第109話 ヴォルト、再び
闇の精霊シェイドと契約した僕たちは、帝都オストに向けて再び北上する。
もうすぐ森林地帯を抜けることができる。
しかし、森林を出る直前に異変に気が付いた。
「止まれ」
僕は仲間に止まるように指示を出した。
森の外には、軍隊がいるのが見えた。
どうやら、帝国軍のようだ。
数こそ10人前後でそう多くはないが、今は帝国軍に見つかりたくはない。
そのため、木陰に隠れて様子を窺うことにした。
「どうしたの?」
「軍隊だ。十中八九、帝国軍だろう」
馬に乗った帝国騎兵の中に、見覚えのある人物がいた。
それは、オレンジ色の髪をした巨漢の男だった。
そう、六大帝将の一人【炎のヴォルト】である。
彼はヒューイとの戦いで重傷を負った。
しかし、たった数日で回復しているとは。
帝国に優秀な癒し手がいるのか、或いはヴォルト自身が余程タフだからなのか。
いずれにせよ、ヴォルトが復活しているのは事実だ。
だが問題は、炎のヴォルトがこんなところで何をしているのかと言うことだ。
よく見ると、ヴォルト率いる帝国軍の対面には、馬に乗った一人の老人がいた。
老人は、白髪に白髭であった。
そして、鎧を着用していることから、その老人も帝国の軍人か何かのようだ。
恐らく、年齢的に将軍クラスの人物と思われる。
ヴォルト率いる部隊は、なぜか武器を構えていた。
僕は木陰から耳を澄ませ、ヴォルトと老人の会話を聞くことにした。
すると、会話が聞こえてきた。
「レオナルド将軍、皇帝陛下よりあなたを国家反逆罪で処刑せよとの命令が出ている。覚悟してもらおうか」
「ワシは、行方不明になった皇女殿下を捜している。皇女殿下は恐らく、何者かによって攫われたのだ。ワシのことなどどうでもよい。しかし、ヴォルトよ、どうか皇女殿下だけはお前がお助けしてくれ! 頼む!!」
老人は、ヴォルトに【レオナルド将軍】と呼ばれた。
レオナルドとは六大帝将の一人で、光の地位を授かっている。
18年前の王帝戦争でも活躍し、様々な戦いで功績を挙げたと言われている。
そして、年老いた今でも現役で活躍しているようだ。
レオナルド将軍は、皇女が攫われ行方不明になったと言う。
そんなレオナルドを、ヴォルトは国家反逆罪で処刑すると言う。
一体、レオナルド将軍は何をしでかしたのだろうか。
「皇女殿下が攫われた? なるほど。ならば、尚更その責任をあなたに取ってもらおう。無論、死をもってしてな!」
「まさか、皇女殿下が行方不明になったのは、貴様らの仕業か!?」
「あなたの時代は終わったのだよ、ご老体。さらばだ、レオナルド将軍!」
炎のヴォルトは大剣を抜き、今まさにレオナルド将軍を処刑しようとしていた。
皇女行方不明の件について、レオナルド将軍に濡れ衣を着せるつもりのようだ。
あくまでも帝国同士。即ち僕たちの敵ということだ。
レオナルド将軍がいなくなれば、敵が減るということで、王国側にとっても少し有利になるだろう。
しかし、敵とは言え、目の前で人を見殺しにするというのも気分が悪いと言うもの。
それに、レオナルド将軍を助ければ、帝国軍の戦力など重要な情報を聞けるかもしれない。
そのため、僕は馬で帝国軍のもとに駆けつけることにした。
「待てーッ!!」
「貴様らは……星の英雄たち!? ちっ、みすみす帝国への侵入を許すとは……クロノスめ、敗れたか!」
「弱い者いじめとは、みっともねぇな!」
「お前は、ヒューイ・サウスリーか!」
「よお、久しぶりだな。炎のヴォルト! オレはお前に、もう一度タイマンを挑むぜ!」
「……いいだろう。丁度俺もお前との再戦に臨みたいと思っていたところだ!」
ヒューイは再び、炎のヴォルトとの一騎討ちに臨む。
一方、僕たちは配下の兵士たちを一掃することにした。
「お主らは……!?」
「下がっていろ、レオナルド将軍。彼らの相手は僕たちがする!」
僕はそう言うと剣を抜き、帝国軍の前に立ちはだかった。
「血迷ったか? 敵を庇うなどと、正気とは思えんな!」
帝国兵の一人がそのように話す。
「いいや、至って正気さ。ただ、目の前で人を見殺しにするのは気分が良くない。そう思っただけさ」
「フン! まあいいだろう。レオナルド将軍もろとも、貴様らも葬り去ってやろう! そうすれば、皇帝陛下の我々に対する評価も上がるというもの。そうすれば、俺たちの出世も間違いなしだ! 行くぞ!」
帝国兵たちは、一斉に僕たちに向かってきた。
好戦的なのはいいが、相手の力量も測れないようでは戦いには勝てない。
そして何より、以前に比べると質も量も大したことはない。
戦いはすぐに終わるだろう。
僕は向かって来る帝国兵に、風斬刃を放った。
帝国兵の首は真っ二つになった。
生き残った兵士たちは、驚いて足を止めた。
「よ、よくも……!!」
「真正面から向かって来るからいけないんだよ」
「くっ、怯むな! 数はこちらの方が上だ!!」
残りの帝国兵たちは自分たちを鼓舞すると、僕に向かって走って来た。
すると、ルナが前に出てきてすれ違いざまに帝国兵たちを斬り捨てた。
今のルナの攻撃で、3人の帝国兵が倒れた。
敵の後方からは、矢や魔法が飛んで来た。
弓兵や魔法使いが何人かいるようだ。
僕は結界で攻撃を防ぎ、稲妻矢で後方の敵に向かって放った。
後衛の敵に雷が降り注ぐ。後衛は一瞬で倒れた。
後は残っている前衛の敵を排除するだけだ。
「ダメだ、やはり歯が立たない! おい、お前! 帝都に行って駐留部隊に報告し、援軍を頼め!」
「わかった!」
帝国兵の一人が逃げ出した。
しかし、一人として逃がすことはできない。
逃げられて、仲間に僕たちのことを報告される訳には行かない。
「逃がすか!」
僕は戦線離脱した帝国兵に対し、氷の矢を放った。
「ぐあっ!!」
氷の矢は兵士の後頭部に直撃し、そのまま馬から転げ落ちた。
「背後が隙だらけだぜ!」
すると、背後から敵が迫って来た。
僕は振り向いて、カウンターの刺突を放った。
そして、残りの敵たちもルナが倒してくれたようだ。
これで、ヴォルトを除く帝国兵たちを全て倒した。
後はヒューイを援護し、炎のヴォルトを倒すだけだ。
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【ヒューイ視点】
オレは炎のヴォルトに再びタイマンを挑んだ。
前回も一応オレが勝ったことになっているが、あれはオレだけの力ではない。
あの時はファインやセレーネに助けてもらったから、何とか勝てた。
つまり、『不完全な勝利』というワケだ。
だから、今回こそはオレ自身の力でヴォルトに勝ちたいところだ。
「さあ、行くぜ! 炎のヴォルト!」
「いつでも来い!」
オレは斧を構えてヴォルトに向かって走った。
そして、ヴォルトに対して思いっきり斧を振り下ろした。
しかし、ヴォルトは大剣でオレの一撃を防いだ。
そこまでは予想できたが、ヴォルトは徐々にオレを押し返していく。
「な、なんだ!? このパワーは!?」
「当然だ。あれから、俺はお前に負けまいと鍛練を積んだのだ。今度こそ、俺はお前に勝つ!!」
炎のヴォルトは明らかに以前よりも強くなっていた。
やばいと思ったオレは、一旦ヴォルトから距離を取った。
「灼熱爆炎斬!!」
ヴォルトはすかさず、灼熱爆炎斬を放った。
凄まじい炎がオレに迫ってくる。
しかし、オレは間一髪でかわした。
「ふう~、今のはさすがに危なかったぜ」
「ほう、今の攻撃をかわすとはな」
「当ったり前よ! あれからオレは、お前に勝つためのシミュレーションをずっとしてきたんだぜ! そう簡単に負けるわけないぜ!」
「なるほど、良い心掛けだ。それでこそ、俺の“ライバル”だ!」
「おう! どんどん行くぜ!」
オレは再びヴォルトに向かって走って行った。
「また走って近づくか。だが、動きが単調だな!」
オレが近づいたところで、ヴォルトは大剣を振り下ろした。
しかし、オレはこれを待っていた。
敢えて自分から攻撃せず、相手から攻撃させることで隙を作らせた。
オレはヴォルトの攻撃を横に動くことで回避した。
そして、ヴォルトに斧で攻撃した。
オレの一撃が、ヴォルトに当たった。
しかし、ヴォルトは相当頑丈なのか、手応えはまるで鋼のように硬い。
直後、ヴォルトの大剣がオレの脇腹に当たった。
鎧のお陰で傷こそ深くはなかったが、オレは血を吐いた。
そして、ヴォルトはオレの腹に蹴りを入れた。
オレとヴォルトとの間に、少しだけ距離が出来る。
「灼熱爆炎斬!」
「ぐおおおおおおッ!!」
そして、ヴォルトはすかさず灼熱爆炎斬を放った。
オレは大ダメージを受け、後方に吹き飛ばされてしまった。
だが、オレは膝をつきながらも、何とか起き上がった。
これしきのことで、倒れる訳には行かない。
丁度その頃、帝国兵たちをやっつけたファインたちが駆けつけてきた。
「大丈夫か、ヒューイ! 今助けるぞ!」
「ヒューイさん、援護します!」
「手を出すな!!」
「ヒューイ!?」
「これはオレたちのタイマンだ。今日こそオレ自身の力で勝ってみせる!! うおおおおおお!!!」
オレは雄叫びを上げた。
すると、オレは自分の周囲を炎のような凄まじいオーラに覆われた。
それに、今まで以上に力がみなぎってくる。
なるほど、これが『闘志』か。
「ほほう、そんな力を隠しもっていたとはな」
「オレも驚いたぜ。なんせ、今初めて出したからな!」
「なるほど、追い詰められて覚醒したという訳か。だが、いいぞ! それでこそ俺のライバル! 俺も全力で答えることにしよう!」
「さあ、行くぜ! うおおおおおおッ!!!」
オレは炎のヴォルトに向かって走って行った。
「灼熱爆炎斬!!」
ヴォルトを大剣を振り下ろし、灼熱爆炎斬を放った。
凄まじい炎がオレを襲った。
だが、オレは怯まずそのまま走り続けた。
「なにっ!?」
「うおおおおおおおお!!!」
そして、ヴォルトに向かって斧を思いっきり振り下ろした。
「破断岩斧!!」
斧はヴォルトに直撃した。
手応えはバッチリだ。
ところが、ヴォルトは血だらけになりながらも、再び立ち上がった。
やっぱダメか。
そう思った直後、ヴォルトは突然倒れた。
「見事だ……どうやら、俺の負けのようだ。お前が勝者だ」
「ありがとよ、ヴォルト。オレもお前と戦えて楽しかったぜ」
「お前こそ、真の『戦友』だ……最後にお前のような強者と戦えたことを……誇りに思うぞ」
「ああ。オレもお前のことは一生涯忘れることはないだろう」
「さあ、行け。星の英雄たちよ。お前たちなら、皇帝陛下の野望を止められるかもしれん」
炎のヴォルトはそう言うと、力尽きた。
「敵との友情を育むか……儚いな。戦争がなければ、敵同士でなければ真の意味で友情を勝ち取れただろうに」
「ああ、そうだな」
その後、オレはファインの同意を得て、ヴォルトの遺体を火葬することにした。
ヴォルトの好きな『炎』だ。
アイツの魂も、あの世で喜んでいるに違いないだろう。