黄金(きん)の時を忘れない
夢を追えた。
夢を追えたのは、黄金の時があったから。
貴方のお陰。
貴方のお陰で夢が追えた。
この地球が壊れそうなほど大きな、遥か儚い夢を……。
ありがとう。
ありがとう。私はこの輝いた時をずっと忘れない。
――令和4年。
東京の大学生になった私は、TikTokとかでよく観てた新宿歌舞伎町のTOHOシネマズ横の通路……通称トー横へと散策へ出かけていた。
電車に乗ってカタンコトン。
所謂、おのぼりさんの物見遊山であり、興味本位でチョット見学だけして深入りはせずに帰る予定だ。
「新宿~。新宿に到着いたします」
電車が止まってドアが開く。
駅の改札口を通り抜け東口出口からトー横を目指す。
……しかし、それにしてもスゴイ人波だ。
平日の昼間だというのに老若男女、様々なタイプの人達がごった返している。
まるで毎日がお祭り。それが、私の東京に対する印象だった。
人にぶつからない様に注意しながら、私は歩みを進めていく。
そして、しばらくしたら……無事にトー横に到着した。
私は少し緊張して、シルバーの指輪をした左手を握りしめる。
ふぅ、大丈夫大丈夫。今は昼間だし危なくなんかない、はず。
私は気を落ち着けて、キョロキョロとトー横の広場を見渡す。
すると、やはりTikTokで観ていたように、昼間から所在なさげな若者達がたむろっていて、地べたに座り込んで、何か飲んでいたり、気だるそうに、でも楽しそうにおしゃべりしたりしている。中には、七輪を持ち込んで焼肉パーティーをしている人達もいる。辺りには沢山ゴミが散乱しているのによくできるなぁ、と私は思った。
……。
………。
私は、少しの間、トー横内を散策していった。
そして、空いているスペースを発見すると、そこへ移動して近くの柱にもたれかかった。
東京って本当に色んな人がいるなぁ、地元とは大違いだ。
なんて思いながら、バッグの中からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出して、喉を潤す。
ふぅ。
……帰るか。
それとも近くのオシャレなカフェでインスタにあげる写真でも撮ろうかな……。
なんて迷っていると「すいません、お姉さん」と、声をかけられた。
見ると、若い、私と同じくらいの年頃の男の人だった。
「お姉さん、アッパー系とダウナー系どっちが好き?」
え? なに? ちょっと待って。
意味が分からない。アッパー? ダウナー? 一体なんの話? 私は少し頭が混乱する。
「えと……アッパー系?」
私は適当に答えてしまった。
「そうなんだ……。じゃあ、はい。これあげる」
若い男はそういうと、白い錠剤がいくつか入った透明な小袋を手渡した。
「なにこれ?」
私は訝しみつつも、その白い錠剤を受け取る。
「風邪薬。それ一気に全部飲むと飛べるから」
「飛べる? ……そうなんだ」
私は何故か危ないニオイのする話を受け入れてしまう。
「いま飲んでも大丈夫?」
何故か私は今ここでこのあやしい薬を飲みたくなってしまった。
「いいよいいよ。飲んでみて」
若い男は嬉しそうに賛同してきた。
――と。
「おいおい、アキラ君。新しい仲間? コデイン飲むなら、コレ一緒に飲んだ方がいいよ」 アキラと呼ばれた若い男と同世代の別の若い男がやってきて、そう言いながら、私に缶飲料を手渡す。
それを受け取った私は、その缶を見た。
これは……。噂の……。
ストロングゼロだ。ヤバい酔い方をするので新歓とかで飲まされないようにと、友達が教えてくれていたお酒だった。
「………」
私はおもむろに白い錠剤を手に取り出して、一気に全部口に含んだ。
そして、ストロングゼロでその薬をグイッと流し込む。
「おっ、いったいった」
アキラと呼ばれた男が、上機嫌で私の様子を眺めている。
……。
………。
それから、私はアキラ君とヨウ君(名前を教えてくれた)と30分くらいお喋りをしていた。
学校のこと、インスタグラムやTikTokの話、この辺で安くておいしい店の話など……。
極めて健全な話題で盛り上がっていた。
……。
いつの間にか、私の意識は途切れて、視界がブラックアウトしてしまう。
なんだろう、妙に身体がフワフワとして、気持ちがいい。
浮遊感に高揚感、ああ、これが飛ぶということだろうか?
私は夢見心地になる。
……。
そして、ふっと気づいた。
なにか長い時間が経過したような感覚がする。
私は柔らかいベッドの上で寝ている。
思わず、ガバッと起き上がる。
……ここは………ラブホテルだ。
身体を見ると、ブラジャーとパンティだけの下着姿になっている。
……はぁ(´Д`)
私は一体なにをやっているのだろう?
自分の脇の甘さに呆れつつ、近くに丁寧にたたんであった服を着て、急いでホテルから出る。
何か盗まれてないだろうか? 私はバッグの中のスマホや財布をチェックするが、幸い何も盗まれてないようだった。
これからはちゃんと注意しなければ……。
そう思って私は帰宅するため新宿駅から始発の電車に乗り込むことにした……。
……。
………。
――次の日。
何故か私は再びトー横へとやってきていた。
私がトー横に到着すると、すぐに若い男2人組が駆け寄ってきた。
アキラ君とヨウ君だ。
私は手を振って、アハハ、おはよう! とはしゃいだ。
「よく来たね。今日もいっとく?」
そう言って、アキラ君は白い錠剤をチラ付かせてくる。
見ると、昨日よりも少し薬の量が増えている。
「……」
私が黙っていると。
「大丈夫だよ。副作用とか誰も出てないから」
そう言って、ヨウ君が昨日と同じストロングゼロの缶を私に差し出してきた。
私はその缶を受け取る。
2人はギラついた目で私のことを見てくる。
飲め。ということだろう。
私は仕方なく昨日と同じように、白い錠剤を全て口の中に含み、それをお酒で流し込んだ。
……。
………。
そして、楽しく会話をして、30分後――。
やはり私の意思は混濁して、深い眠りに落ちた。
そして、ようやくと起きた頃には後の祭り。
私はまたしてもラブホテルのベットの上に寝転がっていた。
はぁ……。
私は感傷に浸りながら、服を着こむ。
メイクを直して、ラブホテルの外へと出る。
昨日と同じで2人の男の姿はどこにもない。
はぁ……。
ぐるぐると頭の中が眩暈で回るのを感じながら、私は新宿駅へと向かった。
もう2度とここにくることはないだろう。もう来たくない。……そう思いながら。
……。
――次の日。
私は三度、吸い寄せられるようにトー横にやってきていた。
「よぉ、来ると思ってたよ」
少しオラついたような感じでアキラ君が私に声をかけてきた。
「……」
私が黙っていると。
「なになに、アキラ達が言ってた子ってこの子? ……ふーん、かわいいじゃん」
そういって知らない男が私のことをジロジロと見てきてニヤつく。
「……」
私が身を固くしていると、どこからともなくわらわらと男達が集まってきた。
全部で10人くらい。男達が集団で私のことを囲ってくる。そして、その目つきは一様にギラギラとしている。
「ほら。飲めよ」
そう言って、アキラ君が昨日までと同じ白い錠剤を手渡してくる。
しかし、量が尋常ではない。昨日の3倍くらいの量があった。
「こんなに……」
私が戸惑っていると。
「大丈夫だって。そのくらいじゃ死にゃしないよ。おい酒!」
「テキーラがあったろ。飲ませようぜ」
「ほら。飲めよ。一気でな」
知らない男達が言って、紙コップに入った透明なお酒を飲ませようとする。
匂いがスゴイ。これスゴイ強いお酒だ。
思わず私は顔をしかめる。
「おいおい。ノリ悪いな。早く飲めよ」
強面の男が私にせっつく。
怖い。早くこの状態から逃げたい。
そう思った私は、叫ぶでも走り去るでもなく、薬とお酒を一気に飲み込んでしまった。
「んぐっ……」
喉がカァアッと熱くなり、すぐに私の意識は朦朧とする。
「よし、効き目が早い。早く連れ込もうぜ」
「待てよ。この人数じゃホテルはヤバイだろ。公衆トイレで順番にやろうぜ」
「ふひひ、楽しみだ」
矢継ぎ早に男達の声が耳に飛び込んでくるが、私は身体に力が入らず、無抵抗状態で両脇を男達に支えられ、何処かへと連れ去られていく。
……。
そして、私は気を失った。
……。
………。
目が覚める。
私の身体は障碍者用の公衆トイレの室内に横たわっていた。
裸だった。
トイレットペーパーがあちこちに散乱している。
と、トイレットペーパーに赤い文字が書かれている。
私はそれを読んだ。
『ビッチ! 死ね』
……。
足元を見ると、乱雑に下着と服がゴチャゴチャになっていて、あちこちが切り裂かれていた。
身体のあちこちが痛い。
男達の姿は既にどこにもなく私ひとりだ。
「ひっ!」
障碍者用のトイレのドアを開けた老婆がギョっとして、すぐにドアを閉めて去っていった。
不意に私は泣けてきた。
涙を流して、わんわんと泣いた。
私は……。
私はただ……。
ただ少しだけ自分の居場所が欲しかっただけなのに……。
私はどうしようもなく泣き続けた。
―――。
黄金の時代は終わってしまった。
無邪気だったあの頃にはもう戻れない。
夢見ていた時代にありがとう。
あの輝いた時を胸に抱えて。
これからの。
これからの私の道しるべ。
この左手の銀の指輪と……。
流す涙は運命のエメラルド。
心に固くカギをかけて宝石にした。
私の涙はエメラルド。
黄金の時代を忘れない。
果てない夢をありがとう。
きっと貴方のことを今でも愛している。
私を捧ごう。
今、この時代に。
果てない闇を超えて。
今、この時代に。
―――。
それから、私は。
きっぱりとこの地に別れを告げた。