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鳥には羽根 魚には鱗  作者: 阿古あおや
36/89

山は登れば越える。仕事は始めれば終わる。(千里の道も一歩から)7

 ゴラを出て、約二日。

 その村があるという場所は、やっぱり天卓山地の中、「卓」のひとつだった。


 まあ、これは予想通り。

 しかし、ここまでに「想定外」が二つ。


 一つは大したことじゃない。

 千人長二人を斬る!と宣言したものの、親衛隊の面々から、物凄い反対されたことだ。

 いや、むしろ、こっちは当然の結果か?


 「え、だって、一撃で首落とすの、意外と難しいっすよ?」

 「ナランハル、絶対失敗して何度もやり直しになりますて」

 「長く苦しめるとか、甚振るのが目的なら反対はしませんけどお~」


 口々にそんなことを言われて強行できるほど、俺は自分の腕に自信を持っていない。生まれたての仔馬並に足ガクガクなこいつらよりかは、少し強いかもだけどな。

 ゴラの湿気で体力を奪われ、「食べたもんそのまま下から出ました!」と物凄い体験を語るかのように言う連中は、元気と判断して良いのか、ダメだコイツら…と首を振った方が良いのか。 

 

 ともかく、そんな連中の中から使い物になるとフタミさんが判断したのは…僅か八名。

 ミクを入れて九名に俺で十人。もとは三百人だったわけで、やっぱり何かあった時、大都から軍を派遣しても足を引っ張るだけだな。

 となると、イフンで兵を募り、訓練しなければどうしようもない。それが分かったのは、大きな収穫だ。帰宅したら、親父と兄貴に伝えよう。


 結局、千人長二人は、出立の際に弓で射殺した。弦の震えと、轡を噛まされてくぐもった断末魔は、まだ耳に残っている。

 表向き、二人は処刑ではなく、自害だ。

 ただ、自害はアスラン騎士として許されない行為であるから、二太子おれが介錯した、という事になっている。


 処刑なら、その財産は没収。場合によっては家族も連座となるけれど、自害だからそれはない。

 千人長のうち一人は、十四年連れ添った奥さんと四人の子を追い出して、若い愛人を引き込んでて、もう一人は一族郎党千人長の肩書をかさに着て威張り腐っていたそうだから、結構揉めるだろうけど。

 追い出された奥さんと子供たちに遺産を相続させるようにとは言っておいたから、なんとかなるといいなあ。もう一人の一族郎党は、やってきたことの報いを受けるだけだ。諦めてほしい。


 さて、もう一つの誤算と言うか、想定外は…


 「ファン先生…じゃなかった、ナランハル!あそこが目的地?俺ら、先に行って村の人に会って来ようか?」

 「こらクオン。目の届かない場所に行くのは絶対にダメって条件で連れてきたんだぞ」

 「そうだぞ!クオン!ですよねェ、ナランハル様!げへへ…」


 俺と叔父の叱責に、クオンはちょっと首を竦めた。が、恐れ入った様子はない。

 そう、もう一つの想定外は、ヅックさんとクオンがついてきてしまった事だ。


 俺たちがトパワクの町を発った後、住人たちはそのまま宿で宴会兼会議を開き、やっぱりファン先生だけだと不安だと言う事になったらしい。

 言葉がわからなくて、医者や呪い師に法外な治療費を吹っ掛けられるかも、ありえる!となり、ヅックさんとまだ学校が休みのクオンが派遣された。

 クオンはやる気満々、ヅックさんはしぶしぶ、だったけれど。


 そんなこんなでゴラで追いついてみると、まあ、「ファン先生」が「二太子ナランハル」であることがバレますよな。

 さすがに驚く二人に、戦闘が予想される事、こちらも万全じゃないので護り切れないかも知れないことを話し、帰るように説得したんだけれど…


 正直、通訳がついてきてくれるのは非常に有難い。

 そう思ってしまった自分を否定しきれず、クオンは話を聞いてなおさら自分も手伝うと言い張り、ヅックさんは下卑た顔でお役に立ちますぜェと譲らず。

 

 現地までは一緒に行き、危険と判断したらすぐにフタミさんの任務の方に同行させると言う事で、決着した。

 フタミさんの任務は、周辺の町などで「襲われた村」について聞きこむことだ。

 いくら有能な密偵でも、フタミさんはイフン語がまったくわからない。それに、他所者よりも同じイフン人の方が口も軽くなるだろう。

 

 一応、村について、多少は調べてある。

 アスラン国内にある以上、税を国に治めなくてはならない。

 だから、税を納めた記録がないのなら、村の実在自体が怪しくなる。


 まあ、天卓山地には、税を治めていない村がたくさんありそうだけれど…場所的には、そんなに山奥まで分け入っていかなきゃいけないところじゃない。

 であれば、今まで納税の記録がなければ、徴税官が乗り込んでいくはずだ。

 そこに未納の税があれば、前人未到の秘境だろうと、絶海の孤島だろうと取り立てに行くのが徴税官という生き物。

 俺が滞在させてもらった村は、月に一度トパワクに納めに行くそうだけれど、一度大雨で道が塞がれて遅れた時、一番最初に村にやってきたのは徴税官だったそうだ。


 それで、至急納税の記録を調べたら…間違いなくあった。


 冬の終わりと秋のはじめ、つまり半年に一度、村長と村の若いのが一番近い町に納めに来ると言う方式だそうだ。

 一番最近の納税は冬の終わり。その時、様子に違和感があれば回答書に記載されているはず。何もなかった、と言うことは、不審な点はなかったんだろう。


 「ナランハル。この先、馬で行くのは…」

 「うん、無理。全員、下馬して荷物を担げ。クオンとヅックさんも、驢馬から降りてもらっていいか?」

 「了解!」

 「お荷物、お持ちいたしやしょうか?ゲヘヘ…」


 驢馬から身軽に飛び降り、クオンはここ数日で覚えたらしい軍礼を真似て見せた。びしりと背筋を伸ばし、左胸に拳をつけるその動きは、なかなかに様になっている。ヅックさんは、揉み手してないで自分の荷物持ってください。


 天卓山地を構成する岩は、堅固な一枚岩に見えるけれどそれは違う。

 幾重にも鱗が重なるようになっている岩肌は、脆い場所とそうでない場所の区別がつきにくい。と言うか、この地で生まれ育ったもの以外には、無理だ。

 無理に馬を進ませて、脆い部分を踏み抜けば大事故になる。下手すれば、連鎖的に広範囲の滑落を招くからな。


 俺たちが馬から降りたのを見て、生徒たちもあわてて下馬する。

 慣れない手で荷を鞍から降ろしたもんだから、中には落としちゃう子もいた。

 本当に、千人長たちは…彼らにまともな訓練をやらせていなかったんだな。

 

 「遅くとも良い。だが、着実にやれ。終わったものはまだのものを手伝え」

 

 ミクの声に、「是!」と答える声がバラバラと沸き起こる。

 僅か二日たらずだけれど、生徒たちはすっかりミクに全幅の信頼と憧れを寄せていた。

 そりゃ、アスラン内外にその名を轟かす、『赤熊』ヤルトミクから直接指導を受けるなんて、願ってもない事だろうしなあ。

 

 けど、まだミクにいつもの気迫がない。元気さだけで言ったら、生徒たちの方がよほど有り余っている。何ともない、もう大丈夫と本人は言っているけれど、どうみても本調子じゃないよ。


 この地の湿気にやられると、全身がむくみ、腹を猛烈に降す。内臓が冷えるから、らしい。

 俺も、最初の三日はけっこうな勢いで下したしな。教わった通り、暖かいお茶を飲み、スープを中心に食ってたら治ったけれど。


 現地の人はその気候としっかり付き合って生きているわけで、食や暮らしには、気候に適応するための知恵が詰まっている。

 あと、『竹の乳(ティル・マヤ)』と呼ばれる、竹の中に棲んで成長するオオミズバサンの幼虫を食べるのも効くらしい。

 俺は治ってから食べてたから、その薬効を体験することはできなかったけれど。

 いや、食べていたから、その後も元気だったという可能性はあるな。うん。


 「ナランハル、準備が出来ました」

 「よし。二番隊、三番隊はこの場で馬たちと待機。一番隊、行くぞ」


 本来なら、親衛隊はしっかりと隊が決まっている。でも、今回は組みなおした。

 通常、アスランじゃ十人で一隊を組むけれど、一番隊はミクを入れて五人。二番、三番隊は十五人と少々歪な構成になっている。

 戦闘に耐えられるまで回復した八人を半分に分けて一番と二番に配属、三番は動けるし馬も乗れるけれど戦闘はちょっとなあ…という連中だ。けど、もっと回復すれば戦闘要員として加えられるしね。

 そうでなくとも、麓で陣を張っていれば、威嚇にはなる。


 「…我々も。完了…です」


 ぽそりと掛けられた声。

 声の主は俺たちと同じように、イフン地方特産の菅傘を被り、籐甲を纏っている。アスランの皮鎧じゃ湿気を吸って重くなるからね。大急ぎで準備したから、全員ちょっとサイズが合っていないけれど、よしとしよう。

 そこまでは一緒だ。けれど、腰に下げた小刀ククリや、顔や手の甲に見える刺青が、彼がアスラン騎士ではないことを表していた。


 「今回、あなた方に頼りきりになると思う。情けない話だが、よろしくお願いします」

 「…我らは、依頼を完遂する、だけ。です」


 そう言って、刺青に縁どられた口許を緩ませたのは、クトラ傭兵であるアグンさんだ。

 彼が率いるクトラ傭兵団は五十人。ムザクからジャスワン将軍が派遣してくれた彼らは、この地の気候にすっかり適応している。

 五十名のうち三十人は麓に残り、二十名が一番隊と一緒に来てくれる。

 山中の戦闘は、もちろんクトラ傭兵の得意とする所だ。それに、隊長であるアグンさんは呪術師だから、頼らせてもらう場面は多いだろう。

 

 準備が整ったところで、隊列を組む。と言っても、一人ずつ登っていくだけだけれどね。

 一番前は、動けるうちの連中四人。斥候を得意とする面子を選んだ。その後ろにミクが続き、アグンさんらクトラ傭兵、その後に俺らで、最後に生徒たちと言う並びだ。

 悩んだけれど、生徒たちは全員村まで連れて行くことにした。元気に動き回れるというだけで、十分戦力になる。

 バヤルを入れて三人隊長を選び、十人隊を三隊編成した。隊長と言っても便宜的なもので、能力やなんかはそう突出しているわけじゃない。


 才能的には、バヤルのは光るものがある。

 けれど、実戦経験がないのはバヤルも同じだ。わざわざ半年近くを掛けて、生徒たちに実戦経験を積ませるのは、それがとんでもなく重要な事だから、だしな。

 

 正直、かなり戦力的には不安だ。相手がどの程度いるかもわからない。とんでもなく無謀なことをしている可能性もある。

 けど、ミクもフタミさんも止めなかったし、ジャスワン将軍も援軍をよこしてくれたし、俺の考えはわりと間違えていない…んじゃないかな、と思おう。


 なにはともあれ、ここを放置することはできないんだしな。うん。


 「お気をつけて」

 「ああ。ありがとう。そっちもな」

 

 見送る他の騎士たちに背を向けて、岩肌にへばりつくような道に足を掛ける。こういう道があるってことは、この先の村はわりと「山の下」と交流があったようだ。

 黙々と、整備されているとは言えない道を登っていくと、クオンがととと、と俺の横に出た。

 

 「あのさ、ファン先生…じゃなくて、ナランハル様」

 「ファン先生でいいよ。俺に変わりはないし、クオンは俺の配下じゃなくて、俺の友達だろ」


 大事なのは、呼び方なんかじゃないからな。ズックさんなんて、めっちゃくちゃ媚びてくるけど、砂粒ほども俺を敬ってないだろうし。


 「いいの?」

 「やりにくいってんなら命令にするぞ」

 「わかったよ、ファン先生。あのさ、この道、ちょっと変じゃない?」

 「変?」


 クオンの言葉に、折れ曲がりながら登っていく道を見る。

 あまり手入はされておらず、竹の枝や様々な下生えが飛び出ていて歩きにくい。


 「どう変なんだ?」

 「うちの村は、トパワクから来る人も多いからさ。こういう道もあるけど、この先の村って、ほとんど山の下と付き合ってないんでしょ?」

 「詳しい事は調査中だけどね」

 「ファン先生もさ、うちの村の先にある村、ちょっとみたじゃん。皆、道じゃなくて縄梯子で登ってたっしょ?」

 「!」


 確かに。

 クオンの言う村は、クオンたちの村からさらに上に登った『卓』にある村で、中まで行くことはできなかったけれど、村人たちに話を聞くことはできた。

 その時、彼らは崖の上から、縄梯子…と言うか、結び目が等間隔に作られた縄を降ろし、それを伝ってやってきて、帰る時も、縄をするすると登って、最後に縄を引き上げていた。

 

 そう。本来、天卓山地に棲む人々は、「道」を必要としない。

 「道」があれば、それを辿って山の下から恐ろしい連中がやってくる。

 町との頻繁な交流がないのなら、道があるはずがない。


 「つまり、この道は、村の人が拓いたわけじゃないってことですかね☆」

 「うわッ」

 「フタミさん、脅かさないで。落ちたら流石に死ぬ高さまで来ているよ」

 「ごめんごめん☆」


 笑顔で謝っているけれど、フタミさんの双眸は梟の目のような鋭さを宿している。

 

 「ナランハル。俺は先に行って、様子を見ていますね☆」

 「よろしく」


 一応、沙汰を言い渡した後、十人長が自分の隊を率いて先触れに向かってくれた。その際、斥候もしてくれている。

 村人たちは警戒態勢で、女性と子供、老人を森の奥に隠し、男達で村を守っているという報告だった。

 それ自体は珍しくない。村の奥、他所者がたどり着けないような森の中や崖の途中に、いざと言う時の『隠し村』があるのは、この辺りの村じゃ当たり前の事だ。

 クオンの村にも、クオンが子供の頃はあったらしい。今じゃ、何かあれば村人総出でトパワクに逃げることになっているから、使わないうちに朽ちてしまったそうだが。


 先触れに向かった十人長の話を思い出す。村の老人数人が代表として会ってくれたが、全員落ち着きがなく、怯えているようだった…と言っていた。

 まあ、村が賊に襲われ、撃退に来てくれた兵がほぼ全滅し、賊はまだ健在となれば怯えるのも無理はない。

 だが…本当に、それだけだろうか。


 「クオン、ヅックさん。ぜったいに俺の傍から離れないで」

 「うん」

 

 クオンは少し不安そうにしていたが、そんな自分が恥ずかしかったのか、急にぐいっと笑顔を作った。


 「ファン先生、雄鶏より弱いもんね!俺、追っ払ってやるよ!」

 「そりゃ、ありがと。って、冗談じゃなくな。いきなり攻撃されたら、すぐに伏せて、俺が良いと言うまでそのままにしてるんだぞ。いや、クオンならこっから降りられるか?」

 「このくらいならね。縄もあるし。でも、叔父ちゃんは無理かな?」

 

 俺とクオンの視線を受けて、ヅックさんは怖々下をのぞき、すぐに岩肌にへばりつく。


 「無茶言わないでくださいよォ…」

 「よし、いざと言う時はクオン。すぐに降りて下で待機している部隊に連絡を頼む。ヅックさんは、なんとかするから」

 「うん、わかった!任せて!」

 

 頼もしい。いざと言う時の脱出用の縄は、俺の腰にも巻いてある。崖下までは届かないけれど、半分も縄を伝えれば、後の距離はクオンなら問題ないだろう。

 これより高さのある崖を、毎日上り下りして通学していた子だからな。


 しかし、どうやらその懸念は無駄に終わったようで、先頭から道をそれて「卓」の部分へと進んでいく。

 

 「クオン、ヅックさん。俺が合図するまで、喋らないで」


 返答の代わりに、二人は口をしっかり結んだまま、大きく頷いた。うん。まだいいんだけれど…まあ、いっか。

 

 道を登りきった先は、竹林になっていた。そこからさらに道が伸びる。

 天卓山地の村の造りとしては珍しくはない。けれど、まっ直ぐに道が伸びているのは…ない。


 道と竹林の境目には、様々な草が生えていた。その密度は、明かに奥よりも高い。

 おそらく、この道が作られた時に竹が刈られたんだろう。竹は密集して生えると、他の植物の生存を許さない。

 ただ、道の両脇の草は成長途中に見えた。俺の膝程度までしか伸びておらず、花もあまりない。

 この時期、たくさんの花をつけて蜂を呼ぶハチブクロでさえ、小さな花をぽつぽつとつけているだけだ。

 道が出来たことにより、この機とばかりに芽をだし、茎を伸ばしたんだと思われる。


 やはり、この道が出来たのはごく最近。おそらく、まだ一月程度だ。春から初夏にかけてなら、竹があっという間に失われた陣地を取り戻す。

 つまり、タケノコが伸びる時期の後でこの道は造られた…と仮定できる。

 まあ、俺は竹の専門家じゃないから、天卓山地の竹は春先から初夏じゃなく、もっと早い時期にタケノコが出てきて、春には皮を落として若竹になる可能性だってあるけれど。


 それならそれでいい。本当にこの先にいるのが、賊の脅威に怯えている村人なら、それが一番いい。

 

 「ナランハル、千歳申し上げます!」


 竹林を抜けると、天卓山地の薄い日の光でも眩しく感じた。

 目を細めながら、掛けられた声の主を見る。


 声の主は、俺と同じか…もう少し年上?年下?とにかく、若い女性だった。

 服が汚れるだろうに、濡れた地面に膝を付き、両手を顔の前で合わせている。


 艶やかな黒髪を一つに縛り、麻で織られた袷の着物を纏っている。首元には、淡く緑色に輝く小さな円盤を連ねた飾りが、幾重にも掛けられていた。

 服の淡い色合いと、その首飾りの燐光、そして彼女自身の雰囲気から、若竹の精だと言われても信じてしまいそうだ。柔らかく垂れた目許と、仄かな笑みが余計そう感じさせるのかもしれない。


 つまり、若い美人だ。先行していた連中が、心なし嬉しそうなのも頷ける。

 

 「出迎え、ご苦労。き…そなたは?」

 「わたくしは、シャリハと申します。この村の長の、孫にございます」


 彼女以外の村人は、少し遠巻きにして跪き、額づいていた。

 聞いていた通り、男ばかりだ。見た感じ、三十代くらいの若者とは呼べないけれど中年でもない、そんな年頃に見える。

 ざっと、二十人。これが、全てじゃあないんだろうな。


 「祖父はタタルの言葉が話せません。それに、心労で寝込んでしまい…老人たちは、助けを求めるのも反対しておりましたので、ご無礼をいたしては、と、わたくしが滞在中のお世話をさせていただくこととなりました」


 綺麗なタタル語だ。

 イフン人らしく、白い肌。けれど、顔の造りが…ちょっと違う。


 「そなた、両親ともにイフンの民か?」

 「いいえ。母がカーラン人です。両親は三年ほど前、相次いで亡くなってしまいましたが…わたくしは、生まれも育ちも、この村です。タタル語は母が教えてくれました」

 「そうか」


 んー。どうにも、気になる。

 でもなあ。実行するのは…うー、でもなあ。


 考えながら、ぐるりと周囲を見渡した。

 竹林に囲まれた村は、登ってきた道の側以外、すべて崖に囲まれている。

 とは言え、クオンの住む村よりも、この村の方が面積は広い。竹と籐で造られた高床式の家は、大きな家が一軒と、それより小さな家が二十軒ほど建っていた。


 その家々の間に、畑があり作業小屋がある。

 どの家も、壊れたりした様子はない。湿った風が運ぶ臭いにも、血や腐臭はなかった。と言うことは、戦闘はこの村で行われたわけじゃないみたいだな。


 うん、やっぱり気になる。

 母さんも言っていたしな。何々っぽく見える女性は、大抵そうじゃないって。

 

 村長の孫娘、シャリハさんはとても優しそうで、それでいて度胸が据わっているように見えた。

 何せ、軍を連れた二太子がやって来ても、臆すことなく堂々と挨拶していたりする。


 「あ…」


 その彼女の、白い手を取る。

 少しひんやりとした感触が、指を伝った。


 たぶん、手を掴まれた彼女より、ミクをはじめとする親衛隊の面々の方が驚いたと思う。

 

 ふっくらとした、手。

 その手の甲の、柔肉を、そっと親指で押す。


 「あ、あの、お手が、汚れます…」

 「ティル・マヤ、ルヒハナ」

 「え…?」

 「こちらの言葉、挨拶一つくらいは覚えられたと思ったが…発音が、おかしかったか?可愛いものよ、と言ったつもりだったのだが」


 がんばれー。負けるなー。俺の表情筋と演技力。

 後ろで、クオンとヅックさんが何か言おうとして、慌てて口を噤んだ気配がするし、親衛隊の連中はポッカーんと大きな口を開けている。


 それでも何も言わないのは、俺がこんなことをしてるってことは、何か考えがあってのことだ…と、そう思ってくれているからだろう。


 「ナランハル!そ、その、初対面の女性に、そのような揶揄いは、よ、よくないかと!!」

 「そう怒るな、バヤルジン。名馬に鞍を置かず、美女に言葉を掛けないのは男ではないぞ」


 自分で言っといてなんだけど、それじゃ普段の俺は何なんだって話だな。

 流石に違和感に勘付いてくれたのか、見損なった!となったのか、バヤルは大きく頭を下げて距離を取った。足音が荒い。後者だな。


 「申し訳ございません…その、綺麗な発音でございましたよ?」

 「慰めは良い。それより娘、些か疲れた。無論、陣屋のひとつは用意しておるのだろうな?」

 「はい、こちらに…」


 そのまま、俺の手にもう一方の手を重ね、シャリハさんは立ち上がった。

 ほんのり頬を染め、シャラシャラと首飾りを鳴らしながら、一番大きな家の方へと、俺の手を引く。


 「我が家でございます。我々は、奥の村で過ごしますので、どうぞ、ご自由にお使いくださいませ」

 「そなたも奥に?」

 「お呼びいただけましたら、すぐにでも参上いたします」


 伏し目がちに、小さく言った後、そっと手を放す。

 

 「月のない夜であっても?」

 「…もちろん、です」


 ぎゅっと目を閉じ、頷く。まあつまり、夜の相手しろって要求にも従うってことだ。

 …いや、要求しないよ!!だからバヤル、その目、やめてくんない!?


 「良い心掛けだ。では、俺はしばし休む。バヤルジン。他の者をあの陣屋を囲むように配備させよ」

 「…是」

 「それが済んだらお前も来い。早急にな」

 「是!」


 やけくそのように叫び、バヤルは生徒たちに向き直って、指示を出し始めた。俺の目配せに瞬きを返した親衛隊が、いかにも指導するみたいな顔で混ざる。


 「行くぞ」


 生徒にも、大いに誤解されたかなあ…。

 うう、でも、後で誤解、解けるよね?


***


 『奔れ奔れ、日の射さぬ隅から隅まで』


 アグンさんの声に応え、陣の描かれた皿に転がっていたもの達が、カタカタと動き出す。

 小動物の頭骨…たぶん、鼠のものだ。

 頭骨はまるで生きていたころを急に思い出したかのように、凄まじい速さで散って行く。


 「見張り…出した。…異変ある。気付きます…」

 「ありがとう。聞き耳を立てられている可能性はないかな」

 「床下に潜んでいた奴は、たまたま見つけちゃった的に追い出しましたよ☆」


 村長宅は、村の集会場でもある。むしろ、集会場に村長一家が住む居住空間がくっついていると言っても過言ではない。


 扉は必ず南向きに作られ、東側の梁からは先祖の魂が宿るとされる、猿の骨…と言うか、骨に毛皮を被せたものが網に座った形で吊り下げられていた。

 これはキサヤムムと呼ばれる。その真下には祭壇が設えられ、村長はこの祭壇を守る巫師でもある。


 それを見て、クオンとヅックさんが息をのみ、怯えて遠ざかった。

 やっぱり、この村は…


 「この村は、贋物だ」

 「は?!」


 バヤルが不貞腐れていた顔を、驚いた表情で塗り替えた。

 お前、本気で俺が権力を嵩に着てヤリたい放題しようとしてたと思ってたな?


 「な、何故ですか!?」

 「より正確に言えば、村は本物だろうけれど、乗っ取られている。さっきの女性、間違いなくイフン人じゃない」

 「え、えええ!?」

 「クオン、さっき俺はなんて言った?タタル語に訳してみてくれ」


 話を振られて、クオンはきょとんとし、それから声を出していい事に気付いたようで、大きく頷く。

 

 「竹の乳、美味い」

 「た、竹の乳…つまり、ナランハル…先ほどの女性に卑猥な言葉を!?」

 「竹の乳ってのは、竹の中で成長する芋虫のこと。この辺じゃ、手軽に食べるおやつだ」

 

 芋虫とおやつという単語が結びつかなかったようで、バヤルはしばし視線を彷徨わせ…それから、盛大に顔をしかめた。


 「…召し上がったの、ですか?」

 「普通に美味いよ?」

 「先生はちいこいの好きだよね」

 「蛹の塩煮は美味いけど、寸前のはちょっと味が薄い気がしてさ」

 「そこはけっこう、好み別れるよね」


 当然のように語る俺とクオンを、バヤルは顔をしかめたまま見つめる。ミクは礼儀正しい無表情を保ち、フタミさんとアグンさんは「蜂の子も美味いよね☆」「…美味」などと違う虫の話で盛り上がっていたけれど。


 「発音、完璧だったろ?」

 「ちょーっとおかしかったけど、言っていることはわかったよ」

 「ええと、つまりだな。彼女はイフン語が話せない。この村で生まれ育ったってわりにはな」

 

 それだけでおかしい。けど、それだけじゃない。


 「彼女、装飾品を多く身に着けていただろう?」

 「この辺の女性、ああいうのつけていますね☆」

 「あれは、クプン・カプンと言って、女の子が生まれると、必ず作るものだ。それで、一つ年を重ねると、円盤を一つ増やす」


 俺の言いたいことが分かったんだろう。フタミさんの目に鋭さが増し、ミクの眉間にも皺が走った。


 「二十歳そこそこで、あんなに円盤が連なったクプン・カプンを身に着けるはずがない。まして、何本も重ねるなんてありえないんだ。その女性の、人生が宿るとされるものなんだから」


 だから、命の環(クプン・カプン)。女性が亡くなると、クプン・カプンはキサヤムムに掛けられる。

 七人分のクプン・カプンがキサヤムムを飾ると、キサヤムムは秘密の場所に運ばれて、そこに葬られる。そうすることで、村を守る守護神になる…とされていた。


 だが、今、この家のキサヤムムにはクプン・カプンがなく、祭壇に供え物もない。

 まだクプン・カプンを掛けられていないキサヤムムは、粗末に扱うと祟り神になるとされているから、祭壇に供え物がない事は、絶対にない。


 「キサヤムムの御飾りもないよ…」

 「やばいな…なあ、ファン先生様、ここ、出た方が良いんじゃないかァ?」


 生粋の天卓山地の住人である二人は、キサヤムムが粗末に扱われていることが何より怖ろしいらしい。これが、通常の反応だ。


 「アグンさん、呪術師としてどうかな?キサヤムムは、怒っている?」

 「…穢され。力、無くし…あれは、ただの…猿の死体です」

 「なんてこった…キサヤムムが…」

 「森の奥…怒り。感じます…」


 すでに守護神となっているキサヤムムが、この惨状に怒っているのだろうか。

 祭壇に捧げられていたものや、キサヤムムが纏っていたクプン・カプンは、この村を襲った連中に奪われた。

 ただ、イフン人にとっては聖なるものであっても、連中にとっては猿の死骸だ。そこに掛けられていた飾りを、自ら身に着けるかと言えば…やっぱり、嫌だろうな。


 そうなると、あのクプン・カプンはどうしたのか。

 少なくとも、先触れに訪れた際には、イフン人である十人長らが訝しまないほど、イフン語を話す老人がいた。

 その時、老女がクプン・カプンを身に着けていなければ、必ず疑問に思ったはずだ。それがないってことは…男性だけだったか、その時はつけていたのか。


 そもそも、その老人たちがこの村の本来の村人であるのなら、何故、賊共に易々と従ったのか。

 イフンの地は、戦いの地だ。老人は特に、その長い戦いを生き抜いた戦士だ。

 殺すぞと脅されて従うくらいなら、一矢報いる方を選ぶんじゃないかな…と思う。


 そう、出来ない理由があるとすれば。

 

 「ナランハル…?」

 「ああ、すまない。フタミさん、ごめん。近隣の村への聞き込みはなしだ。まず、この村の奥で、本来の村人が捕まっていないか…確認してほしい」

 「心得ました☆」


 人質を、取られているのだとすれば。

 それなら、もしかしたら…俺の予想より、多くの人が生きているかもしれない。


 イフン人は色が白く、黒目が大きく、何とも愛嬌のある可愛らしい顔立ちの人が多い。そして、「色白である」「小柄である」「特に足が小さい」と言うのを美人の条件にしているカーランで、嫌な言い方だけれど、需要がある。


 殺すより、生かしておいた方が得になるのなら…「皆殺し」という安易な手段を取らず、少々手間暇かかっても、生かして捕えておく…と言う可能性はある。


 それに、そもそもカーラン真皇国がイフンを手に入れたい理由は、単に勢力を拡大したいから、と言うだけじゃない。

 

 クプン・カプンの、あの淡い緑色の輝きは、イフン銀と言う鉱物特有のものだ。

 『迷宮』産の精霊金や精霊銀には遠く及ばないものの、微弱な魔力と淡い緑の美しい輝きを宿す。

 装飾品としても価値が高く、籐家具と並んでイフン地方の名産品になっている。俺が貰った服の飾りボタンも、イフン銀で出来ていた。


 けれど、イフン銀の真価は美しい装飾品じゃない。

 砂鉄と混ぜて製鉄することで、「イフンの白鉄」と呼ばれる鉄が出来る。

 この白鉄は通常の鉄よりも軽く、しなやかで、魔力を帯びる。決して錆びつくことはなく、武器にしても鎧にしても、素材として最高のものだ。


 ただ、「イフンの白鉄」は誰にでも製鉄できるものではなく、イフン銀と砂鉄が混じり合う温度、と言うのがある。

 それを外すと、けっして二者は溶けあうことはなく、イフン銀はその輝きと魔力を喪う。

 じゃあ、その温度さえわかれば…となるところだけど、なんとこの温度が、イフン銀の鉱石それぞれで違うらしい。

 その温度を読めるのは、イフン人の中でも「キサヤ・ラカム」、キサヤの目を持つもの、と呼ばれる人だけだ。

 この「キサヤ・ラカム」は魔導の才能みたいなもので、努力して身に着けられるものでもない。生まれつき備わっているもので、黒い瞳が多いイフン人だけれど、片目か両目が緑色をしているのが特徴だ。

 

 大抵、どこの村にも二、三人はいて、生まれやすい一族と言うのもある。

 ただ、製鉄やその後に続く鍛冶は「キサヤ・ラカム」だけじゃあ間に合わないから、イフン式の製鉄術と鍛冶の技を身に着けた男手が複数必要となるけれどね。


 かつて、カーランがこの地を支配して人を狩ったのは、イフンの女性と「キサヤ・ラカム」をはじめとする鍛冶師たちが目的だった。

 女性たちはカーランへと「出荷」され、男性たちは砂鉄とイフン銀の掘り出し、製鉄に酷使される。

 人々がその地獄から逃げ出し、天卓山地に村を構えたのも無理はない。


 カーラン真皇国がこの地を狙うのも、このイフンの鍛冶技術が目的だろう。

 鉄鉱山は、真皇国内にない。

カーラン皇国にはいくつかあるけれど、敵国へ武器の材料を売るわけがないし。

だから、真皇国は東隣のトンクーか、トンクーを経由してやってくるアスランやメルハ原産の鉄を買うしかなく、物凄い足もとを見られている。

 

 同じ重さの鉄が、真皇国と皇国で三倍から四倍近く差がつくほどだ。

 高く売れるなら禁止されていても売りたいのが商人と言うものなので、密輸は結構されているようだけれど、当然高い。

 それに、元々鉄が採れるわけではなかった真皇国では、製鉄技術そのものが未熟で、大規模な工廠もないらしいしな。

 

 ないないづくしではあるけれど、兵装は当然兵力の一部だ。鉄の槍と盾を持った敵兵に、銅剣と木の盾で挑めと言うのは、戦う前から結果が見えている。

 だから、カーラン真皇国としてはイフン地方を獲りたい。

なので、何度追い払ってもやってくる。いい迷惑だ。

 真皇国も皇国も、イフンの人々からすれば同じ圧政者カーランだ。けどまあ、あの真皇王なら統治できると考えているんだろう。


 だから…本来なら真っ先に殺される村の男性たちも、生きている可能性はある。


 真皇王は親父より少し年上だ。残された時間は、十分にあるとは言えない。本気で兵装を整えるためにイフンを狙っているのなら、一日でも早く生産を始めたいはず。そのために、「使える」人間を掻き集めているかもしれない。


 かもしれない、可能性がある、ばかりだけれど…どうせなら、良い可能性を信じたいじゃないか。


 「あの…ナランハル。それだけで先ほどの女性を疑うのですか?あの…」


 あ、いけない。また、思考の沼に嵌っていた。

 優し気な美人を信じたくなる気持ちはわかるけれどな。バヤル。彼女、たぶん全然優しくないと思うし、見かけの百倍はおっかない人だと思うぞ。


 「…疑うに、十分な証拠だと思うが」


 ミクが少し困ったように反論する。ミクもできれば彼女を信じたいのかもしれない。


 「これ以上ないほど黒いと思いますが、ナランハル☆ほかに何か疑う点が?」

 「うん。さっき、手を握った時に確かめたんだけど、彼女、かなり浮腫みがある。指で押した後、へこみが戻るのにちょっと時間があったからな。この地の気候にやられている証拠だ」

 「なるほど。地元民なら、それはない、と☆」

 「うん。彼女が対応役になっているのは、それだけ中心的な存在なのか、女性なら油断すると思われたか。両方かも知れないけどな」


 どちらにせよ、色香で惑うポンコツ王子と思われていたほうが都合は良い。

 まだ、「敵」の目的はいまいちわからないしな。


 「なんで、この村なんだろうな」

 「ひっ捕らえて聞き出すほかありませんが…ナランハルは、何かお考えが?」

 「いや、敵の目的は何なんだろうなって」

 「予想は出来ます☆ただ、今、相手も戸惑っていると思いますよ☆」

 「戸惑う?」


 にかりと笑ったフタミさんは、俺とバヤルを示した。


 「千載一遇の好機ですからね☆あの様子だと、まずはナランハルかな☆」

 「暗殺…ということか?」


 ミクの眉間の皴が深くなるけれど、フタミさんから返ったのは首を振ると言う否定の意。


 「相手が何も考えないおバカさんなら、二太子の首を挙げる好機と見たでしょうが、それはないかな☆」

 「俺を殺したところで、特に利益はないもんなあ。それどころか、アスランにこれ以上ない宣戦布告だ」


 もし、俺がここで暗殺されれば、親父も兄貴も、絶対に黙っていることはない。

 カーラン真皇国が怪しいなら、怪しいってだけで攻め込む。これは、俺を殺されたことへの復讐と言うより、国としての面子の問題だ。

 カーラン皇国のほうが、そこまで見通してここに罠を張っているなら暗殺狙いはありそうだけれど、アスランに真皇国を制圧されるのは、皇国にとっても避けたい事態だ。たぶん、それはない。


 「俺が死ねば、哀しんでくれる人はいるけど…アスランと言う国の運営や、対カーラン真皇国への備えが緩むってことは絶対にないしな」

 「ですね☆それよりも、取り入って内側に入り込むのが狙いでしょう☆おそらく、最初の狙いはバヤル君だったんじゃないかと☆」

 「はっ!?」


 ああ、なるほど。それはあり得る。

 バヤルの父上は十二狗将ではないものの、アスランの重臣だ。第五夫人の弟でもあるし。まあ、それを嵩に着るような人じゃないけども。

 

 「おそらく、バヤル君が討伐隊に混じっていたら、そこそこの怪我をしつつも生きていて、彼女に助けられ、看病されるって言う状態になってたんじゃないかな☆」

 「ど、どういうことでしょうかッ!」

 「そのままだよ☆絶対に君、絆されて惚れそうだし☆」


 バヤル自身が出征するのは当分先だとしても、バヤルの傍にいれば、それなりの情報は入ってくる。それに、他の密偵を引き込むことだってできる。

 親戚が大都を見たいと言っていて…と頼まれれば、バヤルは疑わずに通行証の保証人になりそうだし。


 「ですが、それより大物がやってきたわけです☆うまく取り入れば、それこそアスラン王の首に、直接手が届くほどの大物がね☆」

 「で、作戦変更するか迷っているってわけか…」

 「おそらく☆なので、ナランハルはかなり苦しかったですが、さっきまでの演技を引っ張って、狙いをナランハルに絞らせた方が良いかなって☆」

 「う…そんなに苦しかった?」


 棒読みになった自覚はあるけど…。


 「じゃあ、再現してみますね☆『ここ、こちらの言葉ァ…挨拶のデスネ…一つくらいは、えとォ、覚えられたと…思ったん…コホン、思ったがァ…発音が、ソノ、おかしかった…か?かわ、可愛い…ン、ものよ、と言った…ンン…つもりだったのだがァ?』って感じでした☆」


 表情まで真似ているらしく、物凄い視線がきょどっている。

 

 「で、その後『チュ…月のない…ソノ、ゴホン…夜でェ…あああ、あっても?』みたいな☆大丈夫!なんか、童貞がすごい頑張って口説いている感じで、うわぁ…とは思いまずが、演技とは思われませんよ☆」


 しょーがないじゃん!!我ながら、まず言わないこと言ってるんだから!!

 ああもう、いっそ殺せ!!


 「あはははは!そっくり!このお兄さん、すごいね!先生!」

 「クオンまで…ほんとに、こんな…だった?」

 「うん!」


 もう二度と、身の丈に合わない演技はすまい。

 ヤバい…見られた連中の間で、「キモいナランハルの真似」が流行ってしまう…。


 「失礼いたします。どう…じゃなくて、ナランハル!少々よろしいでしょうか!」

 「構わないし、そもそも何言い掛けた貴様」

 「先ほどの女性が、もてなしについて話したいとのことですが、いかがいたしましょう?」


 入口に掛けられた蓆を捲り、声を掛けた親衛隊騎士の口許は、噴き出す寸前に歪んでいる。ううう、さっきの見られたな!!


 「その膨らんだ頬の中の息を吐きだす時は、私の双鞭が頭蓋に叩きつけられる時と心得よ」

 「努力しまっす!で、いかがいたしましょうか!」

 「通してくれ」


 ありがとう。ミク。

 さて、『もてなし』か。


 「クオン、ヅックさん、二人はタタル語がわかりませんってふりしておいて」

 「う、うん!」


 口を押え、プルプルと震えながら二人が頷く。一応、二人が吹き出しても、ミクの双鞭は落ちてこないと思うよ?


 「失礼いたします」


 入口で平伏するシャリハさんは、そのままの態勢で声を掛けられるのを待っている。その楚々とした姿に、バヤルは何か言いたそうだ。


 「面を上げよ」


 今のは、普通に発音できたよね?

 ただ、なんかクオンのツボにがっつりと食い込んだらしく、背中の震えが大きくなっている。良いよ後ろ向いて堪えてて。


 ただ、その動きがシャリハさんの目に留まったらしく、クオンをじっと見ている。さっきは傘被っていたけれど、今は素顔だし、兵士にしては若すぎる。そりゃ、いるの疑問に思うよな。

 雑用に雇った現地の子だっていうつもりだったけれど…おっさんと少年二人じゃ余計怪しいか。


 どうする?下手に誤魔化したら余計怪しいし。

 突っつかれるまで放っておくか?


 「このような粗末な家で申し訳ございません。ナランハル。ご不便は多くおありかと存じますが、何か一つでもその御不満を和らげられることはないかと…」

 「いや、十分だ。時に、あれはなにか?」


 キサヤムムを示す。これで、彼女がキサヤムムに対して正しい見解を示し、祭壇に供え物がないのは俺たちにこの家を提供するため…とか、それなりに説得力のある答えを返すなら、もう少し敵が同課の結論を出すのを伸ばそう。


 「この辺りの風習でございまして…魔除けですわ。目障りなら、片付けさせていただきますが…」

 「それには及ばぬ」


 片付ける、ね。イフンの民が、それも天卓山地に住まう人が、キサヤムムを『片付ける』なんていうはずがない。

 キサヤムムは、神宿る聖なるものだ。亡くなった女性のクプン・カプンを掛けて飾るのも、側にはべる女官をつけるようなもの。それほど大切にしているのに、『片付ける』はないよな。これだけタタル語が話せるのに。


 「珍しいものは好きだ」

 「左様でございましたか」


 ちらちらと、彼女の視線は窒息寸前になっているクオンに向かう。イフン人ならキサヤムムについて知っているのは当然だ。もし、とても神聖なもので片付けるなんてとんでもない!と言われたらウソがばれる。

 

 二人の身を守るには、やっぱりタタル語が話せず、俺たちと意思の疎通がほとんどできないと言う事にしといた方が良いよな。

 でも、それなら言葉も分からない雑用係を雇う意味が、ますます分かんないし…

 

 敵人をして自ら至らしむる者は、これを利すればなり。

 焦りまくる内心に、ふと、その一文が浮かぶ。


 相手は、何を望む?

 

 逆にこちらが一番されたくないのは、既に彼女らがイフン人じゃないと考えていることがバレて、逃げられること。

 その際、もし掴まっている人がいれば…無事に済むかはわからない。


 いやそもそも、彼我の戦力差は、楽観できるほど大きくないんだ。相手の人数も正確にはわかっていないし、賊まがいの連中なのか、精鋭兵が送り込まれているかもわかっていない。


 …改めて、無策すぎたと反省する。

 賊と聞いて、敵の戦力を過小評価したのは俺もだ。生徒を笑えない。敵はまだ、敵人の利するところ…つまり、圧勝できると思わせることに成功している。


 なら、相手が欲しいのは何か。

 密偵を大都奥深く送り付けることが目的なら、欲しいのは…付け入る隙だ。

 

 「…やめだ」


 ぱ、と両手を上げると、シャリハさんのみならず、ミクやバヤルも目を見開いた。


 「無理に王族っぽく振舞おうとしたところで、今更どうにかなるもんでもない。滑稽なものを見せたね。忘れてくれると良いんだけれど」

 「…それが、お望みであらば、でも」


 口許に手を当てて、ほんのりと笑う。


 「王族らしくないと申されますが、その、今のナランハルの方が…」

 「無理にお世辞を言ってくれなくてもいいさ。俺が無能なのは今に始まったわけじゃない。どうやったって、兄貴みたいにはなれないんだし」


 彼女らが、カーラン真皇国の伸ばした手なら。

 最終的な望みは、このイフンの地をアスランから奪う事。

 けれど、それにはアスランは強すぎる。ムザクを墜とすためには相当な大軍が必要だ。それだけの兵を送れば、真皇国自体ががら空きになる。


 なら、どうするか。

 アスランの常套手段だ。

 

 敵に不和を撒き、民に流言を流し、工作を施す。

 

 良く出来た兄と、不出来な弟。

 同じ母から生まれ、年もそこまで離れていない。

 

 楔を打ち込むのなら…ここだ。


 「せめて武勲のひとつも稼いで来いとウハイフンゲルに向かわされる途中で、士官学校生徒の激励に行けと向かわされ…おはじき(シャガイ)みたいに指ではじかれてすっ飛んでいく…黄金の血(アルタイ・ウルク)が聞いて呆れるな」

 「そんな…ナランハルは、我々をお救いに来てくださったではございませんか!今、ここにいらしておられるのは、一太子オドンナルガではなく、二太子ナランハルです!」

  

 声が大きかったことに気付いたのか、シャリハさんはハッとした顔をして、視線を伏せた。


 「出過ぎた真似をいたしました…申し訳ございません。けれど、さきほどの言葉はわたくしの本心です」

 「そっか。ありがとう。君は優しいね」


 そう答えた一瞬。

 ほんの僅か、彼女の口角が跳ねるように上がり、そしてすぐに、それは慎み深く手で覆い隠された。


 「ナランハル。この村はとても友好的なようですね★けれど、ナランハルがお好きな遊興を用意できないのは困ります」

 「申し訳ございません!何分、田舎の村なもので…」

 「とりあえずは彼女と、買ってきたその子でいいでしょうけど★」

 

 え゛…フタミさん、今、なんと?

 驚きのあまり、表情が変わらなかった自分を褒めるべきだよな。うん。


 でも…そうか。どこかに掴まっているかも知れないのなら、相手から差し出させればいい。

 すっと保護しておくことは難しいとしても…何が起こったのか、聞くことはできるし、隠し村の位置もわかる。


 頑張れ!俺!キモいと言われようと、なんだろうと!

 あと、バヤル!絶対誤解するなよ!!


 「うん。俺はさ、子供と遊ぶのが好きなんだ。この子を買ったら、なんかそこのまでついてきてしまったけど。まあ、『遊び方』は色々あるからな。最近、おとなしくなってしまって、少し物足りないんだ」


 ああ、ごめんクオン!巻き込んだ!ヅックさんは、まあいいか。

 大祖と開祖に誓って、俺にその気はないからな!

 

 「この村に子供はいないのか?ウハイフンゲルで遊べなかった分、気晴らしをしたいんだけど」


 シャリハさんは、目を細めて俺を見ている。

 演技がアレ過ぎて見破られたんじゃないと良いんだけど。まあ、なんかバレバレと言うより、キモい方らしいから、逆に信憑性が高まるかも。


 「…しかしながら、この村で…タタルの言葉を話せるのはわたくしだけでして…田舎の、躾けのなっていない子ですから、どのような無礼を働いてしまうか…」

 「かまわないさ。この子だって、何言っているかさっぱりわからないし。可愛いねって言葉は覚えたつもりだったのになあ。まあ、いいさ」


 クオンの背をゆっくりと撫でながら…実際は、指で「ごめん」と文字を書きながら、なるべく無邪気に笑う。

 

 「俺は狩りの獲物が鳴くとき、なんて言っているか別に知らなくて良いと思っているからね」


 つまり、ここの子供なんて、狩りの獲物…獣みたいなものだから、泣き喚いても気にしない。

 あー…演技とは言え、口が腐る。そんなわけあるか。


 「…かしこまりました。ナランハル」

 「君にもてなしてもらうのも楽しそうだけれど…言いたいことはわかるよな?」

 「…はい」

 「従順な女性は可愛いと思うよ。大丈夫。君にも存分に遊んでもらうからね。気に入ったら…そうだな。ウハイフンゲルに行ったことはある?」

 

 ふるり、と彼女は首を振った。伏した目の奥で、何を考えているのか。

 突然目の前に出された餌は、毒餌なのか、手懐けるための撒き餌なのか。

 そう、悩んでいるのかね。


 「たっぷり遊ばせてくれれば、その地味な首飾りよりもずっと高価な首飾りでも買ってあげよう。ああ、賊に関しては大した問題じゃない。ここにきている兵は、紅鴉親衛隊の精鋭だ。賊が百人いようと二百人だろうと、草を刈るより容易く首を刈れる」


 そういや、賊について何も言わないよね。普通、どんな風に襲われたとか、脅されたとか、涙ながらに語るもんだろう。

 

 「そうそう、食事に関しては、用意は不要★なんでも、この辺りは虫を食べるんだってね。ナランハルの御前に、そんなものを出されたら困るし。食料は持って来ているから、こちらで用意するよ★」

 「…かしこまりました。その…子供は、子供です。言い聞かせても、言う事を聞くかは…」

 「そうだなあ…それで逃げて不興を買うのは、君の立場からしたら困るだろうし、縛っていても良いよ。でも、殴って弱らせるのは駄目だ。遊べなくなる」

 「御意…」

 「わかったなら、さっさと用意を。ナランハルの御機嫌がいいうちにね★」


 深く頭を下げ、彼女はするすると下がり、退室した。

 入口の蓆が捲られ、また垂れさがる寸前、見張りの親衛隊が「んま!」って顔でこっちを見ていた。あとで引っ叩こう。


 「…ナランハル…」

 「演技がきもい話は置いといてくれ!どうかな、フタミさん。彼女、乗ると思う?」

 「結構今回は、自然にクソ野郎でしたよ☆」

 

 それ、褒められてるのかなあ?

 うーむと首をかしげた隙に、バヤルがずずいと距離を詰めてきた。近い。暑い。

 

 「ナランハル!今のッ…今の話は…!!!」

 「演技に決まってるだろ。連れてこいで、本当に子供や女性を連れてきたら、他にも捕まっている…つまり、生存者がいる可能性が高くなる」

 「その連れてこられた人の通訳すりゃいいんだね!ファン先生!」


 なあ、バヤル。クオンの方がわかっているぞ?


 「だって、ファン先生、綺麗なおねーさんとかより、虫の方が好きじゃん?村一番の美人のアーニ姉ちゃんが水浴びして見せたのに、全然気が付かないで石ひっくり返して虫探してたってプンスコ怒ってたよ」

 「え…そんなことあった?」

 「あったあった」

 「それもどうかと思いますけどね☆」


 しょうがないじゃん…。天卓山地の水場は、新種の水棲昆虫が探す度に見つかるんだから。

 それに、女性の水浴びを覗き見る趣味は俺にはないぞ。まったく。


 「さすがはナランハル。高潔なお心にございます」

 「女性より虫優先なのが高潔なのかは意見が分かれそうですけれどね☆」


 深く頷くミクに、クオンとヅックさんは微妙な目…しいて言えば、俺に向ける視線に近い…を向けた。

 うん、ミクは皮肉や追従で言っているんじゃないんだ。心からそう思っているだけなんだ。そっとしておいてやってくれ。

 俺に高潔な心はないと思うけどね。我ながら。

 そんなもんあったら、咄嗟とは言え…いや、逆に、咄嗟にこんな餌を撒かないだろうし。思いつかないよな。


 「フタミさん、連れてくると思う?」

 「連れてきますよ☆間違いなくね」

 「し、しかし、彼女は嫌がっているようでした!」

 「嫌がってはいないかな☆疑ってはいると思うけど☆」

 「それでも、連れてくると?」

 「うまく行った時の見返りが大きすぎますからね☆失敗したと思っていたのに、大成功に逆転するかも…と勝ち筋が見えれば、諦められないのが人間です☆」


 大逆転か。 

 俺が来たのは想定外だろうし、最初の生徒たちの中にバヤルが混じっていなかったのも大きな躓きだっただろう。

 バヤルがいないってわかったって事は、コイツの顔は事前調査済みか、明かに傷が多かった遺体は…捕まって拷問を受けて吐かされたか。


 色々手間暇かけた計画がおじゃんになったと思いきや、獲物がさらにでかいのを引き連れてノコノコやってきた…

 この状況で、疑われているかもしれないから、すぐに引いて逃げようと思えるなら、密偵として一流すぎだ。


 そう。逃げるなら、先触れが来る前に逃げている。

 敵は、諦められなかった。功を焦っているか、失敗できない状況なんだろう。

 

 もし、二太子のお気に入りになれれば。

 唆し、酔わせ、操ることができれば。


 失敗したかに思えた策が、とんでもない大成功に化けるかもしれない。


 そう一瞬でも思ってしまったら…諦めるのは、難しいよな。手に入りかけたものは、はるか遠くにあるものを諦めるより、遥かに難しい。


 敵人をして自ら至らしむる者は、これを利すればなり。


 望むものは、目の前に差し出してやる。

 『ナランハル』って言う餌をな。


 今度は、俺たちが動かす番だ。

 

 うん。だからね、さっきのは演技何で。


 「ナランハル様ァ…クオンをね、側仕えにっちゅうことでしたら、グヘヘ、反対致しませんぜェ?必ず、姉夫婦を説得してみせまさァ」

 「フタミさん、この人、やっぱり下の陣地おいてきて」

 「承知☆」


 まず動かされるのがアンタでどーするのさ…。まったく。

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