第一章:弥生時代 『母の気持ち』
那阿ちゃんの家へと向かう途中、肉屋の前を通ったのだがまだ開店していた。売られているものや、気候から察するに今が春先とはいえ、常温で肉の放置はどうなのだろうか。
品質管理はどうなっているのかと店主に聞いたところ、後ろの建物で肉を冷やしているとのこと。後ろの建物?と首を伸ばして見てみると、確かに周りにある《竪穴式住居》とは少し形が違う。中に入って見てみるか?と言う店主に案内されて中へ。
建物の内部は地面が掘り抜かれており、その中は下半分が氷でその上に肉の小塊が複数置かれていた。肉の周りも氷で覆う念の入れよう。
「氷...、あるんですね。」
あまり長い間開けておくと肉が痛むとのことで、蓋を閉じてもらい外で会話する。
「おうよ。つっても、この村の人達に用意してもらってるもんだがな。冬になったら雪をこん中に入れといてもらって、石で重しをするんだ。そしたら氷になってるって寸法よ!」
「なるほど、《氷室》ですか。」
原理が分かったことで安心でき、店主の方へ向き直る。
「じゃあ、お肉ください。」
「あいよっ!毎度あり!」
こうして肉が買えた俺は那阿ちゃんの家を訪れた。出てきた那阿ちゃんは俺の持つ《貨泉》袋や、肉の包みを見て目を見開いている。
《貨泉》袋と肉の包みを渡し帰ろうとすると、少し上がっていって欲しいと言われた。あまりに必死だったので従い、家に上がらせてもらう。
家の中は、酷い有様だった。外からは目立たなかったが、中は荒れ放題。家の上部には蜘蛛が巣をはっている。俺がかすかに息を詰めていると、藁を紐で縛り固めたベッドから声が聞こえてきた。
「あなたが、章史さんですか。那阿の母の紗阿です。折角来ていただいたのに、なんのもてなしもできず...。」
ベッドの方を見ると、那阿ちゃんに似た女性──、紗阿さんが震える手をつき、身体を起こそうとしているところだった。それを手伝ってから、言葉を返す。
「いえいえ、気にしないでください。こちらこそ勝手に話を進めてしまって申し訳ありませんでした。本来であれば、那阿ちゃんのお母様である紗阿さんに確認を取らなければいけないところを...。」
「章史さん、これに座ってください。」
那阿ちゃんが小さな切り株を加工した椅子を持ってきてくれた。礼を言って、腰を下ろす。
「那阿、章史さんの水を汲んできてちょうだい。」
「うんっ!」
紗阿さんの言葉に、俺が止める間もなく那阿ちゃんは走り去っていってしまった。
二人の間に沈黙が流れる。先に口を開いたのは、紗阿さんだった。
「──単刀直入に言います。どうか、那阿を卑弥呼様の元に置いてやって頂けませんか...?」
「はいっ!?」
思わず聞き返してしまう。この人とは話したことは一度も無かったのに何故卑弥呼のことを──。と、少し考えて那阿ちゃんが話したのだという結論に至った。
しかし、その那阿ちゃんにすらも言っていないのに──。
「那阿は、人の考えがよく読める子なんです。おそらく章史さんの接してくださる態度で分かったところがあったのでしょう。──お願い出来ないでしょうか...。」
「そう言われましても...。」
口から出た言葉通り、そんなことを言われても俺にそれを決定する権限は無い。頬を掻きながらどうやって断ろうかと考えていると、紗阿さんが再度口を開いた。
「私はもう長くないと思います。その後、あの子を一人で生きていかせるのは可哀想だから...。それならばもう藁にもすがる思いで──。いいえ、助けていただけるかもしれない方のことを悪くいうのはいけませんね。」
紗阿さんは少しはにかむと、ベッドを降りて地面に頭をつける。
「どうかあの子を、那阿の面倒を見てあげてくれませんか...!章史さんが優しい方だと知って、それにつけ込むような真似をしているのは分かっています...!でも、もうこうするしか──!」
「あの...、ひとまず顔をあげてください。」
「いいえ!章史さんが了承してくださるまで頭を上げるつもりはありません!」
意思は固いようだ。きっと那阿ちゃんが帰ってきたとしても止めないだろう。決定権が無い以上あまり希望を持たせるのも良くないが、那阿ちゃんにお母さんのこんな姿を見せる訳にも行かない。
「紗阿さんの気持ちは分かりました。那阿ちゃんのことは相談してみます。」
「本当ですか!ありがとうございます...!」
俺の答えにぱっと顔を上げる。目尻には涙が浮かんでおり、心から娘の身を案じているのがよく分かる。何故こんなに優しい人が──、ぶつけようのない怒りを胸に抱く。
「ただいま、お母さん!お水汲んできたよ!」
身体を起こし、支え、ベッドに入ったところで、丁度那阿ちゃんが帰ってきた。
17話目です。
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調べてみて初めて氷室の原理を知りました。
それでは次回も、よろしゅう!!




