プロローグ:過去 『あの日の約束』
そろそろ暗くなり始める時間帯。
住宅地の隙間に無理やり作られた小さな公園で、10歳程であろう少年と少女がブランコに座りながら会話をしていた。
「もう、いつまで泣いてるのよ。確かに急に言ったのは悪かったけど…」
隣のブランコに座る少年を見て、申し訳なさそうに呟く少女。昼間の喧騒が嘘のようにシンと静まり返った夕暮れ時の公園に、少年のしゃくり上げる声だけが響く。
「いきなり、今日アメリカに引っ越すなんて、そんなのもう二度と会えないってことじゃないの?」
悲しさ半分怒り半分というような少年の言葉。
その言葉を聞いた少女は、少しの安堵を声に滲ませる。
別れを直前まで黙っていた自分の人間性ではなく、引っ越すという事実に対して怒っていることが分かったからだ。
「あのね。死んじゃう訳じゃないんだから、日本に帰ってきたらまた会えるわよ」
「じゃあ、次はいつ日本に帰って来れるの?」
少年がパッと顔を上げた。その目は希望によって輝いている。
「うーん、まだ分からないの。ごめんね」
すまなさそうに、目を伏せた少女。しかし、少女の数倍残念そうに肩を落とした少年の様子を見て、取り繕うように、慰めるように言葉をかける。
「でも、パパの仕事が終わればきっと帰って来れると思うから。そんなに長くはないはずだから大丈夫よ。だから、私が帰ってくるまで──」
そこまで言うと、少女は一度言葉を切る。そして深呼吸をすると、少年の目をしっかりと見て続けた。
「──待ってて、くれる?」
きっと今の言葉は、泣いている少年を気遣うだけの意味ではないはずだ。
少年もその意図を理解したのだろう。涙を服の袖でぐいと拭い、強く頷く。
「いつまでも、ただいまって言ってくれるまで、待ってる」
少女は桜色の頬をさらに赤くすると、早口でまくし立てた。
「そう、良かった。あのね、急に引っ越すことを言ったのはね、引越しが決まった後すぐに言ったら、お互いに会った時に悲しくなるでしょ?後何日しか会えないんだって。だから私、出発の日に言おうって決めてたんだ。楽しい思い出が多い方が良いもんね!」
と、そこまで言った時公園の時計が18時を知らせるチャイムを響かせる。
チャイムを聞いた少女は残念そうな笑みを浮かべ、ブランコから降りる。
「もうこれでこの音を聞くのも最後か。やっぱり悲しくなってくるなぁ…」
傍に置いていた鞄を拾い上げると、少女は少年の方を見て、今までで一番の綺麗な笑顔を浮かべる。
「もう時間だから私行くね。今まで一緒にいてくれてありがとう。すっごく嬉しかったよ!」
そう言葉を残し、公園を去っていった。
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「待って!」
公園の出口へと向かう少女の背中に声をかける。
きっとこれを伝え忘れると後悔するだろうという確証から僕の身体は動いていた。
「なに?」
振り返った少女がこちらに聞いてくる。
僕は離れた距離を詰めるため少女に向かって歩きながら言葉を紡ぐ。
「さっきの、待ってるって言ったの。あれ、嘘なんだ」
胸が締め付けられるような錯覚。
言った本人である僕でこんなに苦しいんだ。
きっとこれを聞かされた側なら耐えられないだろう。
でも、あえて、それを言う。
だって、まだ続きがあるのだから。
「そう、そうだよね」
少女は数瞬俯くと、儚い笑みを称えて顔を上げた。
笑みを浮かべてはいるが悲痛さを隠しきれていない。
当然だ。
「そうだよね。いつ帰ってくるか分からないのに、待てないよね。ごめんね。私、勝手に──」
再び下を向こうとする少女。しかし、目の前まで歩いてきた僕はそれをさせない。
初めは優しく、次いで少し力を入れて抱き寄せると、よく聞こえるように耳元で囁く。
「帰ってくるのを待つのなんて嫌だ。僕─いや、俺が必ず迎えに行く。大きくなったら絶対に逢いに行くから──」
そこで一度言葉を切ると、体を話した。そして少女の目をしっかりと見てから、続けた。
「そうしたら、結婚しよう」
少女は少しの間呆気に取られていたが、今度は少女の方から抱きついてくる。
「じゃあ、ずっと、ずーっと待ってるから、絶対逢いに来てね!」
今度こそ少女は満面の笑みを称えると、手を振りながら、駆け出していった。
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「ごめんね。私も一つだけ嘘ついたの。」
家へと向かう少女がぽつりと呟く。
「アメリカにいく理由をパパの仕事って言ったけど、本当は私の心臓の病気を治すため。それも治療するのが難しい──。」
悪い考えを払拭するように頭を振る。
「逢いに来てくれた時に、本当にパパの仕事だったことに出来るくらい元気になっておかなくちゃ!」
家まであと少しになり、歩く速度を上げた。
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俺がその夜に味わった感情は、言葉では絶対に言い表せないものだった。
─ナゼ、テレビガツイテイタノダロウカ?
─ナゼ、ミイッテシマッタノダロウカ?
そして、
─ソレヲシラナケレバチガッタジンセイヲアユメテイタダロウカ?
中継でテレビに映し出されたのは、炎上しながら墜落していく飛行機。
流れてくる音声によれば、成田空港発ロサンゼルス行きの飛行機であると。
だが、そこから先は頭に入ってこなかった。
これは、7年前にした約束。もう顔も名前も忘れてしまった少女との、二度と叶うことの無い約束──。
初投稿です。
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それでは、次回もよろしゅう!!