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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
63/89

羊肉は熱いうち(善は急げ)6

 「クロム!マシロ!」


 名を呼びながら駆けこんだ先は、星龍府に設けられた医局。

 

 ついに始まってしまった仕事は、当然ながら中々の量だった。

 それでも、「絶対に今日中!」ってのはごく僅か。案件にして、三件だけと言うのは、一応俺に気を遣ってくれた結果だと思う。

 その三件を順調にこなし、次の仕事だとあまり熱のない気合いを入れなおした時。


 唐突にしろさんが執務室に現れた。


 俺が大都を出た後に兄貴に雇われた密偵である彼は、少し険しい顔で「マシロのにーさんとクロム君が倒れたっす。至急星龍府の医局に来てくれって、あのおっさんが言ってるっす」と告げると、また唐突に消えた。

 

 執務室には俺の他にアラカンと、飛竜隊の隊長であるボオルが居て、その一瞬過ぎる伝言に揃って目を瞬かせ。

 それからすぐに「ナランハルが星龍府に赴かれる!」と、部屋の外にて護衛中の騎士たちに向かって叫んでくれた。


 俺が仕事をする紅鴉府は、星龍府と同じ前宮にある。とは言え、建物を完全に出て行かなくちゃならない。走って行けるけれど、全力疾走したら俺でも辿り着く前に息が切れる。そんな距離だ。


 だが、俺の優秀かつ頼れる騎士たちは、アラカンの声を聴くと同時に馬囲いを開け放しておいてくれた。

 俺の呼ぶ声に駆け寄るコロの背に跨り、星龍府へと駆けさせる。


 そして駆け込んだ医局の房。

 そこは、重傷者を運び込むところではなく、暑気あたりや訓練中頭を打って様子見が必要になった人を運び込む、言わば経過を観察するための部屋だ。

 そのことに詰めていた息を吐きだしつつ、中へと飛び込む。


 わざと窓を小さくし、魔導具で温度調節を行っている部屋は、昼前だけれど薄暗い。

 その薄暗い部屋の大半を占める二つの寝台。そこに、なんかすごいぶっすう~と不機嫌なクロムと、俺を見て「よ」と片手をあげるマシロが寝かされていた。

 寝台の間で立っていた兄貴が、俺を見て何故かホッとした顔をする。


 「おお、弟よ!」

 「兄貴!二人は…!」

 「問題ねぇよ。ちょっとばかり…『砦』失敗しただけだ」


 ぶすくれたままクロムが答える。こっちの言うことはわかるし、それに対して的確な答えも返してくれる。良かった…本当に問題なさそうだ。

 で、それは良いけど、なんでそんなに不機嫌なんだ?


 「あはは。私がちょっとクロムを騙したもんで、拗ねてるんだよ」

 「拗ねてねぇよ!!」

 「…話が、さっぱり見えない」


 マシロも、すこし顔色が悪いくらいだし…ああ、良かった。

 でも、なんで「倒れる」なんて事態になったのかは聞いておきたい。


 「う、うむ。それはだな、弟よ…」


 ざっくりと、兄貴は何があったのかを教えてくれた。


 第一工房長が不正を働いている懸念があり、ずっと内偵していた事。

 それとは関係なく、シンクロウが濡れ衣を着せられて監禁されていた事。 


 そして、第一工房長がマシロを脅し、『紅鴉の爪』を持って来いと、要求した事。


 「ホントにこいつ、鍛冶師にとっちゃ魔剣なんだな。あのおっさん、いきなりとち狂いやがったぜ」

 「お前なあ。あれほど大鍛人が言ってたのに、信じてなかったのか…」

 「紅鴉の実在を疑ってたお前にゃ言われたくねーな」


 お、クロムの機嫌がちょっと上向いている。


 「私も認識が甘かった。…『紅鴉の爪』は、怒りに触れれば即座に命を奪ってくるような、荒ぶる神だと…改めて認識した直後だったというのにな」

 「マシロは変なところで思いきりが良いからなあ」 

 「ああ。まったくだ。…なんでマシロが星龍親衛隊の騎士、それも諜報官になってるんだよ。しかも、俺らにも黙ってるとかな!」

 「え、そうなのか!?鍛冶師じゃなくて?」

 「工房の内偵の為と、その後のちょっとした計画の為にさ。それにいつ騎士を辞めたって、武器の調整が出来れば食っていけるだろ?」


 クロムの噛みつくような眼差しを歯牙にも掛けず、マシロはそう言ってのけて笑って見せた。

 

 本来、士官学校の生徒は実践訓練の後にある、最終試験を突破しなければ騎士にはなれない。

 が、抜け道と言うものはあるわけで。


 クロムだって、実践訓練中に俺に従って大都に戻り、アステリアにも同行したから試験は受けていない。

 けれど、クロムの身分は間違いなく騎士だ。騎士名簿にも名が記載されている。

 ただし、士官学校は卒業できず放校って扱いだけれども。


 千人長以上の武官が「コイツは試験とかなしで騎士で!」と推挙し、それがさらに上の武官に認められた場合は、士官学校を卒業しなくても騎士になれる。

 士官学校にはそうやって騎士となり、いずれは将として必要になる軍学を学びに入学してくる人もいて、そういう人は本来二年のところを一年で卒業になる。

 まあ、そうした人たちが士官学校での生活で求めるのは、軍学よりも同期の伝手とか縦横の繋がりだったりするんだけれど。

 

 俺も一応は、千人長だ。そして俺の推挙を、俺の上の武官…つまり親父が認めて、クロムは騎士になった。

 同じことを、兄貴もマシロにしたんだろう。それ自体、全く問題ない。

 でも。


 「諜報官じゃ、ほいほいと言うわけにもいかなかったんだろうけど、やっぱりちょっと、教えてほしかったぞ」

 「悪い悪い。まさに任務が大詰めだったから」

 

 クロムの不機嫌の理由はこれか。

 ここまでぶすくれる事じゃないから、なんか失敗して恥ずかしかったんだな。それを誤魔化すのに、不機嫌な顔をしてみせてるってやつだ。何をやらかしたのかは、聞かないけどさ。

 

 「弟よ!!」

 「うわっ!なに、兄貴!病室で大声出しちゃダメでしょ!」

 「マシロへの指示は、俺の責だ!弟をないがしろにしたいと思ったわけではないのだが、今回、クロムまで巻き込んでしまった…。まこと、すまぬ!」

 「いや、巻き込まれたって言うか、自分で乗り込んでいったからね?こいつ」


 マシロから話を聞いた時点で、俺や兄貴に報告してれば良かったわけだし。


 「弟よ!」

 「う、うん」

 「兄を殴れ!!」

 「へ?」


 突然、何言っているんだこの人は。


 「兄は、お前から何か罰がなければ気が済まぬ!!さあ!さあさあさあ!!」

 「え…いいよ、別に…」


 じわじわ近付いてくる兄貴から、そそそ…と離れつつ首を振る。

 けれど、兄貴は更に距離を詰めてくる。


 「ならぬ!信賞必罰はアスラン軍の基本だ!!さあああ!!!」

 「い、いや!!いい、いいから!!ちょ、近い!近い!!」


 更に寄ってきた兄貴が、跳ねとんだ。

 見れば周囲に、きらきらと輝きながら溶けていく、『砦』の残滓が見える。


 「俺の主を困らせるんじゃねえ」

 「クロム、ありがたいけど、無理はするな」

 「この程度なら、無理でも無茶でもねぇよ」


 その言葉通り、額には刻印が浮き出ているけれど、出血はしていない。一瞬の展開で負担を極限まで抑えたようだ。


 「黙っていたって話なら、私もソレ…聞いていないぞ?」

 「あ」

 

 ああ、そっか。マシロにも話してなかった…もんなあ。

 俺とクロムの刻印について知っているのは、うちの家族とアスランの重臣たちくらいだし。

 

 「なーんてな。実は、しばらく前にトールから聞いていた」

 「じゃあ良いじゃねぇか」

 「私はそんな大切なことも教えてもらえないのかと、ちょーっと傷付いたけどな?」

 「う、それは…」


 マシロは笑って「冗談だよ」と付け加えたけれど、知った時に思うことはあっただろう。

 それを笑って流してくれるなら、俺たちもマシロの「騙してはいないが正直に話してもいない」ことを咎めるわけにはいかない。

 

 「…ところでクロム。お前ちゃんと、家に帰ったのか?」

 

 話題を変えるためにも、気になっていたことを言葉にして口から出すと、あからさまにクロムの視線が泳いだ。

 コイツ…帰ってないな?


 「マシロの件を優先させるべきと判断しただけだ」

 「あ~…もう」


 俺は別に、クロムの両親にどれだけ憎まれても、恨まれても、平気…じゃないけど受け入れる覚悟はできている。

 だからそんなに、気にしなくていいのに。

 いや、まあ、クロム自身、守護者になることを責められるのが嫌なんだろうけれど。

 

 「よし、決めた。羊肉は熱いうち、だ!」

 「あ?」

 「歩けるようになったら、俺が送っていく」

 「な…いい!いらん!お前だって暇じゃないだろうが!」

 「そうでもしないとお前、ずっと帰らないだろ!今日やらなきゃいけない仕事は終わった!問題ない!」


 ま、仕事はたんまり残ってるけどネ!嘘は言ってない!

 ぐっと言葉に詰まった様子からして、本当に帰る気なかったな。こいつ。


 「うむ。それが良い」

 「トールまで…」

 「…冬至の祭りに臨む弟には負担になるが、クロム。お前の守護者の儀、早めようかと思う」


 え、早めたり伸ばしたりできるもんなの?

 占いで決行の日を決めて、その日にって聞いてたんだけれど。


 「年明けの吉日にと思うていたが。騎士神の御業は、やはり負担が大きい。年内の吉日に行おう」

 「あ、何日か候補日があるんだね」

 「うむ。その通りだ弟よ。さすが明察であるな!」

 「話進まないから、褒めるのは省いて」


 なんでスンっとする必要があるんだ。けどその説明を求めたら長いな。見なかったことにしておこう。


 「確か、七日後だ。それが済めば、クロム。お前は名実ともに紅鴉の守護者(ナランハル・スレン)となる。儀式に先駆けて、騎士任命の儀も行おう。よって、お前の休暇は今日から三日だ」

 「一日でいい。そんなに長く主のもとを離れるわけには…」

 「そうだな。今日から三日!絶対だ!」


 守護者の儀。

 それは、生まれた年月が同じという事で守護者になったとしても、するものらしい。

 それまでも守護者と名乗ることはできるし、主の傍にいる限り、武器を携帯することも許される。それが例え、王の私室みたいな場所であったとしても。

 けれど、守護者の儀を済ませるまで、絶対に進めない場所はある。


 それは、大極殿の座の後ろだ。


 朝議や式典を行う大極殿。王族は一段高い場所に各々自分の座を持っていて、その後ろには人が入れる空間があり、守護者はそこで主の警護を行う。

 壇上に上がれるのは王族のみ。

 もし、誰か違う人が…それが例え十二狗将や六史台長であったとしてもだ。壇に上がろうとすればこれ以上ない不敬ととなり、その場で斬られても極めて妥当な処分って事になる。

 王族に生まれず、壇に上がろうと思うなら…后妃か王配になるか、守護者になるか。それしかない。


 それだけ守護者の儀ってのは重く、その内容は秘中の秘とされていて、俺ですら何をどうするか知らない。

 知っているのは、すでに守護者の儀を終わらせた人たちだけだ。


 「クロム。そりゃ、守護者になったからって、家に帰るのは禁止とかそういうのはないし、いつだって会いたいときにご両親に会いに行ってもらって構わない。けど、お前の気持ちより俺の都合を優先しなきゃいけない時だって、絶対に来る」


 例え、ご両親が死の際にいてクロムを呼んでいても。

 どうでも良い式典に、俺が出席すると言うだけで…その願いを無視しなければいけない時だって、あるかも知れない。


 「そんな時、後悔をわずかでも軽くする為にもさ。今日は、帰ろう」

 「…わかった。だが、一人で帰る」

 「それ赦したら、お前また、鈴屋に入り浸って帰らないだろ!それに、俺も鈴屋に用があるんだ」

 「また夕飯の買い物か?」

 「弟たちに大好評だったからなあ。今度はちゃんと注文したお子様弁当を買っていこうとは思ってるけど、それだけじゃない」


 あ、クロムは今、テムルとフレグがうちにいるの知らないんだった。まあ、道すがら説明しよう。

 昨日はヤクモ達が買ってきてくれた総菜を食べたんだけれど、揚げ物も煮物も大好評だった。弟たちだけじゃなく、エルデニもチェさんも「おいしい!」と喜んでくれ、鈴屋の孫としては実に鼻が高い。


 「クロムにも伝えようとは思ってたんだけどな。鈴屋にって言うか、エルディーンさんたちにだ。士官学校の交流会、行ってみないかって」

 「あー…そういや、そろそろか」


 士官学校に入学するには、推挙を受けるか、推挙なしでさら試験に挑むかのどちらかになる。まあ、推挙ありでも試験はあるけどね。ナシよりは軽い。それに、試験そのものも、まったくの伝手もコネも紹介もないって状態じゃ受けられないし。

 これは、大氏族や貴族なんかが優遇されるというより、いずれアスラン軍の士官となる人わけだから、「ちゃんとした人」だって言う証明が必要だからだ。


 昨日今日アスランにやってきた人でも受けられるけれど、その後ろに「この人は敵国の密偵とかじゃないです」と証明できる人がいなきゃいけない。

 それに、絶対に合格しないだろうって人が、記念に程度の心構えで受けられたらたまったもんじゃあない。とんでもない数になっちゃうからな。

 試験官だって疲弊するし、用意だって大変だ。試験の解答用紙一枚だってタダじゃないんだから。なんで、ある程度の選別は試験の前に済ませるってわけだ。


 ただ、問題なのが「伝手もコネも紹介もある。けど、過大評価している、もしくはされている」って子たち。


 で、自信満々で試験を受けて落ちて、その両親共々逆恨みして…なんてことも起こってしまったりする。

 マシロが重傷を負い、級友を喪った天卓山地の戦いは、まさにそういう馬鹿野郎の逆恨みが招いた惨劇だったしな。

 

 毎年絶対に勘違い馬鹿は出てしまうけれど、なるべく数は減らしたい。

 そして、将来有望な子をできるだけ多く士官学校へと入学させたい。


 そこで開催されるのが、交流会である。


 誰と誰が交流するのかと言うと、まず来年の春に士官学校へ入学する生徒諸君と、既に入学している在校生。

 そして、実際に騎士になっている卒業生。現役退役関わらず名を成した将や勇士。

 そうした人々がわちゃわちゃと飲み食いしたり武勇伝…と言う名の法螺話の可能性もあるけど…を語ったり、試合をしたりする会だ。


 さらに、士官学校に入学を考えている子やその親も入ることが出来る。

 

 勘違いしている子は、実際に目の当たりにする現役騎士らの実力や、公開授業を見て「あ、駄目だ」とわかってくれる事もある。本人が勘違いしたままでも、親が「あ、試験に費やす金の無駄だ」と悟る時もある。


 「今年は五日後。クロムも、友達に会いたいだろ?」

 「別に…そんなに見たいツラでもねーし」


 この交流会、最も心待ちにしているのは、今年の春に士官学校を卒業し、各地に配属された新人騎士の皆だろう。

 実践訓練でしごかれたとはいえ、実際に配置されれば「ああ、先生も先輩も、優しくしてくれてたんだな…」と遠い目になる。

 

 初の上官にどやされ、せっかくいただいた俸給は兵舎での博打で先輩方に吸い上げられ、残ったなけなしの金も、そうした新人騎士を狙い撃つ夜の町の住人達に飲み込まれ…現実の世知辛さを思い知る一年だからな。


 そうした新人騎士諸君には、基本休みすらない。あるにはあるけれど、大抵なんだがんだで潰される。

 けれど、「交流会に出席」と言う名目で、年末年始は二月の休みを貰えるのだ。

 

 この二ヶ月で「ああ、やっぱり自分には無理だ」と、配属地に帰ってこずに除隊票だけ送られてくることも、珍しくはない。けど、それはそれでいい。

 士官学校を卒業して騎士になれるような子なら、優秀な人材だ。無理に騎士を続けて潰れるよりも、他の場所でその優秀さを発揮した方がアスランの為になる。

 

 まあ、そんなわけで、基本一年目の騎士は全員交流会に出席する。

 辞めるにしても、これだけは出ろと言われるしね。「辛くて辞める姿」だって、騎士を目指す子たちに見てもらわなきゃいけない現実だ。

 

 「どのみち、クロムは強制参加だけどな」

 「なんでだよ」

 「俺が行くからさ。守護者としての初仕事みたいなもんだろ?一応、公式に二太子ナランハルとして出席するんだぜ?」


 本当はこっそりまぎれたかったんだけどね。

 なんでも、一部で死亡説まで囁かれているらしいので、露出を増やしましょうってことで。

 さっき、アラカンたちと話していたのは、その時の警備をどうするかって話だった。


 「ふん…なら、ま、しょーがねぇな。俺も行く」

 「おーいクロム、頬緩んでるし、耳赤いぞ?」

 

 揶揄うマシロの声に、クロムは「がう!」と吠えるような視線を向けたが、何も言わずに寝台から立ち上がった。よろける様子もないし、本当に何ともないらしい。


 「マシロはまだ休んで行くか?家に帰るなら、送っていくけど…」

 「うむ。今日はもう帰って休め。むろん、まだ起き上がれぬなら寝ておればよい。後ほど、サモンを寄越すゆえ」

 「いや、大丈夫だ。サモンにへたばっているところ、見られたくないしな」

 「その気持ち!その兄心!痛いほどわかるぞ!!」


 兄貴の言う兄心はともかく、サモンに心配を掛けたくないってのは本心だろう。何せ一回死にかけて、文字通り痩せ細るほど心配させたからな。


 「転移陣は…今のクロムにもマシロにもしんどいな。鉄道馬車で帰るか」

 

 兄貴のところで馬車借りていってもいいけど、帰りも乗ってこなきゃいけなくなるし。一人で馬車で帰る、なんて言ったら、クロムがそれを口実に一緒に戻ってきかねない。


 「マシロ立てるか?肩貸すぞ?」

 「そこまでひどくない。ちょっと、目の見え方がおかしい程度だから」

 「目?」

 「出血してな。まさに『目が潰れた』ってやつ?」


 確かにマシロの右目だけ、充血している。

 俺も『鷹の眼』の使い過ぎで良くこうなるが、ようは目に強い負荷がかかったって事だな。


 「いやしかし、綺麗だった。次は左がこうなってもいいから、もう一度見たいな…なあ、クロム。ちょっとだけ…」

 「ダメに決まってんだろ!!」


 うっとりとした顔でマシロが見ているのは、まだクロムの寝ていた寝台に横たわる布包。つまりは、『紅鴉の爪』。

 

 「この剣、ほんっとーに、鍛冶師を狂わせる魔剣だな…」

 「マシロでさえこうだもんなあ」

 「お前らはあの美しさがわかんないから、そんな暢気な事言えるんだって」


 いや、凄まじく貴重なものだってちゃんと理解しているし、綺麗だなって思うよ?思うけど…。

 そうか。『真の鋼』の現物がここにあるんだよなあ。ほんの少し、欠片に満たないくらいの大きさでいいから、標本としてどうにか採取できないものか。

 

 「ぐっ!?」 


 そんなことを考えながら『紅鴉の爪』を見ていると、クロムが声を上げた。


 「え、どうした?」

 「なんか急に、右手に痛みが…」

 「エーナンデダローナー」


 思考を読まれたか…!でもそれで罰を与えるなら、俺にしてくれ!クロムを狙うのは卑怯だぞ!

 

 「お前…まさかとは思うが…」

 「さ、帰ろう!」


 戦略的撤退。不利になる前に退くのは、基本だからな。

 若干クロムとマシロの目が冷たい気もするが、まあ、気にしないってことで!


 「弟よ、暗くなる前に戻るのだぞ」

 「もちろん」

 「テムルとフレグについては、俺から父上と母上にお伝えしておいた。今晩は、家族そろって食事をしよう」

 「そうだね。早くダヤンも…一緒に食べられるようになると良いな」

 「危機は脱したとの事であるし、お前が大都を発つ日よりは早かろう」


 うん。そうだな…アステリアに戻れば、また一年くらいは顔を合わせられないかもしれないわけだし。

 その前に、兄弟揃って一緒にご飯を食べたいね。


 「じゃあ、また後で!」

 「うむ!」


 とりあえず、『紅鴉の爪』によからぬ想いを抱いたことは誤魔化せたっぽい。

 …まあ、やっぱり、なんか二人の目が、冷たい気はするけども。


***


 鉄道馬車は、中途半端な時間だけあって空いていた。

 王宮を一目見ようと、ジルチ広場から北上してくる人たちはたくさんいるけれど、まだ引き上げるには早い。そんな時間だからな。

 

 客室の入り具合は六割ってところか。悠々座れてよかった。

 何せ、やっぱりマシロは無理をしていたらしく、馬車の到着を待っている間、ぐったりと椅子に潰れて動けず、今も空いているのを良いことに、座席に横たわらせてもらっている。

 通路を挟んだ反対側に俺たちは座って、マシロが振動で座席からおっこちないように見ることにしたけれど、大丈夫そうだ。


 「なあ…一応聞くけどさ」 

 「ん?」


 発車を告げる角笛の音に紛れるように、クロムが呟く。

 続けてがたん、と大きく揺れたものの、マシロはちゃんと座席に転がったままで、慌てて支える必要もなかった。

 とは言え、注意を払わなきゃいけない一瞬であったことは間違いなく、クロムの言葉はそこで止まった。

 鉄道馬車が速度を上げても、クロムの口は閉じたままだ。

 どうやら、言うかどうか迷ってしまったらしい。

 

 しばらくしても、クロムの口は閉じたままだ。外の風景だけが、窓硝子越しにどんどんと流れていく。

 仕方がないんで、こちらから聞くか。そんなふうに切り出されて、止められたら気になるだろ。


 「どうした?」


 クロムは俺の声にちらりと視線だけ向け、しばし、口を開いては閉じを繰り返し…そしてようやく、声を出した。


 「…お前、紅鴉って、見たことある?」

 「ええっと、それはつまり…本物って言うか、像や絵柄とかじゃなくって意味だよな?」


 こくり、と小さくクロムは頷いた。

 もうひとつ「俺の事でもないよな?」と聞こうとして、思いとどまる。

 万が一、周りの乗客がこの会話を耳にしても、「二太子を見たことがあるか」って意味に捉えてくれるだろう。

 そこに余計な情報は差し込まない方が良い。どう考えたって、俺の事じゃあないしな。さすがに「鏡を見たことがあるか」と言われるような失態や失言はしてない…と思いたいんだけど。


 「…昨日、マシロとこうして鉄道馬車乗って帰ってた時にな。マシロが、『爪』を預かろうかって言ってよ」

 「預かる?」

 「うちに置いて、万が一、父さんや母さんが触ったり…捨てようとしたら、ヤバいんじゃねぇかって」

 「ああ…それは、間違いなくヤバいな」


 何が起こるか、正直考えたくもない。

 

 「マシロはまあ…それでちょっと『爪』を借りて、あのおっさんと交渉するつもりだったみたいなんだがな」

 「そうならなくて良かったなあ」


 クロムがいない状態で、鍛冶師を狂わせる『紅鴉の爪』が晒されたら。

 これまた考えたくもないが、マシロが無事だったとは思えない。


 「それについちゃ、もうマシロから謝られてっし、どうでもいいんだけどよ。じゃあ、頼むわって言おうと思ったらさ。…すぐ、横に誰かいて」

 「そこの通路に?」

 「ああ」


 客席がまばらに空いた状態では、この通路に人が立つことはほとんどない。朝の始業前なんかは、座席も通路もぎちぎちに人で詰まるけれども。


 「黒ずくめで…ただ、眼だけが、満月の色だった」

 

 満月の色をした眼。

 それはつまり…うちの親戚?いや、紅鴉の話だから、そうじゃないよな。


 「青の湖(フフノール)で…会ったろ?お前の…」

 「オキナの事か?」

 「ああ。あの…ヒト?と同じ感じだった」


 確かに、俺はオキナと紅鴉は同じ『種類』だと仮定している。

 もしかして、その説を裏付ける有力な証言なんじゃないか!?


 「なあ、どう思う?」

 「そうだな!やはり俺の仮説は正しかったんじゃないかって、自信が出てきた!」

 「…そんなこと、聞いてねーよ。そうじゃなくて、やっぱ、『爪』を手放そうとした俺を…怒ってると、思うか?」


 え、そうなの?でも、クロムが聞いてなくても、仮説の証明に一歩近付いたことは確かだ。

 俺の前にも、出てきてくれたらいいのになあ。


 …あれ?黒ずくめの、ヒト。

 俺も、どこかで、会ったことが…


 「なあ…どう思う?」


 記憶の水底に揺蕩う面影は、クロムの声にゆらいで消える。

 こちらを見もせず、唇を引き締めて、ぎゅっと『紅鴉の爪』を抱きしめるクロムは、まるで迷子の子供のように見えた。

 初めて出会った時、知らない家の前で座り込み、べそをかいていた時のような。


 「怒ってはいないんじゃないかと思う」

 「なんでだよ」

 「怒るような事じゃないからな。お前は、信頼できる人に預けようとした。それは別に、『爪』を粗末に扱ったわけじゃなく、最善の方法を取ろうとしてただけだから」


 そもそも、そんなんで怒られてたら、俺なんてもう何回天罰を食らわなきゃいけないんだ。

 

 「だから、その黒ずくめのヒトが、『紅鴉ナランハル』であった場合、一番考えられるのは…警告か、阻止だろうな」


 もし、クロムがそのままマシロに預け、マシロがシンクロウを助けるために『紅鴉の爪』を、第一工房長に預けていたら。

 マシロとしては、それをすぐ兄貴に報告し、兄貴が第一工房長を『紅鴉の爪』を盗んだ罪人として処罰する…って流れにする予定だったんだろう。ただ、駆けつけた兄貴が見るのは、至宝を手にいい気になったおっさんじゃなく…もっと悲惨なモノだった可能性は高い。

 

 「となると、紅鴉は『爪』の特性を理解しているって事だな。まあ、当然だな」

 「…それは、お前でもそう思うからか?」

 「ああ。俺ならそう考える。第一、怒っているなら姿を現しただけで済ませないんじゃないか」


 ひとつ羽ばたけば大海に波を起こし、千里を越える…という伝説が真実かはわからないけれど、ちょっとひっぱたくか、くらいの罰で人なら簡単に千切れ飛ぶだろうし。


 「お前はちゃんと警告を受け入れて『爪』を手放さなかったんだし、最高の結果とは言えなくても、解決はしたわけだ。だから、次に紅鴉にあったら、ドヤ顔かましてやれ」

 「会えるかは、わかんないけどな」


 口の端だけ持ち上げる笑みを浮かべる顔は、もう迷子の子供じゃなく、いつものクロムだ。

 うんうん。そういう顔しておけ。お前は俺の守護者なんだから。もし、俺の読みが違っていて、紅鴉が怒り狂ってるなら一緒に謝るからさ。


 「あ、そうだ。家に『爪』を置いておくのが不安なら、俺が預かってようか?騎士任命の時に正式に渡すなら、『爪』の機嫌も損ねないだろ」

 「そうだな…」


 クロムは視線を左右に走らせた。きっと、黒ずくめのヒトがいないか、探しているんだろう。

 けれど、その鋼青の双眸はどこかで凍り付いたように止ることもなく、俺の目をまっすぐに見た。


 「頼むわ。そういや、こいつを受け取った時も、ごく普通にポン、と手渡しだったよな。情緒もなにもねえ」

 「まあ、ほら、あの時は、急いでたし…」


 クロムだって、そういう儀式や儀礼的なの嫌いなくせに!

 もうこれはあれだな。騎士任命の時はすっごく仰々しくしてやろう。うちの家族は勿論、十二狗将や六史台長らにも「これたら来てね」って伝えて。

 そろそろ年末の宴ラッシュに備えて、十二狗将が全国各地から大都にやってくるしな。少なくともヤルト爺とジャスワン将軍は絶対に来る。


 その後は守護者の儀式か…。そっちは立ち会えるのは、親父と兄貴、それと大巫師テングリに雷帝神殿の大師だけって話だ。

 とは言え、王と一太子に生きる伝説のような大巫師、雷帝神殿で一番偉い人が絶対にふざけたり笑ったりするのはダメな儀式を執り行うわけで、たあっぷりと情緒を味わってもらえるだろう。


 「…ん?」

 「なんだよ」

 「いやさ。刻印の負担が大きすぎるから儀式を早めるって言ってたよな」

 「ああ」

 「なんで、解決するんだろう…そういえば、ウルズベリで騎士神も似たような事言っていたよな…」

 

 守護者の儀をもって、クロムは俺の正式な守護者になる。

 けれど、それがどうして、刻印の負担を解決するって事に繋がるんだ?


 もしかしたら、守護者の儀は思ったより重要な儀式で、ただの式典じゃなく…本当の意味での儀式なのかもしれない。

 その結果、クロムに何かが起こって…刻印の負担をものともしない、もしくは負担そのものを軽減するようになるというなら。

 

 代償は、なんだ?


 魔導の世界に、一方的な利益の享受はありえない。

 どんな些細な魔導にも、魔力と言う代償が要求されるし、その結果が大きくなればなるほど、要求は厳しくなっていく。


 クロムの強化と言う結果につながるなら、クロムに要求される代償はなんだ?


 「言われてみればそうだが…そっちは別に、なんてこともねえよ」


 角笛の音が響く。そろそろ、ジルチ広場の駅に到着する予告だ。


 「強くなるんだろ。だったらなんでもねえ。どんなことだろうと、お前のクソみたいな蘊蓄聞くより、楽なもんだ」


***


 マシロをちょうど鈴屋の店頭を掃除していたシドに預け…当然びっくりされたが、詳しくは後で話すと言ったら頷いてくれた…クロムの家に向かう。

 鈴屋からは子供の足でも難なく行ける距離だ。

 その短く見慣れた道を、クロムは途中の店を覗き込んで止まったり、角を一本間違えようとしてみたりと、無駄な抵抗を繰り返している。


 これはあれだな。悪戯して確実に怒られる事態になった時と同じだな。

 先生の本に落書きしたりとか、スーリヤさんのお気に入りの椀を割っちゃった、とか。とりあえず逃げたはいいが、帰らないわけにもいかない。けど、怒った両親に叱られるのは怖い。そんな感じ。


 しかし、如何に無駄な抵抗を繰り返したところで、子供が容易く行き来できる距離だ。あっという間に、クロム家がある一角…大きな屋敷を縦に分割して造られた、集合住宅が見えてきた。

 集合住宅とは言え、元がお屋敷であるし、一件につき大体四部屋はある。小さいながらも庭も備えられ、大抵一階が玄関と倉庫、二階が居間と厨房、三階に寝室と言う作りだ。クロムのうちは更に地下に書庫もあるけどね。


 クロムの足と視線が止る。

 その視線の先にいるのは、ささやかな庭に出ている一人のご婦人。


 艶やかな青みを帯びた黒髪と、深い泉のような翠色の瞳。

 もし、はっきりと夜明けの女神アスターの顔を見たのなら、俺はきっと、彼女を…クロムの母、スーリヤさんを思い出すだろう。


 スーリヤさんは天を仰ぎ、祈るように目を閉じ、そしてゆっくりと周囲を見渡して…きっと、毎日、もしかしたら毎日何度も、そこにあってくれと祈り願ったものを、見つけた。

 

 「…クロム?」


 小さな、風で吹き消されてしまうような声。

 その言葉を、呼んだ名を確かめるように、彼女はもう一度「クロム」と呟いた。


 「ほら」


 ドン、とクロムの背を叩く。何せ、スーリヤさんは心臓にあまり負担を掛けちゃいけない。この冬の冷たい空気の中、走らせるのは良くないだろう。

 一瞬、クロムは俺を見て…それから、駆けた。

 さっきまでの鈍い歩みは何だったのかと言うほど、疾風すら追い越し、抜き去るような勢いで。

 

 「クロム…っ!!」

 

 呼びかけて手を伸ばすスーリヤさんを、クロムの腕が抱きしめる。そのままくるりと体の向きを変えたのは、こっちに背中を向けるため…いや、顔を見せないためだろう。

 まあ、気持ちはよくわかる。俺も母さんと再会した時、危なかったからね。


 さて、このまま回れ右して鈴屋に戻るか。挨拶してこの空気に水を差したくないしな。

 そう思って脳内でクロムに手を振り、俺にしては気の利いた感じじゃないかな…なんぞと自賛しつつ足を動かそうとしたとき。

 

 クロムの家の、扉が開いた。


 そこから現れたのは、クロムの父であり、俺の薬草学の教師だった…ギルシーク先生。

 先生もクロムに駆け寄って、親子三人で感動の抱擁をするんだろうなあと思い描いた俺の予想図は、すぐに間違っていると知れた。

 何故なら、先生は抱き合う妻子の横を素通りし、通りに出て。

 まっすぐに、俺をその鋼青の双眸で捉えたのだから。


 「ああ、えっと…ご無沙汰しています」

 

 ギル先生とクロムはあまり似ていない。

 生粋のクトラ人である先生は、肌の色は小麦色で、髪は銀色に近い。ぱっと見た目で、二人が父子だとわかる人はそうはいないだろう。


 顔立ちはいかにも穏やかで、同じクトラの血をひいていてもユーシンやナナイのような誰が見ても息を呑むような美貌ってわけじゃない。

 けれど「端正な顔」とは、こういう顔立ちを言うのだろうと俺は思う。

 俺の記憶の中で、先生はいつも微笑を浮かべていた。はっきりとそうじゃなかったのは、クロムが人買いに捕まって売り飛ばされそうになった時くらいだ。

 

 けれど、今。その端正な顔には、微笑みの欠片ひとつ浮かんでおらず。

 じっと、硬質な無表情を保って俺を見ている。

 

 「どうぞ、あなたもこちらへ」


 するりと、外套も纏っていない手が差し招く。


 「見ての通り、寒いから。さあ、こちらへ」


 俺がうんと言わなければ、先生はどんどん凍えて行ってしまう。いや、おかまいなくと逃げるには、その目はあまりにも厳しくて。


 クロムとスーリヤさんが、ギル先生と俺を交互に眺めて少し困っている。

 その顔に、なるべく暢気そうに笑って頷いておいた。


 恨まれるのも、憎まれるのも。

 血を吐くような怒りの言葉を叩きつけられるのも、息子を返してくれと懇願されるのも…そしてそれを断るのも、覚悟の上だ。

 覚悟が出来てなきゃ…一緒に来たりはしない。俺だって、怒られるのは嫌なんだから。


 足を鈴屋ではなく、クロムの家へと向け。

 先生が凍えないよう、小走りに駆けだした。


***


 クロムの家の居間。何度もお邪魔したその部屋は、驚く程変わっていなかった。

 居心地のいい空間だ。少し古いけれど上質な絨毯に、よく手入れされた羊の毛皮が敷かれ、綺麗なカバーを掛けられた座布団が収まっている。

 壁際に並ぶ箪笥や戸棚も、派手さはないけれど使い込まれて飴色の光沢を放つ、丁寧な仕事で造られた木製だ。

 部屋は清潔に保たれ、魔導具の生み出す熱以上に暖かく感じる。


 本当に、何も変わっていない。

 変わっているのは、俺の向かいに座る先生とスーリヤさんだ。


 痩せて、老けたな。


 それが、素直な第一印象。当然だ。一人息子が突然「守護者スレンとして主に同行する」と家を出て、一年間も音信不通だったんだから。

 一応、手紙は書けとせっついて、一年で四回か五回くらいは、俺の報告書に混ぜて持って行ってもらった。だから、完全に消息を絶ってたわけじゃあないけど、だから何だって話だ。


 クロムは当然のように俺の隣に座ろうとしたので、お前はあっちと押し戻した。スーリヤさんの隣にいつでも立ち上がれる態勢で腰を下ろし、俺と先生の間で忙しなく視線を動かしている。

 スーリヤさんも俺を見る目に多少の険しさはあるものの、俺より息子を見ている時間の方が多い。時折、不安そうに夫を眺めやっていた。


 「わざわざご足労いただき、無礼、万死に値いたします」


 ゆっくりと、硬質の無表情のまま頭を下げ…先生は、床に額を擦り付けた。

 ちょ、ちょっと、なにやってんですか!と止めようとして、止まる。


 先生は今、二太子ナランハルに無礼を詫びた。

 それはつまり俺の事ではあるけれど、そうじゃないわけで。


 二太子、つまり、紅鴉の守護者(ナランハル・スレン)の主として振舞えと、その態度は言外に伝えている。

 クロムの主として相応しいのか。

 ただの幼馴染の馴れあいの延長ではないのかと。


 これは、俺を大した招き入れたことを無礼として詫びているんじゃない。

 アスランの二太子を試すという、無礼極まりない行為をすることを宣言しているんだ。


 ぎゅっと、一回目を瞑り。

 それから、瞼をあげて、先生を抱え起こした。


 「やめましょう。俺は結局、俺でしかない」


 どれだけ取り繕って、二太子「らしく」振舞っても。

 俺は俺でしかないんだし。らしくしたところで、結局は俺「らしくない」だけだ。


 「…しかし、あなたはアスランの、この国の二太子だ。その血は地上のどんな宝よりも価値があり、どんな極上の酒よりも人を酔わせる」

 「…」

 「クロム。単刀直入に聞くよ。何故…二太子ナランハルなんだ」


 不意に話を振られ、クロムは少しばかり目を見開いた。その横で、スーリヤさんも同じ顔をして夫を見ている。

 クロムはやっぱり、はっきりと母親似だなあ。


 「何故…って…」

 「一太子オドンナルガなら、まだわかる。善い名か悪しき名かはまだわからないけれど、必ず…あの御方は歴史に名を刻むだろうね。そして次代アスラン王になるのだから」

 「…勝ち馬じゃなきゃ、乗る意味はない。そう、父さんは言いたいのか?」


 一瞬の怒り。そして、困惑。

 俺だって「え?」と思った。権力だとか権勢なんてものの優先順位は、先生の中で最下位に近い。

 クロムが騎士を、そして守護者を志す理由が、そんなものだなんて砂粒ほども思っていないだろうに。


 「乗れるなら、勝てるほうに乗るべきだよ。クロム。…負けは、悲惨だ。君が身命を掛けて守り、結果…君が命を落としたとしても、なんになる?」

 

 先生の声はあくまで静かで、何の感情も籠っていなかった。

 淡々と、告げていく。


 「一太子の騎士や守護者になれば、名を歴史に刻む王を守ったものとして、同じく語り継がれるだろう。けれど」


 鋼青の双眸が二対、俺を見た。

 顔立ちはともかく、表情の作り方とか眼付とか、父子もよく似ている。


 「二太子を守ったところで、何が残る?」

 「例え父さんでも、俺の主を愚弄することは許さない」

 「愚弄じゃない。事実だ。確かに、ファン・ナランハルは『いい人』だよ。性格は善良で、それなりに有能だ。おそらく、兄王の治世でどこかの領地を預かり、新たな大公家の祖となるだろう。でも、それだけだ」


 おお、さすが先生。よくわかってるなあ。

 クロムの眉が跳ねあがり、父親に食って掛かろうとするのを、スーリヤさんが抱き着くようにして止めた。

 まあ、俺の将来なんて、そのくらいだろう。博物学の歴史を記した書物に、多少頁を割いて貰えるとありがたいけども。


 「クロム」


 先生は、息子の噛みつくような視線を気にした様子もなく、雪が地上に落ちるように淡々と、言葉を続けた。

 

 「それでも、黄金の血をその身に宿すというだけで、二太子はありとあらゆる意味で狙われる。排斥しようとするもの、抱きこもうとするもの、その血だけを利用しようとするもの…二太子の守護者になるという事は、そんな君が見たことも…想像したこともないような、醜悪な願望と対峙するという事でもある」

 「わかってる!」

 「いや、わかっていない。その欲の悪臭は、君の魂を蝕む。強くなるだけじゃ守れない事にも直面するだろう」


 ああ、そうか。

 だから兄貴は、「二太子の夫人」になりたがる女性たちをクロムに見せたんだ。弟に対する過保護に見せかけて。


 二太子の妻とその家族となり、権勢を振るいたい。偉くなりたい。

 その為に、そんな事の為に、子を道具として扱う親たちと、初対面の変人に慕っていると言ってのける子供たち。


 その欲の臭いに慣れておけ、と。


 「そこまでして守ろうと…彼は王にならない。アスランの未来を変えるような事もない」

 「だが、王にお近付きになりたいからって守護者になるなら、その連中と同じだ!」


 息子の激昂に、先生の眼はほんの少しだけ、細められた。

 若い、甘いと嘲笑うのではなく…ひどく、疲れているように、見えた。


 「今は良い。君は若く、魂も活力と輝きに満ち溢れている。しかしね、老いてくると…魂に張り付いた悪臭が重く、固く、君にのしかかる。

  どれほど守ろうと、犠牲になろうと、誰もそれを褒め、賞賛することはない。君は酷く傷つき、疲れ果て、それでも守り抜いているというのに。

 その時、君は後悔する。『何故、紅鴉の守護者になったのか』と」


 空気が凍るとは、きっとこういう時の比喩だろう。


 クロムは荒い息を噛み締めた歯の隙間から漏らし、何かを必死に耐えている。

 スーリヤさんはそんなクロムを抱きしめ、目を潤ませながら首を振っている。

 微かに聞こえる声は、「やめて」と言っているようだ。それは、夫と息子、どちらに向けているんだろうか。


 「…父さんは、知らないから」


 軋むように吐き出したクロムの言葉に、僅かに先生は眉をひそめた…ように見えた。


 「コイツは、そこらのぼんくらじゃない」

 「ぼんくらとは言っていない。ただ、飛びぬけた才人ではない、と言うだけだ」

 「そうじゃねぇ!ファンを守ることは、意味のない事なんかじゃない!」


 激しく首を振り、項垂れ…けれど、クロムは顔を挙げた。


 「…それに、コイツがそこらのぼんくらで、この先も虫やら葉っぱやらを集めて喜ぶ変人だったとしても」


 泣きそうな顔で、けど。泣いたり、喚いたりせず。

 しっかりと先生の眼を見つめながら、クロムは言葉を続ける。


 「それでいいんだ。俺はそういう奴だって知ってて、ファンの守護者(ナランハル・スレン)になるって決めたんだから。誰かに褒められたくて決めたわけじゃないんだから」

 「だから、言ったろう。クロム。今は良い。けれどね…」

 「今も明日も、十年後も五十年後も百年千年先だって、変わりない!」


 はっきり、きっぱりと。

 クロムは先生の意見を否定した。


 意外な事ではあるけれど、クロムはかなりご両親の前では「良い子」だ。

 反抗期などと言うものは存在せず、多少渋々することはあっても、言いつけは必ず守る。

 例外が、騎士に…そして守護者になるって言う事だけで、意にそぐわないことを言われても「考えとく」で否定まではしない。


 「俺は知っている。コイツがとんでもなく頑固で、傲慢で、強欲で…余計なことにまで頭から突っ込んでいくような奴で、賢そうに見えるけど間が抜けてるって事を」


 …そこまで言うことなくない?


 「だけど…だからこそ。

 ファンは、誰にも屈しない。それは違うと思えば、神様にだって逆らう。

 そして絶対に、絶望しない。

 例え相手が魔王だろうが何だろうが、絶対に、諦めない。

 絶対に、勝つ」


 さっきまでの、泣き出しそうな表情はきれいさっぱり消え失せて。

 子供のような屈託のない笑顔が、クロムの顔を彩っていた。

 

 「俺は、それに乗る。これ以上ない勝ち馬だ。一生退屈しないし、その守護者である俺も、決して絶望せず諦めないで済む」

 

 初めて親の意見に真っ向から逆らい、クロムはふんすと鼻息を噴き出した。


 視線をぶつけ合う父子どちらからも、次の言葉は出てこなかった。

 言うべきこと、言いたいことはお互い言い切った。

 それで勝負がつかなかったのだから、次はどんな一手を繰り出すか。

 

 ずいぶん長い事…二人は黙って顔を見合わせ。

 その沈黙を打ち破ったのは、スーリヤさんの静かな衣擦れの音だった。


 「ねえ、あなた」

 「…なんだい?」


 するりと立ち上がったスーリヤさんは、そっとクロムを先生の方に押しやる。

 困惑しつつ、クロムは母の腕に逆らわず、先生との距離を詰めた。


 「クロムを、抱きしめてみて?」

 「え…?」

 「いいから」


 ふんわりと微笑み、けれど有無を言わせない強さで、さらにスーリヤさんはクロムを押しやる。

 それで縮まった物理的な距離と妻の押しに負け、半ばぶつかってきたクロムを受け止めるように、先生は抱きしめた。


 「すごく、クロムは…逞しくなったわ」

 「…そうだね」


 一年前。戦士になる為鍛錬していた頃のクロムと、今の戦士のクロム。

 その身体は、たぶん、比べ物にならない。


 「もうこの子は…小さな男の子じゃないのね」

 「でも、私たちの息子であることに、変わりはないよ。スーリヤ。親は子を守り、幸せになってほしいと…そう願うものだ」

 「そうね、でも」


 白い、細い手が、そっとクロムの頭を撫でた。


 「ねえ、あなた。この子を何故『真の鋼(クロム)』と名付けたか、覚えている?」

 「勿論だ。私たちの唯一無二の宝。何よりも貴重で、大切なものだから…」

 

 なるほど。それでクロムなのか。

 クロムって名前は珍しくはないけれど、大抵は強い男になるようにって名付けられる。『真の鋼』の希少性に重点を置いた名付けは、わりと珍しいと思う。


 「ええ、そうですね。でも、私はもうひとつ…想いを込めたの」

 「想い?」

 「はい。自分の意思を、心を、魂を…誰かに歪められたり、無理矢理変えられたり、そんなことがないように、と。だって、『真の鋼』って、『真の炎』…太陽の衣でしか、溶かすことが出来ないのでしょう?」


 うーん。そんな想いまで乗せられているんじゃ、そりゃあクロムは頑固にもなるよなあ。

 わかるわかると頷いていると、先生の腕の隙間から、クロムがこっちを睨んでいた。良いじゃないか。事実だ事実。


 「ねえ、あなた。この子は、もう『真の鋼(クロム)』なの。どれだけ熱い火で焙っても、苦しみを与えるだけだわ。だって、溶かせるのは『真の炎』だけなんだから」


 スーリヤさんの視線が、俺に向く。

 つまり、クロムを諦めさせたかったら、俺から言わせろって作戦の提示?

 でも、それにしては…彼女の顔は、悪戯をして「ごべん~」と泣いて謝るクロムを見ていた時の顔だ。


 「ナランハル。貴方が命じれば、この子は剣を置きますね?」

 「…置く、でしょうね」


 すっごい抵抗されるし、罵倒されるし、キレて手が付けられなくなるけど。

 本気で、心の底から「剣を置け。平穏に暮らせ」と命じれば、最終的にクロムは従うだろう。


 「では、私たちが泣いて縋ってお願いすれば、貴方はそう命じてくださいますか?」

 「いいえ」


 思うより早く、口からは拒否が飛び出していた。


 「そう命じるくらいなら、俺はクロムに自害を命じます」


 剣を置け。

 平穏に暮らせ。


 それは、確かにクロムの身を案じた言葉だ。

 騎士にならなくても、守護者でなくても。

 生きていく道は、幾らでもある。魔法薬屋の婿になったって良い。


 けど。

 けれど。


 あの日、「お前の守護者(ナランハル・スレン)になる!」と決意したクロムの覚悟を。

 文字通り、何度も死の淵まで行って身体に叩き込んだ鍛錬の時間を。

 額から血を流し、それでも掲げ続けた盾を。


 それら全部を。クロムっていう人間の全部を。

 慈悲っていう泥で汚した靴で、踏み躙る行為だ。


 「俺は、確かにアスラン王にはなれない。民間に語り継がれる英雄にもなれない。歴史に名を刻むとしても、名君九代トールの弟で、博物学者って一行にも満たない程度になる。でも」


 そんな未来の事なんて、どうだっていい。

 俺は、クロムは、今を生きているんだから。


 「紅鴉の守護者(クロム)の主として生きるって覚悟は、ちゃんと決めてあるんです。俺の守護者(ナランハル・スレン)を侮辱するようなことは、絶対にしない」


 俺がクロムに剣を置けと命じる時は、きっと俺が寿命で死ぬとか、そこまでいかなくてもお互いヨボヨボの爺ちゃんになって、剣とか持っているだけで子孫に心配されるような歳になる時だ。


 「先ほど、先生は俺を守っても誰も苦労を賞賛しないって言いましたね。でも、それって、間違ってますよ」

 「…君も、思っていたより若いな。自分の価値を正確に捉えていると思っていたんだが」

 「結構、客観的だと思うんだけどな」

 

 クロムを抱きしめたまま、先生の双眸が俺を見据える。

 やっぱり少し細くなっているそこには、今度はきっぱりと侮蔑が含まれていた。


 「なら、誰が賞賛すると?無論、形ばかりはあるだろうね。君が死ぬと困る人間もいる」

 「ええ。俺が死ぬと一番困るやつが、ちゃあんと褒めたたえますとも」

 「君の家族の事か?」

 「いえ。俺自身です」


 俺が死んで一番困るのは、間違いなく俺だ。

 だって死んだら研究を進めることもできないし、アスランの役に立つこともできない。

 兄貴にはああ言われたけれど、やっぱりどうせ死ぬなら、自分のいる意味を最大限まで絞り出してからだ。


 「なあ、クロム」

 「なんだ」

 「お前、俺以外の奴から褒められるの、いる?」

 「いらん。有象無象共から褒められようと、蚊がプンプン飛んでるようなもんだ」

 

 に、と笑いあった顔は、きっと同じ色をしている。


 「さっきの言葉、忘れんなよ。剣を置けとか言いやがったら、わかってるだろうな?」

 「お前の孫から『祖父ちゃんをおとなしくさせてください~!』って頼まれたら、言おうかな」

 「ガキの戯言に惑わされんなよ」


 いつもの軽口の応酬を、先生は無表情のまま、スーリヤさんはクスクスと笑いながら見ていた。


 「その時は私、化けて出てクロムに言い聞かせますね。主の言うことはちゃんと聞きなさい、と」

 「いや、化けて出るなんて無理しないでください。夢に出てくるくらいで充分です。絶対、効果てきめんですからね~」

 「そう?暗い部屋の鏡に、そっと映るとか面白そうだと思うのだけれど…」

 「その時、クロムもじいちゃんですからね?お手柔らかに…」

 「ふふ、そうですね」


 主の言うことは聞きなさいって事は。

 スーリヤさんは、認めてくれるんだな。


 「ね。あなた。この子はクロムなんですよ。その名の通り、どんな絶望にも折れず、どんな困難にも歪んだりしない、強い子」


 クロムの頭に手を回し、スーリヤさんはかがみながらその顔を抱いた。

 口許は笑っている。けど、その淡い色の唇は、震えている。

 白い瞼が隠す双眸に、どんな感情が宿っているか見ることはできない。ただ、頬を伝う涙が、その片鱗を伺わせてくれるだけだ。


 「ね、信じましょう。私たちの真の鋼(クロム)を」

 「…」

 「すまない。父さん、母さん、ちょっと…離してくれ」


 するりとスーリヤさんの腕が離れ、それに続き、躊躇い、迷うように先生の手がクロムから引きはがれていく。

 クロムはそれを根気強く待ち、完全に離れたのを確認してから、立ち上がり…俺の横に、腰を下ろした。


 「俺は、父さんと母さんが哀しむのは絶対に嫌だ」

 「…なら」

 「だから、約束する。コイツのために死んだりしない」


 きっぱり、はっきり。

 クロムはそう言い切って、ひとつ、息を吐いた。


 「俺はファンを守るために戦う。主を守る為なら、どんな奴にも負けない。負けないから、死なない。お互いジジイんなって、孫に若い頃の話しまくってウザがられるくらい、生きる」


 まあ、そりゃそうだ。

 俺を守って死ぬって事は、クロムの負けだ。

 なんせ俺には、他に守護者はいない。「次」はもう、守護者がいないんだから。クロムは俺を守り切れなかったってことになる。


 「確かに、ファンを信じろって言われても、コイツ蛙とか捕まえようとして池にはまって死にそうだし、信じられねーと思うけど」

 

 さ、さすがにそんな間抜けな死に方は…しないと思うよ?うん、まあ…たぶん。


 「だったら、俺を信じてくれ。貴方たちの息子である俺を。うちの息子はデキる奴だ、やれる奴だって、信じてくれ。…たまに、俺自身が俺を信じられなくなるから。この世界で、父さんと母さんが信じてくれて、そう言ってくれれば、俺は自分を信じ抜くことができるから」

 「ええ。あなたは、きっとできるわ。クロム。ねえ、ギルシーク」


 涙を零しながら、唇を震わせながら。

 スーリヤさんは、微笑んで頷いた。


 その妻の視線を受け、先生もまた、血の気の失せた唇を開く。


 「クロム。私は医者だ。そして、薬草学の学者だ」

 「知ってる。ファンのと違って、人の役にも金にもなる研究だ」

 

 は、博物学だって、人の役には立つからな!…金にはならないけど。


 「学者はね、理想論だけじゃ受け入れられない。根拠と、実証がなければ。だからクロム」

 

 鋼青の視線が、まっすぐにクロムに注がれる。


 「実証し続けてくれ。君が負けないという事を」

 「任せてくれ。ファンが死ぬまで、実証し続けてやる」

 「言っておくけれど、君が騎士になることすら反対なのは、変わらない。我が子が傷つき血を流すのは勿論、他者の血に塗れる事を想像しただけで苦しくなる。私たちがそう思っていることを、忘れないで欲しい」


 その言葉は、クロムを見て言っているけれど、たぶん俺に向けた言葉だ。

 忘れませんよ。クロムだって楽しく望んで血を流し、流させているわけじゃないって事も含めて。


 守護者の流した血も、痛みも。

 重ねた屍の数も、主の為に断ち切ってきた命の重さも。


 全部、背負う覚悟は決めている。あの日、右手を運命に捧げた日に。

 クロムが俺の守護者になると宣言した、あの瞬間に。


 「はあ。説得失敗か。しかし、数日はクロムを返してもらえるんでしょうね?」

 「今日から三日、休暇です」

 「三日…短いな。三年くらいは…」

 「父さん!」


 クロムの抗議に「冗談だよ」と先生は肩を竦めたけれど、たぶん冗談じゃないな。うん。


 「じゃあ、俺はそろそろお暇します。クロム、うちにきても入れないように親衛隊アイツらには言っておくからな!」

 「わかってんよ!てか、一人で行くな!鈴屋まででなんかあったらどうする!」

 「それはないから安心しろ。一人で行動なんて、させてもらえると思うか?」

 「…ほんとだな?」

 「間違いなく」


 だって、鉄道馬車の乗客に混じってるの見たし。

 渋々頷いたクロムの左胸を叩くと、むすっとした顔で背負っていた『紅鴉の爪』を押し付けられた。

 

 「いったん、返す」

 「おう。確かに預かった」


 見送りはいりませんと断って、クロムの家を辞した。

 それでも玄関までついてきたクロムの左胸をもう一度叩き、急に主張を始めた空腹を宥め乍ら、鈴屋への道を辿る。


 「お疲れ様でした☆」

 「疲れたっていうより…重たいね。フタミさん。人の命って」


 当たり前のように横に並んで歩きだしたフタミさんは、白い息を吐き出しながら嗤った。


 「それでも、あなたは歩く足を止めない。だから、我々はかる~くその背に命を乗せるんですよ☆」

 「やっぱり、王族向いてないなあ。俺。重くて重くて、倒れそうだよ」

 「ふふ☆それはどうかな~」


 それきりフタミさんは口を閉じてしまったので、俺も黙って歩くことにした。


 ま、重いからって誰かに押し付けたくはないし。

 重くてつらいなら、それに耐えられるくらい、鍛えるしかないよな。


 けど。

 この重みを軽く感じたりすることは、きっと一生ないだろう。

 そしてたぶん。


 軽く感じちゃ、駄目なんだろう。そう思いながら。

 

 ただ、前を向き。

 歩き続けた。

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