とある我儘な貴族令息の末路
久方ぶりに書いたので昔の悪い癖が戻ってます。
相変わらずタグに何つけていいのかわかりません。
私にしてはそこまで暗い話ではないので安心してお読みください。
エインスワール・デ・ロートワンは『人任せ坊っちゃま』とあだ名をつけられるほどの我儘で知られている侯爵令息である。
側にはいつも侍女のミネッサがついていて、本来推奨されていない学園での生活さえミネッサを連れ、課題や任された仕事を全てミネッサに丸投げしていて、ミネッサはこれを諫める気配もない。
従者としてどうなんだ、という声が上がることもあるが、それに対しミネッサが「坊っちゃまのお願いは、ちゃんと聞くようにと言われておりますので」と周りに言い放ち、それをエインスワールが当然のように受け入れたという話は、学園の中では有名だった。
「ミネッサ、課題が出た。お前が調べて記入しておけ」
「ミネッサ、イオルヴァ教頭から手伝いを依頼された。お前が手伝ってこい」
「ミネッサ、委員会の仕事で、私の担当は模擬剣の手入れだそうだ。お前がやっておけよ」
「ミネッサ、お茶はないのか。準備が悪いやつだな」
「ミネッサ、教材を忘れてしまったようだ。家に戻って取ってこい」
「ミネッサ、私の代わりに闘技大会に出ろ。お前が勝てばそれを従えている私の勝利だ」
ミネッサ、ミネッサ、ミネッサ、ミネッサ――
もはや彼女の名前を学園の中で知らぬ者はいないのではないかと思えるほど、日に何度もエインスワールはその名を呼ぶ。
その献身ぶりには他家の人間だとわかってはいながらも自分に仕えてほしいと言い出すものが現れるほどであった。それほどまでにエインスワールの丸投げっぷりは度が過ぎていた。
最近では試験まで彼女に解かせたという話まで出ていて、より一層彼の評価は下がり、ミネッサの評判は右肩上がりである。
そんな彼だが、さすがにその学園での様子が耳に入って黙っていられなかったのか、彼の実家であるロートワン侯爵家が何やら動き出したようで、廃嫡の準備を進めているのではという噂が流れ始めた。
その噂を彼がいる前でわざと話してみる者もいたが、エインスワールは何の反応も示さず、いつものようにミネッサに自身がやるべきことを押し付けるだけだった。
彼は別に癇癪持ちというわけではなく、感情に任せて何かを壊したり、暴れたりするわけではないので、その点については皆安堵していた。金髪に青い瞳と見目自体はよく、体格も自分で行動しない割にはがっしりとしているので、そんな男に子供のように暴れられたらどういう顔をしていいか周りが困ってしまうだろう。
だが、ミネッサに押し付けた後にあれが違うだのこれが違うだの、遅いだの予定が遅れただの、自分でやらなかった自業自得だというのに文句を垂れる姿を見かけると、周りはミネッサに向けて同情の目線を向けるのだった。
その悪評はちゃんと貴族の中で流れてしまっているようで、15を過ぎた男子だというのにまだ婚約の話が出ていなかった。見目はいいので声がかかるだろうと思うかもしれないが、仕事を部下に丸投げし、ただふんぞり返っているだけの男を選ばないぐらいには、貴族社会は冷静で、冷酷だった。
そんな彼に対して注意をする人間がいないのかといえば、そんなことはなく、度々教師陣からは苦言が寄せられている。しかし、それに対して彼は「お前らには私の崇高な考えがわからないだけだ。口を挟むな」と一蹴し、取り付く島もない。
とある一件に限って言えば、学園中の大半の人間が彼に対して抗議をしたこともあった。
それは彼が入学して二年ほど経った頃、新入生の男子がミネッサに声をかけ、仲睦まじい様子で話していた時のことである。彼が押し付けた仕事で苦戦しているミネッサを、新入生の男子が手伝いを申し出て、会話をしながら仕事をこなしている最中の出来事であった。
どこからともなくその話を聞きつけたエインスワールがずかずかと大股でミネッサの方にやってきて、「男に現を抜かす暇があったらさっさと仕事をしろ」と言い放ったのである。その言葉を受けてミネッサは仕事モードの顔に戻ってしまい、男子から再び荷物を回収すると一人でその仕事をやり始めてしまった。
短い時間ではあったがミネッサは楽しそうに男子との会話に興じていたこともあり、恋の気配を感じ取った貴族子女たちはウキウキでその様子を覗いていたので、『我儘な坊っちゃまに仕事を押し付けられる少女とそれを手伝ってあげる男子』の恋が始まると思っていた彼女たちから非難の声が殺到した。
それに対して彼が「お前らはここに遊びに来てるのか? 色恋にかまけてる暇があったら卒業後のパイプをちゃんと作っておくんだな」とド正論なブーメラン発言をしたため、周囲は黙るしかなくなってしまう。
また、その一件以降はエインスワールが監視するかのようにミネッサの仕事についていくようになってしまったので、恋が始まる要素がどこにもなく、貴族子女たちはときたま不満の声を漏らしている。
彼女に声を掛けた男子がその後いろいろと女癖の悪い男だったと知られたときには、不満ながらも皆彼の行動に感謝したのだが。
そんな彼におかしな話が浮上したのは、彼の廃嫡の噂が流れ始めた半年ほど後の話である。
王族たちが次々と流行り病に倒れ、まるでチャンスとでもいうかのように相次ぐ暗殺、事故死で王位継承権の順番的にエインスワールが上位に来てしまっていたのである。暗殺を恐れてか彼よりも継承権上位にある人間が次々と辞退を表明していて、一向に辞退しない彼が王太子に選ばれるのではないかという噂が浮上しているのである。
また、エインスワール自身は「私が王になるのか。予定とは違うがそれも一興だな」と乗り気な様子で、学園での彼を見ていた周囲の者たちは親に報告して密かに亡命できる算段を練り始めた者もいると専らの噂である。
また、彼の生家でもあるロートワン家もどうやら彼を王太子にすべく動き始めたようで、各公爵家や有力貴族にあいさつ回りに行っているようである。
だが、もちろん彼が王太子になることを厭う者もいるわけで。
彼の家に暗殺者が侵入したという話は、瞬く間に王都中に広がった。ちょうどその日は家との話し合いで彼が家に戻っていた日であり、セキュリティの高い学園より入りやすい家での暗殺を選んだようだった。
次の日にエインスワールは登校して来ず、もしや暗殺は成功してしまったのではと話が膨らむ。
なんだかんだで彼とミネッサのやりとりが日常化していた学園では、彼がいなくなると寂しくなるという認識で一致していたのである。たった一日で死んだと疑われるのだから、その存在感たるや王族と遜色ないものであると言っても過言ではなかった。
しかしまあ、生徒たちの心配は杞憂に終わった。
その翌日、何ともなかったかのように彼とミネッサのやりとりが再開されたからである。
ただ、護衛と思しき侯爵家の面々が三人ほど付き従い、彼とミネッサの距離感ややり取りに眉を寄せてはいるのだが。
そして、彼に転機が訪れた。
変わらざるを得ない事件が、起こってしまったのである。
――白昼堂々、学園での暗殺未遂 事件だった。
その日、エインスワールはいつもと同様に、ミネッサを伴って移動をしていた。
教師たちから提出を要求された課題をこなすための本を探すため、図書館棟に向かっている最中の出来事だった。
前を歩いていたエインスワールは、いつものように後ろを歩くミネッサに声をかける。
「おいミネッサ、あの件は考えてくれたか? おい、聞いているのか? ――ミネッサ?」
そこで異常に気づいたのだろう、エインスワールはハッと後ろを振り返り、背後を確認する。
そこにはミネッサはおろか、彼を護衛していたはずの侯爵家の人間たちすら続いていなかった。
瞬間、彼の表情は驚愕で塗り固められた。が、弾かれたように走り出し、彼は迷いなく今来た道を戻っていく。その表情は恐怖というよりかは、焦りの色が濃く見られた。
そして何かを感じ取ったかのように校舎の裏へと回ると、そこには物言わぬ姿となった侯爵家の護衛の姿があった。そこは普段は生徒や教師が通らない、催事をやるときにのみ手が入るような、暗殺にはおあつらえ向きの場所だった。
そこに転がる護衛の数は、三。
ミネッサの姿が、ない。
引き摺られたような血の跡が続いているのを発見した彼は、それがより校舎の死角へと続いていることを見て、歯噛みした。
ゆっくりとその血の跡をなぞって歩いていき、角を曲がれば、そこには――
「実力不足だ、馬鹿どもが」
そう声を発するや否や、エインスワールは振り返って暗殺者の手に握られたナイフを叩き落とし、その鳩尾に掌底を打つ。痛みで身動きの取れない暗殺者の顔に容赦なく回し蹴りを入れ、昏倒まで持っていく。
その間わずか数秒で、こちらに近づいて来ようとしていたもう一人の暗殺者が、急ブレーキを踏んで踵を返す。
しかし、背を向けた暗殺者の頭めがけて先ほどエインスワールが叩き落した(もとは昏倒した暗殺者が持っていた)ナイフが放り投げられ、その結果を確認するまでもなくエインスワールは再び校舎裏の奥へと向き直った。
後ろでどさりという音がしたのに眉一つ変えることなく、言い飽きるほどに呼んだ名前の相手へと近付いていく。
彼女は――ミネッサは動かない。
学園内で自分のやるべきことを全て丸投げした先の赤髪の少女は、ただ黙って校舎を背もたれにして地に座し、血を流しているのみである。
まずエインスワールはその胸に耳を当て、心音を確認する。
「文句は言うなよ」
乙女の胸に無許可で顔を埋めるなど、本人が許しても周囲の人間が許さない。貴族なら殊更、はしたないと両者が罵られるのが目に見えている。
場合が場合だろうが、とぼそりと呟きながら、トクトクと心の臓が動いている音を聞き、彼はほっと胸を撫で下ろした。
「簡単に死んでもらっては困る。何のためにお前を育てたと思っているんだ」
止血のために傷口を探す。どうやら腿を貫かれたようで、出血はひどいがショックで意識がないだけのようだった。そのことに気が付き、彼はもう一度安堵した。
彼女の頬に手を当て、エインスワールはミネッサの顔を真正面から見つめる。
何を思ったのか、ゆっくりと首を横に振ると、自分の上着で固定した傷口が動かないように気を遣いながら、大変優しそうな手つきで彼女のことを持ち上げた。いわゆるお嬢様抱っこというやつである。
「安心しろ。創が残ったとしても、問題ないように手配する」
そう誰が聞いてもいないのにそんなことを宣い、エインスワールは自家の馬車を呼ぶために、学園の事務室へと向かった。
なぜ彼のこの一件が詳らかにされてしまったのかといえば、彼が自分に彼女の血が付くことも厭わず、あまりにも丁寧な所作でミネッサを運んできたということと、とある女子生徒の証言があったからである。
その女子生徒は子爵家の次女なのだが、あまりにも引っ込み思案で友達ができず、貴族としてのやり取りも苦手なため、いつも人気のないところでこそこそと自分の研究やら課題やらをこなしていたのだが、たまたまその日その近くを通りがかってしまい、その一件を目撃し、彼の言葉を聞いてしまったのである。
そんなことが原因でもしやエインスワールは無能などではなく、ミネッサを育てるために全部自分のことを押し付けていたのではないかと実しやかに囁かれるようになった。自分はもう既に学園で習うべきことは履修済みで、自分がやるよりかはミネッサにやらせた方が効率がいいと判断していたのでは、と。
あの事件の後、療養中のミネッサを慮ってか彼女を伴わずに学園へ登校したエインスワールが、ほぼ完璧にすべての仕事、課題、テストをこなしたという事実も、その噂に拍車をかけた。
そしてついに、王太子が発表された。
王都で大々的に報じられた号外の新聞には、エインスワール・デ・ロートワン改めエインスワール・ドリュッセル・ウィーンゲイツという名が記されていた。
その報を境に、彼が学園に姿を現すことはなかった。
彼の侍女を呼ぶ声が聞こえない学園は、皆が想像しているよりも静かで、生徒たちはおろか教師陣まで何かが足りないと思わせた。それほどまでにエインスワールという男の存在は大きくなっていた。
そして迎えた王太子お披露目のパーティにて、彼がエスコートした人物に一同は目を瞬いた。
彼に並び立っていたのは、彼の侍女だったはずのミネッサだったからである。二人の所作は王族と呼ぶのにふさわしいレベルで高められており、その癖を見るや彼自身がミネッサに所作を覚えさせたとわかるものだった。
皆の前で堂々と挨拶をし、口上を述べたエインスワールを見れば、学園での噂を知って反発しようとしていたものでさえも口を噤むほどだったという。
後に即位した彼に話を聞けば、「最初は廃嫡されてミネッサと暮らす予定で暴れてたんだけど、ままならないものだな。でもまあ、もともと王弟の庶子の女の子を拾っちまったときに考えた構想の一つではあったからな、そこまで対応に困ったりはしなかったが。実際、そうなってもいいように彼女に色々覚えさせてたわけで、それが功を奏したなら何よりだ」などと話していて、王に即位するのは想定の範囲外だったようである。
しかし、学園での影響力や、最初から後のことを考えて動いていたところを見るに、彼は人を惹きつける力を持っている、王の器だったということなのだろう。
王に即位した彼は必要以上に王妃を頼ることをせず、自力で物事をこなすことが多かった。
それでも、時折頭を悩ませたときに王妃へ助言を求めるその姿は、かつて我儘だと言われていた時代を思い出させられ、皆を懐かしい気持ちにさせたという。
また、彼は愛妻家としても知られており、彼女の身に届いた凶刃は学園でのあの出来事のみだったようで、王自らが彼女の前に立ちその刃を防いだこともあったようだ。
これはそんな、賢王エインスワール・ドリュッセル・ウィーンゲイツのちょっとした昔話。
最後までお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字等ありましたらご指摘いただけると幸いです。