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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
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幕間 焼肉食べたかっただけなのに 理不尽な因習には理不尽な権力と暴力をぶつけんだよ編

 「サーヤ…サーヤッ…」

 「大丈夫。ティカ。私が守る」


 震える従妹を背後に庇いながら、サーヤは目の前に並ぶ男たちと、その後ろにいる巨大な「もの」を睨みつけた。


 先ほど、叔父の連れ…というか、雇った破落戸を一呑みにしたものとは少し見た目が違った。それにあれより…はるかに大きい。

 ずんぐりとし、肉が波打つようだった「水神の仔」とは違い、枯木に腐った藻を張り付けたような姿をしている。突き出た手足も、冗談のように細かった。

 目は見当たらない。元よりないのか、藻のように見える毛…なのか、とにかく悍ましく張り付き、濁った水を滴らせる器官に隠れているのか、判断はつかない。


 しかし、確実に、サーヤとティカを見ている。

 それがわかる。


 「これから、お前たちはインシュの民となる。拒むことは水神様がお許しにならない」

 

 白装束の男の顔は、良く見えない。しかし、ニタニタと嗤っているのは間違いない。

 女を甚振り、欲を発散させることに対する喜び。その腐臭を放つ感情が、サーヤの眉間の皺を深くさせた。


 「私もこの子も、大アスランの臣民だ!それ以外の何者でもない!!」


 叫ぶとともに、腕を戒める縄を引きちぎる。

 ぎりぎり自然に切れない程度まで刃を入れておいた縄は、いともたやすくその役目を放棄した。

 

 「な!?」

 「大都守備軍第十八隊百人長サーヤ!お前らのような化け物の威を借りて女を脅すような下郎ども、私一人で充分だ!死にたい奴から来い!!」


 武器は隠し持っていた短刀一本。だからこそ、勝機を待った。「よい風が吹くまでは馬に鞭を入れるな」と散々教わってきたし、後輩へ伝えても来た。


 今、勝機は確実とは言えない。

 

 相手は武器を持つ六人を含めた男二十三人と魔獣一匹。アスラン軍には魔獣討伐を専門にこなす部隊も存在するが、サーヤは生憎とそうではない。戦って勝てる…いや戦える相手には思えなかった。


 しかし、だからと言って。

 己はともかく、従妹をあの下種共の慰み者にするくらいならば、戦う。


 「よい風が吹かない時は、風が吹くところまで走れ」とも教わってきたのだから。

 全力で足掻かないものに、神々も運命も、味方してくれるはずがない。


 「威勢のいいことだ…。しかし、その態度は感心せんな」


 白装束の男は一瞬怯んだものの、すぐにあの厭らしい笑みを口に戻したようだ。その歪んだ唇に、何かを含む。

 それが笛だと知れたのは、ヒィー…という悲鳴に似た音が響き渡ったから。


 その音を聞いた「水神」が、身をくねらせて動き出す。

 

 「殺しはしない。だが、手足はいらんな。何、心配するな。水神様の御力で、血はすぐに止る。だから死にもしない」

 

 ずりずりと近寄ってくる「水神」は、決して俊敏ではない。走れば逃げることも不可能ではないだろう。

 だが。


 「さ、サーヤ…あれ、あれ、なに…?」

 

 怯えきって虚ろな目を向けてくる従妹を連れて逃げられるほど、男たちの数は少なくなく、「水神」の動きは遅くもなかった。

 ならば、答えはひとつ。戦うしかない。


 あれも魔獣とは言え生き物ならば、己を傷付ける可能性が高いものの方に注意を向けるはず。

 短刀一本で傷付けられるかはわからないが、攻撃をしてサーヤに注意を引き付け、男たちが持つ曲刀を奪う。


 「ティカ。私にもあれがなにかはわからない。けれど、いい?私に何かあったとしても、君は、逃げるんだ」


 従妹の腕を戒める縄を断ち切り、何とか浮かべた笑顔で頷く。


 僅かでも、従妹が逃げる隙を、時間を造らねば。

 サーヤが休暇期限内に戻らなかったことで、必ず捜索は開始される。兄へあの書付が渡っていれば、ここに同僚たちが駆けつけるだろう。

 それまで、ティカが無事ならば。


 「大アスランの繁栄に翳りなし!」


 だから、恐怖も絶望も、全て戦いへの餞と変えろ。

 吠えろ。目を見開き、武器をかざして。

 ただ一人、鬨の声を張り上げて、戦え。


 「黄金の血統(アルタン・ウルク)の前にあるは、勝利のみ!」


 届いた声は、サーヤの咆哮ではなかった。

 第一、その言葉を戦の前に口に出せるのは、限られている。

 サーヤが叫ぼうとしたのは「偉大なる大王ハーンへ捧ぐは、勝利のみ!」 という宣誓だった。

 

 宣誓は己に、そして部隊に対する鼓舞だ。だから、「黄金の血統」を口にして己を鼓舞するのは、唯一…その血を宿す、王族のみ。

 

 まさかと目を見張るサーヤの視界の中、俊敏ではないが緩慢とも言えない動きで接近しつつあった水神の頭部に、矢が突き刺さった。


 「…ア゛アァアア゛ッアアアア!!!」

 「す、水神様!!」


 藻掻き、苦痛に身を捩る「水神」の頭部に、更にもう一本、深々と矢が食らいこむ。


 「普通の武器でいけるな」

 「なら、『爪』を叩き起こすほどでもねぇな」


 男たちと水神…そしてサーヤとティカの間に、燕のように飛び込んできた人影。

 

 「負傷の報告!」

 「は!私に負傷はありません!彼女は殴られ、やや衰弱しています!体温の低下が懸念されます!」

「わかった。君は民間人の警護と救出を。頼んだぞ。百人長イル・ジャウンサーヤ」 

 「御意!」


 風に揺らぐ朝日の髪。振り向いて見せた満月の瞳。

 その意味を知らないアスラン人はいない。


 「すまない。癒しの御業をかけてやりたいが、今は温存したい」

 「ふつーの治療薬ならあるから!飲める?顔、痛いねぃ。かわいそう…」


 さらに横から掛けられた声に弾かれるように見れば、赤毛の麗人と黒髪の少年。

 赤い髪の美女が誰か。あの大都中が歓喜に沸いた日、任務をこなしながら同じく善き日を祝った一人として、もちろんサーヤは知っていたし、ティカだって思い当たらないはずがない。


 「もう少し、頑張ってくれ」

 「は、はい!」

 

 先ほどまで蒼白だった顔は、逆に興奮に上気して真っ赤になっている。渡された治療薬を飲むことすらせず、サーヤに抱き着いてきた。


 「さ、さーや!こ、こんなことって、ある!?わ、私、絶対、学校の皆に自慢する!」

 「ああ。私も同僚たちに自慢したい。だから、ここは生きて帰らなくてはね」

 「うん!!」


 生きる希望は、何よりの妙薬だ。ティカの子供らしい興奮に苦笑しつつも、サーヤにだって先ほどまでの悲壮感はない。

 黄金の血統の前には勝利しか許されないのだ。アスラン騎士として、これ以上心を、闘志を奮い立たせることなどない。


 「おねーさん、良かったら、これ使ってください」

 「有難く、お借りいたします」


 ヤクモが手渡す剣を、サーヤは一瞬躊躇ったものの受け取ってくれた。

 念の為にとトールに渡された予備の剣だが、さっそく役に立った。こういうところ、やっぱりファンと兄弟だなあとヤクモは変に納得する。

 ファンも、もしかしたらこういう事になるかも、という事態を慎重すぎるほどに想定する。その割に、自分に関することは妙に楽観的なのだが。

 

 ガタガタになったり折れたり穴を開けられたりと、ヤクモの剣は散々な目に遭ってきた。

 だが、通算四本目となる一振りは、貰った時と同じ怜悧な輝きと切れ味を保っている。鞘から抜くときの感触も音もとても良く、今日も持ち主を裏切ることなく、すらりと曇りない刀身を露にした。


 「さっきのの親?なんか、全然似てないね」

 「おそらく、極度の栄養不足だろうな。本来とは違う食生活しているんだし」

 「だったら、さっさと楽にしてやろうぜ。肉が食いたいのに食えないっつうのは拷問だ」

 「おなかぺこぺこ、辛いもんね」


 ファンの蘊蓄が正しければ、本来は山奥でひっそりと生きている魔獣のようだ。それが人に使役され、痩せ細っているのは…哀れにすら思えた。


 「水神様を斃せば、村人の方は逃げ散るだろう。親父たち、むしろ他の村人見つけられたのかな?」

 「ここにいるのが全てかも知れないな。ファン。魔獣の中には魔導のような能力を持つものも多いが、コイツはなにかしてくるだろうか?」

 「そこまで記述されてないから、わからないんだよねえ。とりあえず、普通の武器で傷付くし、異常回復はしないみたいだね」


 突き刺さった矢を何とか抜こうと、水神シュイバクは大きく身を捩り、人のような悲鳴を上げ続けている。その足元で、村人たちが右往左往していた。

 

 「念のためだ。大海の主(ダロス)よ…草の夜露から荒波まで、あらゆる水より我らを守り給え…」


 ガラテアの祈りに、今度も海神はしっかりと応えた。彼女の瞳の色のような光の波がファンたちを覆い、引いていく。


 「これで水の属性を持つ攻撃はだいぶん軽減される。しかし、完全に無効ではない」

 「どっちにしろ、当たらなきゃいい。いくぞ、ヤクモ!」

 「なんでクロムが仕切るのさっ!」


 文句を言いながらも、ヤクモに否やはない。

 悪い村人たちが向かってくるには、シュイバクが邪魔だ。

 のたうつ神様を追い越して、こちらへと襲ってくるような気合の入ったものはおらず、白装束の男が何か喚いている。ヤクモにわからないということは、タタル語ではないらしい。


 駆けだす前にちらりと横を見ると、ファンはもう一本矢を番えていた。

 シドウの大弓にシンクロウ謹製の矢を番えた時、戦力としてのファンはクロム、ユーシンに劣らない。

 金属鎧すら貫通する矢は、駆けだしたヤクモとクロムを追い越し、再び口に笛を当てた白装束の男の咽喉を貫いていた。


 藻掻くシュイバクの胴が、土を抉り泥を撒き散らす。あれに当たれば、ただでは済まないだろう。巨体と言うのは、それだけで脅威だ。

 しかし、避けきれないほどに早くはない。それに、いくら出鱈目に動いていても、生き物である以上その動きは骨と筋肉が作る。

 首と胸…という事で良いのだろうか?頭を支える部分と、腕に挟まれた部分だ…を見ていれば、数瞬先の動きは予想できた。


 右へのたうつ動きを避けて、左回りにステップを踏む。

 グネグネと動く毛なのだかなんなのかわからない部分に向けて、ヤクモは刃を奔らせた。


 すぐにその場を飛び離れたのは、正しい判断だった。

 飛び散る黒い体液はとんでもない臭気を放ち、まともに浴びていたら戦いも何も放棄して、風呂へ行きたくなっていただろうから。


 「うへえ…」


 ファンの矢が刺さった部分からは、これほど臭い体液は飛び散っていない。という事は、毛っぽいものが切れた時に出る匂いのようだ。

 毛のないところはないか、少し飛び離れて様子をうかがう。試しに振るった一撃は浅く、シュイバクの動きに変化はなかった。


 「あれ…?」


 まだ戦士として半人前だと自覚はあるが、それでもよく「視る事」については褒められる。その眼が、蠢く毛の中に、それを見つけた。


 「クロム!もじゃもじゃの中に人、人がいる!」

 「んだと…」

 「右腕のうしろ!」


 クロムの視線がそこに向いたか、ヤクモは確かめられなかった。痛みよりも、痛みを与える外敵を排除するべきと判断したらしいシュイバクが、猛然と襲い掛かってきたからだ。


 先ほどまでのめちゃくちゃな動きと異なり、しっかりと狙いを定めて口を開け、横薙ぎに食らいついてくる。

 速度も速く、避けても身を捩って追撃してくる。一瞬でも足を縺れさせるか、攻撃範囲に留まれば喰われるだろう。

 真剣に避けることに専念しながら、ヤクモの表情に緊張はあれど恐怖はない。


 オオトカゲ狩りと同じだ。一人が注意を引き付けて。


 「『剣』よ!!」


 仲間が、とどめを刺す。


 クロムの呼びかけに、騎士神は当然ながらその御業を発動させた。

 大鍛人フレルバタルが打った名剣は、その刀身に縦横倍ほどの光を纏う。


 光はヤクモに喰いつく為に下がっていたシュイバクの首を、何の抵抗もなく両断した。


 「よっし!」


 クロムの剣は、ちゃんとヤクモが指摘した「右腕の後ろ」を避けていた。

 一緒に斬ればいいだろなどと口走りそうなやつではあるし、実際時間があったら言っていただろうが、実行はしないと信じていた。それくらいの付き合いの長さはある。


 「よくやった、クロム。ヤクモ」

 「ふん…でかいだけの雑魚だな」

 「あのね、ファン。人がもじゃもじゃの中にいるんだよ…あ」


 びしゃ、という湿った音がして、三人の視線がそこへと集まった。

 ほとんど透明な、しかし粘り気のある体液と、黒い悪臭を放つ体液が水溜りを作っている。切断された断面から透明に近い体液は溢れ出ているので、どうやらこちらが血液のようだ。


 「幼体と血液の色が異なるのか…」

 「そっちじゃなくてさあ!ひと!ひとがもじゃもじゃから落ちてきたっ!」


 その水溜りに突っ伏すように、一人の…おそらく女性が横たわっていた。

 駆け寄ろうとするヤクモの肩を、クロムが掴む。

 

 「よく見ろ。もう死んでる」

 「え…」


 女性はぴくりとも動かず、そしてその広がる髪から覗く腕は…干からび、縮れて見えた。

 それはどう見ても、生あるものの一部では、ない。


 「そうだな。でもさ」


 固まるヤクモの横を、いつもと同じ歩みでファンが通り過ぎた。


 「おい!!」

 「もしかしたらって事だって、あるだろ?」


 悪臭を放つ水溜りに無造作に踏み入り、寒気をものともせず手袋を取り去る。

 そして露になった素手で、出来損ないの干し肉のような手を取った。


 「あ…」

 

 微かに、ファンの掌の中、半ば剥がれかけた爪の先が、動いた。

 それを見たファンの顔が、酷く歪む。

 けれどそれはほんの一瞬。すぐに柔らかな笑みを口許に浮かべた。


 「ファン・ナランハル・アスランだ。助けに来たよ」

 

 手袋をしたままの左手に女性の手を移し、灯を宿す右手で粘液に塗れ、悪臭を放つ女性の髪をかき分ける。

 露になった顔は、腕と同じく干からび、縮み、唇は既にその役目を放棄して、歯の抜けた歯茎を剥き出しにしていた。

 ただの切れ目のようになった瞼の奥、そこからかすかに、濁った眼球が見える。


 その眼から、涙の粒が零れ落ちた。


 「もう、何も心配いらない。ゆっくりと、おやすみ…」


 ファンの声に、瞼が閉じる。そしてもう、震える事すらなかった。


 「逝ってしまった」

 「お前のせいじゃない」

 「うん。俺のせいじゃない。それはわかっている。でもやっぱり、助けられなかった事を、悔しく思うよ」


 女性の亡骸の肩を掴み、ファンはずるりとシュイバクの死体から引き抜いた。

 胸から下には黒い管のような器官が絡みつき…いや、女性の身体に潜り込み、引き抜こうとしても癒着して剥がれない。


 「…深海に棲む魚で、こういう生態のがいる。雄は雌の皮膚に噛り付いてそのまま雌の一部となり、子種を送り込むだけの器官になるっていう。この、たてがみに見える器官は、おそらく血管か消化器官なんだろう。それをつかって『巫女』の体内に潜り込んで一体化し、『巫女』に栄養を送りつつ『巫女』の魔力や生命力を糧にするってところか」

 

 もちろん仮説だが、大きくは外れていないだろう。だが、そんな生態があればカーランの博物誌に記載がされていたはず。

 おそらくは何かしら術式によってシュイバクを改造し、『巫女』を取り込むようにしたのだろう。


 何故、そんなことをするのか。

 技術は必要にせかされて進歩する。この村の先祖たちが必要とした事。それはきっと、シュイバクを安全に飼うことだったのではないか。

 水神丹を作るにせよ、野生のシュイバクから材料を得るのは難しい。近付けば餌と思って襲い掛かってくる。傷付け、逃がしたり殺したりしては意味がない。

 となれば、飼いならし、手元で繁殖できるようにしたいと思うはずだ。


 その結果、辿り着いた結果が、『巫女』なのだとしたら。

 「制約」の為ではなく、「制御」に必要な呪具として、『巫女』を利用しているのだとしたら。


 「シュイバクを制御することは難しくても、『巫女』を操ることでシュイバクに影響を与える事ができるのかもな」

 「どゆこと?あと、いちおー手、洗いなね?」

 「この様子を見る限り、『巫女』はシュイバクの一部と言える。彼女に精神支配系の術式を施してから『巫女』にすれば、ある程度は操れるんじゃないかなって」


 ヤクモが水袋を傾けて出してくれた水に、ファンは右手を晒した。硬い皮膚の感触が、鋭利な刃物のような冷たい水に流されていく。


 「なるほどな。手、しっかり拭け!凍傷になるぞ!」

 「うん」

 「それとな」

 「うん?」

 「どうやってこのバケモノを操ってんのかって、今、調べる必要あるか?」

 「…ナイカモデス…」

 「なら、不用意にわけわかんねーもんに触るな!そういうのは俺にやらせろ!」


 ぷんすかと怒った顔をしながら、クロムはファンに乾いた布を突き付けた。

 ヤクモも「どゆこと?」などとファンに餌を与えたことを反省する。ついうっかり口に出してしまった。


 「きゃ!」


 三者三様にそれぞれ思いを巡らせていたファンたちの耳に、小さな悲鳴が届く。

 弾かれるようにそちらに向き直る視界に、ガラテアたちへ迫る村人の姿が入った。数は八人。うち、五人は曲刀を振り回し、喚き声を上げながら突進していく。


 悲鳴を上げた少女を背に、ガラテアが動く。

 その美しい顔には、恐怖は微塵もなく、いっそ穏やかとさえいえる笑みが浮いていた。


 「ぐぇ!!」

 「がっ!!」

 

 銀の光のように、手に持つ錫杖が奔る。

 突進してくる先頭の男の咽喉に突きこみ、反動で戻したと同時にやや遅れて隣を奔っていた男の目を狙って薙ぐ。

 咽喉と目をおさえ、地面に膝をついた男たちを確認し、一歩、ダンスのステップを踏むように後ろへ下がる。


 「ふッ!!」


 思わぬ反撃に怯んだ後続に向けて、サーヤが飛び込んだ。

 ヤクモから借り受けた剣を右手に、鞘を左手に、旋風の如く振り回す。

 左手の鞘をみぞおちに打ち込み、右手の剣で曲刀を持つ手指を狙って切り飛ばす。

 落ちた自分の指を見て絶叫する声は大きく、苦痛にみちていた。その声に足を止め、身を竦ませる男たちは、格好の的でしかなかった。


 「なんでさあ、ガラテアさん狙っちゃったんだろうねぃ」

 「この中で一番弱いの、俺なのにな」

 「罠だよな。アイツ」

 「何か言ったか?クロム」


 錫杖に着いた血を振り落としながら、ガラテアが歩み寄る。

 その身に怪我がないのを確認して、ファンは安堵の息を漏らした。強いのはわかっているし、シュイバクに集中して村人に注意を払わなかったのは、信頼しているからだ。

 けれどやはり、傷一つない事を確認できれば安心する。

 

 「一応、殺さないようにはしておいたが」

 「お喋りさせる事なんざねぇだろ」


 地に這い、言葉になっていない声を羅列する村人たちは、確かに誰も致命傷を負っていなかった。とは言え、放置しておけば半日も立たずに二度と動かないくなるだろう。


 「おい、あんた」

 「是」


 クロムの硬質な無表情を宿した双眸が、サーヤを見る。


 「そこのガキの目と耳を塞いどけ」

 「…承知した」


 「え、なになに?」と困惑するティカを抱きかかえ、視覚と聴覚を奪うサーヤの背後で、最初の断末魔が響いた。

  

 「半分以上は逃げたか」

 「村人があと、どの程度いるかだな」

 「ユーシン達より先に、ぼくたちが魔獣と戦っちゃったのかなあ」

 「そうかもなあ…あ」

 「あー…」


 溜息のような声を漏らすファンの視線の先で、蒼い光が炸裂していた。


***


 「お前!そこのお前!!その刃を弟に向けるつもりだったのかあああ!!!」


 返答を待たず、トールの振るう槍が白装束の男の咽喉を抉り、首を半ば切り落とす。


 「お前もかあああ!!」


 堂々と村の門から中へと入った一行は、すぐに武器を持った村人に前を塞がれた。

 シュイバクの幼体を斃した様子が見られていたのか、単に見慣れない武装集団が現れたことで警戒したのかは不明だ。

 しかし、アスラン王一行にも、村人側にも、話し合って事を治めようという意志はない。


 「トール君、飛ばしているなあ」

 「…止めなくて、いいのですか?」

 「どうせ結果は同じさ!」


 シドの問いに、モウキは朗らかに笑って首を振った。

 息子がやらなかったら、自分が槍を振るっていただけのことで、そうなれば村人たちを待ち受ける運命は同じだ。


 「だって、彼ら、みーんな、黒いもやもやついてるしさ!それにさ、やっぱりこの村、ちょっとおかしいよねえ」

 「おかしい?」

 「だってさ、産業も特にない、家畜もほとんどいない、田畑もなにもないのにさ、村人の服装が良すぎるよね。飢えてる感じもないし」

 「ファンの言っていた薬を売って、既に金を稼いでいるんでしょうか?」

 「それなら、私の耳に入りそうなものなんだけれどね。ファン君の言ってた、そそのかした奴っての、なんなのかな」

 「間違いなく悪党でしょう!いたらぶちのめします!」

 「そだね!それで問題解決だよね!」


 そうだろうか、とシドはやや不安に思ったが、それくらいで良いのかもしれない。

 何せ、アスラン王の敵はアスランの敵だ。どこかの大商会や大貴族が裏にいたとしても、踏み潰されて終わる。


 「お、あれが親の水神様、かな」

 

 水を滴らせながら、二体の魔獣が村の奥と思われる方角から現れた。

 モウキ達が知ることはないが、クロムが斬ったシュイバクより痩せておらず、手足も太い。

 さらに幾重にも垂れて重なる皮膚が、まるで鎧をまとっているかのように見えた。

 

 「父上」

 「どうしたんだい?」

 「かの魔獣の首よりやや下、おそらく心臓の背後と思われる部分に、別の電位があります。おそらく、『巫女』かと」

 「ふむ」


 正気を取り戻したトールがいったん下がり、父への報告を優先したことを、村人たちはシュイバクに怯んだと取ったようだ。

 笛のようなものを手にした白装束の男が、気が違う一歩手前の笑いを浮かべ、喚いている。


 「賊どもめ!!水神様の罰を受けよ!!」

 

 モウキとトールの、隠されていない髪と目の色がなにを示しているのかさえ、思い至らないらしい。

 まあ、普通はこんなところに王と一太子が自らやってくることなどあり得ないのだから、思い至る方がおかしいか、とシドは内心に頷いた。

 

 「お…弟のところにも、あの魔獣がいたりするでしょうか…?」

 「いたとしても、ファン君たちなら倒せるよお?」

 「しかし、しかし危険です!!く!!やはり一瞬でも早く弟に合流せねば!!」


 トールの前方に、蒼く輝く陣が出現する。

 それは瞬時に輝きを増し、光球へと姿を変えた。


 「弟よ!!!!今、今、兄が助けに行くぞ!!」

 「いらないってば」


 苦笑するモウキはあまりにもファンに似ていて、シドは寧ろそちらに感心した。

 蒼い光球が光線となり、シュイバクの頭を貫いたことなどは、トールの事を多少でも知っていれば驚く事ではない。


 一瞬で頭部を喪ったシュイバクがぐらりと揺れ、重い音を立てて倒れた。

 手足や胴、尾が無茶苦茶に動き、近くにいた村人を押し潰し、弾き、肉塊へと変えていく。


 「君たちの罪状はさ、もうけっこうわかっているからねえ」

 

 ひゅ、と槍が空を切る。


 「罪状からして、死罪だからさ。諦めてね」

 「な、な…何の罪があると…!!」

 「んー…女の子攫って、酷い目に合わせてるでしょう?あとねえ」


 腰を抜かして動けない白装束の男の目に映るのは、少し困ったような表情を浮かべる、満月色の双眸。


 「アスラン王に武器を向けた時点で、死罪確定だしね」

 「あ…」


 振るわれた槍がどのように己の命を刈り取ったのか、おそらく白装束の男は知ることができなかっただろう。

 それほどまでに早い一閃に、ユーシンは感嘆の声を上げ、シドはごくりと唾を呑みこむ。

 

 「トール君。そのもじゃもじゃに捕まっているらしい『巫女』は確認できるかな?」

 「はい」


 再び出現した陣にトールの手が付きこまれる。

 見えざる巨大な手を魔力で具現化させたトールは、慎重に魔獣の背後にある異なる存在を摘まみ上げた。


 ずるりと引き摺りだされたのは、ファンたちが見た『巫女』とあまり変わらない無残な姿。

 まだわずかに生者に近いが、その分、シュイバクが潜り込んだ部分が良く見えた。

 癒着し、腐った肉の色をしたその部分をモウキはしばらく見つめ。


 「うん。殲滅で」

 

 王命を、下した。


***


 インシュの村は巾着袋に例えられる地形をしている。

 門がぐっと絞られた口で、奥に行くにしたがって広い。至る所に池があるが、水路はなく、その水が潤す畑はごく狭いものだ。

 門以外の三方は低山であり、人の気配はない。分け入ることができないほど険しい地形ではないが、立ち入るのに躊躇する程度には、草木が生い茂っている。

 その巾着袋の底に当たる部分に、巨大な円形の建物が鎮座していた。それ以外に家屋らしいものはほとんどなく、あっても農作業の道具をしまっておくための小屋が点在するだけだ。


 「ひぃ、ひぃ…」


 その中に、村人たちは逃げ込んでいった。

 突然現れた一団が何なのか、誰もまだ把握していない。


 ただ、水神様が殺され、仲間が殺された事だけはわかる。


 「そ、村長!!どうしたら…!!」

 「山奥へ遣いを出せ!」

 「わ、わかった!」


 恐怖に歪んだ顔で、村人たちは頷きあった。様々なもので汚れた白装束の男が二人、逃げ込んだ大部屋を出て行く。

 この円城は隠し通路や仕掛け部屋も多く、そう簡単にはこの部屋に辿り着けはしない。

 外から見れば一階しかないように見えるが、実は部分的に二階があり、そこへ至るには正しい道順を辿るしかないのだ。


 「おのれ…水神様を…!しかし、まだ御子はおる。あとはヤチカの娘さえ手に入れば…」

 

 白髪頭を掻きむしる村長に、村人たちは不安と恐怖の入り混じった視線を向けた。

 今まで、インシュの村が襲われたことがないわけではない。しかし、常に水神シュイバクの前に賊は骸と化し、御子の餌になってきた。

 

 「まさか高位の魔導士が…」

 「何者なんだ…」

 「なんか弟弟うるさかったが…」


 不安そうにさざめく村人たちを、村長は忌々し気に睨み、床を叩く。


 「静まれ!奥の連中が来れば、多勢に無勢。奴らもひとたまりもあるまい。全員、生きたまま御子の餌にしてくれる!」

 「村長、ヤチカの娘を取り戻しに来た連中の中には、女も居ました」

 「そうか。それはいい。しばらく、水神様の成長を待たねばならぬ。その間に孕めばよし。孕まねば、その女も苗床だ」


 昏い欲望と苛立ちと焦り、恐怖…様々な感情を宿した顔で、村長をはじめとする村人たちは頷きあった。

 その瞬間。


 微かな浮遊感。

 そして、全身を打つ衝撃。


 「な…!?」


 混乱する村長の目が移すのは、石板を敷き詰め床とした、先ほどまでいた大部屋の倍ほどはある広間だった。


 「お前らの下に転移陣を展開させただけだ」


 事も無げに放たれた言葉の意味を、村長の脳は理解できなかった。

 それよりも、村長が凝視し、慄いていたのは、石を重ねて作られた小さな塔。

 そこに目口鼻から血を溢れ出し、こと切れている村人の死体が乗っている。いや、正確には、落ちて塔を崩している。


 「な、なんという事を!!」

 「屋内の石塔と言い、円型の家屋と言い、やっぱりカーラン西南部が出身だね」

 「おお、弟よ!なんという慧眼なのだ!」


 村長の呻きは、兄の声を無視して建物の特徴を確認しては垂らされる蘊蓄にかき消された。

 一瞬、スン…とした村長だったが、すぐに負けじと声を張り上げる。


 「何という事をしたのだ!!」

 「あー、この石塔は家の守護…多くは祖先の魂が宿る神聖なものだって読んだよ。まあ、確かにそういうものを壊すのはいけないな。うん」

 「このデブが勝手にここに落ちてきて死んで壊したんだろ。文句言うならコイツに言えよ」

 「この塔は!!」


 絶叫に近い村長の声に、さすがに全員の視線が集まる。


 「怨念を封じたもの!それが壊されたという事は…荒水神様が現れてしまう!!この村は…いや、この国は、もうおしまいだ!!」


 逃げる村人を追って合流した一行は、とりあえず見つけた扉を手あたり次第ぶち破り、この広間に至っていた。

 そこでいい加減面倒くさくなり、多くの電位が集まっている場所を特定したトールが転移陣を発動させたのだ。


 「怨念って事は、お前たちが今まで犠牲にしてきた人々の恨みとかか」

 「ふむ。いい加減開放してほしくて、我々を呼び寄せたのかもしれないな?クロム」

 「なんで俺に振るんだよ!!」


 あきらかにそわついたクロムに、生温かい視線が注がれる。ユーシンだけは指をさして呵々大笑しているが。


 「もう終わりだ…!みな、死ぬ…!!」

 「どうかな?トール君。ガラテアちゃん。何か感じる?」

 「魔力の膨張はないようです。ガラテアはどうだ?」

 「…鳥肌が立ってきた。何か来るな」


 ガラテアの声とともに、石塔が完全に崩れ落ちた。

 その崩れた石の積み重ねから…水が、染み出してくる。


 その水に触れた村人の死体が、跳ね起きた。


 「クロム!砦を!」

 「『砦』よ!!」


 光が一行を覆い、その光に阻まれて迸る水流がはじける。

 だが、『砦』の御業の外では、まるで触手のように襲い来る触手に、次々に村人たちが呑み込まれていった。


 水に包まれた村人たちはしばし藻掻き、大量の泡を吐いて動きを止める。溺れているのだ。

 捕らえた村人が動かなくなると、水の触手はただの水に戻って落ちる。あとには、ぎこちない動きで立つ村人の死体…いや、動く死体が残るだけだった。


 「うげー…」

 「ガラテアさん、あれってなんか、邪神的な何かが操ってる?」

 「いや、神とまではいかないと思う。ただ、恐ろしく古く、数が多い悪霊の類だな」

 「あくりょう…」

 「クロム!怖いのならば、俺がおぶっていてやっても良いぞ!わはは!」

 「び、びってねーよ!!剣で斬れるか心配なだけだ!」


 盾が括られた手を振ると、『砦』が消えた。しかし、充分な数の僵尸リビングデッドを作り出したことに満足したのか、怨む相手にのみ向かったのか、水の触手が襲い掛かってくることはなかった。


 だが、そのかわりに、石塔があった場所から揺らぎ立ち上る黒い水。

 それは、髪を垂らした女性のようにも、痩せ細ったシュイバクのようにも見えた。


 「ひあー…けっこう、怖い…」

 「村人の動く死体が多いな。さすがに怪我したら自分も仲間入りって事はないと信じたいけれど…」

 

 アンデットとの戦闘経験は、ないに等しい。

 マルダレス山でドノヴァン大司祭の悪霊に襲われた時は、女神アスターの加護が守ってくれた。

 今、その加護はない。ガラテアの祈りに大海の主(ダロス)は応えてくれるが、村人とその死体を操る「荒水神」が大海の主の威光を畏れるかどうかは分の悪い賭けだろう。


 「フヒ…ミナ、シヌ…ミナ、ミズニシズンデ…クサッテ…ドロニナレ…」


 村長の死体が、首を傾けながら哄笑した。それに合わせて、村人たちの死体も嗤う。

 

 「だが、断る!!」


 一閃。

 青い光が、まっしぐらに広間を薙いだ。


 ちん、と微かな音を立てて、トールの愛刀が鞘に収まる。

 その音の他に響くのは、上半身を喪った死体が次々に水を跳ね上げて倒れる音。


 「…兄貴?」

 「おお、弟よ!怖くはなかったか!!」

 「え、うん。怖くは、なかったけど…」

 「おお、そうか!弟は流石勇敢だ!黄金の血統(アルタン・ウルク)末裔すえだ!」

 「えーっと…なにしたの?」

 「む?弟を害するなどと抜かしたので、消滅させた。魔力を手加減なしに射出しただけだ」


 広間は死体が転がる凄惨な有様ではあるが、先ほど満ちていた怨念と言うべき圧力は全く感じられない。


 「なんかさあ…あのお化け、かわいそ…」

 「一撃だったな…」

 「何がしたかったのだろうな!」


 まあ、色々したいことはあったのだろう。復讐とか、憂さ晴らしとか。

 

 「悪い事はできないって事だね!さ、一回ここから出ようか~。なんか臭いし!他にも捕まっていたり、潜んでいる村人はいるかなあ?」

 「外から電位を探ってみましょう」

 

 もう先ほどまでの出来事は完全に終わったとばかりに、アスラン王と一太子は出口へと向かう。

 そんな父と兄の背を見ながら、ファンはしばしうーむと考え。


 「えーと、次はもっと、出てくるときに外にいる相手を探ってから出た方が良いと思うよ?」

 「次あんのかよ」

 「ないかなあ。『鷹の眼』で見ても、何にも見えない」

 「何と言うか…悪い事をした気分になるな…」

 「しかし、怨念に縛られて彷徨うより、綺麗すっぱり消滅した方が良いだろう。それに魂が魔力で消滅するかはわからん。あとで雷帝の神官なりを呼んで、鎮魂の儀式をしてもらえばいいのではないだろうか?」

 「そだね…」


 なんとない罪悪感は残るものの、ファンたちも出口へと向かった。

 いったん建物の外に出るという方針で、開き、時には壊してきた扉を通って屋外へと出る。

 

 「サーヤさんたちも隠れ場所から連れてこようか。大人数の方が安心するだろうしさ」

 「そだねぃ。ぼく、行ってこようか…あれ?」


 建物から出る最後の扉。その前で、モウキとトールが佇んでいる。

 

 「どうしたの、親父、兄貴…」


 声を掛けながら近付いたファンは、二人が歩みを止めた理由を知った。


 「ずいぶん好き放題やってくれたなあ?おい?」


 建物の外、池に囲まれたちょっとした広場を埋める、武装した集団。

 身形は悪くはないが、清潔感と言うものが皆無だ。手に持つ武器や身に纏う甲は統一されておらず、傭兵にしてもちぐはぐな装備である。

 つまりは、賊の類なのだろう。


 大都も長城の中は安全地帯だが、外れれば草原に身を潜め、旅人を襲う賊が出る。

 被害が届けば即座に軍が征伐に赴くが、大都を取り囲む草原は広大であり、完全に殲滅することは難しい。

 しかし、遊牧の暮らしを知らない賊は、大抵厳しい冬を越せない。どこかの村を占領しようとするなどの行動に出て、叩き潰される。


 だが、この賊どもはインシュの村に目をつけたのだろう。

 よく見れば、カーラン人の特徴を持つものが多い。この村の祖先と共に逃げてきて、小カーランで暮らしていた者たちなのかもしれないと、ファンは推測した。


 数は、相当数だ。しかも弓を構えているのが十人以上いる。


 「美味い商売のタネを潰されたんだ。覚悟はできているだろうな?」


 頭目らしき男の言葉に、トールがちらりとモウキを見た。

 その満月色の双眸には「弟に矢を向けた愚者を殲滅してよろしいですか?」と書いてある。


 「は!声も出ねぇか!無理もねえ!!教えてやろう。こっちは二百近い。いくら腕に自信があろうとな、この数…」

 「うーん。君らも余罪はたくさんありそうだけれど、あの黒いモヤモヤないから、シュイバクの利用には関わっていなかったようだね」


 すんなりと明るくよく通る声を出したモウキに、頭目は目をむいた。

 その時、もう少しよく目を凝らしてみれば、建物の陰で見えにくいとは言え、金の髪と瞳が見えたかもしれない。

 だが、どちらにせよ遅い。遅すぎた。


 「でも、賊だしね!基本殲滅で」

 「是!」


 その声は、トールの口からではなく。

 ざ、と音を鳴らして村を囲む山々の草木から現れた、アスラン兵らの応答だった。


 賊が反応するより早く、百を超える矢が撃ち込まれる。

 その矢を追うように抜刀した部隊が賊に駆け寄り、矢が当たらなかった幸運な…あるいは、不運な賊に向けて刃を叩き込んだ。


 「さすがにさ。私たちだけって言うのは駄目って言われちゃってね。一番近い部隊を送っておいたんだよ~」

 「俺が殲滅しましたのに…」

 「私一人でもあれくらいどうってことないけどねえ。ほら、立場ってものがあるからね?」


 肩を竦めるモウキに、一人の騎士が歩み寄る。その後ろには、頭目を引き摺る兵が付き従っていた。


 「大王陛下!万歳申し上げます!」

 「だ、大王陛下!?」


 頭目の喚き声は、最後は悲鳴に変わった。捕縛する兵が後頭部を掴んで地面に叩きつけたからだ。


 「賊ごときが、拝謁を賜れると思うな!」

 「いーよー。ほら、私も今、公務ってわけじゃないしね。よくやってくれたね」

 「あ、有難きお言葉!!」

 「賊の頭目君も、言いたいことがあれば聞くよ。これから君は言いたくないこともおしゃべりして貰うことになるけれど」

 

 頭目の頭を押さえる手が外れる。

 泥と鼻血に塗れた顔を上げた頭目は、表情を歪めた。


 「な、何で大王陛下が…こんな…」

 「理不尽?納得できない?でもさあ。君にいままで酷い事をされた人も、きっとそう考えただろうね。まあ、世の中、理不尽な事だらけなんだよ。うん」


 うんうん、と頷くモウキの顏には、「上手いこと言ってしめた!」という文字が見えるようだ。


 「…あ、アブラニンジン探さなきゃ。サーヤさんならわかるかな?」

 「おお、それがあれば、またあの美味い肉が食えるのだな!」

 「お前、何もしてねーじゃん。肉食うなよ」

 「何もしていないのではない!する暇がなかったのだ!」

 「兄貴が暴走して終わったな」


 この一件の一番の被害者は、今まで犠牲になってきた人々だろう。

 でもその次の被害者は、問答無用でかき消された悪霊な気もする。


 「なんか、大変だったなあ…。焼肉食べたかっただけなのに」


***


 その後、アスラン軍が建物内を捜索したところ、「著しく非人道的な」扱いを受けていた女性や、「発見時死亡」と書類に記載される状態の人間が見つかった。

 村人と賊の生き残りの証言から、水神丹の生産を試みていた事もわかり、改めてアスランの禁制薬物にその名が書き連ねられた。


 『白の三日月』亭の主人は生きていたが、精神に異常をきたしていた。

 また、店の従業員で関わっていたものは既にシュイバクに食われて死んでいたことから、『白の三日月』亭自体の罪は「なし」と判断された。


 生存者があまりにも悲惨な状態であったことも合わせ、この一件は内密に処理されることになる。

 

 だが、事件の内容を知る一部の人々(ファンたち)には、「悪霊さんごめんね事件」として、記憶に刻み込まれたのだった。

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