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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
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自分の眉毛は目に見えない(灯台もと暗し)6

 アスラン王立士官学校は外宮の南東側にあり、三つの建物と二つの練兵場で構成された施設だ。


 建物三つのうち一棟は校舎。

 五階建ての中々にデカい建物で、有事の際には屋上が砲台になる。なので、実際に学び舎として使われているのは三階まで。

 四階五階は武器等々の保管庫と研究施設になっていて、夜な夜な研究に熱が入りすぎた技官らの、不気味な笑い声が響き渡ることで有名だ。


 残る二つは、寮と講堂。

 入学後は、基本的に全員寮にて生活をする。まあ、俺ら兄弟は自宅がすぐ側だし、警護だなんだと大変なんで、普通に帰宅していたけれど。 

 

 講堂は式典や何やらを行ったり、月に一回えらい人のお話を有難く拝聴する場所だ。

 そして、交流会の主会場にもなる。


 「ふわわ、けっこういっぱい人いるねぃ!」

 「そりゃそうだ。学生は常に二百人ちょいいるし、見学の人たちもいるし、現役の騎士もきているからな」


 二百人の生徒が全員入っても半分も埋められない講堂は、大混雑中だ。

 アスランでも屈指の広さを誇る士官学校大講堂ではあるが、現在は床を見るのが至難の業、と言うくらいに人がいる。

 

 中央部には絨毯が敷かれ…本来は生徒たちによって磨かれた石床だ…、羊の毛皮ものせられている。そこに陣取って久しぶりに会う同期や、先輩後輩と語り合うわけで、つまりは交流会の主会場と言えるだろう。

 在学生や現役の騎士にとっては、公開授業やら模擬戦やらを見てもなあ…となるしね。それに「交流会」なんだから、交流したいよな。


 「ファン!旨そうな食いものがたくさんある!食って良いのか!」

 「良いけど、食い尽くすなよ?まあ、どんどん運ばれてくるけどさ」


 絨毯に覆われていない壁際には、ずらりと台が置かれていた。

 その上の大皿で湯気と芳香を放っているのは、今も厨房でせっせと腕を振るう厨官らがつくりまくる料理の数々。

 おなじみ羊の塩煮(チャンサン・マフ)や、肉の包み揚げ(マハ・ホルショグ)肉饅ホーズ揚げ菓子(ボールツォグ)、後は食堂で俺も散々食った料理名がないけど美味くて量が多い、肉汁ぶっかけご飯とか、肉や野菜の切れ端を溶いた小麦粉に混ぜて焼いたやつとか、そういうの。


 つまりは、洗練さよりも味、そして何より量で勝負する料理だ。そりゃ、ユーシンの好みに合う。


 久しぶりにこの飯を食いたい!と言う騎士たちも多いし、無料で食えるのだからこの機会にたらふく…!と涎を飲み込む財布の寂しい騎士もいる。

 そんな人々の思い出の味や、明日以降を生きるための栄養を、他国の王子がかっさらうのは駄目だろう。

 第一、お前、朝飯も四回おかわりしたよな?それから三刻程度しかたってないけど、もうそんなに腹減ったの?

 アステリアにいた頃は、喰いたくても食事の量そのものが少なかったわけだが、アスランに入って好きなだけ食えるようになってから、ユーシンの腹減り間隔が短くなってきている気がする。いや、気のせいじゃないな…。


 …。うん。まあいいか。たくさん食べる子はいい子だって、リンドウ大伯母さんも言ってたし。

 シーリン陛下。アルナ王妃殿下。ユーナン。えーと、ごめんなさい。

 まあ、あれだ。深く考えないことにしよう。うん。


 「…懐かしいよなあ。肉汁ぶっかけご飯、毎回おかわりしたっけ」

 「どれだ!食いたい!」

 「あっちだな」


 クロムも「狩人の目」になって壁際を見据えている。

 お前もユーシンに張りあって食うからなあ。でも、クロムがたくさん食べても、困るのは俺の懐だから、こっちは良しとしとこう。


 クロムには紅鴉の守護者としてではなく、一人の騎士として参加して来いと言って、本人もわかったと頷いたものの。

 「やっぱり、それでお前になんかあったら後悔するどころじゃねぇ」と今朝になって言い出し、こうして同行している。


 確かに、俺を暗殺するなら絶好の機会と思われても仕方がない。

 武器を携帯していても不審に思われず、対象である俺は護衛が少ない。さらに、周りは大混雑なわけだし。


 ただ、それをこちらがわかっている中で暗殺を成し遂げるのは、非常に難しいけれどね。

 それをクロムに言って安心させようかとも思ったけれど、未遂だって自分が近くにいない時に起こったら「何事もなくてよかった」と笑えるはずもない。

 

 だったら、本人の希望通りにしよう。何かがあった時、傷付くのが俺なら気楽にものを言えるけれど、この場合傷付くのはクロムの心だ。

 俺も、俺が気楽に考えてたせいでクロムを傷付けるなんて体験は、もうしたくないしね。

 

 「ユーシン様!とってきやしょうか!」

 「いや、共に行こう!ジルカミシュ殿!」

 「んじゃあ、ご一緒に!」

 「ちょい待ち」


 料理に突進しそうなユーシンとジルカミシュを引き留める。

 俺たちの護衛は、ニルじゃなく、ジルにと決まったのも今朝の事。


 エルディーンさんとレイブラッド卿は俺たちと別行動になり、悩みに悩んだ末に、ニルがそっちの護衛兼案内につくと決めたからだ。

 俺としても、二人にニルがついてくれた方が安心できる。

 何せこっちは二太子とその夫人、他国の王子という顔ぶれで、護衛騎士も付いている。へんなちょっかい出すような阿呆は流石に居ない。


 そう。王族にちょっかいを出す阿呆はいない。だが。

 一部の入学志願者の中には、「他の志願者に余計なちょっかいをかけて競争相手を減らす」と言う大バカ者がいる。


 手口としては、脅したり、嫌がらせや嫌味を浴びせたり、恋愛沙汰に持ち込んで辞退に持っていくというものもある。

 そんなことをして競争相手を減らしても、自分が合格水準に達していなければ、容赦なく落とされるんだけれどね。

 

 士官学校に入学する生徒たちは、一番多かった年で百三十二人。一番少ない年で九十七人。つまり、人数は決まっていない。

 騎士としてやっていけないと見做されれば、例え王族だろうと不合格にするようなところなのだから、受験者がたった一人になろうとも、合格基準は変わらないわけで。


 事前工作をしたところで、全くの無駄。それどころか、知られればその場で失格になるから、やらない方が遥かにマシと言えよう。

 だから、そんな愚行をやっちゃうような奴は、大バカ者なのだ。


 でもねえ。毎年いるんだよね。

 エルディーンさんたちは受験するわけじゃないけれど、「ただの見学者です!」と看板を持って歩いているわけじゃないし、変なのに絡まれたら可哀そうだ。

 なので、ニルがついてくれるというのは、俺としては非常に安心できる。嫌な思い出を作ってほしくないしね。特にエルディーンさんは災難続きなわけだし。


 「何故止める!」

 「そっすよお!ナランハル!なくなっちまうじゃねぇっすかい!」

 「お前らだけで取りに行くのは駄目です!お前ら、常識的な量を取らせてくれ」

 「御意!」


 護衛についている親衛隊騎士のうち、五名を視線で指名し、命令を下す。

 絶対、こいつらだけで行かせたら、「あれもこれも!」「めんどくせぇ!その大皿まんまくれや!」「ならばその鍋もだ!」となりそうだしね。


 「ヤクモとシドも見てくる?いろいろあるから楽しいぞ」 

 「うん!」

 「俺も常識的な量だけとらせるように努力しよう」

 「よろしく」


 いつもなら礼装で重い動きづらいと文句は出るが、ややおとなしくなるユーシンではあるけれど、今回は士官学校交流会。俺も礼装じゃない騎士服だし、皆も普段着じゃないけれど、礼服まではいかない、ちょっとお高い感じ程度の服だ。

 いや、飾り立ててもいいんだけれどね。でもほら、士官学校の本分は身を飾ることじゃなく、学びと鍛錬であることだし?

 それに、連日のように礼装とか、めちゃくちゃ疲れるし…ね?


 俺の「走るなよ!」と言う声と、「走らないで!」というヤクモの声に、仕方なさそうに歩み去る…早足だけど…ユーシン達の背中を見送って、視線を前に戻す。


 「では、二太子ナランハルとガラテア様はどうぞこちらに」

 「ありがとう」


 俺たちを案内してくれる初老の男性。

 頭頂部を残して刈上げ、伸ばした髪を編んで首に巻くと言う独特の髪型をした、俺でも見上げる長身と、騎士服がはちきれんばかりの体躯を持ったこの人こそ、現士官学校学長のヤルトリツだ。

 一昨年まで現役の万人長で、父であるヤルトネリの跡をついで十二狗将入りと目されていた人である。

 

 マシロたちが、本来なら行くはずのなかったイフン地方に送られ、半数が討ち死にした件。あれはそもそも、上層部が賄賂で動いたことで起こった。


 その上層部に、あろうことか学長も名を連ねていたわけで。


 関係者は『お喋り』してもらった後…まあ、末路は様々だけれど…とにかく早急に士官学校を浄化する必要があった。

 絶対にアスランを裏切らず、金品その他に心を動かされず、さらに実力と人望のある人…という事で、ヤルトリツの名が挙がったのは、必然だっただろう。


 とは言え、十二狗将と士官学校学長じゃ立場も俸給も退職後の扱いも全く違う。

 言うならば貧乏くじだ。命じれば瞬時に「御意!」と頷くだろうけれど、あまりそれはさせたくないなあと親父やスバタイ叔父さんまで悩んだ。


 なら、ヤルト爺に引退してもらって学長に、その軍はヤルトリツが引き継ぎするのでどうか…と言う案で行こうかと決まりかけた…んだけれど。

 まだヤルト爺にすら話は言っていなかったのに、本人から「是非、おれに」と申し出があったんだよね。


 実際、ヤルト爺だとやりすぎるかもしれない…と言う懸念はあった。

 何せ、ヤルト爺は一切「清濁併せ飲む」ことが出来ない人だ。

 少しでも不満を見せた講師は即座に罷免、素行不良の生徒には顔の形が変わるか、骨の何本かが折れる程度の「愛の授業」をお見舞いする可能性が高い。

 浄化は必要だけれど、周りにつられて多少濁っている程度の人なら、環境を変えてやればいいわけだから、そこまでされるのは困るわけで。


 必要以上に厳しくされれば、不平不満は深く深く潜む。そこに、甘い毒酒を流し込まれたら…最悪の事態も起こりかねない。

 ヤルトリツはそのあたり柔軟に対処できるので、最適と言うのなら父に勝る。潜んだ不平不満も、そこに伸ばされる毒酒を注ぐ筒も、見つけることができる人だ。

 

 「十二狗将はいずれ倅がなりましょう。それまで、父上が気張ればよろしい」と言い切り、ミクが「え…?」と言ったっきり絶句するという珍しい事態が起こったりもしたが、二年前、ヤルトネリは士官学校学長に就任した。

 そのはじめての生徒に、クロムやサモンなんていう手のかかるのが居た事は、申し訳ないというか、ヤルトリツで良かったというべきか。

 

 「なんの。ナランハルと…その、そのご夫人をご案内できる日が来るなど!このヤルトリツ、まことに…ッ!まことに!!」

 「あ、うん。親族お披露目の宴には、是非出席してほしいな」

 「御意ッ!!」


 そんな完全無欠な感じのヤルトリツではあるが、ヤルト家の人なんでもちろん涙もろい。

 横につく秘書官が、素早く手拭いを手渡している。彼の肩から下げた籠には、同じような手拭いがざっと見ただけで十枚以上はいっているようだった。

 …お披露目の宴には、ヤルト家の面々も招く予定なんだけれど、全員泣きすぎて脱水で死んだりしないだろーか。酒より、水を大量に飲ませよう。うん。


 男泣きを堪えつつ…全然堪えられてないが…ヤルトリツが案内してくれたのは、十人以上円座になって座ってもまだ余裕がある場所だった。

 周りを士官学校の護衛兵らが囲み、その向こうから此方をまじまじと見ないように、でもものすごく気になる!と言う顔でちらちらと騎士と学生が見ている。

 

 「悪いなあ。こんなに盛況なのに、こんな大きな場所を開けさせてしまって」

 「ナランハル。アスランの騎士たるもの、それを志さんとするものが、貴方様を立たせておのれの尻を置くなど言うことは許されませぬ。座れぬのであれば、立っていればよい。それを不平不満に思うのであれば、今すぐ首を刎ねるべきにございます」

 「いやあ…そこまでしなくてもいーんじゃないかなーって」


 秘書官さん、思考が怖いな。

 なんかクロムが横でうんうん頷いているけど。でも、お前、俺が皿運んでても椅子に座ったままだったりとか、散々したよね?

 いや、今はその辺は置いておこう。叱るなら、現行犯で叱らないと効き目は薄いしな。


 ちらちらと注がれる視線は、俺にも向かて入るけれど。

 その百倍くらいの時間、ガラテアさんを見て止まっている。


 今日のガラテアさんは西方風のドレスではなく、毛織物の胡服デールだ。

 ただちょっと違うのは、左肩から右腰に掛けてゆったりと絹布がかけられ、飾り紐を帯のように巻いて、腰で留められている点。

 

 落ち着いた赤地に淡い色合いで梅の花が染められ、金糸銀糸の刺繍で縁取られているそれは、元々はアカネさんがカゲツさんに嫁ぐ時に持って行った、ヒタカミの礼装だったそうだ。

 ヒタカミの着物は長い間着ない時や、洗う時には縫っている糸を解いて布に戻すのだそうで、ヒタカミから離れる時にそうして持って行けた、唯一のものであるらしい。


 かの地の習慣で、母から娘へとその絹布は受け継がれ、嫁ぐ際にまた着物に仕立て直し纏うものだと、聞いた。

 祖母ちゃんの着物は残念ながらないんで、母さんが嫁ぐ時…と言うか、駆け落ちする際に持って出たのは小刀一振りだけだ。

 

 アカネさんは、その絹布をガラテアさんに引き継いでほしいと、俺が求婚した夜に告げた。

 シンクロウたち三兄弟の妻か娘に渡すべきだとガラテアさんは固辞したけれど、アカネさんの意志はセゼリアオオヌマガメの甲羅よりも硬く。


 ただ、その絹布では、ガラテアさんの長身を包むには足りなかった。手首足首が出てしまうのは、こういう由緒ある絹布で作る着物には相応しくないそうで。

 布を肩から掛けてみる。それだけで、そこまでわかるのは正直にすごいと思ったが、ヒタカミの女性的には当たり前の事らしい。

 …祖母ちゃんは、「わかるわかる」と頷いていたけれど、微妙に具体的な事を言っていなかったから、多分わからないっぽかったけれど。


 がっかりするアカネさんに、ガラテアさんは「これは、こうするのでは?」と首を傾げていた。

 セスでも、母から娘へ、父から息子へと布が贈られる。

 それは服に仕立てるのではなく、そのまま纏うものだ。一年中温暖なセスでは、それで十分外套の役割を果たすのだと、少し遠くを見ながらガラテアさんは教えてくれた。


 その外套ヒマティオンを纏うのは、大人にだけ許された、いわば一人前の証なのだそうで、ガラテアさんもシドも持っていない。二人のセスでの日々は、大人になる前に終わってしまったから。


 まあ、頭の中をのぞかれたらヤクモ辺りに「うんちく長い!」と怒られそうなくらいツラツラと考えてしまったけれども、その赤い華やかな絹布は、ガラテアさんにとてもよく似合っていた。

 そりゃあ、皆俺よりこっちを見る。俺だってたぶん、そうする。


 食事を済ませたらあちこち見学するから移動するし、本人も気にしていないようだし、この時間くらいは見させてあげても良いだろう。うん。

 まあ、あまりにも露骨になりだしたら、威嚇するけどな!


 「ファン?どうした。眉間に皺が寄っているぞ?」

 「あ、ちょっとね、あはは…」


 危ない危ない。無意識に威嚇準備に入っていたらしい。

 

 「と、ところで、学長に御礼を言わなきゃと思っていたんだ」

 「己なぞに?如何なることであれ、ナランハルの御為に尽くすは当然の事にございます」

 「いや、でもさ。クロム、実践訓練の途中で引き抜いちゃったのに、卒業したことにしてくれてたし。無理を言ってすまなかったな。ありがとう」

 「そのことでございましたか。ならばなおさらに」

 

 ようやく涙が止まった目を緩ませて、ヤルトリツはにこりと笑って頷いた。


 「もとより、クロムを実践訓練に送ることに、己は反対でした。実践など、ナランハルのお側で積ませればよろしい。守護者スレン騎士バアトルとは役割が違うのですからな」

 

 その話は、俺も聞いていた。

 確かに、実践訓練なしで卒業し騎士になる人はいる。もともと「士官学校を卒業する事」は騎士になるための必須条件じゃないしね。

 各軍から推薦を受けて座学を学ぶ為に入学してくる現役の兵たちは、当然ながら実践訓練なんてする必要はない。実践訓練どころか実戦を潜り抜けてきているわけだしな。


 けれど、そうでもない…そして、両親が騎士というわけでもない「庶民の子」を、実践訓練なしで卒業させるというのは「前例がない」。そう、反対の声が上がったって事は、俺にも報告が届いていた。


 そこで俺も口を出してごり押しすれば、おそらく通ったと思う。

 けど、実践訓練はつらく厳しく、学んできたことのすべてを使う期間だ。そして、同期の絆や連帯感は、この時期にもっとも強固なものとなる。

 ただでさえ誤解されやすく、あれこれ言われやすいクロムだからな…と、俺はあえて「参加した方が良いと思う」とヤルトリツに答えた。


 クロムに知られたら猛烈に文句を言われそうだ。

 結果的に襲撃されて、護衛の騎士十名を討ち死にさせ、俺自身も死にかけるという事態になっちゃったわけだし。

 それでも、クロムを訓練に送り出したこと自体は、間違っていない…と思っているけれど。

 …そのおかげで、最初の襲撃でクロムまで亡くすことには、ならなかったからな。


 「もっとがっちり反対してくれりゃよかったのに」

 「お前のその減らず口が、多少は叩き直されるかと期待したのだがな」

 「そうなりゃそうで、『根性が足りん!』とかいうんでしょ」

 「おう、その程度は考えられるようになったか!感心感心!」


 呵々と笑うヤルトリツに、クロムは微かに口をへの字に曲げた。でも、それも一瞬。すぐに、口の端が持ち上がる。


 「昨日の事のように思い出すわ。お前用の訓練をどうしようかと、頭を悩ませたことをなあ。面倒くさいだのなんだのと文句は一丁前に言うくせに、いざ始まると無言でこなしよる。ならば次はと、頭を悩ませたものよ」

 「…課外授業って名目で、学長にクソほどしごかれた事、一生忘れませんので」

 「おお。覚えておけ。しかし、ひとつ、失敗をした」

 「失敗?」


 口の悪さについても、課外授業しておけばってこと?

 横でガラテアさんも「礼法についてか?」と呟いている。


 「もっと、格下相手との戦いもやらせておくのだった」

 「…手加減を覚えておけってことっすか?」

 「違う。お前は格上との戦いしか経験しておらなかったゆえ、相手を見極める…その余地がない。見てわかるような雑魚でもない限り、相手は自分より強いと思い込み、攻め方に余裕がなくなる。それは、大きな欠点だ」


 言われたクロムは目を丸くし、俺はそっちかと頷いた。

 

 「うむ!それは大いにあるな!」

 

 はしゃいだ声と食欲をそそる匂いが、頭上から降ってきた。

 視線を向けると、こま切れ肉の煮込み掛けご飯がこんもりと盛られた大鉢をもって、ユーシンがにんまりと笑っている。


 「しかし、安心めされよ!今はそうでもない!」

 「ユーシン殿下がそうおっしゃられるのであれば、問題ございませんな。肩の荷がおりました」

 「そうか!それは良かった!時に、学長殿はこの後お手隙であろうか!是非、ご教導願いたい!ヤルトミク将軍にも手合わせいただいたが、実に素晴らしい戦士だった!」

 「是非に…と申し上げたいのですが、無暗に予定が詰め込まれておりましてな。この美味そうな飯を前に、失礼いたさねばなりませぬ」

 

 社交辞令じゃなく、本気で残念がっているのは、明らかにしょぼんとした表情から見て取れた。まあ、仕方ない。交流会なんだし、学長として俺らだけにかまっているわけにもいかないしね。

 

 「それでは、ナランハル。ガラテア様。御前を失礼いたしまする」

 「うん。今日、ヤルトリツに会えて本当に良かった。時間を取ってくれてありがとう」

 「何をおっしゃられる!本来であれば、お迎えからお見送りまで成せばならぬというのに…!!」

 「いやー、俺が来るのは急に決めた事だしさ」


 秘書官さんが、そっと何枚目かになる手拭いを差し出している。この光景を見ている在校生たちが、ドン引かなきゃいいんだが。


 「ユーシン殿下、ヤクモ殿下、シド殿下。ご挨拶もろくにできぬ無礼、誠申し訳なく…」

 「なに、名乗りあったのだから十分だ!」


 急に名前を呼ばれて、ユーシンと同じく美味しそうな匂いを立ち上らせる大皿をもったヤクモとシドは、目をぱちくりさせて戸惑っている。

 こういう時にちゃんと返礼できるのは、さすがにユーシンだな。ある意味、俺以上に自覚はないけれど、キリクの王子として堂々たる振舞いだ。

 

 ヤルトリツと秘書官さんは、深々と拝礼をして起き上がり、次の予定へと向かった。次々と籠の中から手拭いが引っ張りだされているところを見ると、涙の堰は決壊してしまったらしい。


 「今のひと、ミクさんのおとーさん、なんだよね?」

 「そうだぞ。そして、ヤルト爺の息子だ」

 「似てるねぃ…あらゆる意味で」

 「だろ?」


 ヤクモは頷きながら、食事を並べるための敷布の上に、細心の注意を払って持ってきた皿を降ろす。

 皿の上には豚肉を揚げたヤツがこんもりと山になっていた。美味いんだよなあ。これ。


 「学長と言うか…現役の武人の気配だな。しかし、俺まで殿下呼ばわりされるとは…」

 「お前さんもセスの王子って公表したし、そうでなくとも外戚にはなるからね」

 「実にこそばゆい。俺の扱いは、クロムと同等で良いと伝えてくれ」

 「やめとけ。ゲロが鼻から噴き出すまでしごかれんぞ」

 「食事前にそういうのやめなさい」


 ひょいとヤクモの持ってきた皿から肉を摘まみ、口に放り込みながら言う表現じゃない。というか、勝手に食わない!


 「クロム!俺の肉を勝手に食うな!」

 「あ?なんでお前のなんだよ」

 「俺も食おうと思っていた!」

 「二人とも、知らない人も見てるんだから、恥ずかしいケンカしないで!」

 「ヤクモの言う通りだぞ。全員座るまで待ってろ。クロムは罰として今日は酒なしな」


 俺の命令に、クロムは眉を寄せてしかめっ面を造り、ユーシンは我が意を得たりとばかりに頷く。

 

 「毒見だ毒見」

 「心配ない。『解毒』の御業は授かっている」

 「つか、絶対違うよねぃ」

 「そうだぜクロっちよお!抜け駆けはなしだぜ!?」

 

 シドの皿には焼き餃子(バンシュパ)、ジルの皿には肉包み揚げ(ホーショル)が同じく山を形成している。

 それに続く騎士たちの手には、串焼き肉(ショルログ)やら焼うどん(ツォイバン)肉団子テフテリ焼き飯(ボダータイ・ホーラガ)などなど、とにかく肉と肉が合う主食!なものばかりが並べられた。

 

 「もちろんコイツもありますが、クロムちゃんはあ、こっちになっちゃったねえ?」

 「あーあ。絶対麦酒にあうのにねー!」


 素早く俺らの前に杯が置かれ、そこに薬缶から注がれるのは当然のように麦酒。

 ユーシンとヤクモ、そしてクロムの前に置かれた杯には、色は似ているけど泡立っていない飲み物…麦茶が注がれる。

 

 「これ、なあに?」

 「麦を煎ってつくるお茶だよ」

 「へえ~。あ、香ばしくていい匂い」

 

 麦茶は茶より安価だし、薬缶でガンガン作れるから、士官学校の飲み物といえばこれだ。一般的には、夏の飲み物だけどね。

 

 「どれも本当に美味しそうだ。何から食べるか迷ってしまう」

 「味は保証するよ。さあ、食べようか」

 「そうしよう!イダムよターラよ照覧あれ!」


 食前の祈りを超早口で済ませたユーシンが、猛然と肉汁掛けご飯に匙を突っ込む。鉢に入っているし、皆で食べなさいねって意味で渡されたと思うんだけれど、まあ、いいか。

 うちの騎士が同じものを持ってきていて、せっせとお椀に取り分けているし。


 「おいっしー!」

 「うん、美味いな」


 ヤクモとシドの口にも会ったようだ。良かった良かった。


 「確かに麦酒に会う。生徒は大変だな。これを食べながら酒を我慢せねばならないのか」

 「呑めないことはないけど、酔っ払って午後の調練をこなすのはとんでもなくしんどいね。クロムは経験あるんじゃないか?」

 「うるせえ」


 あ、これは絶対にやったな。


 食事は量も味も実に満足いくもので、全員の顔には満ち足りた笑みが浮かんでいる。

 でも、交流会は飯食うだけの場所じゃないからね。ちゃんと交流もしなきゃね?


 「ジル」

 「なんでしょ!」

 「今年騎士になった…つまり、クロムの同期がいないか、呼びかけてみてくれ」

 「うっす!まかしといてくださいよォ!」


 俺の指示に、転がって腹を擦っていたジルは跳ね起き、胸を叩く。それとは真逆の反応を見せたのはクロムだ。


 「お、おい…別にいい。同期ならサモンのアホ面をさんざん見たし…」

 「それは同期に会ったんじゃなくて、サモンに会っただけだろ。と言うか、一年目の騎士に声を掛けて激励するのは、仕事の一環だぞ?」

 

 ガラテアさんのお披露目と言う目的もあるけどさ。

 ちゃんと、たまには二太子らしいことしなきゃね。


 「おぉい!!尻から殻が取れてねぇ一年目のひよっこ騎士!二太子ナランハルがお呼びだァ!即座に集合しやがれ!」


 でもまあ、呼びかけの人選を間違えた事は認める。

 声がでかいのは、見込み通りだけども。言い方ぁ!


 俺たちが陣取っていた場所の周囲は、大股で五歩ほどの空間が開けられていた。

 混雑しているところに申し訳ないけれど。暗殺対策もあるし、話を盗み聞いたり、お近付きなろうと距離を詰められないようにするためだ。

 

 そして、その空いた空間はこうして人を集める場所にもできる。


 ジルの声を聞いて、すぐに十人くらいの集団が出てきた。

 全員、皺ひとつない騎士服を纏い、双眸をぎらぎらと光らせている。

 ちらりとクロムを見ると、無言で片眉を上げて首を振った。この集団の中には、クロムの級友はいないらしい。


 うちの騎士から号令が出るより早く、お手本のように片膝をついて右拳を左胸につける。うーん。礼法の所作、試験するなら十点満点だな。

 

 「新しき大アスランの忠勇たる若駒よ。諸君らの忠勇、大いに期待している」

 

 俺の声に、示し合わせたわけでもないのに「是!」と言う声が重なった。これは、間違いなく「上の方」の卒業生だなあ。


 「クロムと全然違うねえ…それに」


 ヤクモは続く言葉を飲み込んだ。たぶん、「紅鴉親衛隊のひととも違うねぃ」と続くところだったんじゃないかと思われる。

 うちの連中もね、たぶん、一年目はこうだったと思うんだよね?


 「あいつら、一組の連中だしな」

 「いちくみのれんちゅー?」

 「士官学校は小隊と同じく、十人一組になんだよ。で、軍から入ってくる現役組は別として、試験の成績だの毛色の良さだので組をわけられる。一から八程度までな」

 「ふむ!断言しよう!クロムは八のほうだな!」

 「あんなお行儀の良い雑魚ばっかりの組に放り込まれるよか、はるかにマシだね」


 否定はしないあたりで、ユーシン達も察しただろうが、確かにクロムは八組だった。

 入試の成績は後ろから六番目だったし、本人の態度も悪いとなると致し方ない。

 そういうところで「後ろ楯」になってやるほど、兄貴は甘くないし俺も口出しはしなかった。


 けど、クロムとしても一組の空気より八組の空気の方が性に合っていたようだし、自主練や自習をするのが当たり前という「上のほう」じゃ、ヤルトリツの課外授業を受ける回数も減ってしまっただろう。少なくとも、毎日は無理だったな。


 「ナランハル…!」

 「はい、次ィ!」


 中央に陣取る子が続いて何かを言おうとしたけれど、ジルの声がそれを弾き飛ばす。うん、そこで一瞬ムッとした顔をしちゃうのは良くないぞ。

 ただ、さすがにすぐに表情を引き締め、再び「是」と答えて立ち上がり、場所を開ける。

 

 そうして代わり映えしない声掛けを行って、はや五回。

 真ん中から後ろの方の組は、十人一組でという事もなく、わやわやと並べるだけ並んでくれたりしたんで、そろそろ終わりのはずだ。


 「や」


 そして、嬉しそうに誇らしそうに場所を開けてくれた子たちの後に現れたのは、ものすごく見知った顔。

 サモンの後ろからあと七人、ちょっと着崩していたのを先ほど強引に直しました!といった風情の騎士服を纏う青年たちが続く。

 気安い感じで手を挙げたサモンの頭をひっぱたき、下げさせ、俺に向かってちょっと引き攣った卑屈な笑みを向けてくるあたり、仲良しだなあと微笑ましくなる。

 

 ちらりとクロムを見ると、無表情を造るのに失敗して口の端がひくついていた。間違いなく、旧八組。クロムとサモンの同期だな。


 「え、ちょ、なんでクロムいんの!?」

 「おま、死んだんじゃ…」

 「死んでねぇよ!!ちんたら訓練してる場合じゃなくなったっつたろ!」


 クロム、死亡説が流れてたの?サモンも訂正してあげなさいよ。


 「んー…良いかな、って」

 

 俺の視線に込められた非難を感じ取ったらしく、うん、と頷きながら答える。何をもってしていいと思ったのか、あとで兄ちゃんに言ってみ?


 「そ、それにその騎士服…サモンもだけど、お前…」

 「ま、所属は紅鴉親衛隊ナランハル・ケシクだな。その前に紅鴉の守護者(ナランハル・スレン)、だが」

 「人選おかしいだろお!!」


 サモンの頭をひっぱたいた子の叫びに、そんなことはないよと言う前に、ジルが再び動いた。

 

 「んなこたァねぇべ!!クロっちはよお!ガキんころから守護者になるためにすンげぇめっちゃバチクソに頑張ってきたからよォ!!」

 「…ジル先輩。軽口言ってるだけなんで、下がっててください」


 ジルのまくしたてる…本人は誠心誠意、訴えているつもりだと思うけど…声に、「ひ」と言いながら後退りする同期たちを見て、クロムが間に割って入った。

 その姿に彼らは安心したように息をつき、やや距離を取る。サモンだけは気にも留めてなかったけれど。ま、サモンだしな。


 「そっかなー。かなーり、心からの叫びだったと思うけど…」

 「うむ!まあ、致し方ない!クロムは下種だからな!性格は悪いし、愛想もない!意地汚いし金にも汚い!だが、そこな御仁!ファンに対する忠節だけは間違いないので安心してくれ!」

 「…てめぇの米粒大の脳味噌が忘れても、絶対に後でしめるからな…」

 「そういう事言うからじゃないかなー」


 今日、俺と一緒にいるやたら顔の綺麗なキリク人が誰だかは、さすがに分かっているんだろう。どう反応していいのかわからず、固まっちゃっている。


 「無礼者!跪礼をとれ!どなたの御前と心得るか!」


 そんな一団に叱責の声を飛ばしたのは、うちの連中でも、士官学校の講師でもなく。

 最初に挨拶に来た、一組出身の騎士たちだ。

 

 「あ…!申し訳ございません!ナランハル!」

 

 慌てて跪く彼らを満足そうに眺めやり、一礼しようとし…動きを止めた。

 その視線の先にいるのは、涼しい顔で立っているサモン。そして。


 不機嫌さを隠さないクロム。

 

 あー、これはケンカを売る。いや、クロム的には買うつもりだ。

 同じ一年目の騎士に叱責されるのはどうかと思うけれど、二太子を前に立ったままってのは確かに拙い。部隊だったら上官に殴られる。

 俺自身は全然気にしないけど、んー、気にしないのも悪いのか?とにかく、さすがにケンカになるのは避けたい。


 ふと視線を感じて横を見ると、ガラテアさんが拳を握ってニコリと微笑んでいた。「両方殴るか?」と声に出さず問いかけている。さらにその後ろでシドが防御の姿勢を取っていた。

 うん。気持ちはわかるけど、それもダメだと思うんですよ。


 「あー、そこの君。サモンは星龍親衛隊の所属で、俺に対して跪礼をとる必要はない。そしてクロムは俺の守護者だ。いちいち跪いていたら、行動が遅れる。だから、立ったままなのは何も問題がない」


 言い逃れじゃなく、これは本当にそう。

 親衛隊騎士はアスラン軍ではなく、それぞれの主に仕える騎士だ。

 だからと言って、他の王族を侮ったり無礼を働いていいわけじゃないけれど、伏礼と跪礼は主に命じられたとき以外は免除されている。

 うちの連中だって、兄貴に対して平気で「うぇーい」ってやるしなあ。そのたびに軽く電撃くらってるけども。


 「でも、節度を守り自ら模範たらん、としたことは良い事だ」


 そう言いながら、じっと見る。

 つまりは「うん。で、君はなんで立ってるの?」と言っているわけで。


 親衛隊騎士もいるのに、一年目の騎士が差し置いて同じ一年目を叱責するのは、二太子を前に突っ立っているのと同じくらい、よくないからね。

 うちの連中がそんなことを気にするかとか、そういうことは置いておくとして。


 流石に即座に気付いてくれたらしく、弾かれるように跪く。よしよし。いい子だ。そのまま、大人しくしてくれよ。


 「さて。クロムだけれど、俺はこいつを守護者に選んだことを、この世に滅多にない『正解』だと断言する。すでに何度も助けられているしね」

 「おお、耳が赤いな。クロムも可愛いところがある」


 ガラテアさんの指摘にクロムは思いきりぷい!と顔を背け、「あー…ほんとだ」とニヤニヤしながら追ってくるサモンを威嚇していた。

 

 「なので、君らも心配せず、それぞれ励んでほしい。大丈夫。クロムもサモンも務まっているんだから、君らならじゅうぶんに騎士としてやっていけるさ」

 「それ…どういう意味なの…」

 「サモンの勤務態度は兄貴からもマシロからもよーく聞いたよって事かな」

 「ひどい…。俺、頑張ってるのに…可愛いのに…」


 頑張っている新米騎士は、一太子の執務室で堂々と居眠りしないと思うんだけどなあ?そう口に出したわけじゃなかったけれど、跪く彼らも意図を理解したらしい。

 それだけ、二人の学生時代の諸々がしのばれるけれども、今更叱ったところで過去が変わって、こいつ等が品行方正真面目一徹になるわけでもないし。

 

 「さあ、戻ってくれ。邪魔をしたね」

 「と、とんでもないでございます!!身に余る光栄でございますのです!で、でも、す、少しだけ、その、クロムと話をさせていただけないでしょうか!!」

 「え、もちろんいいよ」


 クロムだからなあ。借金して踏み倒してたりしないと良いんだけれど。

 俺に視線で促され、渋々と言った風情でクロムは級友たちの元へ歩み寄り、その前に無造作にしゃがむ。


 「んだよ」

 「…お前さあ…」


 が!とその肩を掴み、顔を上げた級友くんは…微かに涙ぐんでいた。


 「マジで、死んだかと思ってたんだからな!!」

 「そうだそうだ!手紙くらい寄越せよ!!ばか!!」 

 「おい、サモンは俺が生きてるの知ってたんだから、サモンに聞けよ。だいたい、何処の部隊に配属されたかもしらねーのに、手紙出せるか。こっちは魔導具もほとんどねぇクソ田舎にいたんだぞ」

 

 後ろ姿で表情は見えないけれど、まあきっと、照れ隠しに苛立った顔してるんだろうな。

 

 「うっせー!ばーかばーか!!」

 「ガキかよ」

 「ガキだよ!毎日怒られてるよ!でも、お前が本当に守護者になって頑張ってんなら、俺らも頑張るよ!」

 「好きにしろよ。ま、死ぬまで頑張るんじゃねーぞ。せいぜい長生きして、アスランに税金納め続けろよ。それが俺の金になるわけだし」


 守護者だからって、税金が免除になるわけじゃないからな?

 けれど、遠巻きな「死ぬなよ」という言葉はちゃんと届いたようで、七人の新米騎士たちは大きく頷いて「お前も!二度と死亡説流すなよ!」と詰め寄っている。

 うんうん、いい光景だ。ヤルト家の誰かが居たら、号泣してるな。


 そう思ったのは俺だけじゃないと思うんだけれど、残念ながらそう思わなかった人もいるようで。


 「ナランハル」


 掛けられた声の方を向いてみれば、どう見ても尻の殻はとうの昔に取れた感じの騎士がいた。

 胸元の徽章の色は銀。千人長だな。狼の牙を模した意匠からして、大都守備隊の千人長だ。でも、見覚えはない。この一年で新たに任命された人のようだ。


 「恐れながら、お耳に入れたき事がございます。無礼千万にございますが、お時間をいただきたく…」

 「構わない。が、ここで聞いていい事なのか?」


 守備隊の千人長の意見なら、普段「こうしたらいいのに…」と思っているような事だろうしなあ。でも、それなら俺に直談判しても結構どうしようもないけども。

 千人長なら、朝議で上伸できる立場だしなあ。守備隊の万人長五人とその上の十二狗将…お元気じいちゃん組もウルツ将軍も、部下の意見を聞かないような人じゃないし。

 その面々が却下するような具申なら、俺に言われても困る。


 「感謝いたします。ナランハル。むろん、この場で構いませぬ。いえ、むしろ、この場にて申し上げたく…」

 「なら、どうぞ」

 「単刀直入に申し上げます。今一度、守護者の人選を御考え直しくださいませ」

 「え、断る」


 しん…と沈黙が場を覆った。

 え、そんな変なこと言った?って言うか、何故見ず知らずの千人長に守護者の人選で心配されてるんだ?


 「断るけれど、理由は聞いておく。ただし、それが根拠のない誹謗中傷の類なら、俺も怒るけれど」

 「誹謗中傷などではございません!従弟より聞きましたが、その者、授業態度は不真面目甚だしく、寮を抜け出し夜遊びに赴くことも度々とか!」


 え、そうなの?すごくありえそうだけれど。

 ちらりと級友くんたちを見ると、「んー…」って顔で視線を床に這わしている。ついでサモンを見ると、力強く頷かれた。


 「まあ…クロムだしねぃ」

 「うむ!今更驚くことでもないな!」

 「付き合いが短い俺でも想像できるな」


 ある意味信頼されてるなあ。クロム。

 確かに、そう言われても「やっぱりな」以外の感想は浮かんでこないし、だからって守護者を選びなおさなきゃ!なんて思うはずもない。

 

 「心配して諫言してくれたことには感謝する。だが、守護者を選ぶ基準は、学校の成績や生活態度ではない。確かにクロムはそういうところあるけれど、寮を抜け出して行っていたのは夜遊びだけじゃないぞ。何せ、兄貴…オドンナルガはお忙しいから、弟子に稽古をつけてやれるのは夜遅くになる」


 三回に一回くらいは、本当に夜の店に遊びにいってたと思うけどね!


 「オドンナルガ…?」

 「クロムの剣の師匠は、いや、戦い方の師匠は、オドンナルガだ。我が家に伝わる剣術、クラマの技を伝授されている」


 俺の説明に、あたりがどよめいた。別に門外不出にしているわけじゃないんだけれど、民間には伝わってないからな。あまり使い手が増えちゃうと、対策もされやすくなっちゃうからね。


 「わかってくれたかな?」

 「…しかし!その者、模擬戦に於いても芳しくなく…!御身をお守りする最後の砦たる守護者に相応しくはないかと!」

 

 しかし、千人長は食い下がってくる。


 「え、それは意外。大人げなく叩きのめして怒られる方だと思ってた」

 「手を抜くのは失礼だぞ!」

 「…いや、なんとなくわかる」


 今度は意見が割れた。ユーシンとヤクモの視線を浴びたシドが、苦笑しながら「あくまで推測だが」と言葉を続ける。


 「クロムは手加減できるほど、経験を積んでいない。下手に本気を出せば、試合用の刃が潰れた武器だろうと、殺してしまう。だから、まともに戦えない。そうじゃないか?」

 「…第一、めんどくせーし」


 ブスっとした声で、否定も肯定もしない。

 でもきっと、シドの推測は当たりだ。そして、そうであってもクロムの中では負けは負けとして、突かれたくない場所なんだろう。


 「なるほど!それならば強い相手とやればよかろう!」

 「実戦経験がないのは、生徒ならみな同じだろうし、クロムとまともにやりあえる相手と言うのは、そうはいないと思うぞ」

 

 講師陣ならともかく生徒じゃなあ。

 どっちにせよ「殺しちゃまずい」とクロムが判断する限り、同じ結果になりそうな気もする。


 「と言うわけで、弱いというのも誤解だ。実際、クロムは強い。君よりもな」


 最後の一言は余計だったと、自分でも思うけども。

 守護者の人選をやり直せ、なんて言われて、結構穏便に済ました方だ、とも思うんだよね。

 

 「ヘイ、ナランハル。お耳を拝借ぅ」


 ふと、至近距離で聞こえた声。自主的に俺が知りたい情報を集めに行ってくれていた親衛隊騎士が、任務完了して戻ってきてくれたようだ。

 

 「ああ。集まったか」

 「あの千人長、クルゲン家のもんで、さっきドヤついてた坊やの従兄です。大都守備隊アバク万人長の部下で、今年の春に千人長に昇格してまっす」

 「ありがと。それだけわかれば十分だ」


 クルゲン家は、そこそこ大きめの貴族だ。第二夫人派閥…現在担ぐ相手がいないから空中分解してるだろうけど…に属する。

 つまりは、一太子派か二太子派に鞍替えしたい。でも、伝手がないし、敵対していた以上擦り寄るのも難しい。

 おそらく、どうにかお近付きになるべく情報を集めていたはずだ。


 今まで守護者を持たなかった二太子が、守護者を任命したともなればどこの誰だか調べるだろう。

 そして、どうやら一族の子と同期だが問題児だと知れば、どうにか立場を入れ替えられないものかと考えもする…って事か。


 そうでなきゃ、わざわざ千人長が交流会に来たりもしないよなあ。

 遥か遠方に赴任していて、交流会に出る名目で休み取って戻ってきたって場合もあるけれど、この人は大都守備隊だしな。


 難癖付けるのは良いけどね。無理筋かどうかは調べて予測してからの方が良いと思うぜ。

 なんせ、今、まさに「二太子のご不興」を買っちゃったわけだし。俺の中でクルゲン家は情報収集が甘いって印象も付いちゃったし。


 「…ナランハル。お言葉にございますが、臣は士官学校に在籍の折、常に模擬戦では首位にございました。ここにおります、従弟も」

 「それで?」

 「模擬戦で一勝をあげるのがやっとであったものより弱いとは、承服いたしかねます」

 「なら、証明してみせりゃいいんだな?おい、コイツ、お前に舐めた口ききやがった。万死に値する。やっていいよな?」


 いや、さすがに殺っちゃダメだろう。いろいろと面倒くさい。

 けれど、「はははコヤツめ、生意気な口をききよる」と笑って許すのも、癪だ。


 「ファン!俺に良い案がある!」

 「え…ユーシンに?」

 

 目をキラキラさせながら、ユーシンがずいっと出てきた。あまりいい予感はしないけど、一応…聞いておくか。


 「うむ!俺は考えることは苦手だが、これはとても名案だ!」

 「うーん…言ってみ?」

 「クロム!俺と手合わせしろ!」

 「…は?」

 「俺相手なら、本気をだせるだろう!しかし、腕の一本足の一本くらいは落ちるかもしれん!腹に穴が開くやもしれん!ファン、回復薬はたんまり用意しておいてくれ!」


 あ、そう来たか。

 

 「ふむ。私も『再生』の御業を授かっている。首が落ちない限りは、なんとかしよう」


 『再生』はかなり上位の御業だ。その名の通り、喪われた体組織を再生することすらできる。致命傷ですら命に別状のない重傷にもっていけるほどだ。


 「…ふん。馬鹿の思い付きにしちゃ、ましな方か」

 「お前のようにろくでもない事ばかり考えてはいないからな!」


 ユーシンとの一戦を見れば、クロムの実力がどんなものかわかる。

 だから、やり方としては良いとは思う。でもなあ、お預かりしているキリクの王子と致命傷くらいならヨシ!な一戦を許可するって、どうなの!?ダメじゃね!?


 「さすがに、いいぞやって見ろ!とは言えないなあ…」

 「余興と云うやつだ!むしろあれだ!俺への歓待と思えばよい!」

 「んー…」


 正直、あの千人長とクロムの模擬戦にした方が、スッキリする。でも、クロム、ここぞとばかりに本気で腕くらい切り落としかねないよなあ。

 いや、模造剣を使わせればいいんだけれど、そしたらどっかの骨は狙って折っていく。絶対にやる。

 自業自得と言えばそうだけれど、それはそれで余計な恨みを買うわけだし…。


 「よし。あれだ。ヤルトリツが良いって言ったらな!」


 と、言うわけで、丸投げ!

 ヤルトリツの耳に入れば、まあなんかこう、うまい事やってくれると思うし!


 「かしこまりました。すぐに場を整えさせましょうぞ!」


 丸投げた決断は、なんか一瞬で決定された。

 どうやら用事が終わったらしいヤルトリツが、大股で、いい笑顔で、歩み寄ってくる。


 「クロム。ユーシン殿下を失望させるような無様な戦いをするようなれば、ナランハルが何と言おうともう一年、己のもとで鍛錬を積ませるゆえな!」

 「ボコボコにぶちのめしてやりますよ」

 「わはは!負けて泣くのはお前だクロム!」


 あー…なんか、盛り上がってるなあ…。


 「ファン、良いのう?」

 「いや、もう止めても無駄だろう」


 うん。無駄だね。ヤルトリツがノリノリだし。


 「かー!俺っちがやりたかったぜえ!!」

 「…なら、ジルカミシュ。もうひとつ場所を借りて、俺とどうだ?」

 「まじぃ!?シドっちぃ!アンタ、やっぱり男前だぜええ!!」

 

 なんか、シドまで乗り気だなあ…。


 「弟は殴れば止ると思うが?」

 「いや…可哀そうだから、それはやめたげよ?」


 こうして、唐突ながら二組の模擬戦が練兵場にて行われる事になったわけで。

 講堂と違って外だから、寒いけれど広い。それに、見学に来た入学志望者たちもなんだなんだと見に来る。もともと、練兵場では授業の一環としての模擬戦を公開していたしね。

 

 あー、もう…と溜息を吐きつつ、それでもちょっと楽しみなのは、内緒にしておこう。調子に乗るからな。うん。

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