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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
65/89

幕間 この幸運、乗るか離すか

本編と関係のない番外編です。

読まなくても今後の展開がわからなくなることはありません。


現在、もっとがっちりと番外編というか、外伝的なのを書いています。これから本編は日常モノから暴力的表現ありな展開へ変わっていくので、充電したくなりまして。

此方もよろしければ、読んでいただけると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n3739ip/


 成功と言うものは、いつだって気持ちがいい。


 私の事を薄給でこき使ってくれている上司は、現在では私に対して顔全体を歪ませて媚びた笑みを浮かべ、煙が出そうなくらいに揉み手してくる。

 靴を舐めろとでも言ってみようかと思ったが、本当にやられたら、支給された金一封で…三日三晩悩んだ末…買った靴を破棄しなければならなくなる。

 

 弊社『大都順風耳』は、モウスルでの大王陛下とその太子御二人のご活躍を綴った号外が売れに売れ、空前絶後の好景気に沸いていた。

 

 何せ、印刷屋が血尿を出しつつ刷るはしから売れていき、刷り上がるのを待つ人々の行列ができたほどだ。

 その売り上げが全て弊社の収益になるわけではないものの、この数日で今年の売り上げを超えたらしい。

 

 無論、他誌も後追いをしたが。


 私はそれを読み、先に手を打っていた。と言うか、恩義を返して回っていた。

 号外をもって真っ先に向かったのは、実家ではなくモウスルの町と、その近隣に住む遊牧民の方々の幕屋ユルクである。


 それを皆さんは大変喜んでくれた。

 そして、義理に感じてくれたようだ。


 人々は取材に訪れた他誌の記者に、私が配った号外を見せ、「ここに詳しく載っているよ!」とやってくれ、さらに遊牧民の皆さんは、コッソリと二太子様から首巻を貰ったお祖父さんとお孫さんを紹介してくるという破格の厚遇をしていただいた。

 私は「ウッゥオオオフゥッ!!」と言う雄たけびを上げながら、二太子ナランハル様の素肌に触れた首巻を至近距離で眺め、恐れ多くも少し吸入した。

 お孫さんが怯えた顔をしていたのが、本当に申し訳ない。


 しかし、腹だたしい話も聞いた。この首巻を狙う不逞の輩が押しかけているらしい。

 金を払って買おうとするのはまだいい方で、奪い取ろうとする犯罪者の方が多いと聞いて眩暈がした。

 しかし、そんな輩共の振る舞いを、黙って耐えているわけではなく。


 太子様お二人の首巻は、被害に遭って現在再建中の高級宿屋『双子山羊』亭が買い上げるという事になったそうだ。

 なんでも、壁に硝子の箱を埋め込んで、そこに収める予定らしく、泊り客にだけ見せるという開示の方法をとるのだと。

 首巻をいただいたご家族は「いつでも好きな時に見に来て良い」と、ご主人は正式な書類まで用意されたのだとか。


 前回、色々聞かせてもらった遊牧民の男性が『双子山羊』亭にも一緒に行ってくれて、ご主人の話も伺うことが出来た。

 ご主人は別宅で療養中で、不明瞭な言葉遣いが痛々しい。狼藉を働いていた一団に拷問まがいの仕打ちを受け、歯が半分ほどなくなってしまったのだと、奥方が涙を浮かべておっしゃっていた。

 

 この話を記事にすることで、首巻を狙う連中は『双子山羊』亭へとやってくる。それが最大の狙いのようだ。

 『双子山羊』亭にはそういう不逞の輩を追い払う力も金もあるが、一般家庭では難しい。この話を記事にして広めて欲しいのです、とご主人は仰られ、奥方も頷いた。


 二太子様の首巻をいただいたお祖父さんは遊牧民だから、住居も変えることが出来るし、周りには弓と手斧はお洒落の一部です、な方々もいる。

 しかし、もう一組のご家族はモウスルの町に住んでいる、ごく普通の住人だ。

 なので、干渉も熾烈だったようで…既にそちらのご一家は『双子山羊』亭に匿われていた。

 記事にするお礼にと、一太子様の首巻も見せていただいた。二太子様のそれと色違いのお揃いで、仲睦まじいご兄弟だと胸がほっこりする。


 ご一家のお父さんは「首巻を渡さなければ馘だ」と、勤めていた食堂のおやじに脅されたらしい。

 それを聞いて憤慨した出入りの商人さんが、『双子山羊』亭に話を持っていき、ご主人がそれならばと引っ越しを提案してくれたのだと、首巻をいただいたお母さんが教えてくれた。


 『双子山羊』亭のご主人、狼藉者が家族や従業員に危害を及ぼすのを恐れ、ご自身の危険を顧みずに逃がしたほどの義心の士である。さらに善行を積まれ、それを自分から語ることもないとは聖人か。

 なお、馘というかその食堂を辞めたお父さんは、再開した『双子山羊』亭の料理人として働くことが決まっているとの事だ。


 これらの話を、特に『双子山羊』亭のご主人の美談として記事に仕立てたら、今度は印刷屋が血涙を流した。

 安心してほしい。無理を言える(締め切りを伸ばせる)印刷屋を過労死させて潰すわけにはいかないので、今回は他に五つほどの印刷屋に分散して依頼したのだから。

 まあ、それでも、今度は印刷屋の弟が血尿を出したそうだが。


 つまりは、それだけ売れたという事で。

 また刷り上がった『大都順風耳』をモウスルに持って行って配り歩くと、ご主人夫妻が「もう来年一年分の客室が予約で埋まってしまいましたよ」と嬉しそうに困っていた。

 

 自分でも納得いく記事を書いて、それが誰かの「良い事」に繋がったら、これほど嬉しいことはない。

 ますます上司が気持ち悪い笑顔をするようになったが、それくらい許容しよう。心なし、上司の頭頂部に広がる荒野の面積が広がった気もするし。


 現在の私のような、幸運に恵まれてなんでもうまく行く状態のことを、「ルフに捕まれている」と俗に言う。

 自分の力で天に舞い上がっているわけではないので、離されたら真っ逆さまに墜落して死ぬ。

 鵬の背に這い上がれるか、気まぐれに突き放されて見るも無残な肉塊に成り果てるかは、本人次第だから気をつけなさいよ、と言う戒めを込めた言葉だ。


 私は鵬の背に這い上がる方でいたい。

 乗るしかないのだ。この大攻勢に。


 私の発言力は大いに上がり、私の事をやや見下してさえいた良い学校出の後輩は、私の椅子になろうと四つん這いになったりしていて気持ちが悪いほどだ。

 同僚たちも大いに乗っており、王室と全然関係ない近所の美味い店特集でさえ、普段の五倍は売れた。

 

 なので、私は今。

 絶対に押し切ろうという気迫を込めて、ひとつの企画を持って、通いなれた薄汚い弊社『大都順風耳』の社屋の階段を登っている。

 

 その企画…つまり「二太子ナランハル大特集」!


 最初から最後まで二太子の事だけ載せた、いつもの読売ではなくちゃんとした冊子だ。今までなら、売れるわけないと会議にも掛けてもらえなかっただろう。

 だが、今は違う!

 私の発言力はいまや無視できない大きさになっている。今回の特別報酬はいらないから、やらせてくれと訴えれば無碍にはできまい。


 「…いざ!」


 なんかいつもベトつく取っ手を押して出社すると、普段はこんな時間にはいない社長と、その足元で跪いて揉み手している上司と、社長の椅子になっている後輩と、それを遠巻きに見ている泊まり込みの同僚たちがいた。

 控えめに言って地獄みたいな光景である。


 「おっはよお!いやあ、今度のも良かったよお!」

 「はあ…オハヨウゴザイマス」


 社長は確かそろそろ六十になる年だが、服装とか言葉遣いとか、すごく微妙に古い若作りをしている。

 見苦しいことこの上ないが、普段は金だけ出して口は出さない系のありがたい社長だ。見苦しいくらい許容しよう。


 「いやあさあ!ノッてるよねえ!ほんと!」

 「アリガトウゴザイマス…」

 「ボクがさあ!『大都順風耳』の社長だよ~んって言うとねぇ!チャンネーたちがすごぉい!読んでますぅ!って寄ってきてさァ!あはは!」

 「はあ…」

 「社長!それよりも彼女に、例の件を!」

 「あ、そうだったそうだった!ちょっとネ、取材いってきてほしーのよ」


 チ、影響力を上げ過ぎたか。

 取材なんか言ってる暇ないというのに!!どうせ、どっかの妓女チャンネーに人気の店とか、歌い手の話だとか、そういうのだろう。


 「ドコデスカ…」


 しかし、哀しいかな。

 私は雇われ人。上司くらいならどうにかなるが、さすがに社長自らの指示では従わざる得ない。

 それがわかってて、社長に言わせてんな上司め。頭頂部を荒野から無漠ゴビに変えてやろうか。


 「黄天餐館」


 社長はにんまりと、黄ばんだ歯を見せて笑う。


 「聞いてるでしょ?二太子が三太子の守護者名乗るガキどもを成敗して、小カーランの平和を取り戻した話」

 「無論!!!」


 そう。私がモウスルと行ったり来たりしたり、印刷屋のお見舞いに行ったりしている間に、二太子様はまたも民草をお救いになられたのだ!

 正直、印刷屋の血尿なんて放っておいて、小カーランへ急行すればよかった。生二太子を拝むことが出来たかもしれないのに。


 「ウチさあ、ま、他誌ヨソさんもね、取材申し込んでたわけよ。とは言え、相手は緑星会の重鎮だし、選ばれるのはお堅いトコだと思ったんだけどさ!

 なんと、紅鴉親衛隊ナランハル・ケシクから、『大都順風耳ウチ』のキミなら良いって名指しされてさあ!」

 「な、な、な、なんですとおお!!」


 嬉しい。

 あたましろいうれしいだめもうしぬ。


 「昔、君が書いた毛虫の記事あるだろう?あれ、二太子様がとてもお褒めになっていたそうでね。今回のモウスルでの宿屋の話。あれもさあ!いたくお気に召されたってえ!」


 あぱぱぱぱぱぱ


 「息してッ!死んでもいいけど、記事書いてからにしてッ!」


 パン、と目の前で後輩の椅子から立ち上がった社長が手を叩き、私の魂はあるべき場所に収まった。

 確かに…死んでる場合じゃない。

 今だ!ここで…ここで出すんだ!


 「でしたら、社長!」

 「なんだい?」

 「ここはいっそ、二太子様総特集の冊子を売り出しましょう!」

 「お!イイねぇ!!黄天餐館には親衛隊の偉いさんも来るそうだからさ、キミ、ついでに許可貰って来てよ!」

 「お任せあれ!許可があればいいのですよね!!」

 「良いよ良いよお!絶対売れるよそれぇ!」


 上司は社長の後ろで激しく首を振り、頭頂部の残り少ない資源を振りまいているが、奴も雇われ人。社長の決定には逆らえない。


 勝った…!これは、勝った!


 こうして私は、意気揚々と「二太子様特集」の企画書を書き上げ提出し、その翌日、黄天餐館に向かったのだった。


***


 黄天餐館は小カーランの中でも、いや、大都の中でも屈指の高級店であり、名店だ。もしここで私が食事をしようと思えば、給料日の当日に来店し、翌月の給料日までは毎日の食事が煎り豆三粒くらいになる。

 別館の方は昼に行って主食ともう一品くらいなら、煎り豆生活しなくても良いだろう。しかし生活費の余裕は消し飛ぶ。そういう店だ。


 無論、気合に気合を入れた。

 服装は大切に保管してある、こういう時に着る一張羅である。靴はこの間買っておいてよかった。お洒落とは縁遠い一品であるが、少し古い形の胡服デールと合わせるならば問題ない。


 徒歩で行ったら門前払いを食らうかもよと社長が案じ、馬車を呼んでくれた。それも流しのじゃなく、呼ぶ高級なやつだ。

 微妙に古い若作りでも、社長。一生ついて行きます。いや、一生はちょっと対価として高すぎるか。五年くらいは。


 「お待ちしておりました」

 「よっ、よろしくお願いいたしまします!」


 私の一張羅よりも絶対に値の張るカーラン式の服に身を包んだ男性が、恭しく迎えてくれた。

 噛みかけて慌てて言い直したが、むしろ大事故になった気がする。

 しかし、案内の男性は欠片も動じず、ニコリと笑って「こちらへ」と門の中へ招いてくれた。

 

 予想通りと言うか、想像以上と言うか。

 黄天餐館はやはり高級店だ。


 客が通る廊下や回廊にすら、私の年収くらいはしそうな調度品が…多くは、茶芸用の茶器だ…飾られ、魔導燈の光に照らされている。

 盗もうと思えば盗める場所に、柵も何もなく置かれているのは、ここに来る客が盗みなどしない層だからだろう。


 「雪の意匠ばかりになってしまい、退屈で申し訳ございません」

 「え!?いえ、とんでもない!実に美しいなと!」

 「以前は、葉が落ち、雪が積もり、そして溶け行くように並べていたのですが…」

 「…もしかして、なのですが、例の連中に?」


 案内の男性は、肯定も否定もせず、ただ少しだけ口の端を持ち上げた。おそらく、推測は当たっている。

 三太子の守護者を名乗り、好き放題に振舞った連中に壊されたか、持ち出されたか。持ち出されたなら返却されそうだから、前者だろう。とんでもない連中だ。


 「記者様をお連れいたしました」


 男性が案内してくれたのは、庭の一番奥に建つ離れの部屋だった。

 間違いなく、私が自分の金でここに入ることは一生ない。


 「し、しるれいいたしまう!」


 また噛んだが、勢いで行けたと思う。

 男性に続いて室内に足を踏み入れると、卓や椅子は黒檀かな?とにかく艶やかな木材で造られ、壁には意外なほど装飾の類はない。ただ、見事な赤い牡丹が生けられた漆黒の壺が、精緻な透かし彫りが施された台に乗っている。


 「お待ちいたしておりました。わたくし、黄天餐館の主人の娘にございます。父が病に臥せっておりますので、わたくしがお答えさせていただきますわ」

 「はじめマシて!私は、紅鴉親衛隊千人長のアミールと言いマス」

 「た、『大都順風耳』の記者にござりますわす!」


 私を待ち構えていたのは、肩から下がすべて同じ太さの女性と、三十代くらいの騎士様だった。いや、紅鴉親衛隊のアミール千人長イル・ミンガンなら今年三十二歳のはずだ。

 若女将…と呼んでいいのだろうか。実に豊満な体形は、カーランでは美女の条件の最重要項目だ。アスランではもう少しメリハリがあった方が喜ばれるが、逆方向に肩から下が同じ太さの自分としては、圧倒される。

 それに、その超豊満な肢体を見ても、誰もが彼女を「美女」と認めるだろう。なんかもう、迫力がすごい。


 挨拶を済ませると円卓に案内され、着席を促された。しまいっぱなしだったとはいえ、汚れのない服を着てきてよかった。心からそう思う。


 「記者サンには、黄天餐館でのナランハルの事を記事にしていただいてデスね、多くの方が黄天餐館に来てくれるようにしたいのですヨ」

 「な、なるほどですヨ…!」

 

 黄天餐館には現在、「三太子が一口も食べずに料理を全て残した」という不名誉な評判が祟っている。

 しかし、二太子様が美味しくいただかれたと言う話が出回れば、そんな悪評は風前の抜け毛のようなもの。一瞬で散って見えなくなる。


 だが、そこまで紅鴉親衛隊が面倒を見る必要があるのだろうか?

 正直、千人長…つまりれっきとした将軍である御方までいらっしゃるとは思っていなかった。

 確かに、アミール将軍は紅鴉親衛隊の広報官的な御方ではあるけれど…。


 私の疑問は顔に出ていたのかもしれない。アミール将軍は、彫りの深いお顔立ちにさらに笑み成分を追加して、頷かれた。


 「ナランハルは、此度の一件につきマシテ、たいへんに御心を痛めておられマス。第二夫人…いえ、廃夫人トラキナの横暴な振る舞いが、黄天餐館や小カーランに大変な迷惑をかけてしまった、と」

 「おおお!さすが二太子様!やっぱりお優しい!」

 「ハイ。ですので、名誉回復や小カーランの活気回復につながることに協力したいと仰せなのデス。ま、私は前回お留守番でしたので、今回はちょっと強引に立候補させてもらいマシタ」


 そう言って片目をパチン!として見せる。紅鴉親衛隊の将軍様方は、親しみやすいかたばかりと聞いていたけれど、本当にそうなのかもしれない。

 少なくとも、なんだか緊張は少し解れた気がする。


 「その御志、ほんっとーに素晴らしいと思うのですが…その、『大都順風耳』は大衆紙なので、黄天餐館のお客様の目には止まらないかも…です」


 だから、うっすら思ったことを私は口に出した。これで「それなら用はない」と追い出されるならそれまで。二太子の素晴らしい御心に適うよう、金持ち御用達のお高くとまった方を紹介するのみだ。


 「ふふ。黄天餐館本館は、父が臥せっている限り再開できませんの。ですので、当分は別館のみの営業になるのです。そこで出す新しい膳を、御二方に試食いただきまして、『大都順風耳』様にはぜひ紙面に取り上げていただきたいと思っておりますの」

 

 若女将の言葉が終わると同時に、銀盆を持った給仕の方々が入ってくる。

 さすが黄天餐館。カーラン風の揃いの服はたぶん絹製だし、五人の女性はいずれ劣らぬ美女ばかりだ。

 まあ、アミール将軍に向けるまなざしと私に向ける視線に温度差があるのは致し方あるまい。

 何せ、親衛隊の将軍と言う確かな地位の上、まだわりと若く、妻帯しておらず、顔が良い。そりゃあ多少熱も籠る。それに、私に向ける視線が冷たいわけではない。

 

 「…!」


 美女たちが運んできたのは、丸い蓋付きの木箱だった。朱色に塗られ、牡丹の花が彫りこまれてる。

 給仕のお姉さんの、嫋やかな手が蓋を取る。途端にあふれ出た芳香に、息と唾を飲み込んだ。


 箱の中には小さな皿が五つ花弁のように並び、中央には小さな筒にこれまた小さな花が一輪、生けられていた。

 だが、正直に言おう。その花の美しさよりも私の目を奪ったのは、皿に乗る料理である。

 

 向かって一番奥の皿に鎮座しているは、白く薄く、中に包まれたものをわずかに透かす薄餅。つまり、間違いなく黄天餐館の看板料理、烤鴨だ。

 その右下には冬瓜と思われる、半ば透き通った四角く切られた野菜。左下はお肉の炒め物、手前の二皿には黄色く色がついた糯米で包まれた肉団子と、川蝦の揚げ物。

 どれもこれも、量はそれ程でもないがものすごく美味しそうである。いや、絶対に美味しい。

 

 これだけでも「うおおおお!」となるが、蓋を取ってくれたお姉さんが一礼と共に下がると、次のお姉さんが椀をひとつ横に置く。

 椀にはお湯?と勘違いするほど透き通った汁に、小さな餃子が三つ揺蕩っていた。


 最後にもう一人のお姉さんがアミール将軍、私の順で箸と匙を置いていく。


 「こちらは、二太子様がたに召し上がっていただいた料理の中から六種抜き出し、気軽に楽しんでいただけるようにしたものにございます」

 「な、なるほど!」

 

 何がなるほどなのか自分でもわからない。なにせ、私の脳は現在「ハヤククワセロ」でしめられている。何せ、思い切って靴を買ったものだから、最近の食事は悲惨なものだったのだ。煎った豆とか。


 「さあ、お召し上がりくださいませ。料理をご紹介させていただきながら、二太子様にお召し上がりいただいた折のことなど、お話させていただきます」


 その言葉通り、若女将は私がまずはやはりこれ!と烤鴨に箸を伸ばせば「二太子様に大変にご満足いただけました。ご一緒にご来店くださいましたユーシン殿下にもお褒めいただき、皮を切り取った後の家鴨肉をご所望為され、半羽分をお出しさせていただきました」と説明してくれた。

 

 他の料理も同じように二太子様の反応も教えてくれる。これは、いい記事が書けそうだしそれにしたって美味しい~!!!

 どれもこれも、今まで食べたことないくらい美味しい~!!!


 「…うーん、でも一つ、困った点がありマスね」

 「まあ、どのようなことでございましょう?」

 「おかず美味しすぎて、ご飯食べたくなりマス」

 「まあ」


 若女将がそっと目配せすると、出入り口に控えていたお姉さんがすっと出て行き、それからほどなくして、ホカホカと湯気の立つご飯が盛られた茶碗と共に入ってくる。


 「余計な口出しかとは思いますが、半分は餃子を食べ終えましたタンを掛けてお召し上がりくださいませ。わたくしの好きな食べ方ですの」

 「それは絶対に美味しいですネ」


 私の前にももちろん、ご飯は置かれた。有難くいただく。

 若女将さんおすすめの食べ方をすると、塩味と餃子から出た肉野菜の旨味がご飯にしみこみ、これだけでどれだけでも食べられる。

 

 しかし、哀しい事に食事は食べればなくなってしまう。これで、今晩からの煎り豆は更にわびしく感じられる事だろう。

 けれど、煎り豆を虚無の心持で食べ続けるより、一食くらい途轍もなく美味しいものを食べて哀しみを抱く方が良い。


 「大変に、おいしゅうございました…」 

 「お口に召していただけましたか?」

 「お値段次第になってしまいますが、一ヶ月に一度の贅沢で食べに来たいです。それが無理なら、半年とか一年とか…」

 「値段は、銀貨三十枚ほどを想定していますの」


 銀貨三十枚…月に一度、いける!

 五日くらいは煎り豆になるけれど、無理な金額じゃない!


 「別料金で、ご飯をつけられるようにしてみては如何ですカネ」

 「はい。是非、取り入れさせていただきますわ。いかがでございましょうか、この膳、皆さま食べに来ていただけますでしょうか?」

 「間違いなく、押しかけると思います。うちの影響力などたかが知れていますが、最初に十人読んで来店したら、次の日は百人きますよ!」

 

 アスラン人の特徴として、物見高く好奇心旺盛、というのは間違いなくあてはまる。そうじゃない人も勿論いるけれど、「話題の店」の話を聞けば、いてもたってもいられなくなる方が多い。

 だからこそ、大都では弊社のような読売が大小高尚低俗あわせて三十紙もあるわけだが。それだけ、人々は「話題」を知りたがっている。


 「ご謙遜を。モウスルの騒動について書かれた御紙を手に入れるのに、どれほど苦労いたしましたことか」

 「刷り上がりましたら、社長に渡すより早く持ってまいりますね!」

 「お心遣い、感謝いたしますわ。みな、読みたがります。不躾な質問で申し訳ございませんが、また号外が出される御予定はございませんの?」

 「号外…は!」

 

 そうだ!二太子特集の許可を得ねば!

 アミール将軍がいらっしゃっておられるのも、天祐そのもの!これはもう、紅鴉のお導きに違いない!


 「あの、アミール将軍閣下!」

 「なんでショウ?」

 「実は、ただいま、弊社ではひとつ企画を進めておりまして!」


 見てもらおうと企画書を書き上げ、印刷してきている。

 それ慌てて足元に置いた鞄…いつの間にか、綺麗な籐の籠に入れられていた…から取り出し、御二人に渡す。

 よく考えたら、若女将には渡さなくてもいいような気もするけれど、そこはそれ。勢いと言うもの。


 しかし、その勢いは吉と出たようだ。若女将は紙面に視線を走らせると、満面の笑みを浮かべた。


 「まあ!こちら、いつ頃発売に?当店で少なくとも百冊は買わせていただきたいわ!」

 「ひゃ、ひゃくさつ!?」


 読売としては、百部は大した数じゃない。けれど、これは本だ。


 「ええ。当店に関わるものはみな読みたがりますもの。百冊でも足りないかもしれませんわ」

 「うちもみな欲しがりマスから、最低でも五千百冊は売れますネ!」

 「え、と、その、では、出版の許可は…」

 「私だけでは決定はデキマセンが、あなたの記事はナランハルへの敬意に溢れていますノデ、信頼できマス。まず、反対する人は…いや、一人だけいますネ。でも、気にしなくていいデス。発言権ないデスから」

 「そ、そうなんですか?」

 「ハイ。あ、でも、その本に寄稿したがるというか、押し付ける方がいらっしゃいますネ。少しでいいので、頁を割いてあげられませんデショウか?」


 どんな方だろう。紅鴉親衛隊長たるアラカン将軍だろうか。もしそうなら、むしろ土下座してでもお原稿を頂きたい。『長腕』アラカン将軍から見た二太子様の御姿なんて、むしろ私が金払ってでも読みたい。


 「まあ、どなたさまでございますの?」

 「オドンナルガですネ。弟愛を語らせたら長いしシツコイので、一度発散させてみるのもいいかナ、と」

 「ヒェ」


 声にならない声出た。

 お、おどんなるが…一太子、『アスランの雷神』トール殿下!?

 それは、読みたいとかそういう枠を超えて、弊社で出版してよいのか!?


 いや…良いのだ。

 私は今、鵬の足に噛みついている。このまま這い上がり、背によじ登らねば!

 乗るしかない!鵬の背に!


 「オドンナルガ、何冊欲しがるカナ…。読書用、保存用、家宝用で最低三冊として、それぞれの予備も…とか言って三十冊は要るとか言いマスね。そんなわけで記者さん。お返事は近日中でよろしいデスか?」

 「はい!勿論デス!!」


 戻ったら、今回の記事を書き上げて、特集本の構成に入らねば。社長に少なくとも五千百三十冊は予約はいりそうと言えば、絶対に「やっぱなし」とか言うまい。

 

 「ああ、そうデシタ。黄天餐館別館に、予約を入れたいのデスが、今いいでしょうか?」

 「はい。むろんにございます。いつでも大歓迎ですわ」


 アミール将軍は私の渡した企画書を鞄にしまい込み、代わりに取り出した封書を、にこにこと頷く若女将に手渡した。

 

 「ナランハルが軽めに伝えていた、后妃様の女子会の予約デス。オット、記者さんの前で言ってしまいマシタ。これは、記事に書かれちゃうナ~」


 こっちを見ながらわざとらしく額を抑えて見せる。

 これは、むしろ書け、と言ってますな。


 「后妃様がすごい楽しみにしてらっしゃってるから、うっかりしてマシタ~」

 「まあ、困りましたわね。けれど、黄天餐館としては大変に名誉なことでございますし、読まれた方々が押しかけて后妃様にご迷惑をおかけすることさえございませんでしたら」

 「そうデスね。まあ、明日の話ですから、記者さんもさすがに間に合わないか」

 「無理です」


 読売は速度が命と言っても、さすがに明日は間に合わない。

 とは言え、明日って言うのが本当かどうかわからないし、念のため、刷り始めるのは三日以上たってからにしよう。

 私の書いた記事のせいで后妃様に、ひいては二太子様にご迷惑をおかけしたら腹を掻っ捌いて内臓を引き出してお詫びするよりない。


 それに、出来れば時間を掛けたい。

 若女将からお聞きした二太子様のお話。全て素晴らしかった。


 特にご自身の守護者スレンを侮辱されて、誰よりも早く成敗しに行った場面など、超解釈一致である。


 ああ、でも、この逸話は特集本に残そうか。今回は、黄天餐館の料理の素晴らしさを、二太子様が実際に食されてお褒めになられた言葉を添えて、紹介する方が良いかもしれない。


 正直、食に関する文章は苦手だ。何せ、美味しいという感想しか出てこないし、今回だって人生一美味しいとしか書けない。

 それではあまりにも過ぎるから、食に関する記事が得意な同僚に添削してもらって…と考えると、書き上げるのに五日欲しい。


 「この記事を載せた『大都順風耳』が出るのは、おそらく七日後になると思います」

 「そうデスか。それなら、問題ないですネ」

 「楽しみにしておりますわ。刷り上がりましたら、百部買わせていただきますので、届けてくださりますか?」

 「まず、見本をお持ちいたします!それは六日後に!」

 「まあ、ありがとうございます!みなで指折り数えて待たせていただきますわ!」


 お世辞でも、待っている読者がいるというのは気分がいい。

 美味しいのを食べて体力気力も絶好調だ。はやく、文字をしたためたい。文を連ね、この感動を紙面に移したい。


 導きの神よ、紅鴉よ!

 どうぞ私がみっともなく藻掻き、足掻き、鵬の背に跨るさまをとくと御照覧あれ!


***


 「六日後…待つとなると長いものでございますね」

 「まあ、今日明日は后妃様女子会の準備で気を紛らわせていただいてデスね…」

 「ええ、むろん。明後日のご来店、万全を期してお迎えされていただきます」


 記者が去ったのち。

 アミールと若女将は、茶を啜りながら打ち合わせを続けていた。


 「ときに、おひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」 

 「なんでショウ?」

 「二太子様の御本を反対される方とは…」

 「ああ、ナランハル本人デスね。恥ずかしいからイヤだって絶対いいマス」


 あっさりと答えたアミールに、さすがの若女将も戸惑ったように目を瞬かせる。


 「でも、発言権ないデス。みんな読みたがっているカラ、気にしまセン」

 「まあ、ひどい。けれど、わたくし、そちらも楽しみで楽しみで…ああ、いつ頃に読めるのでしょうか。イントルの花が咲くころに読めましたら、嬉しいのですけれど」

 「どういう本になるかにもよりますカネ。取材協力でシギクト君呼び寄せマスか。ナランハルが草原で暮らしていた頃から一緒に育ったヒトなので、きっと面白い話を色々知っていマス」

 「ますます楽しみになってしまいますわ」


 顔を見合わせて笑う二人。もし今、ファンが盛大なくしゃみをしていたら、きっとこの悪い笑顔のせいだろう。


 「ついこないだ、公開処刑されたばかりナンで、少しお気の毒デスが…」

 「御身に何か?」

 「ああ、そうだ。こちらもお渡ししないト」


 もう一通、アミールは鞄から封書を取り出した。


 「つい先日、皆でコッソリとナランハルの求婚を見守りまシテ」

 「まあ!もしや、御二人で予約を、と仰っておられた方でございますか?」

 「ガラテア様というお名前からわかる通りの美女デスね」


 大きく頷く若女将の頬は紅潮し、その双眸は獲物を天から見つけた荒鷲のようだ。


 「その、御二人での食事の予約をと」

 「ガラテア様には、お口に合わない食材などは?」

 「ないみたいデス。ああ、お酒は嗜まれマスので、特に良いものを」

 「かしこまりました。今、こちらをわたくし共にということは、まだ公布されないのでしょうか?」

 「もうすぐデスね。発行が七日後なら問題なかったデスが」


 つまりは、七日以内には大都中が喜びに沸くという事だ。


 そんな時期に「二太子が楽しまれた」料理が食べられるとなれば、更に話題は加熱する。材料は見込みの倍…いや、三倍は用意しておかねばと、若女将は脳内の帳簿に書きつけた。


 「記者様…いえ、読売を刷る印刷所の方が、大変なことになりそうですわね」

 「大きな印刷所に伝手がありマスから、紹介した方が良いかもしれまセン」


***


 その『大都順風耳』がどれほど売れたかを正確に伝えることは難しい。

 ただ、黄天餐館別館には連日客が押し寄せ、閉店時間を待たずして店仕舞いをするほどとなった。


 そして印刷屋は、最初の一刷りだけを手掛けたのち、「当分休業!」の札を下げて一族揃って南の島へと急な旅行に出かけたとの事である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 記者さんの再登場! 待っていました。 今回もすごく面白かったです。
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