表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

完成!猫型機獣試作機 2頁

作者: 迫田啓伸

以前同じタイトルで書いていますが、少しバージョンを変えました。なので「二頁」とつけています。

「なんだ? あれ」

 ボルジア陸軍、ゴンザレス中尉は呟いた。

 見上げた先にあったのは、巨大な鋼鉄の猫。

 例えではなく、形が猫そのもの。

「おお。来てたか」

 振り返る。

 汚れた白衣、よれよれの衣服、ボサボサの髪、曇ったメガネ、伸びたままのひげ、ふらつく足元。

 マッドサイエンティスト……どう見ても、それをイメージさせざるを得ない恰好をしている男が現れた。

 それが軍の技術士官、ベルクソン・ハリコフ博士の姿。

 ゴンザレスは抗議した。

「なんだよ、あれ。俺、てっきりテストパイロットに呼ばれたものと」

「うむ。あれに乗ってくれ」

「いやいや……なんなんだ、あれは!」

 ゴンザレスは巨大な猫の形をした、鋼鉄の物体を指差した。

 しかし、ハリコフ博士は冷静に返す。

「新兵器」

「?」

「自動機械化獣兵器、略して【機獣】。そしてあれは、試作機の猫型機獣じゃ。名づけて【ネコ】」

「そのままじゃねえかよ!」

 ゴンザレスは天を仰いだ。

「ていうか、なに? なんなの、あれ?」

 ゴンザレスはハリコフ博士の襟元をつかみ、前後に揺さぶり、次々と質問を繰り返す。

「なんで、何を考えて、あんなの作ったんだ? どうやって動かすんだ!」

「グググ……」

「乗れと言われたが、どこから乗るんだ? 乗組員は? 兵器といったが、どうやって戦うんだ? いや待て……そもそも戦えるのか? それより、なぜ猫の形……」

ふと、ハリコフ博士の顔に目が向いた。

「く、苦しい」

 ハリコフ博士は白目をむきながらも呟く。

 ゴンザレスは慌てて、手を放した。

「げほげほ、うえっほ。よし、今から話してやるから」

 ハリコフ博士は喘息のように咳き込みながらも、独自で息を整えようとしていた。


 一ヶ月前。

 晴れた空の下、軍の広大な訓練場で一台の戦車が走っていた。

 キャラピラからは重々しくも、軽快な走行音が響く。

 しかし、戦車の動きも大きくて重量感のある見た目からは、想像もできないほど鋭く、細かな動きを見せながら砂煙を上げていた。

 操縦していたのはゴンザレス。

 彼は今日と同じく、テストパイロットとして呼ばれていた。試験をするのは新開発の駆動システムや、操縦システムなど。

 ハリコフ博士が無線で「ああしろ、こうしろ」と指示を出す。

 戦車はその指示通りに左右に旋回したり、砲塔を動かしたり、指定された的にペイント弾を撃ったりした。

「よし、次は右だ」

『了解』

 無線からゴンザレスの応答が聞こえた。

 声の調子から、テストは上手く行っているようだ。

 が、意気揚々とハンドルを切る。方向転換の時、キャタピラが千切れてしまい、戦車は停止した。

 整備士たち、そして、ハリコフ博士も駆け寄る。

 キューポラが開く。

 黒煙と同時に、操縦者が顔を出す。

 ゴンザレスの顔は煤で真っ黒だった。

「大丈夫か」

 ゴンザレスは答えようとしたらしい。なのに、せき込んでいて話せる余裕がない。しばらく待ってみた。

 すぐにゴンザレスが調子を取り戻す。その途端、彼は堰を切ったように言葉をつないだ。

「まったく、ふざけんなよ! キャタピラが切れたと思えば、今度は操縦席に煙かよ!」

「ふむ。今度こそはと思っていたが」

「全視界モニターに、全自動装填、命中精度のいい照準と砲台。そして動かしやすくなったハンドル。戦車の一人乗りができるようになったのはいいが、こんなんじゃ不安で乗っていられないよ」

 ゴンザレスは水道まで顔を洗いに走った。

 その後、別の戦車で試したりした。それから他の軍用車両……装甲車や自走砲、輸送トラックなど……でテストしたが、結果はいずれも芳しくなかった。

 ハリコフ博士も、不満げに顔をしかめていた。

 満足のいく結果ではなかったのだ。彼は首を振り、ため息をつく。それが、とても目についた。


 昼飯時、ハリコフ博士は一人で外に出た。

 向かったのは訓練所近くの商店街。

 そんなに発展していない、こざっぱりとした下町という風情だ。

 適当に町を歩いていた。どの店に入ろうかと考えているわけではなかった。彼は煩悶していた。

――現状では、新兵器の開発は無理なのか。

 新しい技術を手にしたのに、我々の手で扱うことは、今のボルジア軍では無理なのか……。

 頭の中で自問自答が繰り返される。

 そんな時だった。

 気がついたら、とある一軒の魚屋に通りかかっていた。

 店主は店先に立ち、客達に対応していた。

 ハリコフ博士は目もくれず、黙って通り過ぎようとしていた。

 そのときだった。

 彼の足元を、何かが素早く走りぬけた。

「?」

 振り返り、何だと目で追いかけてみる。

 一匹の茶色の猫だった。

 その猫が、店先に並ぶ魚に向かっている。

「あっ! また、来やがったな!」

 魚屋は猫の前に立ちふさがった。両腕を広げ、腰を落とし、威嚇するような態勢となる。

 しかし、猫の動きは俊敏だった。

 魚屋の腕を避け、素早く魚屋の股をくぐった。

「しまった!」

 魚屋が振り返る。

「ほう」

 ハリコフ博士は思わず、声を漏らした。

 猫の体は小さいものの、全身のばねが強く、軽々と商品棚に飛び乗る。

 魚屋が振り返る。

 その時には、猫は魚を一匹くわえていた。

「やろう! その魚は市場で一番いいやつだったんだぞ! 返せ!」

 魚屋が飛びつく。

 一方、猫は商品棚の上に座っていた。その姿勢から突然のジャンプ。

 商品棚に突っ込む魚屋の頭を踏み台にして、静かに地面に降り立つ。

「だ、誰か、その猫を!」

「よ、よし!」

 ハリコフ博士は両腕を広げた。

 魚をくわえたまま、猫は疾走してくる。

 その猫は、ハリコフ博士に気づいたようだ。しかし、逃げようとはしなかった。

「むむっ」

 捕まえられると思った。

 が、猫はハリコフ博士の腕に飛び乗り、それから肩、そして頭へと駆け抜けられてしまった。

「うわっ」

 悲鳴を上げる。と、同時に

――猫は、こんなに走るのが速かったか?

 頭を蹴られ、のけぞる。

 そして、猫は壁のわずかな出っ張りに足をかけ、一気に民家の屋根に駆け上がる。実に素早い動きだった。

 その動作に目を奪われていた、

 断言してもいい。

 ハリコフ博士は、背中をひどく打った。

「いたたたた」

「おい、あんた、大丈夫か?」

 魚屋の声が聞こえた。

 ハリコフ博士が目を開き、見上げた。

 当の猫は盗んだ魚をくわえ、人間の手が届かない場所を悠々と歩いていた。


「これだと思った。あの猫の動きがヒントになった」

「それで、できたのが……?」

「あれ」

 ゴンザレスは再び、鋼鉄の巨大な猫に目をやった。

「どうかね?」

「そうだな……、この前よりはマシかな。機関銃が乗った四角い箱に足が付いて、後ろから兵士が有線ラジコンで動かすのよりは」

「おお、そういうのもあったか」

「あれ、コードがもつれるし、狙いが定まらないし、簡単な段差で躓くし、故障も多いし」

「……」

しばらく沈黙が漂った。

「あれ、失敗作だろ」

「そうではない。何事も失敗を繰り返して……」

 その後も色々話したようだ。しかし、ゴンザレスは、疑わしそうな声を上げる。


 説明は終わった。

「首の後ろがコクピットじゃ。乗ってみてくれ」

 やれやれ、とゴンザレスは歩き出した。

 猫型機獣は伏せた姿勢になっているので、よじ登って乗ることになる。

 操縦席は首の後ろ……付け根付近。

 機獣の頭部には色々と取り付けなければならないものがあるらしい。センサーとか。

 乗り込む。

 ハリコフ博士はスピーカーで呼びかける。

「乗ったらインカムがある。それをつけろ。無線とスピーカーがあるから、無線にするんだ」

「これだな」

 猫型機獣から声がした。

「それはスピーカー、インカムのスイッチを動かせ」

『これか』

 今度は無線機から声がする。

「おう、それじゃ。それからベルトを締めろ。エンジンが起動する」

『キーじゃないのか』

「とにかくやってみろ」

『わかったよ。くそう……変なレバーはあるし、触っていいのか? 計器は増えているし……扱えるのかよ』

「上手く扱うためのテストじゃ」

『まあ、この前のラジコンよりはいいか。これだな……』

 猫型機獣の両目が光った。

 そして、伏せの体勢からゆっくりと立ち上がった。

 ハリコフ博士は無線を取った。

「どうじゃ!」

『た、たけーっ! こんなに背が高かったら、目立ちまくって、狙われちまうよ! それより、本当に動くのか? おっ、なんだ? この【鳴く】というボタンは』

 

にゃー。


 猫型機獣の頭が、落ちるように垂れてしまった。

『ガクーッ! なんだ、今の力の抜ける音声は! ふざけんな!』 

「威嚇じゃ、威嚇。巨大な金属の獣の咆哮には、どんな歴戦の戦士も恐れおののくであろうな」

『普通の猫の鳴き声じゃないか! こんなかわいい鳴き声で、何が威嚇だ!』

「それは試作機と言ったろ! 実戦には狼型やライオン型を配備して『ガオー』とか『ウオーン』とかいう吠え声にしてやるわ!」

 それから、ハリコフ博士は無線で操作方法を教える。

 レクチャーは大体一時間で終わった。

「よし、まずは歩かせてみろ」

『わかった』

 猫型機獣はゆっくり歩き出した。本物の猫が歩くように、静かな足音だった。

 次、走る。

 猫型機獣が両後ろ足で地面を蹴り、両前足で着地。それを素早く繰り返す。

 ハリコフ博士から、ジグザグ走行の指示。が、これもこなしてしまった。

 その間、無線からはゴンザレスの叫び声が止まらなかった。

『うわあぁぁぁっ! はえぇぇ! こえぇぇぇ!』

「ゴンザレス、フルブレーキ!」

 両前足が地面をえぐりながら、機獣全体の体重を支えようとした。

 勢いがつきすぎ、一歩余分に跳ねてしまう。が、スピードは急激に落ち、停止。

「次じゃ。ゴンザレス、爪を立てろ」

『爪?』

「座席の横にあるレバーで動かすんじゃ。ボタンを押せば爪が出る」

 猫型機獣の前足の隙間から爪の形をした刃物が出た。

『オオ、出た』

「次は牙じゃ。牙をむけ」

『こうか? くわっ!』

「お前の牙ではない、機獣の! 【鳴く】ボタンの隣に【噛み付く】ボタンがある? それを押すんじゃ」

『わかった』

「よし次。向こうに見える柵を飛び越え、敵を倒して、魚を取って来い」

『魚?』

「うむ。魚は奪取目標と思え。途中、的が出てくるから走りながら砲弾……ペイント弾だが……それを撃て」

『よし、あそこだな』

 猫型機獣は反転した。

 それらしき柵……貨物用コンテナを積み上げただけの簡易的な物だが……がある。

 そして、柵と機獣の間に何本かの的が立てられていた。

 猫型機獣の背中には砲台がある。走りながら砲台を動かし、撃つ事ができるそうだ。

『よし、行くぜ!』

 猫型機獣は走り出す。そして、スピードは一気に最高速に達した。その状態を保ちながら、背中の砲台が左右に動き、的を撃ち抜いていく……はずだった。

 一発目は当たった。

 二発目は的の端に当たり、飛び散った塗料が地面や軍用車両に降り注いだ。

 そして三発目だが、砲弾はどこか違う方向に飛んで行った。的にかすりもしなかったのである。

 撃った方向から悲鳴が聞こえた。

「こら! ちゃんと当てんか!」

『早くて狙いがつけられないんだよ!』

 台詞が終わらぬうちに、猫型機獣は柵に飛び越えた。

 その先に敵がいるという想定だった。だが、そこにあったのは大破した戦車。どう見ても動かない代物。

 猫型機獣が戦車を見下ろす。

 その大きさの対比だが、まるで本物のネコとおもちゃの戦車。

 爪を立てた猫型機獣が、戦車の側面を叩く。

 戦車は破片を撒き散らしながら宙を舞い、地面に落ちて大きな窪みを作った。

「決まった! 戦車を一撃じゃ!」

『どうだい! アッ、これか魚は! 古新聞で簡単に作りやがって』

「すまん、経費がなくてな。想像力で補ってくれ」

『まあいいや。見てろ! かっこよく大ジャンプからの着地……決めてやるからな! トウッ!』

 掛け声と同時に猫型機獣が柵を飛び越えた。

 そう。

 それは、鋼鉄の猫の形をした単なる機械じゃなく、伸びやかで、しなやかな、猫という生物そのものの動き。

 ほう、とハリコフ博士も嘆息した。

 しかし、後ろ足が柵に引っかかった。

 バランスが大きく崩れた。


 あっ。


 あっ……!


 この場にいる面々が、それぞれ短く声を上げた。

 猫型機獣が、頭から落下しようとしている!

『なんのっ!』

 無線から声が聞こえた。

 同時に、猫型機獣の両手足が激しく動く。

 それまで、頭から落下しそうだった巨大な鋼鉄の猫は、態勢を立て直し、そして、猫型機獣は地面に着地。

 猫は、とてもバランス感覚のいい動物だ。

 人間が猫の足を持って逆さに落としても、何ごともないように着地する。それ以前に、猫という動物の体は柔軟性に富み、運動能力も高い。

 機獣にも、その特性が反映されていたのだろう。巨体ならではの重たい音を響かせ、着地。

 無事だった。

 ハリコフ博士たちが息をついた。

 ゴンザレスからも声が上がった。

 操縦席で両拳を高くつきあげながら叫んでいる様子が、簡単に想像できた。

「決まった! 10.00! がんばれ、ボルジア!」

 その直後だった。

 猫型機獣の関節部から小さな爆発、黒い煙が上がる。そして、猫型機獣は倒れてしまう。

 その姿はまるで、テレビで見るお笑いの人のようであった。

 壁を飛び越えようとして足を引っかけ、体勢を立て直して着地。その時の衝撃が四肢の関節に多大な負担をかけたことは、ハリコフ博士には簡単に分かった。

 機獣は倒れたまま、動かない。

 どうしたのだと周囲がざわつき始めたとき、機獣から小さな爆発、そして更に多くの煙があがった。

 その途端、周囲は蟻の巣をつついた様な騒ぎとなり、怒号ばかりが拡がっていった。

「水だ、水!」

「ぶっかけろ!」

 周囲で見ていた兵士や整備士が走り回る。機獣に近づいてきたものから、バケツやホースで水をかけ始める。

 そして、助けを呼ぼうと何人もの兵士が基地の外に向かって走っていった。

 ハリコフ博士が無線で呼びかけたが返事はない。

 スピーカーに持ち替えた。

「ゴンザレス、大丈夫か! これからバーナーやクレーンでハッチを引き剥がす。もう少し待て。聞こえるか? 聞こえているなら、鳴け!」

 ニャ~。


 後日談になる。

 結果としては、機獣の開発は成功。

 動力さえ作ってしまえば『簡単製造』『簡単操縦』が売りの機獣はすぐに量産できた。

 猫に限らず、様々な動物型の巨大兵器が製造された。

 

 猫型機獣は改良を加え、実用化に至った。

 訓練用機獣として、新兵たちに愛されている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ