第一章:弥生時代 『救世主の正体』
スパイではないかと疑われているにもかかわらず、一日二食、風呂も夜なら入っても良いとの事だった。待遇はかなり良い部類だと言えるだろう。ただし、足に大きな鉄球が着いていなければの話だが。
ただし、待遇の良いのは寝込んでいるらしい姉上に事情を聞くまでの間だろう。姉上とあの女の子が同一人物であればいいのだけど...。
今は、鉄球と一緒に浴場へ向かっている途中。さすがに鉄球を板張りの床で引きずる勇気は無いので、鉄球を抱えて移動している。必然的に中腰になってしまうので、傍から見ればかなりの不審者具合だろう。
二度目の浴場。一度目は、手合わせをした日に入った。つまり、この世界に来て一日が経過したということだ。中に入ってすぐは、脱衣所となっていて、それを超えると、かなり大きな露天風呂のお目見えとなる。
牢が地下に、浴場がこの屋敷の一階の奥にあるので、移動するだけでいい汗がかける。その後に入る少しぬるめの湯が格別!──そもそも不当な監禁であるということに何の疑問も持たなくなっているのだが。
勢いよく垂れ幕をくぐる。惜しむらくは、夜にもかかわらず垂れ幕の隙間から光が漏れ出ていることに気づいていれば──。
「きゃぁぁぁあああぁぁぁ!!!!」
「ゴンッ!」
最後の異音は、悲鳴に驚いた俺が鉄球を落とした音。
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夜にも関わらず、まるで昼間のように明るい脱衣所。理由はあの女の子が、光球を生成しているからだ。
その所為で、裸体をしっかりと見てしまったが…。
今までにない速度で首を捻り、若干首を痛めながら言い訳にしか聞こえない弁明をする。
「ごめん!!鉄球を抱えてたから、気づかなくて!!」
我ながら、これはさすがに厳しいだろと思う。だが、女の子の意識に残ったのは俺の言い訳の杜撰さではなかった。
着ていたのであろう服を両手で持ち、自分の体を隠しながら不思議そうに聞いてくる。
「鉄球…?どうして鉄球なんてついてるの?」
「いや、この屋敷にいる青年にスパイに間違えられて。……そういや、アイツの名前を聞いてなかったな。」
「また、あの子は…。」
女の子は心当たりがあるようで、額に片手を当てて嘆息する。
「こちらの手違いでごめんなさい。勝手に間者ではないかと疑った非礼は詫びるわ。」
女の子はぺこりと頭を下げる。そして、背後に小さな光球を生成すると、手を振り、俺の足枷目掛けて打ち出した。
バガッ!と音を立てて、足枷が壊れる。衝撃はあったものの足は無傷。どういう原理なのか不思議に思い、女の子を凝視する。片手を離したことで支えが半分無くなった服では、女の子の体を3割ほどしか隠せていない。あっ、まずい。そう思ったがもう遅かった。
「こっち見ないでよ!!」
自分の現状を理解して、顔を真っ赤にした女の子に光球をぶち込まれた。
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もちろん別々に風呂に入り、今は女の子の部屋にお邪魔させてもらっている。
現実での女子の部屋とは程遠い簡素な部屋。まぁこの時代だから当たり前といえばそれまでなのだが。
少し分厚い布に座って、周囲に視線を走らせていると、女の子の視線を感じて、そちらを向く。
「私の名前は卑弥呼。少し前からこの国の代表を任されてるんだぁ。」
女の子──卑弥呼が、ほんのりと笑みを浮かべながら言った。
は?卑弥呼?卑弥呼って弥生時代にいた人だよな...?なんで?平安時代に設定したはずじゃ?と、そこまで考えて正常にゲームを開始できていなかったことを思い出した。
何か致命的なバグが起こったのか?そのバグが起こったのが俺だけだったら?もしこのゲームの中から抜け出せなかったら?
良くない考えが頭の中を駆け巡る。しかし、それは入室者によって中断された。
「お前は...!なんで姉さんと...!?それより姉さん、身体、大丈夫なのかよ!?」
入室者の正体は、あの青年。初対面の時と違って、口調が砕けている。
「やっと来た。あなたねぇ、お姉ちゃん言ったよね?乱暴なことしないでって。」
「いや、でも.....。」
「でももへちまもないでしょ?この人は私たちの救世主なの。この人がいなかったら狗奴国との戦いに勝てないかもしれないのよ?」
おお、姉弟喧嘩をしている。どんなに偉い人でも俺たちと同じなんだなぁ。親近感を覚え、嬉しくなった。.........ん?
「ちょっと待って。救世主?誰が?」
すると、卑弥呼は一瞬ぽかんとした顔になると、俺を指さす。
「あなたよ。あれ?言ってなかったっけ?」
一瞬、間が空き──
「「えぇぇええええ!?!!?!?!!??」」
俺と青年の声が重なった。
8話目です。
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いきなり救世主扱いを受けた章史。これからどうなっていくのでしょうか。
それでは次回も、よろしゅう!!