特命遊撃士チサト外伝~小さき戦友に感謝を込めて~
人類防衛機構世界線の入門編な、基本的な歴史な話にしてみました( ´∀` )
「最近思うんだけどさ」
仕事終わりに一杯やろうと上官に誘われ、職場――人類防衛機構のとある支局の近くにある居酒屋に、他の同僚共々来店し、乾杯して一杯目を飲んだ後の事だ。
上官は、私達より一瞬遅れて飲酒すると、数瞬だけ黙祷をし……溜め息まじりに言った。
「お前ら……ナノマシンに対する敬意がなってないだろう?」
初見の方々――私達の世界を初めて覗いている方々には、いったい私達の上官が何を言っているのか分からないだろう。私も逆の立場であれば、最初から説明しろと言う状況だ……ああ、そこはちゃんと自覚はある。
なのでさっそく初見さんのために説明をさせていただくが……まず私達は、人類防衛機構という、女性しか所属していない国際規模の防衛組織の一員である。
とは言っても、私達は戦闘要員ではない。
戦闘要員達を支える部署の一つ『会計課』所属の者だ。
こら、誰だ地味な職種だなとか言ったヤツ。
会計課ナメんじゃないぞ。というか防衛組織に戦闘要員しかいなかったら、誰が組織の金回りを管理したりするんだよ私達がいなかったらすぐに組織つぶれるぞ。
……まぁ、それはさておき。
そんな私達が所属する人類防衛機構についてさらに説明すると……その起源は、この世界における一九六八年。まだソビエトが存在していた時代にまで遡る。
※
当時のソビエトでは、何らかの実験が行われていたらしい。
いったいどんな実験だったのかは、さすがにもう分からないけれど……とにかくそのソビエトは実験で、トンデモない連中を……しかも異次元から喚びやがった。
珪素獣。
SFとかで取り上げられる珪素生命体の一種……いや、この世界においてはもうSFじゃない。サイエンスノンフィクションが正しいな。
とにかく珪素獣――見た目は巨大な甲殻類っぽいそいつらが、この世界へと襲来し、人類と珪素獣……それぞれの生存を懸けた戦争……後世において『珪素戦争』と呼ばれる戦争が始まった。
最初はさすがに、人類側が不利だった。
なにせ相手は異次元の存在。こっちの物理法則を超えるスペックをしてたりと、なかなかの強敵だったらしい……が、連中の侵攻と並行し、当時の人類……それも一部の女性に変化が起こっていた事で、最終的に人類側の逆転勝利となった。
サイフォース。
一部の女性が目覚めた、その特殊能力のおかげである。
個人差にもよるが、それに目覚めた者は身体能力が非常に上昇する。
三階の窓から飛び降りて着地したとしても、骨折などをしないで済むくらいの超身体能力だ。ついでに言えば感覚器官も鋭敏になる。
最新の研究によると、どうやら私達人類の松果体――珪素で出来ているという頭の中の内分泌器が、珪素獣襲来の影響で活性化し、サイフォースが目覚めたらしいが、詳しい事はまだまだ分かっていない。
人間の脳はブラックボックスなのだ。
そう簡単に踏み入れられる領域じゃない。
※
まぁそれはさておき。
女性のみに目覚めたそのサイフォースにより、人類が勝利を収めたのをキッカケにして、そのサイフォースを使える女性の社会的地位がこれでもかと向上。
そしてこれを機に戦後、サイフォース能力者は、これから先も、珪素獣の襲来に匹敵するような事件がこの世界で起こる可能性を考慮し、私達が所属する人類防衛機構――国連以上の権限を持つ国際的な組織を作ったというワケ。
そして話はちょっと変わるけど……それと並行して、サイフォース能力者を支援するための様々な兵器などもこの世界にて誕生した。
先ほど上官の口から出たナノマシンもその一つだ。
珪素戦争時に開発されたそれは、女性の身体能力を上昇させる極小機械である。
ちなみに女性の身体能力しか上げない。どういう仕組みなのかは分からないけど女性のDNAにしか反応しないようで、男性が摂取しても何も起こらない。
あれかな?
XX染色体だからこそ?
それともミトコンドリアのDNAに反応する的な?
とにかく、このナノマシンは、人類防衛機構に所属する者全員が摂取している。
サイフォース能力者は、さらに身体能力を上げるため。そしてサイフォース能力者ではない人類防衛機構の一員も、今よりも強くなるために。
全ては、警察などでは手に負えない存在と渡り合うために。
だけど、正直私達のような会計課所属の者まで……戦闘より事務職の方が向いているという事で配属となった者達まで、摂取する意味はあるのだろうか。
いや、これから先、事務職だからって戦場などに行ったりはしないとは限らないかもしれないけど……?
「私達のナノマシンはな、常に私達を守っているんだよ」
しかし今、上官はそんな私にナノマシンの存在意義を語ってくださるようだ。
正直に言えば、上官がわざわざ言うほどの存在意義があるのか疑問に思ってたりするけど……。
「静脈血栓塞栓症などからな」
その言葉を聞いた瞬間、目からウロコが落ちた。
「私達の主な戦場は確かに事務室で、そして敵は書類かもしれない。だけど私達の敵はそれだけじゃない。静脈血栓塞栓症を始めとする病気も、また敵なんだ。サイフォースのおかげで私達は、ある程度は静脈血栓塞栓症などの病気になりにくい体質ではあるが……それでも完壁じゃない。不摂生な生活や、危険な行為を繰り返ししていれば、サイフォースでもどうにもならない事態になってしまう可能性はゼロじゃない。ナノマシンがなかったら、とっくにそれらの病気になっていたかもしれないんだ」
静脈血栓塞栓症。
その単語を聞いたのはいつぶりだろうか。
いつだったかはもう忘れたけど……いつにせよ、健康番組でしか聞いた事がないような気がする。
でもってその……静脈血栓塞栓症の予防を呼びかける対象は……主に男性だったような気がしないでもない。
そして、それはなぜかと、今さらながら考えると……ナノマシンの存在があったから、ならば納得ではないか。
「多くの人類防衛機構の防人の乙女は、人類防衛機構に所属する者がナノマシンを摂取する事をアタリマエの事だと言うだろう。でもな、そもそもナノマシンがないのがアタリマエの時代があったんだ。でもナノマシンが開発されてそのアタリマエが覆ったんだ。そのアタリマエがいつかまた覆らんとは限らんだろう?」
そして、さらに続いた上官の言葉で……私の頭は衝撃を受けた。
そうだ。常識とかは常に一定じゃない。今はアタリマエな常識が存在しなかった時代があるんだから……いつか、ナノマシンというアタリマエが覆ってしまう可能性はゼロではないではないか。
あ、ちなみに上官が言う防人の乙女というのは、人類防衛機構に所属している方々の呼称ね。
「いつか、私達の体内のナノマシンという常識も、覆るかもしれない。
だけどな、どっちにしろナノマシンは、それがなかった時代の方々から見れば、とてもありがたい代物なんだ。
それにお前ら、ナノマシンの製造過程を知ってるか? 私の場合は、遠縁のオジサンがその工場で働いてるから――」
な、なんだって!?
今知りましたよその事!!
「――企業秘密に触れない程度に特別に見せてもらったが……多くの方々が製造に関わってるんだ。その多くの方々の知恵と努力があったからこそ今があるんだ。
だからせめて、製造に関わった多くの方々……そして彼らによって生み出されたナノマシンが、日々、私達の静脈血栓塞栓症などを予防してくれている事に感謝を捧げながら飲まないか? まぁ、ナノマシンへの援護射撃な側面もあるが」
「……そうですね」
アタリマエの事を、アタリマエだと今まで認識していて。
今までその事に対して、何にも疑念を抱いていなかった私……いや、上官の部下たる私達からすればとてもありがたいお話に、私はちょっと感動しながら言った。
「上官、私達が間違っていました。
ナノマシンはナノマシンで、ナノの世界で常に私達を守るために戦ってくれてたんですね」
私の言葉に、上官は微笑みを返した。
ちなみに上官がさっき言った、援護射撃な側面、というのは……ナノマシンに、アルコールを摂取すると活性化する、という特性があるからこその言葉だ。私達がお酒を飲めば飲むほどナノマシンはパワーアップするのだ。
「ああ。髪は長い友達というが、私達が摂取したナノマシンは小さき戦友なんだ。だから、これからも彼らに……そして彼らを作ってくださった多くの方々へと感謝を捧げつつ、改めて乾杯しよう」
そして私達は、改めてナノマシンやその製造者に感謝しつつ……乾杯をした。
マシンに対し感謝を捧げるのはおかしい、という方が……この世界の中だけじゃなく、この世界を覗ける別次元――珪素獣が存在した次元とは、違う次元にもいるかもしれないけれど……それでも、世話になっているのだ。感謝をしたって、いいんじゃないかな?
でもって、みんなと乾杯しながら……私はさらに思う。
ナノマシンとその製造者に感謝しながら飲む習慣が……これから先、防人の乙女の間で生まれたら……それは、素敵な事じゃないかなぁと。
実際に人類防衛機構に会計課なんて部署があるかは不明です(ォィ