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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
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名を折るならば骨を折れ 4

 「あ…!」


 『顔剝ぎ』の胸…と呼んでいいんだろうか。そこに心臓や肺といった臓器が収まっているかはわからないけども、とにかくそこから突き出したのは、黒い光。

 いや、黒い光っていうのがすでにおかしい。でも、そうとしか形容できないものが硬いだろう皮膚を突き破り、穿つ。


 それがなんなのか、何故か分かった。

 あれは、クロムの『剣』の御業。

 『紅鴉の爪』を触媒に顕現した、騎士神の御力だ。


 …。なんか、一瞬『ケンだけにケン現ってぇ?やるやん!!』って声がしたような気がしたけど、気のせいだ。うん。


 って、そんなことに気を取られてる場合じゃない!

 魔王の眼!はやくあれがどこにあるか見つけないと!!


 眼に痛みが走る。頬を温めながら伝うのは、涙か血かわからない。

 ああ、でも、そんなの、些細な差だ。

 目を凝らせ。見つけろ。探し出せ!たとえ眼球が破裂したって、俺の目玉一個程度ならおつりがでる!


 両目が潰れるとさすがに次の時困る。なので、なるべく片目…利目じゃない、左だけに神経を集中させて。

 周りの景色がぼやけ、『顔剥ぎ』だけが鮮明になる。胸を突き破った黒い光は、そのまま弧を描き、ほぼその身体を両断した。

 そう見えた…のに。


 「え?」


 その声が、自分の口からだったかは自信がない。 

 あまりにも気の抜けた一声は、たぶん、この場にいた全員の口、どこから出てもおかしくはなかった。


 ぱしゃん。


 響いたその音は、あまりにも唐突で。

 見えているものが、信じられない。


 本当に、その一音だけを残して。

 『顔剝ぎ』の巨体は、消えていた。


 …逃げられ、た?


 「探知、探索の魔導が使える奴は、全力で追え!!」


 叫びながら『鷹の眼』を凝らす。

 まだだ。まだ、あれは致命傷じゃない。逃がせない!

 もし、ジルチ広場みたいな人が大勢いる場所に現れたら、大惨事になる!


 「落ち着け、弟!」


 限界まで見開いていた眼が、何かに覆われた。

 

 「電位を追ったが、逃げられた。というか、消えている。魔力で追跡したが、ずいぶんと離れているようだ。どれほど近くとも、大都からは出ている」

 「兄貴…」

 「悔しいが、逃げられたな」


 ゆっくりと俺の両眼を覆っていた手が外され、歪んだ視界が広がった。

 何度か瞬きを繰り返すと、ややぼやけてはいるものの、くねくねとした曲線だけで構築されていない世界が、なんとか戻ってきた。


 「ありがと、兄貴…」

 「弟は兄をもっと頼っていいのだからな!?むしろ、もっとこう、頼ってくれんと、寂しいしな!?」

 

 すでに龍の面が外された顔は、少しばかり血色が悪い。というか、なんか…


 「兄貴、大丈夫?なんかしょぼしょぼしてるけど?」

 「う、うむ。大丈夫だ弟よ。普段使わない魔力を使ったので、ちょっとこう…強張っておるだけだ」

 「大丈夫ならいいんだけど…」

 「だが、できれば応急処置はしたい。弟よ、何か甘いものはもっていないだろうか?」


 兄貴は確かに、嫌いな書類仕事を長時間するとものすごく甘味を欲する。今回も、そういう感じなのかな?

 まあ、なんにせよ、兄貴がしょぼしょぼしながら甘味を欲しているということは、当面の危機は去った…と判断しているってことだ。

 それはつまり、『顔剝ぎ』を逃がしてしまった…という苦い事実に繋がるわけだけど。


 今は、うん。それはちょっと、脇に置いておこう。

 即追撃ができないなら、それを悔しがったり嘆くより、ああすればよかったと自分を責めるより、やるべきことはいろいろある。


 不浄屍ゾンビはまだいる。けれど、星竜親衛隊も戦線に加わったことで、駆逐の速度は増していた。もうほどなくして、全滅させられるだろう。

 被害状況の確認と、負傷者の救護を進めないと。


 負傷者…クロムたちは、大丈夫、だよな。

 何かあるなら、兄貴が俺の前でしょぼしょぼしているはずがない。


 「飴くらいしかないけど…」

 「十分だ、弟よ…」


 負傷者の確認は、すでに十人隊単位で始まっている。報告はじきに上がってくるだろう。その間に、兄貴に飴をあげるくらいの余裕はある。

 腰のポーチから取り出した小瓶。その蓋を開けて、色鮮やかな飴を掌に転がす。

 …俺は直接不浄屍と切り結んだわけじゃないから、そこまで汚くはないよな。たぶん。

 手袋をとってから飴を出すべきだったけど、寒いし。


 「一番甘いのは、白いやつ。練乳味だから…」

 「そうか」


 兄貴はしょぼしょぼしたまま微笑み、口を開けた。そしてそのまま、静止する。

 …えっと?食わせろと?


 「ファン、薄荷はこれだな」


 同じく手袋をしたままの指が伸びて、薄い緑色の飴を摘まんだ。そして持ち主の口に運ばれることなく、ぴん、と弾く。

 兄貴の口の中に、それは見事に薄荷飴は飛び込んでいった。いや、より正確には喉の奥に。


 「ぐっはッ!?」

 「まだ足りないなら次々行くが?」

 「が、ガラテアさん、もったいない、飴がもったいないから!」


 何とか飴を喉から口の中に戻し、薄荷の味に悶えている兄貴に、追い打ちはさすがにまずい。弱っているのは事実だし。


 「兄貴、とりあえず練乳飴も口に入れな?」

 「あ、あじがどぅ、おどうどよ…」


 涙目になりつつ手を伸ばし、練乳飴を摘まむ。兄貴、からいもの苦手なわけじゃないけど、薄荷はダメなんだよなあ。


 「トール様。魔力回復薬エーテルもどうぞ」

 「う、うむ」


 ラーシュさんが差し出した瓶を受け取りながら、兄貴は薄荷の飴をかみ砕いたようだ。一瞬、すごい顔をした。

 それを魔力回復薬で流し込み、続いて手渡された水袋を一気に呷る。

 最後に練乳飴をそっと口に入れて、なんか、すごい幸せそうな顔になった。


 「兄貴、兄貴の腕から出てた飛膜みたいなのが『星龍の翼(オドンナルガ・リーン)』?」

 「うむ。その通りだ弟よ。なんと聡明な…」

 

 いや、普通、存在を知っていれば結びつくから。

 けど、ここで否定すると意地でも俺を褒めるからな。黙っておこう。


 「このように、発動していないときは腕輪のようになっている。使用者の魔力を吸い込み、あのような形状になるのだ。そして、一度『星竜の翼』に吸い込まれた魔力は、ありとあらゆる属性へ変化することができる」

 「じゃあ、あの石柱なんかは…」

 「俺の魔導だ。普段は属性が相違しておるゆえ使えないが、発動させる陣くらいは覚えている。まあ、少々あやふやではあったが、術式さえ合っていれば発動は可能だからな」

 「しかし、濫用は避けるべきです。負担が大きすぎる」


 ややドヤっている兄貴に、ぴしゃりとラーシュさんの声が飛んだ。

 兄貴が顔色を悪くして、魔力回復薬を飲むくらいだから…使えないとは思うけれど、ほかの人が使ったら死ぬんじゃないんだろうか。

 

 「わ、わかっている…」

 「ナランハル!報告いたします!」


 ドヤ顔から一転、しゅんとなった兄貴が頷くのと、うちの騎士が声を張り上げたのがほぼ同時。

 

 「被害状況は?」

 「治療を必要とする負傷者は十八名、うち三名が重症です。特に一名、右掌の半ばほどを食いちぎられました」

 「…命に別状は?」

 「ございません。すでに回復薬による治療を開始しています」

 「そうか。等級に制限はなしだ。ほかの負傷者にも、今ある一番いいのを使ってくれ」

 「御意」


 強い回復薬を使えば、欠損した部分も回復する。回復するときに、いっそ殺せってくらいに痛いけれど。

 それは頑張って我慢してもらうとして。強い回復薬は当然値段も高い。けど、今年のうちの予算は余りに余っているって報告を受けているし、使わなきゃいかに高価な回復薬といえど劣化する。惜しまず使って新しいのを買うべきだ。


 もう、視界で動いているのは、うちか兄貴のところの騎士だけで、不浄屍は路上を穢す肉泥となっている。

 雷帝神殿から神官を派遣してもらって、清めないとな。ガラテアさんにこれ以上無理はさせられないし。


 とりあえず。

 ぱん、と両手で自分の頬を叩く。ともすれば脳裏を占めそうになる焦りやなんかは、今は邪魔なだけ。追い出しとかないと。


 とりあえず、いったん帰ろう。

 ガラテアさんも疲れているし、ヤクモは寒がっている。軽症とは言え負傷者たちを治療しないといけないし、念のため、巫師に頼んで浄化もしてもらっておこう。

 民間で恐ろしく語られるように、不浄屍に噛まれたら不浄屍になるわけじゃないけど、そもそもあれが本当に不浄屍なのかわからないからな。


 今、必要なのは休息と、分析だ。

 『顔剝ぎ』はどういう存在なのか。どうすれば滅することができるか。なぜ、あんなふうに逃げられたのか。

 そのすべてを知ることは難しい。けど、やらなきゃ。


 体を休め、敵を知る。

 「次」を最後にするために。


 こちらに向かって歩いてくる、俺の頼もしい仲間たちと守護者スレンに向かって拳を突き上げながら。

 自分へと言い聞かせた。


***


 大都の中に魔獣が出現した話は、当然ながら隠せるものではなく、あっという間に知れ渡った。より正確には、一夜明けた今日の朝には、もっとも語られる話題になっていた。

 何せ、大都を囲む城壁にも、長城にも、魔獣除けの結界を維持する陣が刻まれている。

 にもかかわらず、魔獣が出現したってことは、大都の安全保障が揺らいだってことだからな。

 なので、隠しても民の不安が高まるだけと早々と親父たちは判断し、即座に何が起こったかを開示した。


 「世間を騒がせている『顔剝ぎ』なる罪人を追い詰めたところ、魔獣を召喚して抵抗したが、御史台からの救援要請に応え、星龍、紅鴉親衛隊が出撃。討ち果たした」

 

 戦闘があった地区は再開発のために買い上げられていて無人。大都の住人たちが目撃したのは、道を駆けていく親衛隊騎士だけなわけで、今のところ疑いの声は上がっていない。

 大筋はあっているけれど、決して真実じゃない発表は、わがアスラン王国が得意とするところ…ではあるんだけど。


 「問題は、『顔剝ぎ』がどこ行ったか、だねぇ」


 親父が首を傾げて唇を持ち上げた。王座の上なら違和感に絶対笑ってはいけない緊急軍議になっただろうけれど、俺たちが現在集合しているのは、親父の執務室。

 公的な職場ではあるけれど、太極殿と違って…俺が言えたもんじゃないとおもうけど…庶民的というか、らしくない、というか。

 人をダメにする座布団もあるし、壁には家族の写し絵が所狭しとかけられ、親父自身も完全に普段着だ。


 集められているのは、俺とクロムに十二狗将の面々。六司台からは御史台長だけが参加していた。

 他には、うちからニルとジル。兄貴のところから、ラーシュさんとウー老師。あ、もちろん、兄貴本人もいる。


 これだけいて、親父とスバタイ叔父さんを加えると、さすがに部屋は少し狭く感じた。まあ、この人数が狭く感じる程度で窮屈なこともなく収まっているんだから、十分に広いわけだけど。

 アステリアの定宿なら、だれか薄い壁をぶち破って外に落ちてるな。


 「おそらく、長城を越えていると思われます。父上」

 「トール君が言うなら、間違いないよねえ。長城の中より、外のほうが広いからなあ。困っちゃうねえ」

 「御史台にて追跡中にございます」


 御史台には、密偵もそうだけれど追跡、探知の魔導に長けた専門家が集まっている。幸い、体液を採集できたし、何らかの妨害がなければ発見はできそう。

 強力な阻害…例えば、万魔の王による加護とかがあれば厳しいだろうけど、それはもう、何もないことを祈るしかない。


 「ならびに『顔剥ぎ』であったもの。クニンと申す下手人につきまして、ほぼ特定いたしました」

 「そっか。どんなヒト?」

 「年齢は二十六歳。女。カンバル紡績工場の販売部に勤めております。家族は祖母、父、弟が二名」


 『顔剝ぎ』の名前が判明してから、一晩明けただけでこれくらいは調べてくるのが、御史台の捜査官だ。十二狗将の面々ですら苦笑いしている。

 

 「職場や家族には、魔獣が召喚された際に付近にいた可能性があり、連絡があれば確認のため衛兵詰め所に即申し出をするように伝えております」

 「そっか。けど、帰ってくると思う?」

 「臣の経験から申し上げますと、戻ります。しかし」

 「うん」

 「ナランハルのご意見をお聞かせ願いたい。戻れると思われますか?」


 え。なんで急に俺?

 あー、でも、そっか。俺たちしか、ああなった人間を二回も見てないもんな。

 

 帰るか。戻るか。

 帰れるか。戻れるか。


 『顔剝ぎ』自身は、戻りたいだろう。彼女…の自認は、人間だった。

 ドノヴァン大司祭のように、得た力を恩寵として誇ってもいなかった。

 言うことを聞かなきゃ殺すとか、そういう風に脅すことすらなかった。

 ひたすらに、自分は優しいから、優しい人は幸せにならなければいけない、と喚いていた。


 けれど、あの姿…異形になり果てた姿で戻ることは、帰ることはできない。

 姿を現しただけで、周囲は恐慌状態に陥ることは間違いないし、彼女が「家族」と思っている人たちも、悲鳴とともに拒絶するだろう。


 だから、それを考慮すれば、自宅に帰ることはない。戻れないことは、自分が一番わかっている。

 でも。


 「戻らない…戻れないって思うんですけど、それには条件があります。一つは、『顔剝ぎ』の精神状態がまだ正常に近く、自分の状態を把握できていること。そしてもう一つは、アレが分身のようなものではなく、本体だってこと」

 「人の形をした本体が別に存在すれば、自宅へ戻る、と?」

 「はい。その可能性は高いと思います」


 怖くて酷い目にあった。そんな時、普通は自宅へ戻り、体と心を休める。昨日の俺たちのように。

 『顔剝ぎ』だってそう考えても不思議はない。とにかく、冬の大都周辺は寒いしね。安全で温かい場所に戻るのは、むしろ当たり前の行動だ。

 黄金月の夜から年末年始にかけては、まっとうな宿はほぼ満室、空きがあっても値段は凄まじく値上がりしている。

 紡績工場に勤める若い女性が、何日も宿泊するのはかなり厳しい。俺だって素直に実家に帰るほどの値段だからね。


 「どう?トール君。分身だったりする可能性あると思う?」

 「確かに消え方は不自然でしたが…俺は、あれは本体であると判断します」

 「ジャっ君はどう?」


 兄貴に続いて名指しされたジャスワン将軍は、ものすごく珍しく髪をしっかり結い、服装も着崩していなかった。「赤狼め、どうやら落ち込んでおるようですぞ」とヤルト爺に耳打ちされたのは、当たっているみたいだ


 「では、愚考を申し上げさせていただきます。確かに『顔剥ぎ』は分身を呼び出し、襲い掛かってまいりましたが、あれは本体であろうかと」

 「どうしてそう思う?」

 「分身程度に、俺が『勝てない』と思うはずが御座いません」


 きっぱりと言い切った「理由」に、一瞬、全員が息を止めた。

 いや、ただ一人、兄貴だけは口の端を持ち上げて頷いている。


 「やはり、将軍もそう思われるか。俺は『本気にならねば』と思った」


 兄貴の言葉に、親父が大きく頷く。


 「そっかあ。トール君とジャっ君がそう思うなら、間違いないねえ」

 「御意に」


 深く一礼し、ジャスワン将軍はその体勢のまま、言葉を続けた。


 「陛下。この一戦、臣めの見立ての甘さが招いたものにございます。決して、御史台、ならびにユー断事官の責はございませぬ」

 「んー。私はそうは思わないけどなあ」


 ぴくり、と平伏したままのジャスワン将軍の肩が震えた。

 御史台長も片眉を持ち上げたけれど、口は開かない。

 

 「だってさ。どのみち『顔剝ぎ』とは戦うことになってたよ。万魔の王が目玉埋め込んだ相手ならさ。それにね、あそこで君らが行ってなければ、オツタさんはひっそり殺されて、『顔剝ぎ』にたどり着くのはもっと時間かかってたよね」


 ホンランが少しでも手がかりを掴んでいたなら、御史台は時間がかかっても『顔剥ぎ』に、町の工場で働く、「ごく普通」の人にたどり着いていただろう。

 そして、あの戦闘が…多数の不浄屍を呼び出し、無差別に襲い掛からせるような戦闘が、もっと人の多い、賑やかな場所で起こっていたかもしれない。


 「ファン君は、年が明ければアステリアへ戻る予定だ。灯の刻印なしの戦闘がどれほど不利か、君は身をもって体験したでしょ」

 「…是」

 「だからさー。ファン君がいてくれる間でよかったし。それに、もし私がユーシン君に行っていい?って聞かれたら、私も行くね!って答えてたからね」


 それはちょっと、自重してほしい。


 「だから、ジャっ君はおとがめなし!君になんかしら処罰を与えるなら、ユーシン君とウー老師せんせにもになっちゃうしさ。なんで、この話題ここまで!」

 「将軍。俺も父上と同じ考えだ。このスットコドッコイは本気で腹が立つことも多いが、有能なので…もう少し、こき使いたい」

 「星龍君わがきみ!?」

 「さて。話し合う内容を戻そう。お昼ご飯前でお腹もすいたしね。まず、君らには三手に分かれてほしい。ひとつは、御史台とともに『顔剝ぎ』を追跡だ」


 十二狗将はアスラン軍の最高位で、抱えている配下も当然ながら有能な人ばかりだ。どんな状況にも対応できる人材を揃えている。

 とはいえ、やっぱり得意とする分野はあるもので。


 「ジャっ君、それからボオルチュ爺ちゃんは、追跡に」

 「おお、これは難儀な大役を仰せつかりましたなあ。赤狼の手綱をとれとは」


 にこにこと恰幅の良い頬を緩ませながら、ボオルチュ将軍が胸を拳でたたく。


 「しかしながら、この大役。是が非にも仰せつかりたいと思っており申した。何せ、『顔剝ぎ』とかいう輩、わが孫の顔に傷をつけましたでなあ…」


 にこにこと笑う瞼の間から除く目は、冷たい怒りの炎を宿している。

 まあ、そのお孫さんことニルの傷は回復薬で跡形もないけど。

 

 「おじい、過保護~。もうなんともねーし、うち、自分で始末つけっし」

 「何を言うニル!傷をつけたこと自体が許せんのじゃ!もう治っておればよいっちゅう問題ではない!」


 駄々をこねるような声に、周りの反応はまたかという顔でため息をつく人と、大きく頷く人に分かれた。

 なんか、クロムはめっちゃ頷いているし、兄貴もしかりだ。


 「次はね、ジェベ君とクドカ君。二人は、『顔剥ぎ』について調べて。どうすれば殺せるか」

 「御意に」

 「うわあ。楽しい役目で嬉しいです」


 ジェベ将軍は智将としてアスラン軍にその人ありと言われる人だし、クドカ将軍は、敵の情報分析を得意とする。「一番いやな攻撃」をするとして、模擬戦を引き受けてもらえないことで有名だ。


 「残るみんなは、大都の防衛強化だ。結界の張り直しも含んでね。その指揮はトール君に任せる」

 「承りました。父上!」

 「ファン君は、ジェベ君たちに協力して」 

 「わかった…って、兄貴、なんでこっちをじっと見てるの?」

 「弟がそっちなら、俺も…」

 「星龍君。王命は絶対にございますれば」


 ウー老師にたしなめられ、兄貴は「くぅん…」と鳴いてそうな顔をしていたけれど、見なかったことにしよう。


 「ナランハル。以前いただいた資料と同程度のものをご用意いただくことは?」

 「すぐに取り掛かるよ。明日の朝引き渡しでいい?」

 「明後日の朝に。御身に最優先いただくことは、まず、お体を休められることです。冬至の日も、残り十日をきっておりますれば」

 「あー…」


 冬至の儀式。そうだった。

 踊りの練習はこれから本番だし、儀式の二日前から準備をしなきゃならない。


 「まして、新婚さんだもんねえ~。夜はちゃんと寝台にいないと」

 「いやあ…アハハ…」


 ちなみに昨日は、俺もガラテアさんも、風呂入るのが精一杯。半分寝ながら布団に潜り込んで、気付いたら朝でした。

 なおもなんか言いかけるクドカ将軍を引っ張って、ジェベ将軍は「失礼いたします」と退出していった。

 俺も部屋帰るかね。


 「あ、そうだ、ニル」

 「なに?」


 俺の声にこたえて、ニルとついでにジルも歩み寄ってきた。

 

 「分身と戦った時に感じたこと、思ったことを書き出しておいてほしいのと、センウって帰ってきてる?」

 「せっちゃん?帰ってきてんよ」

 「今度、ちょっと時間とってほしい。急ぎじゃないけど」

 「りょ。かしこまりー」

 「センウ兄貴と飲みっすか!いい店しってるっすよォ!!」

 「幼馴染にあいたいっていうのもあるけど、仕事の話だよ。ちょっと、センウを推挙したいところがあって」


 ニルのうちは四人きょうだいで、長男次男ニルでココチュ、という順番だ。

 長男はちょっと年が離れていて、まあ、うちの飛竜隊隊長のボオルなんだけど、真ん中二人は年子で、俺とも小さいころからの付き合いである。


 「おー、いーんじゃね。最近、せっちゃん無職長すぎて、ママに超怒られたりしてるしさー」

 「あ、まだ無職なんだ」

 「しかたねーよ。メシマズすぎてどこのご飯屋さんも雇えないって」


 センウはある強い信念のもと、士官学校卒業後はカーランに修行に出かけ、その成果を大都でふるっている…はずだったんだけどね。

 どれだけ修行して学んでも、なんか知らないけど、あいつの作る料理は不味いんだよなあ。


 「せっちゃん、料理関係の仕事じゃねーと、ナランハルの推挙でも蹴りそうだけど」

 「そんなんしたらァ!叔母上様に兄貴ころされんじゃねっすか!?」

 「されんねー。どなの、ナランハル?」

 「大丈夫。作らせないけど、料理に関することだから」

 「まじー?それならいいかな。でもさ、絶対作らせちゃダメだよ。せっちゃんの料理の不味さ、超やべーことになってっから」

 「…わかった。肝に銘じておく」


 最後に食べた特製スープは鶏と卵のスープ…だったはずだけど、何故か胸やけするほど甘く、そして生臭くて焦げ臭く、舌触りは液体のそれじゃなかった。

 あれより不味くなってるのかあ…。

 うん。それは絶対に避けなきゃな。あんなもの、人に食わせたらいけない。


 「今日にでも連れてけるけど、どする?」

 「今日はさすがに悪いから、明日の昼でどう?飯はこっちで用意するから。ボオルも一緒に。ココもこれるかな?」

 「おー、いいね!」

 「ナランハルゥ!!俺っちはあ!?」

 「いや、ジルも一緒に来たいなら、別にいいけど…」

 「ひゃほぅ!!」


 すごい嬉しそうだけど、仕事の話だからな?

 この一件については、ずっと考えていたことだし、親父や母さんにも許可は得ている。

 とりあえず、できることから一つずつ片付けていこう。


***


 「あー、おかえり~」

 「腹が減ってきたぞ、ファン!」


 紅鴉宮の自室に戻ると、待ちかねたように声がかかる。

 部屋の中には、ユーシンとヤクモにシド…だけじゃなかった。


 『西海博物誌』の印刷版を読んでいるガラテアさんはわかるとして、弟たちをかまっているのは、シンクロウ、マシロ、サモンの三兄弟。


 手が空いたら話を聞きたいんだって昨日兄貴に伝えておいたけど、すぐに寄こしてくれたんだな。

 さらにもう一人、話を聞きたかったしろさんは、昨日からこっちに泊まり込んでいる。今も、ヤクモの隣で俺に軽く会釈をしていた。


 「なんだか、大変だったみたいだな」

 「おばけ出たんでしょ…クロム、泣かなかった?」

 「泣くかボケ!!」


 一応、クロムはおばけの類でも、幽霊とかそっちが苦手なわけで、不浄屍はなんともないみたいだからな。サモン。

 いや、もしかしたら、内心悲鳴を上げてたかもしれないけど、それが真実だったとしても、クロムが素直に認めるわけはないし、追及する時間がひたすらに無駄だ。


 「昼飯を食べながら話そうか。こっちに運んでくれるように頼むよ」

 「では、テムル様とフレグ様は、后妃様のもとへ参りましょう。ファン氏が昼食をこちらでとられることをお伝えせねば」


 くくく、と含みのありそうな笑みを浮かべながら、エルデニが弟たちを手招く。

 弟たちにはあまり聞かれたくない話って察知したようだ。さすが、人相が悪いだけのいい奴。


 「あにうえ…」

 「ん、どした?」


 とてとてと、テムルが歩み寄ってくる。大きな眼鏡の奥、若草の色をした瞳は、少し不安げに揺れていた。


 「あの、なんか…すごいのと、たたかったって…」

 「あ、うん。まあ、すごかったよな?」 

 「大したことはない。次は仕留める」


 不機嫌そうに言い放つクロムと俺の顔を、テムルの視線が何度も行きかう。


 「…おれが、もっとつよかったら…」

 「いや、さすがに六つの子供に助けられたら、俺の立場ってもんがかなり哀しくなるからな?」

 「そうだ!テムル殿!俺とて、六つのころはろくに槍も振るえなかった!クロムなど、きっとまだ寝小便をたれていただろう!」

 「てめぇのほうこそ、まだオムツだったんじゃないでちゅかあ!?」

 「もー、やめなよー」


 ヤクモの制止はじつにやる気がなかったけれど、二人ともそれ以上醜い争いを繰り広げることはなく、止まった。

 まったく。弟たちの教育に悪いだろ。


 「とにかく、テムル。歯がゆいのはわかるけど、自分を責めるんじゃないぞ。兄ちゃん、お前らが待っているって思うだけで、ちょっとは慎重になれるし」

 「テムルはすぐかなしくなってしまうのです。なにもわるくないのに」


 ててて、と小走りに寄ってきたフレグが、テムルの手を取る。握りあう小さな掌に、なんだか兄貴の気持ちがちょっとわかった。

 うん、これが兄弟愛ってやつかあ。弟、かわいいなあ。


 「もっと大きくなったら、兄ちゃんたちの苦手な書類仕事手伝ってくれ。俺も兄貴も、ものすごい助かる」

 「じゃあ、おれ、いっぱい学んで、兄上たちを助けられるようになります!」

 「頼もしい。ほんっと、頼んだぞ~」

 「じゃあ、フレグのもやってほしいのです」

 「なんでだよ!!おまえのはじぶんでやれよ!!」


 この子たちが王家の一員として仕事を割り振られる頃には、万魔の王のたくらみとやらは、全部潰しておきたい。

 そんなわけわからないものに、うちの可愛い弟たちが苦労してたまるか。


 エルデニに連れられ、弟たちは退出していった。

 …チェさんは、今日はここにいない。オツタさんの住居へ、御史台の官吏とともに向かっている。

 家を片付けて、娘さんの遺骨を持ち帰るのが彼女の仕事だ。そのあとは、葬儀をチェさんが喪主になってあげる予定になっている。

 

 オツタさんの訃報を伝えたあと、彼女はこのつらい作業に志願した。全く知らない誰かに業務として片付けられるより、良いんじゃないかって。

 俺はオツタさんについて、ほとんど知らない。けど、俺もそう思う。

 死者にとっては悼みながらでも業務でも、まるで関係はないけれど、オツタさんを知っている人たちにとっては、とても重要だ。

 誰かが彼女の訃報を知ったとき、遠い故郷の知り合いが葬儀を行ったって知れば、少し救われる。よかったって思える。


 「んでよぉ、ファン。俺まで呼ばれてっけど、俺ァ、知っての通り頭使うのは苦手だぜ?」

 「いや、兄ちゃん。ファンが本当に話をしたいのは、私たちじゃないと思うよ」

 「ん?」

 「そうだろう?ファン」

 「まあ、な。キサヤ神に話が聞きたくて」

 『ム?』


 ひょい、とサモンの懐から顔を出したキサヤ神は、どう見てもちょっと前まで寝てた様子だ。

 寝ぐせすごいし、口元に涎の後ついてるし。


 『わちに、なんぞか…っておぬし!魔の眷属とやりおうたのか!!まだ武器もつくっておらんというに!』

 「キサヤ、ぷんぷん…。かわいそ。謝って」

 「え、えーと、ごめんなさい?」

 

 なんで謝っているのか自分でもよくわからないけど、神様だしなあ。ちょっとばかり、うかつだったのは否めないし。


 「なんでファンが謝るんだよ」

 「まあ、いいじゃないか。ええっと、とりあえずは引き分けたので…」

 『ぬぬ…そうじゃな。爪もあることじゃし、どうにかはなったか』

 「ええっと、ですね。キサヤ神。聞きたいことっていうのは、それにかかわることで…あの、万魔の王の眷属に効果のあるなしって、どういう条件なんですか?」

 『それよりもじゃ。爪をわちに見せぃ』


 ちょっと眉間に皺を寄せた難しい顔で、キサヤ神はサモンの頭の上によじ登った。

 その状態で胡坐をかき、ふんすと鼻息荒く噴き出す。


 「クロム」

 「…見せるのか?」

 「現状、『紅鴉の爪(ナランハル・ホロウ)』を研いだりできるのは、キサヤ神だけだ。状態はむしろ、しっかり見てもらったほうがいい」

 「そうじゃねぇよ。マシロの前で出して、大丈夫なのか?」


 あ、そういえば、マシロも見て倒れたんだっけ。

 それなら、マシロと…一応、鍛冶師であるシンクロウも、別室に行っておいてもらったほうがいいかな?


 『案ずるな。わちの刻印があるのぢゃから、爪に狂うたりはせぬ』

 「もしなんかあったら、塩茹でにするからな」

 『おいっ!この小僧、無礼にすぎんかっ!』

 「すみません。叩いときます」


 マシロが心配なのはわかるけど、言い方ってもん…っていうか、神様を脅すな。まったくもう。

 ぱん、と頭をひっぱたくと、クロムはものすごく不本意そうな顔をしたが、当の心配されているマシロ自身が「二発目いくか?」という笑顔で腕を上げたからか、何も言わずに『紅鴉の爪』の包みを解く。


 現れた新月の夜のような刀身を、キサヤ神はじっと見つめた。

 その双眸は翠の炎を宿すように輝き、赤い鬣は逆立っている。


 『うむ…やはり、鞘はすぐにでも拵えねばならぬな』

 「鞘、ですか?やっぱり、刀身が痛むから?」

 『この世のどんなものも、爪に傷一つ付けることはできぬ。真の鋼と紅鴉の爪が混じりおうてできているシロモノぞ』


 まあ、でも、鞘はあったほうが良いよな。何かをうっかり切っちゃうかもしれないし。


 「そういえばクロム。『顔剥ぎ』切ったとき、手応えがなさ過ぎたとか、そういうのはあったか?」

 「いや…確かに、殻と肉を貫いた感触だった」

 「うむ!俺たちは間近にいたから音も聞いたが、肉体のないものを貫く音ではなかった!」

 「ああ。ついでに言えば、あれの触手…一本一本がオルゴイ・ホルホイだったが、あれを斬ったときの感触もだ」

 「うえ~…そんな気持ち悪いのだったの…」


 二人が注意をひきつけ、クロムが死角から回り込んで攻撃っていう連携は、間違いなく大成功していた。

 ただ、囮になった二人は大きな怪我こそないとはいえ、全身アザだらけだ。兄貴の防護魔導がなければ、どれかはもっと酷いことになっていたかも知れない。

 

 「やっぱり、あれが本体だよなあ…」 

 『む?偽物なのか?』

 「いや、本体で逃げた…んだと思うんだけど…」

 「臭くて黒っぽい水になった!だが、俺もあれで倒せたとは思わん!」

 

 『顔剝ぎ』のいた場所には、確かに独特の臭気を放つ水が降ってきた…と、近くで戦っていたジャスワン将軍たちも言っている。

 ただ、俺たちがそこにたどり着いた時には、臭いすら残っていなかった。


 「…水、か。ガラテアさん。『黒い帆の船』は、中の水を撒いたところに、不浄屍を呼び出せるんだったよね」

 「私はそう聞いている」


 本から顔を上げ、ガラテアさんが頷く。その顔に昨日の疲労はもう見えなくて、安心した。朝から何度も同じ安堵をしてるけど、何度だってそう思ってしまう。

 それはきっと、何度もガラテアさんが俺の双眸を見て、ちゃんと焦点を結んで充血もしていないのを確認してしまうのと、同じ気持ちだろう。

 うん。昨日はちょっと無茶をした。反省しよう。


 「なら、逆に水を伝って壺の中に逃げることもできるんじゃないかな…」

 「それは聞いたことがないが、幽霊船とは突然消えるものだから、あり得ない話ではない」

 「『黒い帆の船』…あの、昔話の魔導具か。幽霊船が、壺の中をさまよっているっていう…」


 シドは魔導具としてじゃなく、御伽噺として認識しているのか。確かに、小さい子供に語って聞かせるのは、ちょっとどうかなって話だもんな。


 「魔導具は、大都の外にあるのかも。大都の中では、あまり強大な力を持つ魔導具を使うと感知されるから」


 自分で言っておいてなんだけど、それはかなり正解に近い…気がする。

 ただ、そうなると…。


 「なら、その壺を先に壊すなりしないと、何度でも逃げられるのか。星龍親衛隊にも、その話伝えておいても?」

 「もちろん。マシロは諜報官なんだよな?ってことは、上にアヤンバルクさんやコルダさんがいるだろ?あの二人に伝えて。『顔剥ぎ』の追跡を任せられた、ボオルチュ爺とジャスワン将軍にも言っておく」


 アヤンバルクさんは、魔導具を含む術式の解読や解呪を得意とする魔導師だし、コルダさんは魔導具の専門家だ。

 うちには…残念ながら、そういう人材いないからね。


 「御意に」

 『…ところでおぬちら、わちの話を聞くのではなかったのかや?』

 「あ」

 

 サモンの頭の上で、これ以上ないくらいキサヤ神は頬を膨らませ、尻尾を左右に振りまくっている。


 「キサヤ、激おこぷんぷん。あやまって」

 「ええっと、すいません…」

 『おぬち、本当に話それるな!?』

 「いやあ、あはは…」

 

 でも、かなり大切な話だったから許してほしい。うん。

 

 『詫びのしるしに、今度、うまい甘いものをささげよ!よいな!』

 「それくらいなら…しろさん、後でおすすめ教えてね」

 「いいっすよ。あのおっさんのお使いで、大都中の甘味屋は把握してるっすからね」


 実に頼もしい。


 「あー、それで、キサヤ神。『紅鴉の爪』、何かまずいことに?」

 『えらく興奮し、戦いを求めておる。のう、振るい手の無礼者。おぬち、昨夜の夢見はどうぢゃった?』


 キサヤ神の問いに、クロムはすごく嫌そうな顔をした。この顔を見るに、夢も見ずに寝たってわけじゃないようだ。


 「…次から次へとバケモノが出てきて、それをひたすら斬る夢だった」

 『やはりな。爪の要求が、おぬちの魂に影響しておる。このままでは、いずれ狂い死ぬぞ』

 「ええ!?それはどうすれば!?」

 『わちの力で、いったん寝かせる。その間に、鞘を作る。鞘は刃を守り、刃より守るものよ』


 サモンの頭から飛び降り、キサヤ神は『紅鴉の爪』に歩み寄る。

 その小さな身体を翠の燐光が包み込み、揺らぎ、そしてイフンの雨のように、黒い刃へと降り注いだ。


 『むぅ。やはり、いまのわちの力では、せいぜい三日、というところぢゃ。もう、明日にでも鞘を拵えねば…』

 「そんなすぐにできるものなの…?」

 「無理じゃねぇかあ?俺も造ったこたァねぇが、一日二日でどうにかなるもんじゃあねえぞ」

 『安心せよ。鞘、とは別の剣ぢゃ。そこに宿らせ、必要に応じて顕現させればよい』

 「じゃあ、クロムのもらったフレルバタル師の剣に…」

 

 俺の言葉に頷いて、クロムは腰の剣帯から剣を外した。

 けれど、キサヤ神ははっきりと首を振り、その動作を止めさせる。


 『おぬちのその剣、良い匠が鍛えたものぢゃな。良い剣ぢゃ。しかし、それでは爪の鞘にはなれぬ。もっと、神剣として祀られておる剣ではないと…』

 「それは、うちの宝物庫や雷帝神殿とかにないか、確認してみます」


 三日のうちになんとかならないと、クロムが死ぬ。それは絶対に避けなきゃ。

 そんなことで、俺の守護者を失うわけにはいかない。

 『紅鴉の爪』から引き離せば、もしかしたら大丈夫かもしれないけど、絶対にクロムは手放さない。

 現状、『顔剥ぎ』を倒しえる武器が、『紅鴉の爪』しかないなら、なおさらだ。


 『今日のうちに見つけておくのぢゃぞ!して、シンクロウ、マシロ、サモン!おぬちらは、明日、鞘を造るのじゃ!』

 「でもよ、工房の火はもう落としちまったぜ?」

 『それはよい。良い時期でよかった』


 大工房だけじゃなく、年内最後の満月の日に、鍜治場はすべて炉の日を落とす。途中で火をともすことは厳禁で、たとえ王家の命令だとしても、覆すことはない。


 『むふふ。この無火の月は何のためにあると思うておる。鍛冶の神に捧げるからではないか』

 「燃料が高騰するから、それに理由をつけたんだとばかり…」

 『おぬちら主従揃って無礼ぢゃな!?とにかく!わちは鍛冶神の一柱!今なれば、シンクロウが我が火を呼ぶこともできる!』

 「まじで?どうやんだい?俺ァそんなたいそうなもん、呼んだこたぁないぜ?」

 『安心せい。いざ、炉の前に立てば、わかる…はず…ぢゃし?』

 「自信なくしてんじゃねぇよ!」


 何せ、刻印の授け方も忘れてたもんなあ。

 灯の刻印が、今度も有効だといいんだけども。


 俺はあんまり神頼みとかしないほうなんだけど。

 なんか、生涯で一番熱心に、神頼みしちゃうことになりそう…。


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