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短編集

嘘ついた

作者: ガネコ

 最近気になる人がいる。その人とは話した事はない。向こうは私の名前も知らないし顔もなにもかも知らないだろう。

 だって私が一方的に見つめていただけだから。


 そもそもの始まりは私が毎朝ボンヤリ過ごすだけの通学時間の退屈しのぎに、誰か一人を決めて観察しようと決めたのだ。

 どうせ見るならイケメンがいい、と密かに思う私の近くにある日ひょっこり現れたのが彼である。

 見た目はイケメンながら言動はどこか抜けていて、更に行きも帰りも時間が被っているので観察対象にはピッタリ。その日何があるのか、あったのかが顔に出やすいのも良いところだった。


 服装や、たまに友達と一緒な時に呼ばれている事などから学校や年齢、大翔という名前が判明した。私の通う高校の近くにある、男子高校へ通っている同い年の彼。

 いつも同じ時間にきっちり通い続ける事からも分かるが、かなり真面目な性格。でも忘れ物はけっこう多い。そんな時はこちらもつらくなるくらい落ち込んでいて気の毒だし……可愛い。

 朝、彼が電車に乗りしばらくしてから顔色が変わる。それは大体忘れ物に気づいたからである。そしてそんな日は帰りも冴えない顔をしている事が多い。勝手に「頑張れ青少年……人生は長い」と念で励ましているが、多分気づかれていない。


 こうして思い返すと私がキモいストーカー紛いに見えるが、私にはこれっぽっちも恋愛感情はなかった。ただの暇潰しの観察対象である大翔君としか思っていなかったし、話した事もバレそうになった事もなく。

 好意的に見てはいたものの、恋愛という観点では本当になんとも思っていなかったのだ。最近までは。


 というのも、最近大翔君を全くもって見かけない。最初は風邪か病気かと思った。一週間以上待っても来ない。

 次は入院とか、事故とか、引っ越したとか、早めの春休みだとか。思い付く限り色々考えたが、やっぱり彼は来ない。

 その内になんとも思っていなかったはずなのに、気がつけば彼の事ばかり考えていた。これは恋愛感情と見分けがつかないレベルだ。というかもう恋と言ってもいい。

 やけに悲しくなったり寂しくなったり腹が立ったり。そんな自分が自分でよく分からない。この状態で恋じゃないならなんなのか。


 彼のことが気になった私はいつもよりちょっと早めに家を出たり遅めの電車に乗ったり、彼と同じ高校の生徒の話に聞き耳を立てたりしたものの、新たな情報はなく、何も分からない。

 そうして私も春休みに入った。時期も時期だし本当に転校したのかもしれない。そう思うと向こうから見たら赤の他人で、そもそも私にはどうしようもない出来事なのに胸が苦しくなる。


 今日は4月1日。一応4月だというのに天気は悪く、今日は特に真冬のように寒い。

 こんな日は外に出ず家にいたいところ。だが、買い物を頼まれ渋々外に出た。いかにも降りそうな曇り空なので傘を持っていく。

 天気予報だと夜から降ると言っていたがこの空模様だと夜まで持たない気がしたのだ。この時期の天候は変わりやすいしね。


 予感は的中した。近くのスーパーで頼まれたものを買って帰る頃にはしばし晴れ間も見えたが、急に暗くなる。さっきよりも濃くて厚い雨雲。更に冷たくなる空気。

 そして、空からは雹混じりの激しく冷たい雨が降り注ぎ始めた。


「うわっ、さっむー!」


 少しでも早く帰ろうと私は早足で公園を横切る。途中、ふと休憩所を見ると中に雨宿りをしている人がいた。全身びしょ濡れで彼の足元に水溜まりが出来ている。

 今日この時期のこの地方で家から出る時に傘を持っていないなんて……。天気予報を信じていたにしてもちょっと間抜け過ぎやしないだろうか?

 ついでだし、どんな顔なのかチラッと見てみよう。休憩所の横を歩きながら気づかれないようにして、濡れた背中しか見えない人の顔を正面から……あれ? この顔は?


「……あっ!」


 雨宿りしていた男性――大翔君も突然私の顔を見て声を上げた。

 え、私に気づいた? それじゃあ、もしかして今までのもバレてる? きもいストーカーがいると気づいてから通学時間か交通手段を変えたのか?

 ごめ、いや、きもい奴が急に目の前に現れて謝ってくるのもかなり怖いのでは……?

 思わぬ遭遇に焦った私はダッシュで逃げようとした。


「あぁ行かないで……菅さん!」

「!? え、私の……なんで?」


 私の名字を何故、彼が、知っているんだ?

 思わず私は足を止め、振り返る。その先には、私を切なそうな表情で見つめる大翔君がいた。

 ……こんな時になに考えてんだろう私。雨に濡れているせいか、彼から感じたことのない色気というものを、ものすごく感じる……!





 屋根があるから雨は防げるだけ。雨混じりの風が横から吹き付けて寒い休憩所。私は濡れているのでもっともっと寒いであろう彼の話を聞こうとする。

 その前に「ないよりマシだと思うので」と持っていたハンカチを渡したら、一瞬戸惑ったのを私は見逃さなかった。受け取ってはくれたものの、妙にまじまじとハンカチを見られている。

 ごめんよ、汚くはないと思うから使って……。


「――何故あなたを知っているのかというと……実は、一目惚れなんです」

「ひっ!? ひとめぼれ?」


 一目惚れ、ってまさか私に? いやーあり得ないっしょ。

 だって私は通学列車で彼と目があった覚えもないし。まさか見ているつもりなのに見られていた、なんてそんな話ないよね。

 しかも貴方で暇つぶししていたようなろくでなしだよ私は。ていうか同い年だし、タメ口でいいのに。


「突然こんなこと、申し訳ありません! でも、もうこんなチャンスないと思って! すみません!」


 あり得ない展開に固まった私を見て勘違いしたのか謝りまくる彼。違う、違うんだよ。謝るのはむしろこっちで……。


「そんな、私に謝らなくても」

「いえ、当たり前ですよね。知らない男にいきなり名前で呼び止められて告白なんて、気持ち悪いですよね。迷惑かけてすみません!」


 ――実は私も本当はあなたの事も、名前も知っています。ゴメンナサイ。どちらかというと私の方がキモイ理由で見ていました。話しかけられて逃げようとしたのもやましい気持ちがあったからです。スミマセン。

 とは言えない雰囲気の中、彼は続ける。


「その、菅さんはよく名札をつけっぱなしで帰られるので、こっそり見て覚えて。あ、毎日電車で一緒だったんで、俺。行きも帰りも同じ時間だから顔くらい知って……る訳ないですよね。話した事もないのに、他に何十人もいるのに」


 海松大翔君、知ってる! こっちは名札どころか盗み聞きで名前覚えました! 名札に載ってる苗字だけじゃなくこっちは名前もばっちり知ってます!

 むしろ観察してた方なのに名札つけっぱなしな姿を見られてたなんて恥ずかしいです!

 とは言えず、更に彼の話は続く。


「最近はあまりにも気になって、胸が苦しくて、バスでの通学に変えたんです。声かけて嫌われてこれからどう生活すればいいのか分からないくらいになってたので。バスなら多分もう会うこともないし、気持ちもおさまるだろうと。でもおさまるどころか、日に日に強くなっていくばかりというか。これじゃ駄目だと思い、寒いけど散歩でもして頭を冷やそうとしたら……雨が降ってきて傘を忘れた事に気づいてこのありさま」


 あーうん、前からよく傘は忘れてたもんね。最初は子供にありがちな傘さしたくない症候群かと思ったけど、何故か玄関に行くと忘れて傘持たずに家を出る系うっかりさんなんだよね。

 なんだか相変わらずな彼に何だか嬉しくなる。


「でも、雨宿りしていたら偶然目の前にあなたが通りがかって、思わず呼び止めちゃって。……改めまして菅さん、突然のことで混乱させてしまって申し訳ありません。ただこの気持ちを伝えたいだけで、こんな寒い中呼び止めて話を聞かせてしまいました。恐らくこれから会うこともないでしょうし、あってももう呼び止めません」


 ん!? この流れは!? これはいけない!

 このままじゃもう会えないし話すチャンスもなくなりそうだ。せっかくこうやってまた会えて、話せたのに!

 でもこちらが素直に『観察対象から好きになりました』と伝えてはドン引きされてしまう!

 どうする私? 切羽詰まった彼の申し出、素直に答えたいけれど……! ええい、ひとまずここは!


「ハンカチは同じ電車に乗るはずのクラスメイトに頼み」

「分かりました」

「え?」

「そのー、友達からで。連絡先とか名前とか、少しずつ教えて下さい」

「え? ……本当ですか。いいんですか?」

「はい、私で良ければ」

「……あ、ありがとうごさいます! うわぁー夢みたいだ!」

「あと、多分同じくらいなんでよかったら敬語もやめませんか?」

「へ? 年上だと思ってたんですけど」

「……じゃあ名前と歳を今教えてください」


 私は嘘をついた。知らないフリを突き通すことにしたのだ。その上で彼の一目ぼれに便乗する。

 本当はこっちが嬉しくてはしゃぎたいのに。……そう言えば奇跡的に今日はエイプリルフール。しかも午前。嘘をついてもある程度までなら許される日。後でうっかりボロが出てもエイプリルフールだから。それで誤魔化せる、はずだ。


 それにこんな嘘も仲良くなれば関係ない、はずだ。そうだ、頑張って大翔君に真実を打ち明けてもドン引きされないくらい仲良くならなきゃ!

 雨のエイプリルフール、喜ぶ彼の前でこっそり私はそう誓ったのだった。

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