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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

真実の愛を見つけた王子殿下に婚約破棄されたので、隣国の皇帝と結婚して幸せな新婚生活を始めました

「クリスティア! 君との婚約は破棄させてもらう!」

 ドン、と机を叩きながら、王子ミカエルは叫んだ。


「……理由を聞かせて頂けますか?」

 クリスティアは、いつものように薄い微笑みを貼り付けて、何事もなかったかのように聞き返した。


 クリスティアはフローレン公爵家の長女として生まれ育ち、ソラレス王国第一王子であるミカエルと政略結婚していたが、2人の関係は最初から最後まで冷え切ったままだった。

(……いつか、こんな日が来ることは、分かっていたはずだわ)

 クリスティアは、心の中で小さく溜め息を吐いた。


「僕は、真実の愛を見つけたんだよ! 君みたいな、人形のように無表情で不気味なブスと違って、とても素敵な人と出会ったんだ!」

「……そうですか。お相手は、どなたなのですか?」

 クリスティアは淡々と聞き返した。


 一般論で言えば、クリスティアは絶世の美少女であり、ミカエルと政略結婚する以前は、山のような婚約オファーを受け取っていたけれど、残念ながら、人々の大半を魅了するクリスティアの美貌も、審美眼の狂ったミカエルに対しては無力だった。


「おいで、アンナ」

 ミカエルは、手招きして、アンナを呼び寄せた。


 アンナは、ボロボロの古着を着た、とても醜い少女だった。


「……あの、ミカエル様? 私は、本当にこの子に負けたのですか?」

 クリスティアは嫉妬深い性格ではなかったけれど、流石に、アンナのような、一度見かけたら(悪い意味で)忘れられないようなブスに負ける屈辱には耐えられなかった。


「当たり前だろ! 誰だって、クリスティアみたいなブスと、アンナみたいな美少女を比較するなら、美少女を選ぶに決まってるよ!」

 この場合、客観的に見るとミカエルは少数派であり、男を100人集めて選ばせた場合、100人中99人はクリスティアを結婚相手として選ぶはずだが、肝心のミカエルがアンナを選んだ以上は、婚約破棄は避けられない。


 フローレン公爵家は、ソラレス王国に忠臣として仕える家柄であり、王子側が婚約破棄を望むのであれば、婚約破棄を拒むことはできない。


 クリスティア自身も、ミカエルのことは嫌いだったので、個人的にも、婚約破棄を拒む理由はなかった。


「分かりました。それでは、婚約破棄をしましょうか」

 こうして、クリスティアは婚約破棄を受け入れた。





 クリスティアが婚約破棄を受け入れてから、一ヶ月が経過した。


 アンナは元々孤児だったようで、文字も読み書きできない状態だったので、妃教育は遅れに遅れており、結婚式は最速でも三年後になる見通しだ。


(……まぁ、私には無関係の話よね)

 

 クリスティアは、山のように届いた結婚オファーを1つ1つ確認しながら、溜め息を吐いた。


 家柄も容貌も申し分ないクリスティアの元には、婚約破棄された直後から大量の婚約オファーが届いた。


 貴族間の結婚の場合、肉体関係を伴わない清い婚約だった場合は、婚約破棄されても傷物扱いされることはない。


 クリスティアは貴族令嬢であり、貴族令嬢の最大の仕事は、可能な限り条件の良い相手と政略結婚することだ。


 ただ、王家から婚約破棄されたばかりであることが影響して、ソラレス王国内の上位貴族たちはクリスティアとの婚約を避けたので、条件の良い相手を探そうとすると、自然と国外のみに絞られた。


(……一番条件が良いのは、この方かしらね)

 最終的に、クリスティアは、隣国であるハルロラキア帝国皇帝ブライアンからの婚約オファーを手に取った。


 ソラレス王国は、農業が主産業である小国だけれど、ハルロラキア帝国は中央大陸の大半を支配する超大国であり、本来であればクリスティアとは釣り合わないほど家柄の高い相手なのだが、ハルロラキア帝国で数年前に流行した疫病の影響で、ハルロラキア帝国内の貴族の多くが死んでしまい、結婚適齢期の令嬢がほとんど存在しないことから、小国の公爵令嬢であるクリスティアまでオファーが回ってきた。


 幸いにも、クリスティアは最近まで厳しい妃教育を受けてきたし、同盟国であるハルロラキア帝国の言語や文化についても学習済みなので、今すぐ結婚したとしても、皇妃として大過なく務め上げることができるだろう。


 クリスティアは、舞踏会の場で、遠目からブライアンを眺めたことがあるけれど、ブライアンは刃物のように鋭い雰囲気を漂わせた美麗な青年であり、クリスティアの好みのタイプだったので、政略的な計算を抜きにしても、結婚相手として望ましい相手だった。


 こうして、クリスティアはハルロラキア帝国皇帝ブライアンと結婚することになった。





(はぁ……疲れたわ……)

 馬車に揺られる一週間の長旅を終えて、クリスティアは、ハルロラキア帝国の首都ノルジュへと到着した。


 馬車を降りて、風呂に浸かって、メイド軍団に身体の隅々まで洗われて、旅の汚れを落として身綺麗になって着飾った後に、クリスティアはブライアンと対面することになった。


(き、緊張するわね……)

 重たい大扉が開き、クルスティアは謁見の間へと足を踏み入れた。


「ようこそ、我が花嫁よ。歓迎するよ。君を一目見た時からずっと、君と結婚したいと思っていたんだ」

「……え? ブライアン様、私をご存知だったのですか?」

「覚えてないのかい? ……こうすれば、分かるかな?」

 そう言って、ブライアンは古ぼけたフードを目深に被って、俯いて顔を隠した。


「……ハル? もしかして、ハルなの?」

 クリスティアが妃教育を受けていて、勉強のために王立図書館の3階で本を読んでいたときに、いつも隣に座って、一緒に本を読んでいた少年は、ハルと名乗っていた。

「ああ。あの頃の君は他人の婚約者だったから、本当は、近づいてはいけないことは分かっていたけれど、どうしても我慢できなくてね、お忍びで王国に転移して、君と会っていたんだよ」

「……そ、そうだったの。途中から、すっかりハルを見かけなくなったから、心配していたのよ? 無事で良かったわ」

 以前から親しくしていた間柄であることが分かり、結婚しても上手くやっていけそうだったので、2人は正式に婚約することになった。





「クリスティア様、部屋まで案内しますね!」

 クリスティアの専属メイドであるバーバラに案内されて、クリスティアは豪奢な宮殿の中を歩いていた。

(……落ち着かないわね)

 クリスティアは、公爵令嬢として、人並みに裕福な生活を送ってきたが、そんなクリスティアにとっても、ハルロラキア帝国の誇る富は桁違いだった。


「……ご、ごめんなさいっ。昔はもっと綺麗だったんですけど、疫病の治療薬の開発費用を賄うために、芸術品の多くは売却してしまいましたから、今はちょっとだけみすぼらしいですよね……。あと5年ほどで、復興事業が完了すれば、また昔のような美しさを取り戻せるはずですから、それまでは我慢してください」

(……え? 帝国人にとっては、これでも貧乏扱いなの?)

 カルチャーショックを受けて、クリスティアは曖昧な愛想笑いを浮かべた。


「はい! ここがクリスティア様の部屋です!」

 クリスティアが通された部屋は、実家の大広間並みの大きさの広さだったけれど、クリスティアは道中で帝国のスケールの大きさを散々見てきたので、大き過ぎる部屋を見ても、動揺することはなかった。


「……案内ありがとう。助かるわ」

「いえいえ。本当は、皇帝陛下自ら花嫁を案内したかったようですけど、皇帝陛下はとても忙しい身の上でして、自由な時間が取れるのは朝と深夜と、それから業務の合間のスキマ時間だけなんですよね。クリスティア様はとても優秀な方であるとお聞きしております。このままだと、皇帝陛下が仕事の山に埋もれて過労死してしまいそうで不安なので、クリスティア様は公私両面で皇帝陛下を支えてあげてください」


 クリスティアは部屋を見渡し、微かに残る生活感を感じ取って、首を傾げた。

「ねえ、バーバラ? この部屋は、最近まで誰かが使っていたのかしら?」

(もし私のせいで部屋から追い出された人がいるなら、気の毒ね)


「ああ、ここは皇帝陛下の寝室でもありますから、気兼ねせずにお使いください」

「……え? ここは私の部屋よね?」

「はい。若い新婚夫婦は、常に同じ寝室を共にするのが帝国の習わしです♪」

(そういえば、そう習ったわね……)

 クリスティアはベッドに寝転び、遠い目で天井を眺めた。





「……よく寝たわ」

 ベッドに寝転んでいるうちに、長旅の疲れに負けていつの間にか寝ていたクリスティアは、起き上がって辺りを見回した。

「おはよう、クリスティア。君の寝顔は最高に可愛いね」

 クリスティアの耳元で、囁くようにブライアンは話しかけてきた。


「……恥ずかしいから、寝顔はあまり見ないでほしいのだけど」

 ブライアンは今日の仕事を終えたようで、ラフな格好になっていた。

(……イケメンは、何を着ていても似合うから卑怯よね……)

 シャツの隙間からチラリと覗いた、見事に割れた腹筋を直視できずに、クリスティアは視線を逸らした。


「……ええと、その、私達は、今日から、夫婦、なのよね?」

「ああ。今日が、俺たちの記念すべき初夜だよ」

「初夜って……もしかして、その、そういうことも、するのかしら?」

「んー……無理強いはしないけど、今は帝位後継者が不在だから、できれば赤ちゃんは早めに欲しいよね」

(……私も、政略結婚する時点で、世継ぎを残す義務があることは知っていたけど、実際に、こんなシチュエーションを迎えてしまうと、緊張するわね……)

「……そうね。たくさん『仲良く』しましょうか」

 こうして、私たちは結ばれて、一つになった。





 私たちの新婚生活が始まってから、三ヶ月が経過した。


 ミカエルは、元々無能な王子だったけれど、私と婚約破棄してアンナと結婚してからは、私のサポートを失って色ボケしたことで無能ぶりが加速し、とうとう国王陛下の怒りを買って、王位継承権を奪われて、ソラレス王国から追放されたようだ。


(……まぁ、私には関係のない話よね)


 クリスティアとブライアンの結婚は、久しぶりの明るいニュースとして、帝国民から大々的に歓迎された。


 疫病の影響で、官僚の多くが倒れたことで、帝国の行政機構は機能不全に陥っており、そのしわ寄せで皇帝ブライアンの業務量が増えていたが、優秀な皇妃であるクリスティアが加入したことで、ブライアンが目先の業務を消化する労働から解放され、長年の悲願だった行政改革を行い、貴族層からだけではなく、広く庶民からも人材を登用することが可能となった。


 本来ならば、このような急進的な改革は、既得権益層である貴族から反発されるはずだが、ハネムーン特需によって皇帝は熱狂的に支持されており、疫病で多くの人材を失った帝国においては改革は不可避だったことから、渋々ながらも改革を受け入れた。

 

 改革のおかげで人材が集まってきて、人手不足が少しずつ解消したおかげで、ようやく、帝国運営は軌道に乗りつつあった。


「クリスティアのおかげで、俺は救われたよ。本当にありがとう!」

 まだ仕事中なのに、ブライアンはクリスティアを抱き寄せて、すぐ隣に座らせた。

「私は、今忙しいのだけど」

「クリスティア、その書類、白紙だよ?」

「……え? 嘘!」

 慌てて、クリスティアは書類を取り落とした。


(はぁ……。私も色ボケしてるみたいね。ミカエルを笑えないわ……)

 以前のクリスティアなら、機械のようにミス1つなく仕事をすることができたのだが、最近のクリスティアは、毎日愛し合って幸せの絶頂にあるせいか時々ミスするようになってしまい、その度にクリスティアは自己嫌悪に襲われていた。


「気にしなくて大丈夫だよ。俺たちは一人じゃないから、困った時は助け合えばいいのさ」

 そう言って、ブライアンはいつものように、クリスティアにキスをした。


「んっ……慰めてくれてありがとう。でも、みんなまだ頑張ってる時間帯なのに、私たちだけ楽しんじゃって大丈夫なのかしら……」

「俺達は新婚夫婦なんだよ? いつかは、この新婚時代の熱情も色褪せてしまうものだから、新婚期間中は、他の全てを投げ捨ててでも愛し合うべきなのさ」

 そう言って、ブライアンは席から立ち上がった。

「このままじゃ、どうせ仕事にならないし、午前中はたっぷり『仲良く』して、午後から頑張って仕事しようか」

「……ええ、そうしましょう」

 二人は手を繋いで、寝室へと向かった。


 

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