第一章:弥生時代 『大戦の代償』
屋敷に帰る途中で卑弥呼と、壱与さんにプレゼントを買うために商業区によった。二人の助力なければ、こんなに上手くいかなかっただろうから。
買ってから暫く歩き、屋敷に着いた。日がかたむいてしまっている。暗くはなっていないが、遅いことは遅い。心配しているだろうかと、屋敷の入口をくぐると──。
壱与さんと五卆芹が卑弥呼に肩を貸して歩いていた。
「なにしてんの?」
「あっ、おかえり。うーん、なんか体がだるくて。部屋まで運んでもらってるの。」
卑弥呼の言葉に五卆芹が口を挟んだ。
「いや、姉さん。さっきまで神託受けてたから、いつものだろ。」
このまま客間へと戻っても手持ち無沙汰だし、卑弥呼と壱与さんに渡したいものもあるしで、俺も後をついていく。
「さっき神託を受けてたって言ってたけど、なんて言ってたんだ?」
「えっとね、『転換点はもうすぐ、大いなる戦の序章となるであろう。』だって。」
「その、『大いなる戦』ってのは──。」
「章史さん。後で分かる範囲でなら私が教えますから。」
壱与さんにたしなめられてしまった。確かに体調が良くない時に質問攻めにされるのは辛いだろう、反省する。
それから、少し歩いて卑弥呼の部屋に着いた。
一度入ったことがあるが、やはり簡素だな。二度目となる感想を抱いていると、卑弥呼の布団を敷くからということで、壱与さんに場所を変わるよう言われた。
卑弥呼に肩を貸し、壱与さんの仕事を見守る。隣の卑弥呼はぐったりとしていて本当に辛そうだ。
「よし、準備が終わりました。」
壱与さんが布団を敷き終わった。卑弥呼を寝かせ、部屋を出る。
「卑弥呼様、夕食はどうしますか?」
「うん。お腹すいてないし、私の分は要らないわ。」
「そうですか、分かりました。ゆっくり休んで下さいね。」
卑弥呼と壱与さんのそんなやり取りを聞きながら。
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「それで、章史さんは何を聞きたいんですか?」
五卆芹の部屋での夕食の席で、壱与さんから何を言いたかったのかと聞いてきてくれた。
「えっと、『大いなる戦』ってなんだろうって思って。」
「──この国、《邪馬台国》はたくさんの村が集まって出来ています。しかし、この世の全ての村の村が従っている訳ではありません。その代表的な国が《狗奴国》です。」
「《狗奴国》...。」
続きを五卆芹が引き継ぐ。
「アイツらとは昔からいざこざがあったらしいんだけど、親父と母さんの代にいきなり攻めてきたんだ。その時の傷が元で二人とも死んじまった。」
ははは、と悲しそうな笑みを浮かべる五卆芹。何か言うべきだとは思うが、何も浮かばない。黙り込む俺を見て、壱与さんが口を開いた。
「とても、本当にとても沢山の死者が出た、大きすぎる戦いでした。私の──。いえ、それで『大いなる戦』の事なんですが、少し前から卑弥呼様が信託を受けるとこの言葉がかけられるらしく、私たちは奴らがまた攻めてくるのではないかと考えています。不穏な動きもしていますしね。」
壱与さんが口ごもった部分も気になるが、それよりも最後の──。
「その、不穏な動きっていうのは?」
「交易などで他の国から武器を集めていることや、他の国から人を攫っていることです。」
その言葉を聞き、思わず箸を取り落としそうになる。前半部分だけならまだしも、人を攫っているなんて。
「それを卑弥呼は知ってるんですか!?」
「ええ。知っておられますが、《狗奴国》に対して何も言うことは出来ません。《邪馬台国》の庇護下の国から人が攫われたのなら正当な理由になりますが、そういう訳ではないので...。」
「指をくわえて見てるしかないってことか...くそっ!」
「俺たちもおんなじ気持ちだぜ、章史。」
前に座る五卆芹と目が合う。その真っ直ぐな眼差しに嘘は含まれていない。
「だから、章史が『救世主』って言われた時驚いたんだ。こんな弱ぇヤツが、ってな。今でも信じきれてねぇけど...。それに、俺は鍛錬してる。もう二度とあんな後悔したくねぇから。俺も戦える歳だったら親父や母さんを護れたかもしんねぇのに...!」
ダンっ!と五卆芹が机を叩く。すると、その衝撃により椀物が少しこぼれてしまう。
「何か拭くものを取ってきます。」
その様子を見ていた壱与さんが立ち上がり、スタスタと五卆芹の部屋を出ていく。俺の横を通る時にちらりと見えた──涙。
壱与さんがいなくなってから小声で五卆芹に尋ねる。
「さっき壱与さん、泣いてたような...。」
すると五卆芹はしまったという顔になりつつ口を開いた。
「あぁ、壱与さんは先の大戦に参加してたんだ、俺たちと違って。そして、壱与さんの両親も参加してた。」
そこで壱与さんが先ほど何を言おうとしていたのかを理解する。
『とても、本当にとても沢山の死者が出た、大きすぎる戦いでした。私の両親も。』
「壱与さんの両親は──。」
「ああ、この戦いで亡くなったんだ。しかも壱与さんの目の前で。それに比べりゃ、俺たちはまだましな方だ。生きて帰ってきてくれたんだから。」
「そう...か...。」
部屋を沈黙が包む。
シンと静まり返った室内に、微かに啜り泣く声が廊下から響く。五卆芹はちらりと廊下の方を見ると、俺に向きなおった。
「悪い、章史。俺、ちょっと行ってくるよ。俺の言葉で思い出させちまったみたいだしな。飯の残りは食べても、そのまま置いててもいいから。章史に関係のないことで悪かったな。」
と、謝罪を添えて立ち上がる。元々俺の質問が発端となった話題だから、そう言われても罪悪感が大きい。
「いや、俺が話を広げなかったらよかっただけだし...、そうだ。これ、壱与さんに渡しててくれないか。色々世話焼いてくれたお礼なんだ。」
持っていたままで、渡すタイミングがなかったプレゼントを五卆芹に預ける。
「折角作ってくれたご飯だけど、もういいかな。それも、ごめん。」
目の前の五卆芹と、ここにはいない壱与さんに向けて謝罪をし、客間へと戻るため立ち上がる。
「気にすんな。そんじゃ、また明日。」
「ああ、おやすみ。」
先に部屋から出た五卆芹とそう言葉を交わして客間へと戻るために重い足取りながらも歩き出した。
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客間へと戻る途中で卑弥呼の部屋の前を通った。
もう寝付いているようで、部屋の中からは寝息が聞こえる。しかし、それは早くて浅い。
心配になり、起こさないように慎重に歩いていって枕元に腰を下ろす。無意識のうちに卑弥呼の頭に手が伸び、撫でていた。
しばらくそうしていると、呼吸が落ち着いてきた。もう大丈夫だろうと手をどける。すると、卑弥呼の目がうっすらと開いた。
折角寝ていたのに起こしてしまった、どうするべきかと思っていると、手を取られて引き寄せられる。卑弥呼が言葉を発した。
「お父様。」
覚醒状態では無いために、俺と亡くなったお父さんを間違えたのだろう。
それを理解した瞬間、俺は狗奴国に対して激しい怒りを覚えた。
一体どんな理由から攻めてきたのか。それは想像つかないが、戦は必ず大切なものを奪っていく。
この世界はゲームの中だ。でも、この世界に生きる人々は確実に活きている。
それを改めて理解した上で──。
【犠牲を出さずに『大いなる戦』に勝つ】
出来ることは無いかもしれないが、そう心に決める。俺の手の届くところでこれ以上人が死んで欲しくない。幸い俺は現実世界の人間だから、何か出来る事があるかもしれない。そう考えたことで、俺の中に今まであった何処か他人事である気持ちがどこかへ行き、初めてこの世界の一因になったことを実感できたような気がする。
卑弥呼が身体を動かした拍子に腕が開放されたので、部屋を出るために立ち上がる。しかし、途中でプレゼントの存在を思い出し卑弥呼の枕元に置く。
朝になって喜んでくれればいいのだが。そんなことを思いながら、音を立てないようにそっと部屋を出た。
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客間へと戻り、布団を敷いてから寝巻きに着替え、横になるが、なかなか眠りにつくことができない。何度か寝返りをうっていると、壁際に立てかけられた木刀が視界に入った。
起き上がり、木刀を拾い上げる。
初めに五卆芹から受け取った時と同様にずっしりとした重みを感じた。
木刀のはずなのに...、そう思いながら木刀を鞘から抜く。
刀身が月明かりで光ったような気がした。
ぎょっとして、もう一度見てみると刀身は普通に木でできている。触ってみても手触りは木のもので、なんだったのかよく分からない。明日五卆芹に聞こう、と思いながら木刀を鞘に戻し元あったように壁に立てかける。
──木刀を立てかける瞬間、確実にあった重みがふっと消えた。
もう訳が分からない、何かが憑いているのではないか。急いで寝床へ戻ると、掛け布を被る。その隙間から見えた木刀が光ったような気がした。
19話目です。
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