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公爵子息エドヴァルドの迷い

 初めて目にしたときからずっと、慕っていた。その容姿の美しさだけではない、王族たる風格に心が囚われた。

 言葉を交わせば時に年相応の可愛らしい素顔が見えて、それがより愛しさを募らせた。

 

 アクセリナ様は素晴らしい女性だ。ヴィルフェルム王子殿下と並ぶ姿は、それだけで近寄りがたいほどの威厳を持つ。

 そんな彼女が婚約者にと選んでくれたのが、自分だった。自惚れでなければ、そうなる前からオレたちは想い合っていたから、アクセリナ様がオレを選んでくれたと知ったときは飛び上がるほど嬉しかった。

 だけれど彼女を知れば知るほど、彼女の婚約者として傍にいればいるほど、自分の力の無さを思い知って絶望する。


 オレは彼女の隣に立つに相応しくないのではないか。

 本当にオレでいいのか。

 

 悩みは尽きなかった。

 自信がないのだと打ち明ければ、「お前は充分に良くやっている。もっと自信を持て」と言ってくれる。まだ足りないのだと言えば、「焦ることはない。私だってまだ至らない部分はいくつもある」と言ってくれる。

 その優しさに甘えてはいけないのだと思った。王配として彼女の隣に立つには、もっと確固たる自信をつけなければならない。

 オレの心を知ってか知らずか、国王陛下より聖女様の護衛騎士に任命された。聖女様と他の騎士たちと共に過ごし、瘴気を払って魔物を倒す。経験値を増やし、知識を身につけ、自分の街以外のことを知る。そうしているうちに成長するだろうと思っていた。

 聖女様……ヘレーナ様も、励ましてくれて。

 だけどどうしてもオレには、アクセリナ様の隣に立つ自分の姿が想像出来なかった。

 あの方をお慕いしている。――心から、愛している。アクセリナ様の笑顔に、オレを呼ぶ声に、心が歓喜してやまない。

 もっと頑張らなければ。もっと力をつけなければ。その笑顔のために、オレは成長しなければ。

 

「婚約者。そうですわ、エドヴァルド様。きっとそれが、問題なのです。あなたが婚約者であることが」

「婚約者という肩書きを持ってしまっているために、あなたは制限されてしまう。……だからいっそ、一度婚約を解消したらどうかと思うの」

「あなたが自信を身に付けて……そうね、花束を持って、もう一度結婚を申し込むのはどうでしょう? とてもロマンティックで素敵だと思いません? 王女殿下もきっと喜ばれると思いますわ」


 ヘレーナ様にそう言われたオレは、心が揺らぐのを感じていた。

 冷静に考えれば決して上策ではないことはわかっている。だけどなぜかそれが正しい道のような気がして、鼓動が速くなった。

 同じ護衛騎士である、アクセリナ様の弟のスヴェン様。いつも叱咤激励してくれる方で、この方もやはり王族たる威厳があった。

「姉さんのことを、いつまで待たせるつもりなんだ」

 呆れたように紡がれる言葉に、反論も出来ない。

 もう長いこと、彼女を待たせている。彼女が待ってくれるという言葉に甘えて、結婚式まで先延ばしにしてしまった。

 いい加減心を決めなければ。決意をしなければ。彼女の隣に立つのだという自覚を持たなければ。

 

……でも、本当に?

 本当に、オレでいいのか? オレはアクセリナ様の隣に相応しい男なのか?


「ヘレーナ様に、婚約解消を勧められて……スヴェン様は、どう思われますか」

 思い切って尋ねると、スヴェン様の眉が微かに寄った。怒っているような呆れたような表情。ヴィルフェルム様ほどではないけれど、スヴェン様にもアクセリナ様の面影が見える。

「そんなもの、お前の心が決まっているのなら答えはひとつだろう」

 はっきりとそう答えたスヴェン様の御心は、とっくに決まっているようだった。

 彼ならきっと、胸を張って愛する人の隣に立つのだろう。

 でも、オレは。

 自信が持てない。

 あの気高く美しい人の隣に立つことが許されるのか、わからない。

「エドヴァルド卿、判断を誤るなよ。俺に言えるのはそれだけだ」

 オレもこの人のように、堂々と出来たら。背を伸ばしアクセリナ様の隣に立って、自信に満ちた笑顔を浮かべることが出来たら。

 あの方を愛している。アクセリナ様はオレの全てだ。

 アクセリナ様を支えたい。助けになりたい。必要とされたい。あの方の心を守る存在でありたい。

 

……でも。

――だけれど。


 アクセリナ様、オレは、まだ。

 あなたの隣に立つだけの力を、持っていないのです……。


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