちょっと、ファイン……!」
僕はそう言い残し、転移で王都内部に戻った。
すでに城門前には、見るからに怪しげな格好の男女がいた。
例の暗殺部隊か。数は4~5人。
暗殺部隊は、今まさに城に侵入しようとしているところだった。
僕は隠密を使い、暗殺部隊に気づかれないように接近した。
そして、十分近づいたところで隠密を解除し、先制攻撃を仕掛けた。
まず二人を剣で切り刻んだ。
もう二人も間髪入れずに、氷の矢で貫いた。
僕は生き残った忍者装束の女に狙いを定め、剣で斬撃を放った。
女忍者は、両手にクナイと呼ばれる武器を構えて応戦してきた。
素早い身のこなしで、僕の剣戟を躱す。
「やるな!」
他の兵士たちとは違い、そう簡単に倒させてはくれない。
「久しぶりだね、お兄ちゃん」
「なに?」
女忍者は、突然そんなことを言う。
すると女忍者は口元の覆面を外した。
その女忍者は、なんとノゾミだった。
そのことに僕は衝撃を受ける。
「君は……ノゾミ!?」
「うん、そうだよ」
「どうして君がここに……なぜ君が帝国軍にいる?」
「私はもともと孤児だったの。帝国軍特務部隊のお義父さんが私を拾ってくれたから、私はお義父さんの期待に応えたい。だから、私は戦う!」
そう言うと、ノゾミは再び立ち向かって来た。
ノゾミは素早い動きで、僕に連撃を行う。
僕は防御に徹する。
「僕は君と戦いたくはない!」
「今は敵同士だよ!」
「人殺しをして、親が喜ぶと思っているのか!?」
「……!!」
僕はノゾミが怯んだ一瞬の隙を突き、クナイを弾き飛ばした。
「きゃっ!」
そして、剣をノゾミに突き付けた。
「やっぱりお兄ちゃんは強いね。私じゃ敵わないや」
すると、そこへルナたちが駆けつけて来た。
仲間たちも、ノゾミを見て驚愕している。
「どうして、ノゾミちゃんがここに……!?」
「おいおい、こりゃあどういうことだよ!?」
「なぜ、ファイン様とノゾミさんが戦っているのです?」
「見ての通り、彼女は帝国軍が仕向けた暗殺者の一人だ。他の奴らは始末した。あとは彼女だけだ」
僕はそう言って、ノゾミを拘束しようとした。
しかし、ノゾミは隙を突いて逃亡を図った。
しまった、相手が子供とは言え、警戒が甘かったか。
「もう一人……王様の命を狙っている人がいるよ。私はその人の指示でお兄ちゃんを引き付けたの」
「それは【地のディーン】か?」
「……自分で確かめるといいよ」
ノゾミはそう言って、外へと姿を消した。
これでいいんだ。これで。
「おいファイン! 追わなくていいのか!? 国王様がノゾミに殺されちまうぜ!」
「いや、追わなくていい。彼女は国王陛下を殺しはしない」
「なんでわかるんだよ?」
「ノゾミはわざわざ、もう一人国王陛下を狙っていると言うヒントをくれた。それはつまり、ノゾミ自身は国王陛下の命を狙わないということだ。とは言え、危機はまだ去っていない。急いで玉座の間に向かい、国王暗殺を阻止しなければ……! みんな、集まれ! 転移門で一気に玉座の間へ向かうぞ!」
僕たちは転移門ですぐに玉座の間へと向かった。
■■■■■
国王ゼフィールの前にワープすると、前から剣を抜いたディオーランが向かってきた。
僕はすぐに剣を抜いて、ディオーランの攻撃を防いだ。
「なに!?」
「久しぶりだな、ディオーラン。いや、地のディーンと呼んだ方がいいか?」
「まさか、俺の動きを察知するとはな……!」
何とか間に合ったようで良かった。
しかし、よく見ると玉座の間には衛兵たちの死体が転がっている。
ディオーランの仕業で間違いないようだ。
まさに、間一髪といったところだった。
「ディーン……いいえ、ディオーラン。もうこんなことはやめましょう」
そう言ったのは、皇女ローラだった。
皇女ローラは、立ち上がってディオーランを説得し始めた。
「ゼフィール陛下を殺して、何になるのです? あなたのやろうとしていることは、単なる復讐です」
「それがどうしたと言うのですか? そう、あなたの言う通り、俺がやろうとしていることは復讐です」
「もうおやめなさい。天国のご両親が悲しみますよ」
「……」
皇女ローラの言葉に、ディオーランは剣を引いた。
そして、玉座の間には兵士たちが入って来た。
すると、ディオーランは突然剣を床に突き立てた。
「大地裂斬!」
ディオーランは側面の壁を壊して穴を開けた。
そして、その穴から脱出した。
「ディオーラン!」
「勝負はお預けだ、ファイン。帝都で会おう!」
ディオーランはそう言い残して城から逃げて行った。
その後、帝国軍は残存部隊を率いて退却したとの報告が入った。
そのため、王都防衛戦は王国軍の勝利に終わった。
そして、国王ゼフィールの命も守れたので良かった。
しかし、この戦いで王国軍にも少なからず被害が出てしまったのも、また事実だ。
アルベルト将軍とギルドマスターのジョージさんが、この戦いで負傷したとのこと。
その他、死傷者は多数にのぼる。
生き残った人々にも多数負傷者が出ており、しばらくは戦えない程の重傷者もいるようだ。
そして、光のレオナルドが戦死してしまった。
訃報を聞いたローラ皇女や、帝国の騎士たち一同も悲しんでいた。
グロリア殿には、レオナルド将軍の訃報を家族に伝えるようにお願いした。
レオナルド将軍の遺体は、故郷であるグランヴァル帝国に返されるという。
次はいよいよ帝国侵攻が再開されるだろう。
王国は疲弊してしまったが、帝国はさらに疲弊しているはずだ。
帝国に立て直される前に一気に攻勢をかけ、この戦いを終わらせたいところだ。