プロローグ:現実 『数多ある設定の中から』
スポットライトに照らされる壇上には男が一人。
「本日は我が社の開発したVRソフト『History Origin』の体験会にご参加いただきありがとうございます。代表取締役の神宮司 大徒です。」
一礼すると、会場に拍手が沸き起こる。神宮司は、ひとつ咳払いをすると続けた。
「それでは、早速ゲームの紹介に移りたい所ではありますが、まずはこのゲームを開発するに至った経緯などを少しお話させて頂こうと思います。このゲームはアメリカと共同で開発したものでして──。」
話が長くなることを察した俺は、会場の扉をくぐる。『History Origin』の説明会が始まるまで、自由時間として別れたレヴィを探すために。
しばらくあてもなく歩いていると、トイレの前の休憩スペースに腰掛けてスマホをいじるレヴィを見つけた。
「やっと見つけた。何してんだ?体験会始まってるのにこんなとこで。」
レヴィは俺の声に顔を上げると、トイレの方向を指さす。
「女の子にトイレの場所を教えて欲しいって頼まれてね。で、その子が出てくるのを待ってるんだよ。これが終わったらすぐに向かうつもりだったんだ。」
レヴィが横にずれて、1人分のスペースができたので腰を下ろす。
「どこに行っても女の子と一緒にいるよな。一人くらい紹介してくれよー。」
俺の軽口に、苦笑を零す。
くそっ、悔しいが常に女の子を侍らせているのも納得出来る美貌だ...。腹いせに軽く肩を小突く。やめろよー、とこちらを向くと思い出したかのように真顔になり、聞いてきた。
「それで、章史。会場におかしな奴はいなかった?」
「ああ。特に怪しそうなやつはいなかったよ。最も、参加人数がかなり居たから全員確認できたわけじゃないけどな。」
そこまで言ったところで、トイレから女の子が出てきた。恐らくあの子が件の人物だろう。キョロキョロと辺りを見回し、レヴィの姿を見つけると駆け寄ってくる。が、近づくにつれて俺に気づいたのだろう。徐々に失速していき、辿り着く頃には徒歩に変わっていた。
気を利かせたレヴィが女の子に俺を紹介してくれた。
「こっちは、僕の友達の三上 章史。」
俺の名前を聞いた女の子の身体が若干強ばる。緊張したのだろうか?
その事にレヴィも気づいたようで、俺の紹介を続けた。
「何をさせても平凡な、特に害のない奴だから安心していいよ。」
若干物言いを入れたくなったが、目をつぶる。
女の子はハッとした顔をすると、
「早乙女 愛華です。レヴィさん、待っていただいてありがとうございました。私は用事があるのでこれでっ!」
と、早口で言い、走り去っていった。
あまりに突然の事で2人して目を白黒させていると、先に我に返ったレヴィがぽつりと呟いた。
「待っててくださいって言われてたんだけどなぁ...?」
「そうなのか?じゃあなんで?」
「よっぽど、女の子にモテないんだね...。」
俺の方を見て、憐れむようにいいやがった。
さっきよりも若干強めに殴っておく。
「冗談だよ。それじゃあ用事も済んだし、会場へ向かうとしようか!」
レヴィについて行きながら、女の子が走り去った方を見やる。うーん。あの女の子、どこかで見たような...?立ち止まって考え込んでしまう。
「何してるんだ?早くしないと、体験会に遅れるぞ!」
お前を呼びに来た時点で、もう始まってるんだよ!と、苦笑しながらレヴィの後を追った。
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体験会と言ってもソフトだけなので、自前のVR機器を持ってきている人も沢山いる。
だが、VR機器を持っていない俺たちは、機器ごと貸してもらった。
会場にいる全員が、機器を装着できたことを確認すると、神宮司はマイクを手に取った。
「皆様、ログイン画面までは入れましたでしょうか?
先程お教えした開始コマンドを発声すると、ゲームを開始できますので。
それでは、いきますよ!カウントダウン、10、9、8、7──。」
招待状を送ってきた奴の目的はなんなのだろうか?なんとも言えない不安に襲われる。
大丈夫よ──。
そうどこからか聞こえた気がした。
「──3、2、1!」
「「「「コネクト!!!」」」」
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何も無い、見渡す限り真っ黒な世界。
唯一残っているのは、今自分が立っている床と目の前に出現しているタッチパネルのみ。
どうやらゲーム設定を行う段階ようだ。
目の前のタッチパネルに触れる。すると、 ポーンという小気味よい音と同時にタッチパネルに三つの入力フォームが出現した。
「えっと…?《体験する国》に、《体験する時代》、《目的》…か。」
言いながら、《体験する国》タップ。
ずらりと世界の国の名前が表示されるが、選択できそうなのは白く光っている【日本】だけで、ほかは全てロックマークがついている。
【日本】を選択すると自動的に《体験する出来事》の項目に移動した。
《体験する時代》の項目は、時代区分から選択と、年表から選択、はじめから、つづきからの四つで構成されている。
だが、体験版だからだろう。はじめからとつづきからには、国名と同じようにロックマークがついていて選択できない。
条件を細かく設定できることはSNSを通じて知っていたので、レヴィと予め話し合って、条件を決めておいた。
迷うことなく【平安時代】を選択する。ひらがなやカタカナの元となった仮名文字は平安時代に成立したので、何かあるのではないか?という理由からだった。
タッチパネルが、一瞬ロードを挟み《目的》の項目へと移動する。
【空海達と共に真言宗を広める】や、【菅原道真の左遷を防ぐ】など、実際に起こった出来事の他に、出来事としてはあるものの、結果は異なるものなど、様々見受けられる。
だが、それらには目もくれず、画面をスクロールすると──、あった。【清少納言と枕草子を完成させる】と、【紫式部と源氏物語を完成させる】の二つ。
後者を選択すると、画面が切り替わり今までに選んだ選択肢が全て表示された。
上から順に間違っていないか確認し、下にあるOKを選択。すると、タッチパネルが掻き消え代わりに目の前に大きな扉が現れる。
アナウンスが聞こえてきた。
「あなたはこれから、【日本】の【平安時代】で【紫式部と源氏物語を完成させる】体験を行うことになります。
この体験が、あなたの知識となれますように。」
そこでアナウンスが終わり、目の前の扉がゆっくりと開いてゆく。
扉の向こうは真っ白で何も見えない。
足を踏み出した瞬間──。
「うわぁぁあああぁぁー!!!」
今まで確かに存在していた床が消えた。もちろん、支えとなる様なものなど無いので、俺の体は重力に従って下に落ちていく。
目の前が光に包まれていく──。
4話目です。
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やっとゲームの世界に入りました。ここから物語の真のスタートとなります。
それでは次回も、よろしゅう!!