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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
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主が走れば運命も走る(人事を尽くして天命を待つ)2

 アレチチドメグサは、大都周辺には自生していない。

 その名の通り、荒地に好んで生え、地上に這わせた茎や葉の、何十倍も広い範囲に根を張り巡らせる。口に入れると渋みがあり、山羊や驢馬ですら避けて食べない。

 けれどその名の通り、擂り潰して傷口に塗ると血が止る。血管や筋肉がきゅーっとなって傷口を塞ぐ作用があるからだ。

 乾燥したものでも水分を吸わせてやれば同じ効果が得られるから、アスラン軍では基本の支給品。

 流血を伴う負傷をした場合は、小瓶に入れた強い酒と共に傷口に塗りたくる。…ただし、かなりしみて痛いけどね。

 

 そんな草なので、自生はしていなくても栽培している人はいる。何せ荒地に根を撒けば、あっという間に増えるから。遊牧ですら厳しい地にうってつけだ。

 ただ、生えて五年くらいたつと土が根によって耕されちゃって、他の植物の浸食が始まってしまうんだよね。

 アレチチドメグサは丈夫だけれど、根は細く背丈は地上すれすれと言う植物なので、大抵負ける。そしてひっそりと全滅する。


 大都周辺は「家畜の乳が黄色くなる」と言われるほど養分に富んだ土壌で、自生する植物の数は非常に多い。だから、アレチチドメグサが入る隙間はない。

 誰かが根を運んできて根付いたとしても、春から夏にかけての植物たちの饗宴に追い出される。


 はッ…!!そうだ!あまりはっきりとは見えなかったけれど、あのアレチチドメグサ、葉の縁が少しギザギザとしていた!

 アレチチドメグサの葉の縁は、するりと弧を描く。つまり、あれは、もしかしたら、新種かもしれない!!


 儀式が終わったら、採取できないか聞いてみよう。こっそり手に握り込むってのは、やめた方が良いよな。うん。あれだけ持ち込みを禁じていたのだし、持ち出しだって駄目な可能性が高い。


 でもさあ。そのね、服の背とか、袖口とかに、こう、ちょっとね、切れた葉っぱが着いちゃった…っていうのはさ、不可抗力になるよね?無理がある?

 うーん…でもやっぱり、採取できるなら根がいいな。アレチチドメグサの近縁種なら、少しばかりでも根があれば増やせる。

 根はなあ…根は、狙わないと服につかないよなあ。


 いや、それよりもだ。この部屋。

 屋内なのに植物が生い茂っている。それ自体はまあ、ないわけじゃない。屋内庭園って、一時期はやったらしいしね。

 でも、だ。その場合、採光が最も重要になる。天井を硝子張りにしたり、大きな窓を全方向に備え付けて、太陽の恵みを受け取らなくてはならない。


 魔導燈の光じゃ、ゆっくりと植物は死んでいく。

 太陽光を嫌う植物もいるけれど、そういった植物は湿度を必要とするから、あまり大都での栽培に向かない。


 この部屋、窓はなかった。天井も、硝子じゃなかった。

 なら、何故、こんな豊かな植生が?


 う、気になる。ものすごい知りたい。

 答えがあるかはわからないけれど、真実の欠片くらいは摘まんで拾い集めたい。

 かくなるうえは、真っ正直に聞こう!


 「あのさ!…え?」


 起き上がりながら目を開き…いつの間にか、気を失ってたんだね。俺…側にいるであろう親父に声を掛けたつもりで、我ながら間の抜けた声が出た。


 特に視界に異常はない。いつも通りに見えている。

 ただ、そこにあったのは、予想していた魔導燈の吊り下げられた天井じゃなく。


 「幕屋ユルク…?」


 屋根の中央、煙突の突き出す天窓に向かって伸びていく梁。

 折り畳みができる壁は分厚い織物に挟まれ、外の空気を遮断する。この時期は、織物と壁との間に、毛長牛の毛皮をさらに追加する。きっと、この家もそうなっているだろう。

 

 ただ…なんでだろう。

 ふんふんと鼻を鳴らして嗅いでみても、幕屋につきものの匂いがしない。


 幕屋を覆う織物には、羊や牛の脂を塗る。その方が風を通さないし、雨も弾くからだ。

 それに、中央の炉で煮られた羊の塩煮や、入り口近くにぶら下げられた袋で混ぜられる馬乳酒が、他所の人の眉を顰めさせる…けれど俺たちには食欲をそそる…匂いを家に塗り込んでいく。

 匂いがつかないほどの新造…と言うには、家具や織物には年季による艶があるし、寝かされていた布団の手触りからも、たくさんの夜を過ごしてきたものだと感じられる。


 つまりは、なにがなんだかさっぱりわからない。


 「ふつーさあ、もっとちげーとこ、気にしない?」

 「え…?」


 声を掛けられてそちらへと視線を向ける。

 炉の向こう。幕屋の主人が座る場所に、声の主はいた。


 年頃は俺と同じくらいか。胡服を纏い、座布団に胡坐をかいて座っている。

 淡い色合いの金の髪に、こちらを苦笑をはらんで見つめる双眸の色は…濃い金。


 朝日の髪に、満月の瞳。


 アスランの王族にだけ現れるその組み合わせ。

 だが…俺は、彼女が誰だかさっぱりわからない。


 「あー。あーしのこと、アンタが知らねーの、トーゼンって言うか?」

 「え、あ、そうなんですか?初対面?はじめまして…」


 ヤルクト訛りが随分と強い。

 にまりと薄い唇を緩ませて、彼女は俺を手招いた。


 布団から起き上がり、掛布団をたたんでから立ち上がり、彼女から見て向かって右側の下座に座りなおす。

 彼女が親戚であることは間違いなく、この幕屋の主人であるなら、俺の位置は一族の下っ端が温める場所だろう。


 「あーしはさ、ファンの事、ばぶの時から知ってけどー。ファンはしらねーべ。えーと、ひいひいひいひいひい…何回言ったっけ?ま、いっか。とにかく、超ばあちゃんだから」

 「超ばあちゃん…?」

 「そ!あーし、ライマラル。名前くらいは知ってっかあ?」


 ケタケタと笑う彼女と対照的に、俺の顔はカチコチに固まって間抜けていただろう。

 

 ライマラル。

 その名前を知らないはずがない。


 大祖クロウハ・カガンの妻にして、最後のヤルクト氏族長。

 そして、開祖クロウハ・カガンの母。


 国母として三王廟に祀られてるのは勿論、単独でも国母廟の主として信仰を集める、俺のご先祖様にして、神。

 神様だから、若いのか?確か、国母ライマラルの享年は、63歳だったはず…。


 「お、そのツラは知ってんね?いいコじゃーん」


 俺の疑問を吹き飛ばすかのように、国母ライマラルは満面の笑みを浮かべた。なんだか、その笑みに安心してしまっている自分がいる。

 モウスルの町で、母さんと一年ぶりに再会した時のような。あの、暖かさ。 


 「え、ええと。国母様…が、いらっしゃるってことは、俺はまだ寝てて、夢枕に立たれてるってこと…ですかね?」

 「はっずれー。アンタの魂を、あーしンとこに連れてきたんだ。あ、でもさー、死んでるわけじゃねーから。安心しろし?」

 「はあ…」


 ご先祖様たちは神様になっているので、その御霊は天界と俺らが暮らす世界のはざまにあるという、神世にいらっしゃるという。

 昔からこの神世に迷い込んだ人の話は様々あって、良くあるのが目覚めると一晩のはずが百年経過していて、そのまま砂になったとか…って、それは困る!


 「すぐお暇します!」」

 「だいじょーぶだって。ふつーに目が覚めるだけだし、時間が人世とちげーわけじゃねーし」

 「あ、そうなんですか?」

 「新婚の子孫をいきなり殺しにかからねーって。ひいひいひいひい…あと何回だろ?とにかく、超まごは見てーし。やっぱさあ。何度見てもばぶは可愛いーわ。アンタらのばぶン時もさー。こっそり見に行って吸いまくったかんね。乳臭くてサイコー。ばばあの寿命延ばすわ」


 いや、もうあなたは身罷ってらっしゃいますよね?

 なんか別の寿命があって延びてくの?


 とにかく。この人は自分で名乗っている通り、国母ライマラルなのは間違いないと思う。


 歴代アスラン王や后妃の肖像画は当然残されているけれど、その中でも確実に本人の顏だと確定しているのは、実は五代以降だ。

 四代に関してはその形跡は完全に消し去られたし、三代以前は「間違いなくこの顔」と証言できた人がいない。

 大祖と国母まで遡ると、複数ある肖像画はなんか全部違う顔をしていたりする。

 国母ライマラルは描かれた時の「美女」基準に準拠しているようで、完全に別人じゃん…と肖像画を並べて首を捻るほどだ。

 

 ただ、その中でも「おそらくこれが一番本人に近いだろう」とされているものに描かれた人の顔は、俺がオムツを変えられた瞬間、恐るべき速さでそのオムツから脱出し、再度かました話をする目の前のひとによく似ている。

 やめてその子供のころの恥ずかしい話を嬉々として語るの。完全に親戚のおばちゃん仕草じゃん…。


 何故、その肖像画が「本人に近い」と判断されたかというと、五代ジルチに謁見した当時のルミル氏族の族長が「祖母から聞いていた国母様そのままだ」と驚いた…と言う一件からだ。

 つまり、五代ジルチに似た肖像画が一番近いと判断されたんだよね。


 実際、俺の目の前にいる「国母ライマラル」は、伝えられる五代ジルチと共通する特徴をたくさん備えていた。


 一重で切れ長の双眸。低くも高くもないけれど、すっと通った鼻筋。形良く薄い唇。それらが、絶妙な調和で配置されている。

 シムルグ大橋を設計、建築したザイダルの友人である彫刻家曰く、「いかなる荒野の風も散らすことはできず、ただ凛と咲く白百合のよう」と讃えた美貌。

 まあ、ユリって極度の乾燥に弱いから、そもそも荒野には自生しないと思うけれど、それは置いといて。

 

 間違いなく、このひとは「国母ライマラル」だ。

 特徴からの推測…それに何より、俺の中に流れる血が、「この人は同じ一族だ」と納得している。

 あと、いい加減俺の赤ちゃんの頃の話はやめません?言われても、記憶がないから曖昧な笑みを浮かべるしかないですよ?


 「そいでさー。アンタ、言葉遅くてさー。みんな超心配してたのに、三歳になって急にさあ、モウキが抱っこしたらさあ、『あ、いま、そういうのいいんで…』って、超はっきり喋ってさあ!」

 「あー…それはよく聞きます。両親にも兄貴にも、親戚のおっちゃんたちにも…」

 「あれさあ、すげー笑ったし!顔もさあ、超眉間に皺寄っててえ、めちゃイヤそうでさあ!」

 「あの…国母様。その、ここに俺が呼ばれたのって、なんか理由が?」


 これは早めに割って入らないと、半日は拘束される。

 時間が百年たたなくても、半日目覚めなかったら心配されるよな。兄貴はまあ、俺が昏睡しているだけで大騒ぎするから良いとして、クロムが自分が首を切るのが遅かったんじゃとかヤキモキしてしまう。


 斬ったのはたぶん同時だったよ。むしろ、技量の分クロムの方がスパッといったんじゃないかな。でも、クロムは俺に対して過保護なところあるし、そういう時は大抵自分を責めるから。

 お前は何も失敗していないぞって言ってやらないと。また、寝ずの警護とかされたら大変だ。


 「ありありだよ。何もねーのに、呼ばないって」

 「じゃあ、なんでしょう…?」


 正直、ご先祖様に呼び出される心当たりなんて何一つない。いや、どんな心当たりだよって話ではあるが。


 「アンタさあ」


 国母の片頬がなんか膨らんだ。

 ちょっと笑いをこらえているような顔。


 「ちょー、雑魚いじゃん?」

 「え、ええ。まあ」


 あ、在ったな。心当たり。


 別にアスラン王家に生まれたからと言って、武の道を極める必要はない。

 ないけれども、やっぱり戦に一度も出ないって事は許されないし、どうせなら強い方が良い。

 それに俺の場合は、右手に借り受けちゃったものもあるしなあ。


 一応、灯の刻印を授かった後、すこーし、自分をもっと強くしてみようと努力はしてみた。

 親父も兄貴も喜んで協力してくれたし、槍術、剣術、斧術と様々な師匠を揃えてくれて、俺に向いているのはどれか、からはじめて。


 それで出した結論が、どれも向いてない、だったんだよなあ。


 とにかく、俺は武器を持つと「こう動かす」って事を考えすぎてしまうらしい。

 例えば握り方に意識が向きすぎて目標を全然見れなかったり、払いはこう、突きはこうって形に捉われて、謎の踊りをしちゃったりと、動きが気持ち悪くなる。


 辛うじて、子供のころから…つまりは考えこむ前から身に着けている、弓と体術、それから手斧の扱いに関しては、まあどうにかはなる。なるけれど、世に名だたる使い手って域に達するには程遠く、つまりは才能がないって結論が出て…俺強化計画は頓挫した。


 その頃は兄貴の親友って立場で、体術を教えてくれていた現第五夫人カイゲンさんは、ある意味納得して頷く俺にこう言った。

 「生半可な強さを目指すより、生き抜くしぶとさを身に付けなさい」と。


 以来、俺も毎日何かしら鍛錬はしているけれど、それは自分を高めるためのものじゃなく、これ以上へなちょこにならない為のものだ。

 クロムやユーシンのように、身を、魂を削るほどの鍛錬を続ければ、或いはもう少しどうにかなったかもしれない。

 でも、俺はそこまで「強さ」を求める事ができなかった。いやいや、しぶしぶやって、凡人が天才の領域に辿り着けるはずがない。それよりも、今、辛うじて引けている手札を生かすことを考えるべきだ。


 それは単なる辛い鍛錬をサボるための言い訳でしかないことは、自分が一番よくわかっている。だから、こうして面と向かって言われると、罪悪感が沸いて出てくるし、背中も丸くなる。


 「あー、責めてるわけじゃねーから。アンタが雑魚いのはさあ。しょーがねーよ。カワイソだけどー、血反吐はきちらかして鍛えてもさー。雑魚いの変わんなかったし?」

 「あ、そうなんですか?」

 「うん。アンタさあ。才能ない」


 そっかあ。やっぱりないかあ。

 逆になんだが、ホッとする。国母から断言されるくらい才能がないなら、諦めたことは間違いじゃないって事にしとこう。


 「んでー、雑魚いのはいーんだけど。アンタが雑魚死したらさー。いろいろやべーワケ」

 「はあ…」

 「ちょっとー、やなもん見せっから。ゴメン」

 「え?」


 瞬きすると、光景が変わった。


 暖かな幕屋が消え失せ、瓦礫と…夥しい死体が、それもまともな形状を残していない死体が散乱する惨状。


 戦の後か。屠城…標的となった街の生き物は鼠一匹残さず殺し、家も何もかも破壊し、土には塩をまいて不毛の地にする、最も苛烈な仕置きの最中なのか。


 「…!!」


 どこが、そんな…と思って見渡して、見覚えのある建物を見つけた。

 あれは…半分以上崩れているけれど。

 それでも…見間違えるはずがない。


 紅鴉宮。


 立ち上がって駆け寄ろうとして、身体が動かないことに気付いた。

 動かせるのは視線だけ。声も、でない。


 無残な死体にそうであってほしくないという願望を込めつつ、視線を巡らせる。

 そうであって、ほしくはない。

 やめてくれ。間違いであってくれ。


 けれど。

 転がる死体が纏っているのは、黒に赤を差し込んだ色合いの…騎士服。

 

 嘘だと叫びたい衝動と、何故武装していないという疑問が、ぶつかり合ってぐちゃぐちゃに思考を揺らす。


 なんなんだ?何があった?どうしてこんな?


 そんな俺の激情に応えるように、世界そのものが死んだような光景の中、動いたものがあった。


 縋るような視線を向け、瞬きする事すら…止められる。


 全身を赤黒く染め、それでも穏やかに微笑んで立っているのは。

 どう見ても、俺だ。


 少し、いつも見る顔より年食っている。けれど、さすがに自分の顔を見間違えるはずがない。


 おそらく、少し前は正装だったんだろう。裾も袖も長く、様々な貴石で飾り立てられた服は、血と、肉と、内臓に塗れていた。

 左胸から脇腹にかけてが破れ、素肌を晒している。その隙間から。


 にごった、金の眼が。

 嗤っていた。


 ああ、つまり、この『俺』は。

 黄昏の君に、万魔の王に。


 負けたんだな。


 『俺』…いや、黄昏の君は、愉しそうにあたりを見回し、ある一点で視線を止めた。

 俺もそちらに視線を向ける。誰がいるにしても…逃げてくれ。世界が終わるまで、逃げ延びてくれ。


 けれど、きっと、その願いは叶わない。

 視線の先にいた誰かは…絶対に、逃げてくれない。


 左手で剣を構え、千切れた右腕から流れ出る血を気にも留めず、ただ、まっすぐに『俺』を見ている。


 クロム。


 逃げろと、「俺」が命じても、お前だけは…聞いてくれないよな。

 なんでだ。なんで、クロムなんだ。せめて世界が滅ぶなら、『俺』が滅ぼすなら、一番最初にクロムを。守れなかったと悔やむ前に。


 『俺』は楽しそうにクロムに近付いていく。

 クロムはもう、動く力もないんだろう。よく見れば、左脚は半分抉れ、身体を支える右足も、震える事すらできない。生きているのが不思議なくらいだ。


 そんなクロムを、『俺』は微笑んで見ていて…手をかざす。

 その影がさしたクロムの脚が…凍っていく。いや、氷じゃない。水晶?とにかく、何か透明な鉱石に包まれていく。


 クロムの顔が歪み、それから、ふっと、力が抜けた。


 心から、安堵した。そんな顔。

 その表情に『俺』の方が不快そうに眉を寄せ…そして、大きく身を震わせる。


 憤怒…って言うのは、こういう顔なんだろうと思うような表情で睨みつけるのは、クロムじゃなく…自分の脇腹。

 そこから覗いていた眼を抉るように突き刺さる、自分の左手。


 『俺』の顏から、表情が抜け…ただ、双眸だけが。

 満月の色をした双眸だけが、クロムを見ていた。


 そして、次の瞬間。


 かざされていた右手が、クロムの首に伸び。

 聞こえないはずの悍ましい音がして。


 世界が、赤く、染まった。


***


 「がっ…は…ッ!!」


 身体を折り曲げ、こみ上げてきたものを吐き出し…たつもりで、何も出てこなかった。

 それでも激しく何度も嘔吐く。胃が痙攣する感覚はあるのに、胃液はおろか唾液すら口から出てこない。

 魂に胃液や唾液はないのか。まあ、消化とか必要ないもんな…と、ぼんやりと思い浮かべていると、視界が急にふさがれた。


 「だいじょーぶ。あれはさ。来なくなった明日だから」


 ぎゅ、と俺の頭を胸に抱え込みながら、国母はあやすように、歌うように、呟く。

 

 「来なくなった明日でもね。アンタらはちょーがんばって、勝ったんだ」

 「…勝った?」


 勝った、のか?あれは。

 俺は魔に成り果て、クロムを殺して…勝った?


 「そ。あの一瞬。アンタは万魔の王から自分を取り戻した。取り戻せたのは、ほんのちょっぴりの時間しかないって、やらなきゃいけないことをやり遂げた」

 「…やらなきゃ…いけないこと?」

 「アンタもアンタの守護者(ナランハル・スレン)もね、やり遂げたんだよ。主が守護者を殺せば、主の心臓も止まる。それを利用して、万魔の王を殺してのけた」


 あ、守護者の儀の…制約!

 あれって、万魔の王にすら通用するほど、強いものなのか!


 「あの儀式はねー。お互いの血を触媒にしてっからさ。特に主が強ければ強いほど、制約も強くなるってワケ。

 例えその身が魔に成り果てようと、魂が神に昇華しようとね」

 

 だから、万魔の王はクロムを何かに閉じ込めようとしていたのか。

 殺すんじゃなくて、封印する…そんな感じで。

 氷漬けでも水晶漬けでも、呼吸ができなきゃどのみち死ぬと思うけれど、なんか死なないで保存する…そういう魔導?なんだろう。


 確かに、守護者ひとりの命で魔王を討ち取れるなら、十分すぎる戦果だ。

 その一人の命を惜しんで、世界が滅びるくらいなら。


 でも。


 「…でも、俺はそれを、勝利と呼びたくないです」

 「ならば、つよくあれ。雑魚め」

 

 いきなり降りかかってきた別の声に、俺は弾かれるように国母から離れた。

 うん、まあ、女性の胸に抱かれてあやされている姿なんて、見て欲しいもんじゃないし。


 国母の腕が外れた視界に移る光景は、最初に見た幕屋の中。

 唯一つ違うのは、戸口の前に腕組をした男が一人、立っているっていう事。


 年齢は、俺より少し上に見える。

 けど、ここが神世である限り、享年と同等ではないだろう。


 着古した胡服は袖や裾がほつれていて、褪せた灰色がもともと何色だったかもわからない。髪と共に編みこまれた飾り紐も変色し、ぼさぼさと毛羽立っている。

 だが、そんな出で立ちでも、彼を侮るものはいない。そう断言できる。


 俺でさえ、冷や汗と共に姿勢を正した。膝をつき、左胸に拳を当てる。

 名乗られなくてもわかる。国母と同じく、正しい絵姿が伝わっていなくても。

 圧倒的な存在感と、俺の中に流れる血が、正解を指し示す。


 「開祖クロウハ・カガン。万歳申し上げます」

 「ふん」


 鼻を鳴らして俺を一瞥した後、ずかずかと奥へと進み、さっきまで国母が座っていた座布団の隣に寝転んだ。

 飾り紐は編みこまれているけれど、結われてもいない朝日の色の髪が絨毯に広がる。


 「まあ、眼は潰れてない。それは褒めてやる」

 「こーら、アー坊!!挨拶もしねーで、ちっさい子いぢめるとか、マジ悪じゃん!」

 「声はかけたぞ、母上。母上が聞いてなかっただけで」

 「どーせまた『…っス』くらいしか言ってなかったしょ!ごめん、アー坊、イキり陰の者だからさー」

 「…はあ」


 こういう時、どんな顏してなんて言うのが正解なのだろうか。

 わからないから、とりあえず曖昧に笑っておこう。


 「ホントこの子さあ、超人見知りだしー。知らないひとにはとりあえずイキるし。ファンのこと、アー坊もよく知ってるっしょー?」

 「べ、別にコイツにいまさら人見知りしない!!あと、俺は偉そうではなく偉いのだ!!」

 「ほーんと、ごめんなー!あとでコイツ、ダァと説教しとくっからさー」

 「ち、父上を巻き込むのは反則だ!あ、いやしかし、父上が俺を見つめて俺の為だけにお言葉を…それは…あり、だな」

 「…マジさあ、きも…」


 兄貴、間違いなくこの人の子孫だわ。

 よく、開祖の再来って褒められるけど、こんなところが本当に再来してたとは…。

 うーん。遺伝って怖いね!

 

 「んでアー坊、イキリに来たん?」

 「違う。最善の手段を示しに来たのだ」


 開祖は寝転がったまま、猛禽のような眼で俺を見据えた。

 …この人が、寝っ転がっていてくれてよかった。

 上から見下ろされていたら、跪礼から伏礼に移行していたかも知れない。


 「先ほどの光景は、実際に一度、起こったことだ」

 「実際に…?」


 どういう事だ?そう言えば、国母も「来なくなった明日」と言っていた。

 つまりは、本来なら「来るはずだった未来」だと…いう事?


 「そうだ。事の起こりは南フェリニスでの慰安で、お前が雑魚らしく死に掛けた時の事よ。その後、当然ながら下手人の引き渡しが要求された。本来なら、そうなっていた」


 下手人の引き渡し。

 それは確かに、当然だ。騙し討ちで二太子を殺しかけ、親衛隊騎士を殺害したって罪を、俺個人が引き留めたとは言え、通常は「なかった事」にはしない。


 「しかし、下手人はそれを見越して逃げた。そして北フェリニスと組んで、反乱を起こした。ま、ほんの一月で鎮圧されたがな。集まったのもせいぜい千。一戦して蹴散らされ、あとは蚤を潰すように探し出され、引き摺りだされ、処された」


 本人が思ったより人望がなかった…のではなく、南フェリニスの人々は「アスランからの独立」よりも「安定した服従」を選んだんだろう。

 まあ、それを覆すほどの人望がなかった、とも言えるんだけれど。

 

 「しかし、その千人分の命と怨嗟を使って、奴は万魔の王を降ろす儀式を完成させたのだ。その後、万魔の王となったお前を討てば、馬鹿な反逆者から世界を救った英雄へと上り詰められるからな」

 「え…」

 「当然、返り討ちにあって肉塊になりはてたのだがな。愚か者に相応しい最期だが、忌々しい事に父上が築き上げたこのアスラン王国を道連れにしよった」

 「ダァはそこまでしてねーけど」

 「俺がこの世に誕生したのは、全て素晴らしき我が父上の存在あってこそ!!つまり!万物は父上が築き上げたと言っても過言ではない!!」

 「過言にすぎるわ。ダァが聞いたら泣くよ。息子がキモいわ馬鹿だわで」

 

 開祖は父、クロウハ・カガンの事を大変に尊敬していた。

 その非業の死をきっかけに温厚だった性格は急変し、「敵」に対する残虐すぎる処罰を嬉々として行うようになったと史書は綴っている。

 それはまあ、真実の一端ではあるんだろうけど…もしかして、そこまで急変してなかったりする?国母のこの、慣れた感じは。


 「ともかく!俺はそのことで、猛烈にマース神へ抗議した」

 「え…でも、抗議したって、それは俺が間抜けだったから起っちゃったことで、さすがにとばっちりじゃ…」

 「違う!マース神が見過ごした種がなければ、いくら雑魚のお前でも、魔の依り代などに成り果てることはなかったのだ!つまり!マース神の過ちよ!」


 ものすごい屁理屈な気もする。

 気もするけれど、見過ごした種?


 「まーさー。雷帝サマもさー。大都がぼかーんしちゃったのは困っちったみたいでねー。神殿も信者もいーっぱいいたからさ。で、妹神様と炎公様に声かけてえ、アー坊の味方してくれたん」

 「あの、種って…」

 「お前、魔王の御業を受けたであろう」


 魔王の御業…?

 言われて、脳がすごい勢いで記憶の頁を繰る。そこで開かれたのは、灯の刻印を授かった時。

 あの時、脇腹を抉られて…あの神官に、確かに御業を使われた!


 彼女は、自分を魔王の神官だなんて思っていなかった。春の女神ハーシアの声を聴き、そのお告げの通りに「魔王の器」を「浄化」して回っているのだと、信じていた。

 けれど、彼女に声を与えていたのは、春の女神じゃなく、黄昏の君。万魔の王。

 

 「そうだ。それでお前に、魔の種が仕込まれた。むろん、本来なら問題にもならん。だが、お前は灯を授かった」

 「それにねー。アンタ自身の魔力もあってさー」

 「俺の?魔力が少なすぎて、抵抗できなかったとか?」

 「ちげーよ。逆」


 逆?

 確かに、俺の魔力は魔導師とはとても呼べない程度だけれど、すこーし陣も使えるし、まったくないわけじゃない。

 でも、多すぎって事はないと思うんだけれど。


 「あのねー。魔力は血に宿るっしょ?両親同じの兄だけがめっちゃ魔力あって、弟がカスってのはねー。ありえねーから」

 「あ、それは兄貴にも言われました」


 でも、兄貴は俺の事を十割肯定する人だからね。兄馬鹿の目には百割増しに見えているんだと思ってた。


 「でしょー?たださー。アンタはそれを外に出す回路が細いの。トールもアンタも、魔力自体は尽きぬ山(ヘルムジ)の地下水みてーにあるわけよ」

 「偉大なる父上の血を引くことに感謝し、誇りに思え!」

 「だから、ダァじゃねーって。魔力はあーしだし。とにかくさー。トールはそれを、雨雲みてーに引っ張り出して、どーんと使えるってワケ。けど、アンタは燕が咥える程度にしか、出せないの」

 「えー…」


 間抜けな声が出たけれど、心当たりはある。

 普通、魔導と言うのは使うと疲れるもので、魔力を使い果たせば昏倒したりもする。最も近しい魔導士が兄貴なもので、知識として知ってはいたけれど、実感はなかった。

 冒険者になって、仲良くなった魔導師たちが「配分間違えてぶっ倒れたー」とか「やべー…腰に来た…」とか言っているのを見て、ちゃんとした術式を使うと疲れるんだなあなんて思っていたが。

 

 実は俺の使う水の召喚程度でも、魔力消費は半端ないらしい。

 それが分かったのは、他のパーティと共同で依頼をこなしていた時、何気なくいつもの通り使ったら、すんごく驚かれたからだ。

 

 何せ使っても水が吹きあがるとかそういう事もなく、じおじおと地味に滲み出るだけなんで、すごい事をしている認識は全くなかった。

 兄貴でなくても親父だって、一瞬で鍋くらい満タンにできるしね。


 けれど、その陣を維持発動させたまま俺は他の事もできるし、それで疲れたこともない。

 それは、普通に考えてありえない!そうで。


 その時は、触媒に使った水が実はすごいんだって事にしちゃったけどさ。

 実際、兄貴が触媒を入れている瓶に何か仕込んだなって思ったし。


 「アンタはねー。ほーんと、先祖返りってーか、あーしに似てンだよねー。ソウたんの血が良かったのかも。あのこもさ、そっち方面の魔力持ちだし」

 「ソウたんって…母さんですか?」

 「ったりめーじゃん?」

 「母さん方の祖母ちゃんの一族は、元を辿ればヒタカミの神職だそうですけど…」


 元は海と山の神様を祀る一族で、そっから何故か傭兵業に精を出し、祖母ちゃんはヒタカミでも名の知れた傭兵だったらしい。

 祖母ちゃん曰く、「ヒタカミの神職は基本戦闘力高いし、自軍を持っているのが普通」だそうだけれど。やっぱり、ヒタカミに対する興味は尽きない。是非、何故そうなったのを文化風習ともども調査に行きたい。


 「あー、やっぱねー!そーだと思ったわ」

 「で、その、先祖返りって言うのは…」

 「あーしがさ、元々ヤルクトの族長だったのは知ってンよね?」

 「ええ、もちろん」

 「ヤルクトの族長はさー。巫師を兼ねるってのは?」

 「はい、当然…え?」


 国母ライマラルは、ヤルクトの最後の族長であり、巫師だった。

 だからこそ雷帝に祈りを捧げ、雷帝の刻印を授かったわけで。


 「俺が…巫師、ですか?」

 「そ。あーしらヤルクトの族長家はさあ。神降ろしができる巫師なワケ」

 「神降ろし…!?」

 「まー神様ならなんでも降ろせるってワケじゃねーし、アンタにはあーしみたいに雷帝様を降ろすよーな力はねーけど。あーしはね、雷帝様と眷属神を降ろせたんよ」


 それって、素直にすごい。

 だって、アスター大神殿のバレルノ大司祭だって、女神アスターの声を聴いただけで昏倒したって言ってた。歴史上、何人か神を我が身に降ろした聖者はいるけれど、悉くそれが原因で亡くなっている。

 ある聖女は、神降ろしを行ったのち…残っていたのは石畳に焼き付いた影だけだったそうだ。骨の欠片ひとつも残らず、彼女を祀る聖墓には、その石畳が収められているらしい。


 けれど、国母の口ぶりからすると、彼女は何度か神降ろしを行い、生き延びた。

 

 「だからって、なんでもできるワケじゃねーけどね。おとんもおかんも、おねえも、誰も助けらんなかったし。ダァもさ。敵をドーンってやってくれたりはしねーの。それやっちゃあ、やりたいほーだいだしね」


 神々は、人の戦いに直接干渉しない。

 その決まりを破って、キサヤ神は封じられたのだし、神降ろしをしたとしても、同じことなんだろう。


 「とにかくさー。アンタもそっちなの。もとからさー。神の依り代になれる素質があるんよ。なんでね、魔王の種を埋め込まれても、死ななかったってワケ」

 「えーと、さっき開祖が問題にならんって言ってたのって…」

 「ふつーはさー、死ぬよね。死ななくても、なんかぐっちょいカンジになって、気付かれるっしょ」

 「え、でも、ドノヴァン大司祭も眼がくっついてましたけど、死んでなかったですよ!?」

 「死んでるよー。眼が入り込んだ時点でね、人としては死んでるの。生きているように見えっけどさ。人のマネしてるなにかなんよ。万魔の王はそーゆーの造るの、ちょー得意だかんね。それこそ、天神くれーじゃねーと、見分けつかねーの」 

 「だが、お前は依り代であるが為、埋め込まれてもなんの変化もなかった。そのうえで、万魔の王の器となる条件まで備わった」


 ま、マース神…そんな事、全然言ってなかったよ?

 気付かないとか、あるの!?


 「なんかねー。アンタ死ななかったじゃん?それに傷もほとんど治らなかったから、そこまでされてるとか思わなかったんだってよ」

 「お前でなければ、そこで傷口が腐って解けるなりしたであろうからな。しかし、見落としは見落とし。だから俺は、その一点に責めいったのだ」

 

 ニヤリと開祖は口の端を歪めた。有難い事だけれど、マース神。ご先祖様がごめんなさい…。


 「さらに天神三柱の賛同も得て、俺はマース神の御業を使用する許可を得た」

 「許可を得る…?誰に?」

 「天神らだ。マース神の御業は、本来使ってはならぬものだからな」


 灯の刻印は、神々から人へと延びる加護を…その神々の先に在る、原始の創造神への繋がりを、刻印保持者への繋がりに書き換える。いわば、神々から力の源でもある人々の信心を取り上げるようなものだ。

 そりゃあ、良い顔をされないだろうけど…でも、それなら、俺が灯の刻印を使うとき、なんか警告とかあってもよさそうだけれど。

 借り受けた俺が使うのと、本家本元のマース神が使うのとじゃ、なんか違うのかな?


 「ふん。マース神の御業は、そんなものではない。そも、マース神とは何を司る神であるか、考えたことはあるか?」

 「それは…」


 確かに、疑問はあるんだ。

 マース神は、英雄の守護神とされる。クロムに加護を授けた、騎士神リークスと共に、魔族と戦うものに力を与えてきた。


 でもさ。魔族ってのはもともとは原始の創造神に従い、世界を壊そうとした神々なわけで、マース神はその創造神たちを封じた「最初の英雄」なわけだ。

 自分で自分を守るって、おかしいだろ?


 マース神は自分を生み出し、灯を与えたのは、創造神と黄昏の君と共に生まれた妹神だって言っていた。

 だから、マース神は原始の創造神が生み出した神ではない。

 なので、原始の創造神に縛られることなく戦う事ができる。


 最初から「英雄」として生み出された神ってことかなあと思っていたけれど。

 開祖の微妙にドヤった顔を見る限り、違うようだ。


 「マース神の、いや、その母となった女神の司るものは、万人が知るも誰一人視る事も触ることも、むろん、捕らえる事も出来ぬもの」

 「あ…」


 あの時。

 マース神と俺たちが出会ったのは。


 時の狭間。

 そこでだけ流れる時がある、マース神の神殿。


 「ようやく思い至ったか。その通り。時の女神こそ、マース神を生み出せし母神よ」

 「ちょードヤってっけどさー。どうにかなんないって雷帝サマに泣きついたときに、教えてもらったことだかんね」

 「母上ッ!!!」

 「ほんとーのことじゃん。だっせ。ドヤだっせ。でもさー。時を遡るのって、ほんっとーに反則っしょ。だって、失敗したこととか何でもかんでも、なかった事にできちゃうわけだし?」


 時を、遡る。

 それは…確かにどう考えても反則だ。

 けど、戻ったところで同じ出来事が起きれば、同じ結果にしかならないんじゃないだろうか。


 あ、でも、そうか。


 南フェリニスへ討伐軍は出なかった。本来なら、あるはずのない事態。

 それは、時を遡って、誰かに警告が届いたからなのか!


 「うん。マース神の御業でね。紅鴉ナランハルが過去に飛んでくれたんだよ」

 「紅鴉が…!?」

 「何を驚いている。時を遡るなどという大事、相応の力を持つ存在でなければ耐えられるはずがなかろう」

 「それともうひとりね。紅鴉だけだと説明できるほど長い時間、人の前に顕現し続けらんねーからさー」

 

 つまり、そのもう一人っていうのは、人なのか。

 でも、神じゃなきゃ耐えられないって…言ってたよな?


 「その子は役目をはたして、消えちゃった。だからさー。アンタはその子の為にも、魔王なんかに負けたら許さねーよ」

 「その子って言うのは…」

 「そのうち、トールの口から聞かされるであろう。何せ、時を遡った報せを受け取ったのはあやつだからな」


 大巫師とかじゃなく、兄貴なのか。

 まあ、常に魔力障壁を無意識に張っているような人だ。急に紅鴉が顕現しても耐えられそうだもんな。時を遡りながら「今から行くよー」なんて悠長にお告げできないよなあ。


 「遡ったのはお前が種を植え付けられたのち。愚者共を退けた直後だ」

 「…あの、質問よろしいですか?」

 「何故、『事が起こる前』まで遡らなかったか。と聞きたいか?」

 「…はい」


 頷いたけれど、なんとなく、開祖の顔を見ていたら理解してしまった。

 

 すでに、黄昏の君の眼は撒かれている。いつかどこかで、その眼は犠牲者を取り込み、魔へと変貌させる。

 例えば、ドノヴァン大司祭。

 もし、マルダレス山で、俺がいなかったら。


 ああなった大司祭を斃せた可能性は低い。

 灯の刻印なしで魔の眷属に立ち向かえば、神々の加護に繋がる創造神の鎖が締まる。そうなれば、バルト陛下でも本来の強さを発揮できない。


 灯の刻印は魔の眷属と戦うために必要不可欠なもの。

 俺がダメなら、マース神は世界を守るため、他の誰かに渡していただろう。


 その誰かが、アスランに都合のいい人物とは限らない。

 魔を退けるほど強く、世界中の誰もが讃える功績を挙げたその誰かが、アスラン以外の国に現れたら。


 歴代の灯の英雄たちも、晩年までわかっている人は一人しかいない。

 その人は滅ぼされた小国の王族で、国の再興に一生を費やした。けれど、他の四人については、姿を消したとか伝記自体が魔族を斃すところまでで終わっていたりとかで、詳細不明だ。


 何故そうなったか…それは、たぶん、魔族よりも性質の悪い、「人間の権力欲」ってやつに巻き込まれたからだろう。


 その点、俺ならアスランに対して敵対することもなければ、不安定要素になることもない。

 いざとなれば、本人は嫌がるだろうけれど、魔を斃したのは兄貴だってことにだってできる。

 何せ「アスランの雷神」だ。なんかよくわかんない存在の二太子がやりましたっていうより、よっぽど説得力があるしな。


 「そうだ。お前が灯を授かったことは、我が国に取って実に喜ばしい。最悪の場合、万魔の王の顕現だけは我が国の意志で阻める。お前がまたへまをしなければよいだけだからな」

 「ごめんねえ。アー坊がさ、そこは絶対譲れない!ってワガママぬかしてさあ」

 「いえ。俺も自分の決心とかそういうのが『なかった事』になるのは嫌です。そんな生半可な気持ちで、灯を授かったわけじゃない」

 

 それに、俺じゃなかったら。

 あのマルダレス山での一件で、助けられなかった人もいた。それは希望的観測なんかじゃなく、そうだったと断言できる。


 俺がいないってことは、クロムもユーシンもヤクモもあの場にいなくて。

 俺がいなければ、兄貴もクトラ傭兵団を雇用して送り込んだり、竜騎士隊を飛ばしたりはしなかっただろう。

 どこまで兄貴が掴んでいたかはわからないけれど、麻薬をサライに流した程度で送るには、はっきりと過剰戦力だったと言える。

 ウー老師たちまで送り込んでたからな。身内贔屓で申し訳ない気もするけれど、あれは兄貴の過保護の結果だ。


 けれど、その過保護で助かったのも事実。

 俺たちだけだったら、あの麓の村までは守れなかった。それに、エルディーンさんたちがどうなっていたか…考えたくもない。

 

 そう言うのもひっくるめて、俺が大変な程度なら、やっぱり俺で良かったって思える。

 それになにより、やっぱり俺にも意地とかそういう感情もあるからね。

 お前じゃやっぱりダメだったって言われて、そうか~で手放すことはできない。

 神様にお墨付きをもらったほどの、強欲で傲慢な男だからな。俺は。


 「ふん。吠えよる。まあ、よい。運命に怯えて尾を巻いて縮こまるような弱者が、偉大な父上の血を引いていて良いはずがない」

 「またドヤってるー。ちょーうぜー。ごめんねー。マジ、こんな先祖でさあ。あ、ダァはちゃんとした人だかんね。これが気持ち悪いだけで」

 「問題ありません。慣れています」

 「そっかー。まあ、それでね。時間を遡るっつー、超御業つかっちったからさー。マース神はしばらく眠っちゃってるんだよねえ。人世の時間で、あと十年くらいは目覚めない。だからさー。アンタが雑魚死しちゃうと、次の灯の担い手も十年くれーいなくなるってワケ」


 ちょっと待って。

 それ、すっごく大事な情報じゃないですか!?十年あったら、顕現した魔族が近隣の国を滅ぼし尽くしちゃいますよ!?


 「だから俺は、最善の手を告げにきてやったのだ!感謝しろ!父上を拝め!」

 「最善の手…」

 「ようは、お前が雑魚なのが悪い。よって、その身体、俺に明け渡せ」

 「は…?」


 身体を、明け渡す?

 何を言ってるんだ?このご先祖様は?


 「あのねー。アンタが巫師の才能があるのは生まれつきだからさー。んで、加護、ないじゃん?」

 「…そうらしい、ですね」

 「だからさー。後付けで、あーしらの加護を願われて、つけたワケ。んで、アンタとコイツにえにしが爆誕しちまったんよ」

 「お前を何度も救ってやっているのだ。額を地にこすりつけて感謝せよ。そして父上を讃えよ」

 「その縁をいーことにさー。コイツ、何度かアンタの身体にはいってんの。つまりー、願ってない神降ろししちゃってんの」

 「ええー!!」


 それはかなり、問題では!?

 俺の意志がなくても、儀式とかなくても、勝手に降りてこられちゃうってのは困る!絶対に困る!止めて欲しい!!


 「安心しなー。アンタもおっきくなったし、刻印授かったかんね。今じゃ勝手に入れねーから。それに、入ってたの、アンタが死に掛けた時だけだかんね」

 「死に掛けた時…?」

 「そ。アンタが気付かないうちに悪いやつに斬られたとかー、そーゆー時。アー坊が宿ってそいつぶちのめして、身体を修復してんの」

 「そ、それって、両親や兄貴は気付いて…」

 「何があったかがっつりはわかんねーよ。ふつーに加護のおかげって時もあったしさ。ただね。アンタの身体は神降ろしに堪えられっけど、魂が耐えられないのよ」


 そりゃそうだろう。神降ろしをして無傷で済むわけがない。

 あらためて、雷帝を降ろして寿命を全うした国母は、本当にすごい巫師だったんだと実感する。


 「十数える間に、だいたい一日。それが、アンタの払う代償」

 「一日…?」

 「そ。アンタがアンタとして生きた一日が、消える。その間の事は思いだす事もできねーの。思い出すっつーのも変だね。無くなっちゃってるんだから」


 遊技場に連れて行ってくれたのに、十日後、待たせたなと言いながら、また連れて行ってくれた。


 ユーシンの語った、俺の知らない、記憶の中にない思い出。

 大都にきてからたまにあった、思っていたより先に進んでいる日付。


 もしかして、あれは…。


 「そうだ。お前を俺が救ってやったっという事だ。わかったら…」

 「ファンの、大事な一日も消えちゃってるかもしれない。でもさ。これも、アンタのこと助けたくてやったことだから。許してあげてくれっと、超嬉しい」


 十数える間に、一日。

 でも、開祖がそれでも降りたって事は、その十数える間がなければ、俺は死んでいたって事だよな。


 「…俺には、責める権利はありません。確かに、俺が弱かったのが悪い」


 親父の弟妹達は、後宮と言うアスランで最も厳重に警護された場所で殺された。

 宮の火災ではあるけれど、その火を放ち、逃げようとする足を止めたのは、人だ。


 俺にどれだけ護衛をつけたって、隙間はある。その隙間をこじ開けるのが、暗殺者だ。

 思い返せば、急にいなくなった警護の勇士や、侍従官は何人かいた。その人たち全員がそうとは限らないけれど、暗殺者だったのかもしれない。

 

 「でも、身体を明け渡すことはできません」


 弱いのが悪い。それは、そうだ。

 でも、だからって。


 「俺の守護者は、俺だから守護者になると言ってくれた。俺は、その覚悟に報いる主になると誓った。やすやすと、自分をなかった事にはできない」

 「ほう…俺に逆らうか?」

 「それに、ガラテアさん…妻にも誓ったので。どれだけ苦しい道であっても、俺も生き残る。絶対に死なない、と」


 ゆっくりと、開祖が身を起こす。

 それは、肉食獣が捕食動作に移る時によく似ていた。いや、そのものだ。

 

 けど。

 俺だって、消え去るわけにはいかない!

 ちっぽけでも鈍くても、ありったけ牙を見せて唸り返してやる!


 「俺は魔王にだって負けない男なんで!開祖様にだって逆らってみせます!」

 「…」


 無言で開祖は俺を見据える。その圧に心臓がいたくなる。

 身体がなくても痛いもんなんだなと、余計な再現力にイラっとしつつも、絶対に、意地でも視線はそらさない。


 負けないよ。俺は。

 俺を、俺を造って来てくれた人たちの記憶を、想いを、渡したりはしない!


 「ふん。仕方がない。合格だ」

 「…は?」

 「それでやすやすと俺の命令に従うようなら、本気で乗っ取ろうと思ったがな」


 唇の両端を持ち上げ、開祖はそれはもう、いやーな感じの笑みを造った。


 「ごめんねー。イキり小僧がさー。俺が再臨した方が良いって聞かねーからさー。ファンが良いよって言ったらねって約束したんだ。だからえらそーに合格とか言ってるけど、別にコイツが試したわけじゃねーから」

 「母上!!」


 つまり、開祖は本気で俺の身体で再臨するつもりだったのか…。

 そこまでアスランを護ろうとしてくれているのは、ありがたいことだけれど。

 不肖の子孫としては、お気持ちだけ受け取っておきたい。


 「再び人世に降り立ち、今度こそ…天尽き地果てるまで征服し尽くし、正しき姿へと導きたかったが。残念だ」

 「え、神様って、神降ろししても人の世の戦いとかに直接関わっちゃいけないんじゃ…」

 「あーしらはさ、元々人だかんね。天神みてーな国ごとひっくり返すような御業つかえるわけじゃねーし。アー坊も、ファンの身体乗っ取っても、ただつえーだけだよ?」

 「身体の修復してとか、言ってましたよね?あれ、御業じゃ…」

 「ちげーよ?あれはもともとアンタの能力。ファンはさー、御業効きにくいけど、治りは早いっしょ?」


 まあ、確かに。丈夫な方ではある。

 普通死んでるって言われるような怪我しても生きてたし。


 「神の力に身体が耐えてるっつーか、ありあまる魔力で壊れたトコを治しちゃうんだよね。がんばりゃ、自分の意志でできるよーになるよ」


 自己修復かあ…。そういう魔力の発動があるって言うのは知っているし、リンドウ大叔母さんがそうだってのをちょっと聞いたこともある。

 

 …即座に傷を治せる開祖って、絶対世に放ったらいけない気がする。

 開祖の生きていたころと違って、アスランは既に強国で大国だ。本気で世界征服しかねない。討ち果たそうにも自己修復してくるのって、酷くない?


 「あの、アスランは今の版図でもかなり手一杯なので、世界中とか…」

 「何を言うか!人世に生きる全ての者が、朝に夕に父上を崇拝し!その功績をたたえ!ありとあらゆる場所に父上を祀る神殿が在る!これこそ、正しき姿!!」

 

 あ、絶対だめだ。この人解き放っちゃ。

 下手したら、万魔の王よりも被害甚大じゃないか!!


 「ごめんねー。ほんっと馬鹿でキモくて。でもさ、あーしはファンならヤダって言うって、わかってたからさ」

 「国母様…」

 「ファンもさ、あーしの自慢で可愛い超孫だかんね!」


 頭を撫でてくれる手を、素直に受け止めた。

 その後ろで開祖がなんか妄想を繰り広げているけれど、見ないし聞かないようにしよう。


 「あのね。ファン。これでさ、アンタは自分が何なのか、ちょこっと知った」

 「はい」

 「知ったってことはさー。わかるってこったから。アンタはもう、巫師としてあーしらの力を使う事もできるんよ」

 「え、でも、降ろしたら一日消費ですよね?」

 「それは、アー坊を全開で降ろした場合ね。これを、ファンにあげる」


 頭を撫でていた手が離れ、国母はその手を俺に差し出した。

 そこには、鈍く光る銀色の環。

 王家の紋であるサリンド紋が刻まれたそれは、弓の握り…弓束に嵌める環だ。たぶん。


 「これは人世に持ってけっから。ぎゅーっと握っておきな」

 「そしてお前の弓に嵌めろ。矢を番えずに弦を弾くとき、我らの中で最も暇なものが、手を貸してやる」

 「けっこうです」

 「瞬時に断るな!!完全に降りたりはせん!」

 「あーしらも、いちおー神様だからさ。周りを清めたりとか、焦土にしたりとかできんよ。でも、魔の眷属以外にぶっ放すと怒られちゃうかもだから、使う時は気ィつけて」


 待って。清めるのと焦土にするんじゃまったく効果が違うし、清めたいところを焦土にされたら困るんですけど!!


 「なにしてーか、弦を引きながらよーく祈ってね。あやふやなままだと、めっちゃアー坊出てくんよ。で、ダァの素晴らしさを語って帰ってくよ。周囲をドン引きさせる効果的な?」

 「なるべく使わないようにします」

 「馬鹿者!!使うべき時は迷うな!惜しまず使え!!手を惜しんで敗北を招くは、救いようのない愚か者だ!!」

 「でも、周囲ドン引きと俺の一日はちょっと…」

 「だいじょーぶ。この環が、アンタの魂を守ってくれっから。かわりに有り余って使い道のねー魔力を削るからさー。めっちゃ疲れるくれーよ」


 それなら…まあ。

 けど、これ以上「アスラン王家ってさあ…」って顔、ヤクモあたりにされたくないしな。

 曖昧に適当に使ってみることは、絶対にやめておこう。大祖と、二代以降のご先祖様の為にも。


 「アンタの力になりてー子は、いーっぱいいるかんね!頑張って!」

 「ありがとうございます。国母様…」

 「さっきから思ってたんだけどさー。かたっ苦しくね?」

 「え、えっと…それじゃあ…」


 改めて、きちんと座って。

 左胸に拳を当てて、その拳の中に、銀の環を握って。


 「ありがとう!ばあちゃん!俺、絶対に負けないよ!」

 「おっしゃ!」


 にまっと笑う国母の姿がぼやけていく。

 どうやら、そろそろ俺は目覚める時間らしい。


 「いいか?お前が無様を晒せば、俺はお前の身体を乗っ取る!ゆえに、あの未来だけはもう絶対に来ない!しかと心得よ!」

 「ツンデレかよー」


 国母の茶化しにちょっと脇腹が震えたけれど、何とか耐えた。

 拳を当てたまま、深く叩頭する。まあ、ちょっと、歪んだ口許も隠れるし。


 「はい!ありがとうございます!偉大なる開祖クロウハ・カガン!」


 それを最後まで言えたかは、わからない。

 わからないけれど、まあ。


 届いただろう。なんたって、神様なんだから。


***


 「お、弟…?」

 「ん…あに、き?」


 目を開けると、白い天井が見えた。

 たぶん、最初の通された控えの間だ。起き上がってみても、特に眩暈とか怠さはない。気持ち悪くもないし、頭もすっきりしている。よく寝て起きたあとって感じだ。


 「よ、よかった…中々目覚めないから、どうしたことかとおおお…!!」


 うぇうぇと泣いている兄貴をまだマシだなあと眺めつつ、握ったままだった拳を開く。

 そこにころりとあるのは、魔導燈の光を浴びて鈍く輝く銀の環。

 つまりあれは、俺の夢じゃない。


 「弟よ、それは…」

 「あ、うん。兄貴には話したいことも聞きたいこともあるんだ」

 「うへへ…」

 

 うへへ?

 え、今、誰の声だこれ?


 顔を向けてみると、俺の隣にもう一式布団が敷いてあって、そこに転がって天井を見ながら虚ろな目で笑っている…クロム。


 「え、クロム!?」

 「クロム君ねーえ。ちょっと前に目が覚めたんだけど、ずっとこんな感じなのー」


 あ、マルトさん。

 困ったような声で、全然いつもの顔でクロムを見ている…と言うか、監視しているのかも。

 布団に転がるクロムは、マルトさんの手指から繋がる糸で、雁字搦めになっていた。この糸、魔力を流して硬度をあげて人体切断したり、ぶん回したりできる。

 巻き付いてはいるけれどクロムの輪切りになっていないので、拘束しているだけらしい。


 「あのー、なんでこんなことに?」

 「ただの魔力酔いだ。弟よ」

 「魔力酔い?」


 転移陣を通った後、吐いたり眩暈を起こして倒れたりする、あれ?


 「俺も経験者だからわかるんだけどさーあ。今、クロム君、すっごいシアワセ気分夢気分だからー」

 「え、えと、そうなの?おい、クロム、大丈夫か?」


 ぎょろりと虚ろな目が動き、思わず「ひ」という声が出た。


 「ファン…!!おい、龍ぶっ殺しに行こうぜ龍!!今の俺ならできる!!一太刀でぶっ殺すから、行こうぜ!!」

 「…どうしちゃったの?」

 「だから魔力酔いだ、弟よ」

 「おいトール!!剣構えろ!やろうぜ!!今度こそ俺が勝つ!!」

 「こんな元気のいい魔力酔い、初めて見た…」


 兄貴相手にイキリ散らしたかと思うと、再び双眸は焦点を喪い、「うひひ」とか「ふ、あははは!」とかなんかヤバい笑い声をあげる。

 …魔力がつかない、ただの酔っぱらいっていう方がしっくりくるんだけど。


 「クロムはほとんど魔力がない。人並にはあるが、その程度だ」

 「うん。知っている」

 「守護者の儀を経るとな。主の魔力やその特性が、守護者にも宿るのだ。血を介して契約を結ぶゆえに、血に宿る魔力も媒介されるのであろうな」

 「へええ…」


 それなら、クロムも自己修復とかできるようになるんだろうか。そうなったら、ユーシンが騒ぎそうだなあ。守護者に俺もなる!とか言い出したら、どうしよう。


 「主と守護者の魔力差があまりなければ、大したことはない。だが、弟の魔力をほとんど魔力がないクロムに流れ込んだ状態ゆえ、こうなっている。言うならば、極上の強い酒を一瓶、一気に飲み干したようなものだ」

 「で、酔っ払っちゃっている、と?」

 「俺もねーえ。三日くらい世界が回ってたねえ。俺は元から酔っ払ってるし、魔力もあるから、軽い方だったらしーんだけど。殿下の魔力、とんでもないからねえ」

 「え、じゃあクロムは…」

 「…急速に酔ったゆえ、回復も早いと思うが…」


 なんとなく、申しあわせたわけじゃないけれど、三人の視線がクロムに向いた。


 「うはは…龍でもトールでも、何でも相手してやる…」


 話さなきゃならない事、聞かなきゃいけない事。

 今の自分に何ができて、何を身に付けなければいけないか。

 考えて纏めて、結論を出さなければいけないことが、山ほどある。

 

 でも、その前に。


 「へ…へへへ…」


 クロム(これ)、どうしよう…。

 

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